03話 最悪に長い一日
こんにちは!こんばんわ!
皆のアイドルちゃんです!
…こら!ちょっと、そこ!痛い子とか思わないの!今のツッコミ処でしょ!
とまぁ、ツッコミもいないところなので、冗談はさておき…。
私がサッカー部のマネージャーを任されて早くも一週間になりました。 やる事はイッパイだし、働きすぎて足は筋肉痛だし全然楽しくない! と、言いたいけど意外にもなんだかんだで、結構楽しくやっています。
サッカーの詳しいルールとかは未だに分かんないし、たまに仕事をしながらも練習している皆の様子を見てる。 皆、私の想像以上に凄く頑張ってるから不思議と応援したくなってしまう。慣れというのは恐ろしい。
「良い意味でも悪い意味でも、かなり影響されてるなぁ」
なんて教室の机に肘を立てて思いに耽っていた今日この頃…。
「さん、呼んでるよ」
クラスメイトの女の子の声に反応して、彼女にお礼を言った後、私はゆっくり教室のドアの方に向かう。
またか…
平善を装いつつも心の中でため息をついた後、私は教室を出た。
「お願いします。椎名先輩と別れて下さい!!」
そう、これが悪い影響だ。いい加減飽きてくるこの言葉を聞くのは今日でなんと6回目。
「安心して良いよ。別れるも何も私、翼と付き合ってないから」
「え?!ほ、本当ですか?」
「じゃあ、勝手に頑張ってねー。バイバイ」
私は彼女に偽りの笑顔を向けて早々と知らない女の子と別れた。これは、まずい。 今のところ私に危害はないけど、私の経験上このままいくと絶対にヤバイという勘がそう告げている。 会ったのは数年ぶりとはいえ、伊達に今まで翼の幼馴染をやっていたわけではない。
「さて、どうしたもんかな」
私がぼそりと呟くと、聞きなれた声が後ろから響く。
「何がだよ」
私の頭が悩ましている元凶そのものがゆっくりと近づいてくる。
「翼?!」
なんで、いつもこんなタイミングで出てくるかな? まったく心臓いくつあっても足らないよ…。
「お前、何やってんだよ。こんな体育倉庫の裏なんかで」
「い、いやぁ、別に…。そ、それに、それを言うなら翼も同じじゃない」
「俺は調べ物」
「調べ物?」
「昔のサッカー部が使ってた備品があるから使っていいって先生に言われてさ。古いけど、使えそうな奴は拝借してやろうと思って」
「なるほどね…」
言えない。言えるわけがない。いつもは暴力と横暴な翼だが、こういうことに関しては絶対に気にする意外と繊細な奴だと私は知っている。
「それで?お前はなにしてたんだよ」
「えっ。えーと、あ!ほ、ほら、今日すっごく暖かいじゃない!だから、さっきまで優雅に散歩してたのね。そしたら、なんと青い鳥が!これは幸せの青い鳥に違いない!そう、思ってここまで追ってきたところで逃げられちゃったのよねー!残念ー!」
ペラペラと私はよくもこんな幼稚な嘘が出るものだと自分で感心してしまう。翼は、少し眉間に皺を寄せて私を見る。
「あのさ」
「な、何でございましょうか?」
「馬鹿なのか」
「はぃ?!」
「今時、幸せの青い鳥って何歳だよ。お前は」
相変わらず、きついお言葉!もはや私は、返す言葉もございません。
「ったく…。馬鹿なこと言ってないで、教室戻るぞ」
「え?」
もっと突っ込まれるかと思ったけど…。予想外にも、簡単に流されてしまいなんだか拍子抜けだ。無理矢理、翼に右手を引かれつつ私は翼と共に教室に戻る。
そのまま教室に戻り、何事もないまま授業を終え、校内に鳴り響いたこのチャイムが聞こえたら、それはお昼休みが開始の合図だ…!
「待ってて!私のモチモチパンちゃん!」
バタバタと、大きな足音を出して私は急いで購買へ向かう。
「おばちゃん!モチモチパン1つ!!」
「あいよー!あんた、今日も元気だね」
「いえいえ」
大勢の人が来る前に、私は小銭を購買部のおばちゃんに渡して、念願のモチモチパンを購入する。
「わったっしっの、モッチモチパン」
ご機嫌で自作の歌を歌いながら歩いていたのもつかの間。 突如、ぐい、と私の左腕がひっぱられ、現実へと戻される。だ、誰?!と思い、そのまま手を引かれて連れてこられた場所はお得意の体育倉庫の裏。
こ、これはもしや…。
「あんた、さんでしょ?椎名君の何?」
「はぁ…」
みなさん、喜んでください。本日、祝7回目!
ラッキーセブンにはジェット風船がかかせないよねー。私の脳内では、ジェット風船が飛んでこの状況を祝している。あーあ…はぁ。 冷静になろう。今、私の目の前には、かなりグラマーな、お姉さんが立っている。おそらく上級生だろう。仕方ない…。下手に出よう。
「私はただの椎名翼の幼馴染です!勿論、付き合うなんてとんでもない!それ以上でもないです!お姉さまに敵うわけないじゃないですかー!それじゃ!」
「いやいや、ちょっと待て!あんた、そんなんで逃げられるとでも思ってるの?めんどくさいタイプだね。あんた。これ見て」
逃げようとした私に待ったを掛け、おそらく制服の内ポケットに隠していたのであろう小型のナイフを私につき出した。
「ナイフ!危ないじゃないですか!」
「馬鹿じゃないの。危ないから持ってきてるのよ。まぁ、本当は護身用なんだけどさ」
「はぁ…。って、護身用…?」
「ほら、私、この容姿だから、駅歩いてるだけでも目立つみたいなのよね。ナンパもセクハラも多くて…」
「あ、なるほど。美人も大変なんですねー」
「そうなのよー…って、なんであんたと世間話しなきゃいけないのよ!ナイフにはこういう役割もあるってことよ!」
「勝手にそっちが話したんじゃないですかー!」
超理不尽なんですけど!もし此処で、刺されでもしたら新聞沙汰か?そんなのいやー!困る!洒落にならない!思わず私は、ナイフを突き出す彼女と間合いをとる。
でも私が今回、何にも持ってないと思ったら大間違いだ。私だって、ただの馬鹿ではない。
ため息をつき私は、すっと制服のポケットに手を忍ばせるとその仕草を見た彼女が反応を見せる。
「なにする気?!」
ナイフを持っていた彼女が思わず身構えるのを目にすると、私は切り札を彼女の目の前につき出す。
「これ!今なら一枚200円で良いんだけどなぁ!」
「?!!買った!!」
翼の写真数枚を彼女につき出すと、ナイフを捨てて私の手を掴み、目を輝かせてそう言った。 ギャルなお姉さんは、私に手を振りご機嫌で帰って行きました。
「た、助かった…!!」
腰が抜けたように私は、地面に膝をつく。
まさか本当にここまで効果があるとは思わなかった。 実は、あの写真の正体はなぜか3日前にデジカメが私の鞄に入っていたため、暇だったから嫌がる翼を撮ったものだ。 写真部の友達にお願いして、現像してもらった出来たてほやほやの写真だ。
「さすがにやばかったわ…」
写真部がノリノリで大量に現像してくれたおかげだな…。いや、一か八かだったんだけど、本当に効くとは思わなかったよ、うん。
まぁ、確かにこれが「覆面怪盗!セロ」の写真なら私も欲しい。でも、これでこれから、もし何かあっても逃れられるとしても、問題は写真だな。 こりゃ翼に、何気なく撮らして…いや、無理だ。あの翼だもん。うん。腕を組んで考えるように私は屋上へ向かった。
「なんや遅かったな、」
「あ、直樹…うん。ちょっとねー」
「なんかあったのか?」
五助は心配そうに私をみて尋ねる。
「別にー。モチモチパン買いに行ってただけ」
「お前、よく買えたな。それかなり人気があるやつだろ」
「私を誰だと思ってるのよ!」
「たしかに、普通の人間じゃないな」
「こら!柾輝!私そこまで言ってない!」
皆と当たり前のように喋っていたその時、私はひとつの違和感を感じた。
「あれ?翼は?」
「さぁ?ここには一回も来てねぇよ」
「どこ行ったんだろうね」
「授業終わってが出てった後には翼のやつおらんかったで」
「だから俺らはと一緒かと思ってたんだけどな」
「ううん、知らないよ。私。まぁ、良いか」
考えるのをやめて私はモチモチパンを頬張った。
「「(良いのかよ、本当にそれで!)」」
と四人が一斉に心の中でツッコミを入れた直後に、ガチャリとドアが開き大きな声が響き渡る。
「この馬鹿!!」
「んぐっ!!」
も、もちも、ちパンが、ちち、違うとに…はいった!
「ゴホッ、ゲホッ!何よ、翼!かわいい、もちもちパンちゃんが…」
「そんな事はどうでも良いんだよ!」
翼は私の言葉をさえぎり、何かを突きつけてきた。
「お前!これ、なんだよ!」
その何かとはそう…。
「あ!それ私がこの前、撮った翼の写真!」
「ぁあ、この前がデジカメで撮ってた奴?」
「そうそう」
「へ~。あんな状況だったのに、よく撮れてんじゃん」
「でしょう?もっと褒めていいよー」
五助達と一緒にその写真を見て感心したように話していると、翼は肩を震せて再び怒りの声をあげる。
「誰が、写真の写りの事なんか聞いたよ!!」
「だったら、なんの文句が…あ」
まさか、その写真!私は、少しだけ嫌な予感がした。まさか!まさか!
「思い当たる節はあるだろ?」
「…さぁー、何の事でしょう?」
「へー、知らばっくれる気?…今更遅いんだよ!」
「はぁ…。情報早いよー!翼!」
「女子が廊下で叫んでたんだよ。“サッカー部のマネージャから、写真を買った”ってさ」
「あちゃ~。口止めしとくまで、頭回らなかったなぁ」
まぁ、あの状況だったし仕方ないか。
「お前、大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「だから、お前が大変なことになってないかってことだよ」
「なんのこと?あ!私、本返しに行かないと!一週間以上借りたままだったの!それじゃ!」
私は最後の一口のもちもちパンを口に入れて、逃げるようにその場を去った。
「!!」
翼が呼んでいるのには気付いていたが、ここは聞こえないふりだ。
「…翼の心配性」
屋上を出た後、私は小さく呟いた。
「あの馬鹿!人が気に掛けてやってんのに!」
翼は禍々しいオーラを炸裂させて怒っていた。
「なんや。がどうかしたんか?」
「ちょっとな」
「あいつは知らない奴に何言われようが、気にする玉でもねーだろ」
直樹に比べて、勘の良い柾輝の言葉に翼は息をつく。
「…まぁ、俺もそこは心配してないけど。ただ、あいつ人を怒らせるの上手いからさ」
「ああ、言えてる」
「ったく…馬鹿」
ちょっとは頼ればいいのに…と心の中で思いながらも、 そんなくさい台詞など、決して本人には言いたくても言えない翼は、 深くため息をついて、の出ていった方向を見つめていた。