過去編 冬の終わり
自分の気持ちを隠すことを止めたばかりの時、悩んだのはへの接し方だった。
特に西浦高校への入学が決まった日も思えば大変だったと泉は思う。
「孝ちゃん!孝ちゃん!西浦の合格通知がきたー!」
「あー。うん」
「テンション低い!」
「いや、さっきお前、電話で報告してきたばっかだろ」
「せっかくの合格なんだからもっと喜ぼうよ」
部屋に凄まじい勢いで入ってきたと思いきや、ゲームをしていた泉の背中をぽかぽかと手で叩く。
そんなの行動に息を吐き、泉は手にしていたゲームの電源を落とす。
「……」
泉が黙っての方を振り向くと、の頭を両手で掴む。
「?」
不思議そうな表情をするを他所に泉は、 わしゃわしゃとの髪を撫で回す。
「わっわっ!孝ちゃん!なに?!」
「なんでもねぇよ!バーカ!」
「えー!もう。髪の毛ぐちゃぐちゃだよ…」
手で髪を押さえるをからかうように泉は笑い、の手を掴む。
「入るんだろ?野球部」
「うん!」
「仕方ねぇからこれからも面倒みてやるよ」
「面倒って…私そんなに餓鬼じゃない」
「そんなこと言っていいのかよ。運動音痴」
「うっ…それ言われるとつらい…」
眉を下げてそういうが可愛くて思わず口元が緩みそうになる。
「あーあ。やばいな、俺…」
「孝ちゃん?」
一つの一つの仕草や反応が愛おしくてたまらない。 もう隠すのはやめた。そう決めたら、触れたい欲が増してくる。
「…。お前、通学は?自転車ねぇだろ」
「電車使うよ。元々あんな長距離、私、自転車乗れないし」
この時、正直、好機だと思った。 誰かにくれてやる気なんてない。だからこそ牽制は必要だ。
「なら後ろ乗せてやるよ。自転車」
「……え?!」
目を大きく見開いて驚いた声を上げるに泉は息を吐く。
「なんでそんな驚いてんだよ」
「え…だって孝ちゃん、一緒に行ってくれるの?あんなに中学の時、私と一緒に行くの嫌そうだったのに…いいの?」
「いいよ。同じ学校行くんだから手間でもないしな」
「やった!孝ちゃん、ありがとう!」
無邪気に喜ぶに対して、 自分は打算があっての行動なので少し申し訳無い気持ちが泉を襲う。 そんな中で、いつもの調子で正面から抱きついてこようとするの体を受け止めた。
「今日の孝ちゃん優しい」
「…別に変わらねぇだろうが」
「ううん。ちょっと違う気がする」
普段は鈍いだが、流石にお互い幼馴染みなだけあってこういうことに関しては鋭い。
「俺がいつもと違うと嫌か?」
「え?全然。だって孝ちゃんだもん」
「なんだそりゃ」
「むしろ私、孝ちゃん好きだから嬉しい」
「(あー…。頭では分かってんだけど…)」
勘違いしそうになる。の"好き"は自分とは違う。 恋愛感情は一切無いと知ってる。ただ純粋な幼馴染みとしての"好き"だ。
思わず触れてしまいそうになる手を引き、誘惑を振り払うかのように、の体を離す。
そしていつものようにをからかうようにの頬を引っ張る。
「バーカ!調子乗ってんじゃねぇよ!」
「い、痛いー!」
泉がの頬から手を離すとは痛そうに頬を抑える。
「孝ちゃん!なにするのー!」
「うっせ。馬鹿。そもそも簡単に抱きついてんじゃねぇよ」
「ごめんってばー…。でも私、孝ちゃん好きだから抱きつきたくなっちゃう」
冗談か本気かは定かではないものの、照れたようにそう言うに、泉は調子を崩されそうになる。
がこういうことを言うのは今に始まったことじゃない。
自分じゃなきゃ、とっくに勘違いされてるぞと泉は心の中で思う。
「(ま、いいや…元々ゆっくり分からせるつもりだしな)」
泉がの頬に手を添えても、はキョトンとしたように泉を見る。
まるで意識されていない現状に、泉は少し悔しくなる。きっとドキドキしてるのは、自分だけだろう。
「孝ちゃん?なに?」
「…なんでもねぇよ」
パッとから手を離して泉は息を吐く。
「あ、そうだ。孝ちゃん、神社行かない?」
「神社?」
「そう。合格したから、お礼参り!」
そう言えば受験前に近所の神社に合格祈願に行ったなぁ…と泉は過去の記憶を思い起こす。
「行こうよ」と笑顔でいうを前に泉は片手で頭を掻く。
「…どうせ暇だし、行くか」
「やった!行こう!行こう!」
泉の腕を引っ張りながら、部屋を出ようとするに泉の心臓がドクンと高鳴る。
「(くっそ…反応しちまうな…。前まで隠せてたのに余裕ねぇや…)」
「孝ちゃん、早く早くー!」
「分かったから、落ち着け」
腕に抱きついて泉を急かすを前に、泉は冷静さを装いながらの頭に手を置く。
すると泉を見上げて「あはは!はーい!」と冗談めかしたようにが笑う。
「……やっぱ全部認めた方が楽だな」
「え?」
「なんでもねぇよ。ほら、行くぞ」
「あ。うん!」
惚れているのは自分の方だと分かってる。だけど、こんなにも愛おしく感じてしまうのは完全に自分の負けだ。絶対に惚れさせる…。
そんな覚悟を込めるように泉がの手を掴んだのは、まだ春の風が訪れるには少し冷たい時期の事だった。