番外編 テスト勉強 -夜の日常-


「だから、ここは文節を分けて…」

はスラスラとリョーマのノートに書き入れる。

「ね?こっちの方が簡単でしょ?」
「ふーん」
「ふーんって…本当に分かってる?リョーマ」
「一応」
「本当にー?」

もうすぐ学生にとって嫌なテスト期間
この時期だけは、部活に取り組んでいる自分達も学生の本分を優先しなくてはならない。
だから今夜はとリョーマも机にノートやら教科書を広げて、必死に机と向かい合っているのだ。
自分の勉強と並行しつつリョーマ自身に国語を教えるを、リョーマは大きな目でじっと見つめて小さく呟いた。

「…ほんと意外だよね」
「なにが?」
「前に語学は苦手だって言うから、国語も嫌いなのかと思ってた」

以前、リョーマがに英語の宿題を教えていた時、確かには語学は全般的に苦手だと言っていた。
しかしリョーマ自身嫌々ではあったが、実際にから国語を教わっていると、とてもあの英語が出来なかったとは思えない。

「うーん…。確かに他の教科に比べれば苦手な方だけど古典は好き。決まった法則があるもの」
「ああ、なるほどね」

どうやらは、感覚的な思考より論理的な思考問題の方が好きらしい。

「でもこれだけ出来てなんで英語はあんなに酷いわけ?」

リョーマは、疑わしそうにが書きこんだ箇所のノートをまじまじと眺める。

「誰だって苦手なものはあるでしょ!」
「それでもちょっと酷過ぎ」
「えー。これでも最近はマシになった方なんだけど…」
「当たり前じゃん。あれだけ俺を巻きこんでるんだからさ」
「だ、だから!今日は、日ごろのお詫びに勉強みてあげてるでしょ!」

一回や二回じゃない。
散々、リョーマはに英語の課題やらプリントに付き合わされているのだ。

「私、いつもリョーマが居てくれて助かってるんだよ」
「…なんか全然嬉しくないんだけど」

いつもなら彼女にこんな素直に自分を頼りにされる台詞を当たり前のように言われると、嬉しいはずなのに…
これに関しては、いくらにそう言われても嬉しい気持になれない。
ニコニコとした笑顔をむけるに、もはや何も言えないリョーマは、深くため息をつくのだった。

「そんなこと言わないで!ほら、今日は私が見てあげるから!次もやっちゃおうよ」
「本当、調子いいよね」
「そんなこと言ってー!リョーマも助かってるくせに!」
、性格悪い」

確かに、帰国子女のリョーマにとって国語は大敵だ。
正直ここまでが出来るとは思っていなかっただけに、助かってないと言えば嘘になるだろう。
リョーマは渋々とから教わる破目になるのだった。

「それで、次は…って、リョーマ?」

が説明していると、次第にリョーマはこくんこくんと頭を揺らし、今にも寝てしまいそうな雰囲気を漂わせる。 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。
ふとが時計を見ると針は、すでに頂点を過ぎてしまっていた。

「リョーマ。こんな時間だし、もう寝る?」
「ん…」

眠たい目をこするリョーマに、思わずはトクンと胸を高鳴らせる。

「(か、可愛いー!)」

普段は生意気で、意地悪ばっかりでマセた性格をしているリョーマだが、やはり整った顔をしているだけある。
こうした仕草は、年齢相応で子供らしくての母性本能がくすぐられる。

「(でも可愛いなんて言ったら怒るんだろうなぁ…)」

そんなことを思ったがため息をつくと、リョーマはの心を見透かしたかのようにムッとした表情をする。

「…、今なに考えてた?」
「べ、別にー」
「…」

急いで否定をするも、リョーマは疑わしそうな目でを睨む。

「なんかムカついたんだよね」
「え」

驚くをよそに、リョーマは隣に座っているに距離を詰めて、そのまま後ろに押し倒す。

「なに…?リョーマ…」
「人のことジロジロ見て何考えたわけ?」
「な、なにも考えてないってば!」
「…へぇ」
「(うっ…。本当こういうことに鋭いんだから…)」

床に押し倒されたの目には、先ほどの可愛さなんて感じさせない。
怪しげに眼を細めてを見降ろすリョーマの姿。

「正直に言っちゃった方が、いいと思うけど?」

いつもより少しだけ低いアルト声でいうリョーマに、は視線を横にそらす。

「…言ったらリョーマが怒るから言わない」
「やっぱり俺に怒られる様なこと考えてたんだ」

まずい。というようにが自身の口を塞ぐも、 「ほら、こっち見なよ」というリョーマの声に渋々顔を再びリョーマの方に顔をむける。 しかし、その瞬間思ってた以上に近いリョーマとの距離の近さに思わず赤面する。

「!」
「は?」
「(あーもう!私の馬鹿馬鹿!)」

先ほどまでリョーマのことを考えていた自分。
そんな自分の思考を思い出し、羞恥でさらにの体が熱くなってくる。

「も、もう駄目!どいて!リョーマ!」
「やだ」
「なっ!」
「今、離すと逃げるだろうから」
「当たり前でしょ!」

今すぐにでも逃げられるなら、逃げ去りたい!とは心から思う。

「だめ。逃がさない」

リョーマは、そっとの首元に顔を近づけての首筋をペロリと舌でなめる。

「ひやああっ!」
「ゲームと一緒だよね」
「な、何が!」
「いいところだと、止められない」

目を細めてどこか物欲しげな瞳をしてそういうリョーマに驚いたが、 抵抗するのをやめて大人しくなったところを見計らったかのように、リョーマは、のパジャマの裾から手を入れての脇腹を指でくすぐらせる。

「あははは!くすぐったい!リョーマ!くすぐったいってばー!」
「油断大敵っしょ」

そう言ってリョーマが手を止めての上から退く。
ようやく落ち着いたは、床に手をついて「はぁ、はぁ」としんどそうに肩で息をする。

「リョーマのエッチ!スケベ!!」
「よくそんな台詞言えるよね。あれだけ赤面しといて」
「聞こえない!なにも聞こえなーい!」

は自分の両耳を手で塞ぎ、必死で聞こえないふりをする。
リョーマの行動には前からよく驚かされてはいたが、付き合いだしてからも変わらない。
寧ろ、心臓に悪い出来事が増えた気がするとさえは思うのだ。

「性質悪いわよ。リョーマ」
「それはお互い様」
「…」
「…」

暫し二人の間で無言の睨み合いの攻防戦が続く。
本来ならこのまま平行線で長引いても可笑しくないが、今日はもう時間がない。
時計の針がどんどんと進んでいくのを目にしたがため息をついて沈黙を破った。

「…はぁ、もう遅いし寝よっか?」
「ん」
「ってことで、リョーマ!」

そう言っては、先ほどの表情とはうって変わった笑顔で、座ったままリョーマの方に両手を大きく広げる。
はじめは一体なんのことか分からずに首をかしげていたリョーマだったが、直ぐにが言いたいことを察する。

「…ああ。やって欲しいわけ?」
「勿論!」
「さんざん怒ってたくせに?」
「それはそれ!これはこれよ!おはよう、おやすみ…。挨拶は大事よ。特に恋人なら」
「だから、調子良すぎ」

リョーマはそう言いつつも、優しく微笑むと自分の方に大きく手を広げて座っているを抱きしめた。

「おやすみ…

腕の中にいるをしっかりと抱き寄せて囁く。
意地悪で、口下手で…ドラマのように甘い愛の言葉なんて、彼には皆無。
リョーマからそんな言葉を言われたことなんか今まで一度もないと言っていいだろう。

「ありがと。おやすみ、リョーマ」

だけど、いつもリョーマはきちんと態度で示してくれる。
それが直に一番伝わる時が、この時だから…。
大事にしたいと思うんだ。


「リョーマの馬鹿!どうしてこんなギリギリに起こすのよ!」
「起こしてやったんだから、感謝してよ」
「あー!そうですね!ありがとうございます!もう!なんで目覚まし鳴らなかったのかな?!」

いつもは、なるべく早くに起きる
だけど部屋の目覚ましが鳴らなかったため、リョーマが起こしてくれたものの遅刻ぎりぎりだ。
全速力で走るリョーマに手を引かれて走りながらもは、目覚まし時計が鳴らなかったことに疑問をもつ。

「リョーマ!新しい目覚まし時計、買った方がいいと思う?!」
「別にいらないんじゃない?」
「でも明日も鳴らなかったら、それこそ大変よ!」
「もう俺の部屋で寝れば?」
「あーそうね…って、毎回そんなわけにいかないでしょ!」
「冗談に決まってるじゃん。ついでに言っておくと、の部屋の目覚まし時計止めたの俺だから」
「…はぁ?!」

突然のリョーマの思いがけない告白に、は驚いて目を大きく見開く。

「なんで?!」
「寝るのが遅かったからに決まってるじゃん。いつもの時間でに起こされたら、さすがに俺もつらい」
「だからってねー!」
「そんなに無駄口叩いてると間に合わないんじゃない?」
「リョーマがもう少し早く起こしてくれれば、こんなに走らずに済んだんですけどー!」

口喧嘩、言い合いなんて日常茶飯事
だけど甘い時間も忘れないで。
時には、友人?同居人?それとも、恋人?
二人にしか分からない特別な関係があるんです。


あとがき
本当は連載で使う予定だったのですが、 どうあがいても裏ルート直結だったのを無理矢理方向転換させてリメイクしたため没にした作品です。