番外編 ラブレター事変


「う、受け取ってしまった…」

は一通のラブレターを手にして頭を抱える。もちろん、それは私宛じゃない。
恐らくその子をみたらだれもが可愛いというだろうそんなタイプの女の子から、翼宛のラブレター。

さん、椎名君と仲いいでしょ!だから、ね?お願い!」

何を言われても、今迄、この手のことは断ってきたんだ。
だけど今回は無理矢理、手渡されてそのまま流れで受け取ってしまった…。

「ど、どうしよう。絶対、絶対、絶対、間違いなく…血の雨が降る!!」

間違いない。実は過去に一度だけ、頼まれて渡したことがある。
その時には…まぁ、綺麗なお花畑が見えたよね!!

「ラブレターな」
「怒るよねー、翼…って、ままま柾輝!なんで?!」

いつから見ていたのか、私の手に持つ翼宛のラブレターを後ろから覗き見た後、「よう」と私に声をかけた。

「部室の前で挙動不審に彷徨いてる奴がいたら目立つっての…」
「あ、あはは…」
「そんで?翼宛のラブレターだって?まぁ、怒るのは間違いないだろうな」
「…うっ。どうしようー!やばいよ!これ!絶対ダメな奴だよー!」
「そこまで分かってて、お前は。…ったく受け取っちまった以上、渡すしかねぇだろ」
「それって私に大人しく処刑台に迎えってこと?!」
「……ったく」

ガシガシと頭を掻いて息をつくと柾輝は「ほら。貸せよ」と私に手を出す。

「…え?」
より俺が渡した方がダメージ少ないだろうしな」
「ま、柾輝…あんたって奴は…」

私をかばうために、自分が犠牲になろうというのか…!
だけど…。

「(が渡すと、どうせ俺らにも被害がくるしな…)」
「ありがとう。でも、いいよ」
「は?」
「私が受け取ったんだもん。大人しく怒られてくるよ。柾輝が犠牲になることない」

「ちょっと待て!」と背後から聞こえてくる柾輝の声を他所に、 私は翼がいるであろうサッカー部の部室のドアを開けた。


「翼!」

部室のドアを開けると一人、ノートに何かを書いている翼の姿が目に入る。
そのノートを覗き込んでみると、次の対戦相手のデータが書かれていた。

「…なんだよ」
「あ、いや…」

タイミング的にはどうだ?今忙しいって適当に流されそうな気もするが、この機会を逃すと翼が一人になるタイミングが無い気もする…。
よし、と意気込みつつも私は深呼吸をした後、少し声のトーンを高くして言ってみる。

「こ、これ!椎名君に渡して欲しいなー!」
「…なんの真似だ?」

女の子から渡されたラブレターを差し出しながら私がそう言うと、ペンを走らせていた翼の手がピタリと止まった。

「このラブレターを書いた女の子の真似です…」
「…俺の言い方がわるかった。俺は、なんでお前がそれ持ってて、俺に渡そうとしてるのかって聞いてるんだよ!」
「ご、ごめん!断れなくて!で、でも、可愛い子だったんだよ?それにね…!」
「もういい。お前からは何も聞きたくない。それに今、僕は忙しいんだよ。もう用がないなら、さっさと出てけ」
「翼!」

怒ったように立ち上がる翼の腕を咄嗟に私が掴むも、見事に翼から振り払われる。

「もういいって言ってるだろ!それともなに?お前は、俺にこのラブレターを書いた奴の返事を受けろって言いたいわけ?」
「誰もそんなこと言ってないじゃん!」
「言ってるのと一緒だろ!」
「言ってない!断れなかっただけだもん!」
「その断りづらいことを何回もやらされるこっちの身にもなれ!」
「!…そう、だよね」

返事をするのは受け取った私じゃ無い。翼なんだ…。
翼は深く息を吐き、私の手からそのラブレターを乱暴に受け取った。

「あ…」
「とりあえず、受け取ればいいんだろ」
「ごめん…。次は受け取らないから…」
「そうしてくれ」
「…でも私だって、受け取って欲しかったわけじゃないよ」
「は?」
「断り切れなかったのは本当だけど!だけど…なんとなく私も嫌だった。だからもう絶対受け取らない」

そう言うと翼は私に距離を詰め、じっと私の表情を伺った後で面白げに口角を吊り上げる。

「つ、翼?」
「ふーん。お前、それ無自覚で言ってんの?」
「え?」
「まぁ、僕の機嫌を取るにしても、お前が計算してできるわけないよな」
「?私、別に翼の機嫌取るようなこと言った覚えないけど…」
「だと思った。でもまぁ、いいや。やっぱ凄いよ、お前」
「それ、褒めてるの…?」
「褒めてる、褒めてる」

翼は私を軽くあしらうようにそう言うと、翼がそっと私の両頬に手を添え、私の名前を呼ぶ。

…」
「?」

そのまま何も言わない翼をじっと私が見ていると、 ゴツン!とに頭突きを食らわせる。

「痛っ?!!」

突然の頭突きで激痛が走り、手で額を押さえながらしゃがみ込んだ私は涙目で翼を見上げる。

「変な顔してんじゃねぇよ」
「はぁあ?!」

突然の悪口!?
そりゃあ、このラブレターを渡してきた子のように可愛い容姿はしていないし、 翼のように容姿端麗でもないけども、変な顔って…!そんなハッキリ言わなくてもいいじゃん!

「…一応お前にははっきり言っとくけど、俺は全部断るからな」
「え?」
「誰が持ってこようと、こういうのは全部断ってんの。だから持ってきても無駄だって言っとけ」
「で、でも、会ってみたら良い子かもしれないじゃん!」
「良いも悪いも初対面で分かる訳ないだろ。お前や直樹くらい馬鹿ならまだしも」
「なっ!馬鹿?!」

さっきから私に対する言い方、酷くない?!

「違うって言いたいわけ?」
「うっ…」

翼の頭が良いことは充分過ぎるくらい分かってるから言い返せない。

「まぁ、どっちにしろお前より面白い奴はいないからな」
「面白いって…それ、どういう意味?」

到底、褒められてるとは思わないけど、翼は口角を釣り上げて私を見る。

「さぁな。とにかく俺は忙しい」

そう言うと、翼が先ほどまで書いていたノートを手に取ると、そのノートで私の頭を軽く叩く。

「あいたっ」
「それに興味ない奴にいちいち構ってやれる程、お人好しでもないんだよ」

翼がなにを考えてるのか相変わらずよく分からないけど、なぜだろう?
少しだけ、ホッとしてしまった…なんて…変なの。

「何してんだよ。行くぞ」
「へっ?」
「ウィークポイントが分かった」
「それって、次の対戦相手校のこと?」
「そう。次の作戦も大体決まった。あいつらには俺が言うことしっかり出来るようになって貰わないとな」

翼の口ぶりから言って、練習メニューも出来てるのだろう。 翼がドアを開けると、部室の外で壁に背を付けて座り込んでいた柾輝が「よう」と手を上げる。

「柾輝…聞いてたな…」
「まぁな。おかげで邪魔が入らなくて済んだだろ」
「そりゃどうも」

そう言って翼は息を吐くと、「柾輝もいくぞ」と言って歩き出す。 慌てて追いかける私に柾輝が言う。

「よかったな」
「うん!柾輝も心配してくれてありがとう」
「……」

不意を突かれたように柾輝は目を大きく見開く。
「なにしてんだよ!」と聞こえてきた翼の声に反応して私は走り出した。

「…の奴、本当に分かってんのか?」

あの笑顔は、どういう意味で言った言葉だとかそんなことは一切考えてないのだろうと柾輝は思う。 まぁ、考えても無駄だ。なるようになるか。
「遅い!」とに怒る我が飛葉中のキャプテンを見て、心なしか柾輝は口元が緩んだ。