コラボ企画 彼女の災難


思えば、今日は朝からとことんついてない日だった。

「やだ!もうこんな時間!」

寝過ごしてしまった時間を取り戻すように急いで制服に着替える。 学生鞄を持ち、急いで部屋を出て、階段を降りようとした瞬間、足元に何かが飛び出してきたのが分かった。

「ほあらー!」
「へ…?きゃ、きゃああ!」

ドンドン!!

人はそう簡単に急には止まれない。 飛び出してきたカルピンを交わして方向を変えたはいいが、勢いよく進みだしている足を止めることはできず、ぐらりと体が後ろに倒れ、そのまま背中から階段を転げるように真っ逆さまだ。

「痛っ…たたた」
「バーカ」
「リョ、リョーマ!」

勢いよく尻餅をついた箇所を痛そうにさするの前に立つリョーマ。

「なにやってんの。ドジ」
「上手くよけたつもりだったんだけど…」

何事もなかったかのように、悠々と台所の方向へと歩いているカルピンをちらりと見てそういうに、リョーマは「ぁあ。」と察したようにため息を吐く。

「受け身に失敗して自分で落ちてりゃ世話ないね」
「もとはと言えば、リョーマが早く起こしてくれればこんなことにならなかったのよ!おかげで寝坊よ!」
「は?何言ってんの。いつもより早いくらいじゃん」
「…え?」

「ほら」とポケットに入ってた携帯でリョーマがに現在の時刻を見せる。

「えええ!」
「目覚まし、新しいの買った方がいいんじゃない?」

は脱力するように、床に手をついた。


「そりゃ災難だったな」

本当にそう思っているのか、可笑しそうに声を出して笑う桃城をはひと睨みする。 次は、化学の授業だ。実験室へと移動しようと教科書を胸に抱え、教室を出てそんな話をしながらもは深くため息を吐く。

「まさか目覚ましの時間が早まってたなんて思わないじゃない」
「まぁ、そうだよな」
「お陰で階段から落っこちちゃうし…」

最悪だ。なんて、が廊下を歩きながら桃城と話をしている後ろから下級生であろう男の子たちの声が近づいてくる。

「ここまでおいでーだ!」
「おい!待てって!」

後ろを振り返り、勢いよく廊下を走る男の子たちを見て桃城が立ち止まった。

「おい!お前ら廊下で走ると…っ!おい!!」

走る下級生に、危ないぞ。と声をかけようとしたするも、事はもう遅かった。

「え?」

桃城の声で振り返ろうとするに後ろを見て走っている下級生の男の子がまっすぐに向かってくる。

「「っ!!」」

ドン!!!

お互いがお互いに吹き飛ばされるように、の身体が後ろに飛ぶ。

「いたたた…」
「おい!大丈夫か?!」
「だ、大丈夫」

下級生の男の子の方にも、後ろから追いかけて来ていた彼の友達が心配そうに駆け寄る。

「おい、お前らも大丈夫か?」
「は、はい」
「元気はいいけど、廊下は走んなよ。あぶねーぞ」
「「す、すいませんでした…」」

と桃城に申し訳なさそうに頭を下げて、下級生の男の子がその場を後にする。 「ほら」と尻餅をつくに桃城が手を差し出す。 素直にもその手を取り立ち上がるも、深くため息を吐く。

「今日はこんなのばっかり」
「ついてねーな」
「それにしても、桃はああいうのが上手いね」
「あ?なんの話だよ」
「ほら、下級生に教えたり、注意したり…」
「ああ。うちは弟も妹もいるからな」
「いいお兄ちゃんだ」
「な、なんだよ!突然!照れるだろうが!」

照れ隠しのように、ガシガシとの頭を乱暴に撫でる桃城に「ちょっと!髪の毛ぐちゃぐちゃになっちゃう!」と言ってが桃城の手を振りほどこうとしていたその時、 聞きなれたアルト声が二人の耳に届き、ピタリと動きを止める。

「随分、楽しそうっスね」
「(やっべー…)」
「あれ、リョーマ?リョーマも移動教室?」

リョーマの視線を感じた瞬間、パッと桃城がから手を引くのに相反しては何事もないようにリョーマに話しかける。

「次、体育だから」
「ああ、体育館いくところだったんだ」
と桃先輩はなにやってたんスか?こんな廊下の真ん中で」
「別になんにもねーよ」
「うちは次、化学なの。それで歩いてたら、さっきそこで下級生にぶつかっちゃって…」
が、ぼーっとしてるからじゃない?」
「してない!」
「ふーん。ま、なんでもいいけど」
「あー!いたー!」

後ろから聞こえてきた親友の声にも反応する。

!先生の手伝い終わったの?」
「まぁね。ほら、早く行かないと遅れちゃうわよ」
「あ、ほんとだ!じゃあね、リョーマ!ほら、桃も行こう」
「おう。先行ってろよ」

桃城を気にしながらも、ほらほら、と急かすに手を引かれて走り去っていく。 それでも動かずに自分の隣に居る桃城をリョーマは、ちらりと見る。

「行かなくていいんスか?」
「すぐに行くって」
「ふーん…。別に俺に気使わなくてもいいっスよ」
「ばか、そんなんじゃねーよ。それより、今日は散々だって嘆いてたぜ」
「ぁあ、朝の話っスか?」
「それとさっきな。だから、後でフォローしとけよ」
「はぁ…」

リョーマの肩を抱いて、リョーマの耳元で小さな声で話す桃城の声にリョーマは耳を貸した。


「本当に今日は、ついてないわ…」

一日の出来事を思い返しながらも、ようやく授業を終えた部活の時間。 こんな日は早く帰ろうとが使い終えたテニスのネットを倉庫にしまう。

「ん?」

そんなときに、ガサガサと奥から何やら物音がしている。

「ちょ、ちょっと待って…嘘でしょ」

は自身の血の気が一気に引いていくのが分かる。 この物音の正体が何であれ、今日の自分の悪運から考えると嫌な予感しかしない。

「(何かしらないけど、お願いだから出てこないでよ…)」

心の奥から願いながら、ジリジリと一歩づつドアの方へと後退していく。 倉庫の中で、ピリピリとした緊張感が張り詰めている。
しかし、その緊張感を一瞬にして破るように背後からガラガラ!と大きく鳴り響くドアの音には「きゃああ!」と叫び声をあげた。

「…なにやってんの?」
「え。その声…リョーマ?」

倉庫のドアを開けたリョーマの声に反応しては後ろを振り返る。 リョーマの目に映ったのは、今にも泣き出しそうなの表情だった。

「どうしたの?」
「こ、こわかったー!」
「は?」
「なんなのよ!今日は!誰か私に恨みでもあるの?!」
「だからなにがあったのさ」
「ここ、変な物音がするの」

ずっと心にため込んでいたものを吐き出せて、ようやく落ち着いたらしいから出た言葉にリョーマは首をかしげる。

「物音…?」

リョーマは静かに耳を澄ませると、かすかにの背後から聞こえてくるガサガサとなる音の方向を睨み付ける。 は急いでリョーマの背後に回り、リョーマの肩を力強く掴む。

「…そんなに掴まれると動けないんだけど」
「だ、だってー!」
「まぁ、だいたい予想つくけどね。この音の犯人」

そう言ってリョーマは音の鳴る方にゆっくり近づき、テニスボールの籠を少しどけて隙間を作るとバッ!と凄まじい速さで飛び出す。

「きゃっ!」

リョーマに抱き付くに対して、勢いよく飛び出てきた音の犯人は達の足の隙間を通って倉庫を出て行ってしまった。

「今のって…ねずみ?」
「そう。ここ暗いし、夜にでも隙間から入ったんじゃない?」
「もう、いないよね」
「多分」

はリョーマの言葉に、ほっと息をつく。

「じゃ、俺もう行くから離してくれない?」
「え。あ、ごめん…ありがと」

少し照れた表情を見せながらはそう言って、そっとリョーマから離れる。
が手を離すとから背中を向けて去ろうとするリョーマ。
その姿に思わずは、後ろからリョーマのジャージの袖を掴むと同時に、 こつんと転がっていたテニスボールにの足が取られる。

「きゃっ!」
「は?!」

リョーマの袖を掴んだままの体がぐらりと後ろに倒れる。

ドシン!!

幸いにも、が頭から倒れ落ちた先には、すぐに取り出せるように新調したばかりのネットが数本丸めて置かれていた。 クッションになってくれたお陰で頭をぶつけずに済んだようだが…

「いたた…ご、ごめ…ん?」

巻き込んでしまったリョーマに謝ろうとはゆっくりと体制を起き上がらせようとするも、何かが自身の体の上に乗りかかっていてうまく動かない。

「「あ…」」

体を起こすと至近距離で互いの目が合う。 引っ張られて、の上に乗りかかる形になってしまっていたリョーマが慌てての上から退こうとする。

「ごめん!」
「ううん、そもそも私が悪いんだし」
「そうなんだけど、そうじゃなくて…。って、まぁいいや。平気?」
「大丈夫。リョーマも怪我してない?」
「ん。平気」
「よかった。ごめんね。引き留めちゃった上にこんなことに…」

しょげたように眉を下げるにリョーマは、息をつく。

「別に。俺は大して変わんないけど」
「え?」
「前にも言ったかもしれないけど…これは俺の役目だから」
「え…。ちょ、ちょっとまさかリョーマ、心配して見にきてくれたの?」
「桃先輩からも言われてたし。今日は気を付けた方がいいって」
「全く…いつの間にそんな話を桃ったら…」
「ちょっとは元気出た?」
「うん!それに今日はリョーマが守ってくれるんでしょ?だったらもう安心かな」

冗談めかした口調で微笑むにリョーマは、ほっと胸をなでおろす。

「(今日は…ね。桃先輩に言われなくても見に来るつもりだったなんて、言ってやんないけど)」

ま、いいや。と、ようやくいつもの調子に戻ってきたを見てリョーマは思う。

「あ。そうだ。部活終わっても動かないでよ、俺がそっち行くから」
「え?」
「あとで連絡入れるから待ってて」

それじゃ。と端的に用件だけを告げてリョーマは倉庫を後にする。

「…ほんと。意外と過保護なんだから」

だけどそんなリョーマの気持ちがただただ嬉しい。
もゆっくりと立ち上がり、倉庫の鍵を掛けた。


「待った?」
「待ったよ」

部活が終わり、着替え終えたが女子更衣室のドアの前でたたずんでいる。 いつもとは違うリョーマとの待ち合わせ方に、は小さく可笑しそうに噴き出す。

「はやく帰ろう」
「ん」
「桃は?」
「ああ。先輩たちと食べて帰るって言ってた」
「リョーマはよかったの?」
「別に。こっちが先約だったし」

そうはいいつつも、ごめん。とリョーマに申し訳なさそうに手を合わせるの左手を取り、リョーマは歩き出した。


「リョ、リョーマ!まだ学校でてない…」
「いいから」

の手を握ったまま、どんどん校門の方へと向かっていくリョーマ。 戸惑いつつも手を引かれるは、ちらりと自身の前をあるくリョーマの背中を見る。 幸い、部活終わりであまり生徒が居ないものの、すれ違う人たちから少しだけ痛い視線を感じるのは気のせいだと思いたい…。
学校を出て、角を曲がったあたりで何も言わなかったリョーマがようやく口を開いた。

「あのさ…あの時、言うか迷ったんだけど」
「あの時?ああ、倉庫でリョーマと会った時?」
「そのちょっと後。がこけた時」
「うん?」
「…たぶん、俺、触っちゃったんだよね」

言いづらそうにから視線を逸らしてゆっくりとそう言うリョーマに、は首をかしげる。

気づいてないみたいだったし、言わない方がいいと思ったんだけど、黙っとくのも厭らしい感じがして」
「え?」
「だから…」

リョーマは、言いづらそうに目線を逸らした後、ちらりと再びを見て目線を下に移す。 始めはリョーマが何を言いたいのかが分からなかっただったが、リョーマの視線が自身の胸元に注がれていることに気付くと、 咄嗟にパッと自身の胸を両手で隠すような仕草をする。

「う、うそ…」
「…嘘で俺だってこんなこと言いたくないんだけど」

互いに目線を逸らし、気まずい沈黙が流れる。「えっと…うん」と、が何かを言いたげに口を開く。

「き、気にしなくてもいいよ?そもそもあれは私が悪いんだし…」
「じゃあ、まぁ…」

リョーマがなにかを言い返そうとするのを阻止するようには、自身の胸の前で手を叩いてパンッ!と大きく音を立てる。

「はい!この話は終わり!ね?」
「…分かった」

リョーマが折れた様にしぶしぶそう言うと、は笑顔を向けてリョーマの腕に抱き付く。

「それで?」
「なに?」
「いや、どうだったのかなって…」
「だから、なにが?」
「もう!鈍いわよ!触ってみてどうだった?って聞いてるの」
「は?!」
「だ、だって…多少は気になるじゃない」
「…自分で、この話は終わりって言ってなかったっけ?」
「さっきはさっき。今は今の話よ!」
「屁理屈」
「いいじゃない。教えてくれても」
「…覚えてないから無理」
「えー!嘘ー!」
「悪いけど俺、そんな一瞬のことずっと覚えてるほど変態じゃないから」
「…仕方ない。そういうことにしておいてあげる」

疑わしそうな瞳をリョーマに向けつつもそういうにリョーマは思わず可笑しそうに笑う。

「ま、そんなに気になるんなら夜にいくらでも教えてあげるけど。が良いならね」
「そ、そういうこと言ってるんじゃないでしょー!」
「言ってるようなもんじゃん」
「今日はリョーマの部屋行かない…」
「別にいいけど?悪趣味なサスペンスドラマ見なくて済むし」
「あ!だめ、嘘!行く!今日、最終回じゃない!っていうか悪趣味ってひどい!」
「だって本当のことじゃん。あんなの毎週楽しみに見てるのくらいだと思うけど」 「そんなことないよ!不二先輩だって見てるもの」
「じゃあ、やっぱり悪趣味」
「あ、あれ…?」

上手く否定できる言葉が見当たらないに、クスリとリョーマが笑う。

「でも、リョーマだって最後は気になるでしょ?」
「まぁ…多少はね」
「でしょう!それに私、リョーマと一緒に見るのが一番楽しいもの」
「…よく言うよ」
「本当だってばー」

鳴り響く鼓動の早さを隠すように、「はいはい」とあしらうリョーマに対してムキになり言い返す。 そんなやり取りが行われている最中に、リョーマの耳に、かすかに後ろから自転車の音が聞こえてきた。

「!」
「リョーマ?」

咄嗟に、リョーマは隣で首をかしげるの肩を押しやる。
そのままリョーマによって道路沿いの塀に押しやられたが「きゃっ」と軽く声を上げる。

「じっとして」

../../img/テニプリ/壁ドン 俺だけをみてよリョーマ@美佳ちゃん.jpg

の背にある塀に片手をつき、まっすぐな瞳でそういうリョーマ
思わずが鼓動を高鳴らせた瞬間、キキーッ!!ガシャン!!!というけたたましい音が鳴り響いた。

「え…」

おそらく、自転車のブレーキの故障だろう。
先ほどまでが居た場所を少し過ぎたあたりで自転車に乗っていた人が横に倒れる。
声を掛けようとが身を乗り出すように目の前にいるリョーマの腕を掴んで陰からのぞき込むも、 大した怪我は無かったのか、「いてて…」と倒れた自転車の主がすぐに体を起き上がらせて、手で押していく姿にホッと胸をなでおろす。
危うく、巻き込まれていたら余計な事故を増やしてしまっていたところだった。

「リョ、リョーマってエスパー?」
「は?そんなわけないじゃん。自転車のブレーキ音が何回かかすったような音で鳴ってたから避けただけだから」

「だいたい今日の見てたらどうなるか想像つくし」と、当たり前のようにそういうリョーマだが、結構離れた距離からその音が聞き取れるって凄いんじゃ…とは心の中で思う。

「じゃあ、エスパーじゃなくて、名探偵だ!ホームズも顔負けね!」

冗談めかしたように笑っていうにリョーマは目をパチクリとさせる。

「よくそんな都合のいい言葉が出るよね」
「バカにしたわけじゃないよ。ただ本当に恰好いいって思ったから」
「あ、そう」

「ありがとう」と微笑むに釣られて思わずリョーマも口元を緩めた。
しかし、ふと目が合うと互いの距離感の近さに気付く。「あ…」と驚いて少しだけが身体を反応させた。
リョーマも、自身が掴んでいたの肩から手を離そうとすると、少しだけ頬を赤く染めて何かを訴えかけるような表情のに、一瞬ピタリとリョーマの体が止まる。
そんなのまっすぐに自分を見る瞳から何かを感じ取ったかのように、リョーマは再びの肩を握る手に力を込めた。

ゆっくりと互いの距離をさらに今以上に縮めていくと、目を閉じたの唇に触れるだけのキスを落とす。
塀を背に立つを人目から隠すように耳のすぐ横に左手を付き、ほんの数秒間だけ交わされる口付け。
もっと感じていたい欲を抑えながらも、そっとの肩から手を離すと照れた表情をしながらも嬉しそうにが微笑む。

「流石、リョーマ」
「…よく言うよ。試したくせに」
「えへへ、ごめん。でも、リョーマなら分かってくれるって思ってたから」
「(分かるに決まってるじゃん…)」

伊達に今まで彼女を見て、触れてきたわけじゃない。
なにが欲しいか、なにを求めているか分からないようじゃ、彼女には勝てないと知っている。 それになにより自分だけを見て、自分だけに強請るような瞳を自分は散々追い求めてきたのだから。
そして今もさらに、欲しいと感じてしまうのはきっと我儘なのだろう。
リョーマは深くため息をついた後、「ん」との前に手を差し出す。

「帰るよ」
「うん!」

は再びリョーマの手を取り、横に並んで歩き出す。

「(今日は、ついてないって思ってたけど…そんなこと、なかったのかな)」

心の中でひそかにそんなことをは思う。
ふたりで家へ着くと、「あら、二人ともおかえりなさい!」と優しい笑顔の倫子さんに、ほっと心が休まるのを感じた。
最悪だけど、最高の一日だった。


あとがき
美佳さんとコラボさせていただきました! 今回、壁ドンをテーマにしたイラストを描いていただけたことから、 こちらのお話を書かかせていただく機会が生まれました。素敵な挿絵をありがとうございます!