番外編 9.5話 桜乃のプロローグ
私、竜崎桜乃です。
青春学園中等部女子テニス部で毎日練習に励んでいます。
「うーん・・・ここは、膝を曲げるべきなのかな?」
私は、徐ろにラケットをぶんぶんと振り回す。 確か、リョーマ君は、もっと、こう・・・。
記憶を辿りながらも自主練を続けていると、なにやら女子テニス部がいつもより騒がしいのに気がつく。
「なんだろう?」
私がラケットを持ったまま、声のする方に近づくと同じ部活の同級生が私に向かって笑顔で手招きをする。
「桜乃!こっちこっち!先輩が女テニに来てるよ!」
「、先輩?」
初めて耳にする名前に首をかしげる。
「知らないの?!元女子テニス部で将来の部長候補だった人!レギュラーの先輩とダブルスと組んでたんだって!」
「へぇ、そんなに凄い人なんだ」
「今は男子テニス部でマネージャーしてるんだよ」
「あれ?でもそんなに凄い人がなんで辞めちゃったの?」
「さぁ・・・噂だと先輩が絡んでるって話だけど」
「け、喧嘩でもしたの?」
私が心配そうに伺うと、心配無用とでも言うように友達から笑われる。
「まさか!今でもすっごく仲いいよ!ほら」
私が指を差された方を見ると、女テニのレギュラーである先輩が見知らぬ先輩と打ち合いをしている姿だった。
「あれが・・・先輩?」
「そうだよ!先輩が大きな試合を控えてる時は、先輩に来て調整して貰うんだって」
「そうなんだ」
フェンス越しからその打ち合いの様子を見る。目の前でラリーが続く。音も、綺麗に鋭く響いていた。
「!久しぶりだからって体がなまってるんじゃない?!」
「まさか!最近、家でも付き合わされてるのに!」
バシッ!との横を鋭い軌道のボールが素早く打ち抜いた。
「あー!今の返す?!普通!」
「あれくらい返せないと、家じゃ勝負にならないのよ」
「全く・・・軽く調整するだけだって言っても、とやると自然と熱くなっちゃうわね」
「お互い実力が五分だもんね」
そう言って楽しそうでもあり、真剣に打ち合いをする先輩達の姿さえも目線を離すことが出来ない。
「綺麗・・・」
初めてリョーマ君と会った時、リョーマ君のホームも凄く綺麗だった。
強くて、格好いいと純粋にそう思った。 その時と似たような・・・あれ?でもどこか少しだけ違うような・・・そんな感覚が、私の頭の中でフラッシュバックを起こした。
「のフォームは綺麗でしょ?」
そんな時、3年の先輩が私の肩をポンと叩く。私だけでなく、隣にいた友達もビクッ!と肩を揺らして咄嗟に後ろを振り向く。
「ぶ、部長!すいません!すぐに自主練に戻ります!」
「いいよ!いいよ!の実力は、うちのレギュラー陣と引けと取らないから、見てると勉強になると思うよ」
そう言って部長は手を振りコートへと入っていく。
「怒られちゃうかと思ったねー」
「う、うん」
ほっと胸をなでおろした私達は、再び先輩達の方へと視線を移す。
「!ロブ上げるよ!」
「オッケー!」
そう言って腕を大きく伸ばして、ラケットを素早く放つ先輩は、どの角度から見ても乱れを感じさせることはない。 まさに今、テニス独特の可憐さと力強さを叩きつけられているだった。
「ふぅ・・・今日は、ここまでかな。後は自分で流すわ」
「じゃあ、私は部活戻るね」
「いつもごめん、。助かる」
「たまにこっちの雑用手伝って貰ってるからお互い様」
「ん。あ、そっち帰り早く終わったら連絡して」
「了解」
先輩に手を振った後、タオルで汗を拭きながら、先輩がこちらの方に向かってくる。
「わ!こっち来るよ!桜乃!」
「う、うん!」
そういえば、ここは出入り口の近くだった!どうしよう・・・と悪い事をしたわけでもないのに、緊張でドクンドクンと心臓が高鳴る。
私達がコートから出る先輩の姿をじっと見つめていると、 流石にすぐ傍から食い入るような視線に気がついた先輩が私達の方を見る。
「(わわっ!目が合っちゃった!)」
「・・・1年生、かな?部活頑張って!」
「は、はい!」
にっこりと優しく微笑む先輩にそう言われると、隣に居た友達は、嬉しそうに大きく返事をする。
「あはは、またね。お疲れ様」
「お、お疲れ様です!」
あまりにも大きな声で一瞬驚いた表情をするも、先輩は先ほどより少し子供らしい笑みを浮かべて手を振り去って行った。
「声かけられちゃったね!」
「う、うん。私達が見てたから・・・」
「だって先輩のフォームすごく綺麗なんだもん!見とれちゃうよー」
テニス初心者の自分達とは比べものにならない程、先輩は素敵だった。 それでいて、一つ年上の先輩というだけで、容姿も自分達に対する接し方も大人の女性だと感じさせられた。
「私も・・・あんな風になれるといいのになぁ」
ぼそりと小さな声でそう呟くやいてしまったことに、赤面しそうになるも、ぶんぶんと首を横に振って振り払い、気合いを入れ直して自主練に戻る。
「桜乃!聞いてよー!」
いつもの様に私がラケットの素振りをしていると、朋ちゃんが眉を歪めて怒りを抑え込んだ表情でこっちに足早に走ってくる。
「朋ちゃん、どうしたの?」
「リョーマ様になれなれしい女がいるのよ!」
「え?」
「男子テニス部のマネージャーだか先輩だか知らないけど許せないんだから!」
「男子テニス部の・・・マネージャー?」
「どうしよう!桜乃!・・・って、桜乃?」
「・・・・・・」
頭の中で一人だけ思い当たる人物の姿が浮かんでしまった。しかし同時に、そうであって欲しくないと夕焼けに揺れる空に願うのだった。
このお話は、桜乃がと初めて出会い、本編では描かれていなかったストーリーである。
あとがき
物語は、Laurel連載「10話 恋する乙女心」へと続きます。