08話 校内ランキング戦


毎年二、三年全員を中心に四ブロックに分けれリーグ戦を行い、各ブロック二名の計八名がレギュラーとして各種大会への切符を手にすることができる。 それが青学名物の校内ランキング戦。しかし今年に至っては、一人だけ一年生の参加がいるという事態が発生し、空気はいつも以上に張りつめていた。

「大石先輩、記録係交代します」
さん。お昼ご飯は、もう食べたの?」
「はい!美味しく頂きました!」
「そうか。なら、後は頼もうかな」
「はい!大石先輩も試合、頑張ってください!」
「ああ。ありがとう」

私が、大石先輩と交代してパイプ椅子に座り、ランキング戦の記録が書かれてあるホワイトボードとノートの両方を確認していたら人影が現れる。

「Dブロック越前リョーマ、6-0っス」

私は聞きなれた声に顔を上げ、椅子から立ちあがりペンのふたを開け、ボードに点数を書きいれた。

「はい、OK!」
「…」
「え。なに?」

私の方をジッと睨んでいるリョーマに思わず身を引いてしまう。しかし目を合わせるとリョーマに、ふいっと視線をそらされた。

「なんでもないっス」
「そ、そう?」
「メシ食ってきていいっスか?」
「うん。大丈夫だよ」

リョーマは方向を変えて部室の方角へと向かおうとする。

「リョーマ」

私は、リョーマにしか聞こえない様に小さな声で呼ぶとぴたりとリョーマは後ろを向いたまま動きが止まった。

「試合、頑張って。応援してる」
「…それって」
「ん?」

リョーマはゆっくりと私の方を振り返ると、真っ直ぐにこちらを見ている。

「どっち?」
「え?」
「マネージャーとして言ってるんスか?先輩」
「なっ…!別に深い意味は…」
「まぁ、別にどっちでも良いっスけど」
「は、早くお昼御飯食べてきなさい!」
「はいはい」

部室へと向かうリョーマの背中を見送ると、私は再びパイプ椅子に座りなおす。

「まったく…」

一体、リョーマは何がしたかったのやら、ただ私を、からかっただけのようにも感じるが…。

「どっちって…どっちよ」

私の方がリョーマに聞きたいことなんて、山ほどある。はぁ…と息を吐き、再びホワイトボードへと目を移す。

「それにしても、順調ね」

今のところ、リョーマの試合は、二試合とも6-0で勝っている。でも、次の相手は…。

「海堂君か」

海堂君とは同じ二年生だけど、クラスもずっと違うから部活で話をする程度だ。だけど、実力は知っている。彼だからこそできるスネイクという決め技。右足から左足にかけて体重が移動する瞬間にラケットを大きく振りぬき、異常なスピン回転をかけるショットは強烈だ。

「ま、それだけじゃないんだけどね」

しかしそんな忠告を聞くリョーマじゃないのは分かってるし、きっとリョーマだって私が何か教えることを望んでいないから、私もあえて何も言っていない。

「校内ランキング戦も見たいけど…」

リョーマが出る公式試合は、もっと見てみたいと思ってしまっている自分がいることに少しだけ可笑しくなる。

「…はぁ」

そろそろ終わるお昼の時間だ。は、机に腕をつきながら物思いに耽った。



「それ、本当ですか?!」
「うん」

お昼が終わって、午後の試合に差し掛かり、試合が徐々に終わりを迎える時刻になった時、コートの周りはざわめきだす。
海堂が“オチた”
そんな声が響きだしたのだ。海堂君のスタイルは、スネイクで相手を左右に走らせて体力を奪う作戦。そんな彼の作戦が破られたということだ。

「さっき試合を見てきたけど、越前はかなり試合慣れをしているね」

不二先輩は、おもしろそうに優しい声で私にどんな試合だったのかを話してくれた。不二先輩の話では、リョーマは海堂君の作戦を見事試合中に見極めて逆に海堂君を罠にはめ、体力を削らせる手段を取ったらしい。 その上、海堂君本人の前に海堂君の必殺技を決めて見せたそうだ。なんとまぁ、大胆すぎる…。

ちゃんも越前の試合、見たかったんじゃない?」
「い、いえ!私は、そんな…」
「じゃあ、ずっと奥のコートを眺めてたと思ったのは僕の気のせいだったかな?」
「え?!」
「あはは、ごめんね。ちゃんの反応が可愛くてつい」
「不二先輩!」
「ごめん、ごめん」

いつも不二先輩は穏やかで優しくてとってもいい先輩だけど、なんでも見透かされてしまっているようで、少しだけ怖く感じる…。

「あれ。海堂かな」
「え…ああー!!」

私が不二先輩と話しているとつらそうに歩いてくる海堂君が私達の目に入る。その上、どうやら右足が出血しているようだ。

「不二先輩、試合まだですよね?少しだけここ頼んでもいいですか?」
「うん。いってらっしゃい」

私は、不二先輩に記録係を少しだけ任せて、救急箱を手に持ち海堂君のもとへ走った。

「海堂君!」
「…なんだ。か」
「なんだじゃないわよ!どうしたのよ!その足!」
「ああ、自分でやった。気にするな」
「気にするわよ!もう!じっとしてて」
「おい!」
「うるさい!そんなに騒ぐなら消毒痛くするからね!」
「ちっ…」

私は、その場にしゃがみ海堂君の足から出てる血を消毒した後、ガーゼを当てて素早くテープを切る。

「はい、できた」
「…すまねぇ」
「あはは。いいよ。それにこれが私の仕事なんだから、気にしないの」
「…」
「試合、お疲れ様」

救急箱を閉じて、私はその一言だけ言って元来た道を戻ろうと立ち上がった。互いになにも聞かないし、なにも言わない。だって彼の目は、すでに闘志に燃える目だったから。

「あれ…リョーマ?」

救急箱を手に私が戻ろうと歩いていると、帽子を深くかぶり、ポケットに両手を入れて、校舎の裏の木もたれかかっている人物が目に入る。

「試合お疲れ様!こんな所でどうしたの?」
「ちょうどいいと思って、待ってた」
「だれを?」

「え?なんで?」

私が、そういうとリョーマは呆れたようにため息をひとつ吐いた後で口を開く。

「試合結果、伝えとこうと思って」
「リョーマから教えに来てくれるなんて、贅沢な話だね」
「後、聞きたいことがあったから」
「聞きたこと?」
「昨日から、俺のこと避けてるでしょ」

不二先輩といい、リョーマといい。どうして、こうも人の心を見透かしたように行動の変化に敏感なのだろう?いや、それとも私の態度が分かりやすすぎるだけなのだろうか?

「朝だって勝手に学校行ったよね?」
「そ、そういう時だって、あるわよ」
「母さんが心配してた」
「それは…ごめんなさい」

倫子さんの名前を出されてしまうと、何も言えなくなる。は、観念したようにため息をついた。

「…避けてるんじゃなくて、控えてるの」
「なにそれ?」
「リョーマだって言ったじゃない。噂になりたくないなら、黙ってろって」
「それは…」
「私がリョーマの家にお世話になってるってバレたら、困るじゃない」
「困る?」
「私がいることで、リョーマに迷惑かけたくない」
「なに?俺のこと気にしてたわけ?」
「そりゃあ、まぁ…」

は、下を向いてリョーマから視線をそらす。そんなの考えを全て見透かしたようにリョーマは息を吐いた。

「馬鹿じゃないの」
「ば、馬鹿って…」
「俺のことは、別にいいから」
「良くないでしょ!」
「は?」

たしかに、リョーマ自身も周りにばれて今以上に煩く騒がれるのはごめんだとは思った。そもそも他人に自分たちの家庭の事情を話す必要なんてないと思っていたからだ。 それに、これは自分だけの問題じゃない。にも降り懸かることだ。だからこそ、にもそう伝えたのだ。

?」

なにかを言いたげな表情をしつつもは、下を向く。

リョーマには分からなかった。当の本人であるは最初、家のことがバレても良いような事を言っていたからだ。なによりは学校でのリョーマとの関係を崩したくないとも言っていた。 それなのにも関わらず、昨日からリョーマのことを自分から避けるものだから、リョーマはその矛盾な行動に頭にきていたのだ。

しかし、今、聞いてみるとが気遣っていたのはリョーマのことだっただけに、 人のことを優先的に考えるらしくて、少しだけという人物が分かってきたような気がした。
思わずリョーマが崩れそうになる表情を押さえていると、が顔を上げる。

「…ヒザのびすぎ、ヒジ開きすぎ、肩開きすぎ」
「なに突然」

は、不機嫌そうにリョーマを睨みながら、リョーマ自身がどこかで言った覚えがあるような言葉を言う。

「後、髪の毛長すぎ、へっぴり腰…だったっけ?」
「…」
「リョーマが、いつも見かける三つあみの女の子に言ってた台詞よ」
「…言ったっけ?」
「言ってたわよ。たまたま、水汲みに行った時に聞こえたの!」
「それで、それがどう関係してるわけ?」

の反論の仕方にも、リョーマは徐々に慣れていっていた。

「リョーマは、私と住んでることがバレても、別にいいって言ったけど」
「まぁ、言う必要ないってだけで、バレても関係ないし」
「でも!リョーマはそうでも、誤解させると困っちゃう人がいるじゃない」
「は?誰それ?」
「あのねー!」

は、おもわず頭を抱える。リョーマが恋愛に興味があるとは、決して思わなかったがが思っていた以上に、彼はこっちの面では鈍いのかもしれない。

「あのさ。もしかして、さっきから竜崎のこと言ってる?」
「もしかしなくても、そうに決まってるでしょ!」

自身、あの三つあみの少女が、竜崎先生の孫と言うのは聞いていたが、まだまともに話したことはない。 しかし、にとっては、可愛らしい後輩にあたる。彼女の好意は見ていれば明らかだ。出来れば、自分の存在で彼女にもリョーマにも迷惑をかけたくない。

「なに勘違いしてんのか知らないけど、俺はが誰に家にのことを話そうが別になんでもいいんだよね」
「私だって、リョーマが誰に言おうが問題ないよ。だけど…」
「それに、が俺に言ったんでしょ?俺が冷たいのは嫌だって」

こんなの勘違いしそうになってしまう。リョーマは、彼女の気持ちに気付いてるのだろうか?

がしたいように、学校でも普通にしてなよ」
「普通、ねー…」
「そんなに俺に気遣う必要ないし」
「リョーマ…」

なんだか、最初に私がリョーマの家に来たばかりの頃みたいだ…と思いながら、はリョーマを見る。初めてリョーマの家に来た時、リョーマは冷たかったし、まともに話してもくれなかった。だけど、リョーマは、最初から私に言ってくれた。

“別にいい”
“気遣う必要ない”

今、分かった。それは、リョーマが私を思ってくれた優しさからだったんだ。

「リョーマって、優しいよね」
「は?なに突然。そんなの言われたことないけど?」
「それは、リョーマが上手に隠しちゃうからでしょ?」
「別にそんなつもりないけど」
「照れない、照れない」
「照れてない」
「あはは!でも、そうだね。そう言ってくれるなら、少し甘えちゃおうかな」
「いいんじゃない?らしくしてれば。その方が俺も楽だし」
「うん!それじゃ、早く戻って、掃除しようか」

そう言っては、リョーマに手を差し出した。

「は…?」
「リョーマ?」

だが、の差し出す手を見て動く気配のないリョーマには首をかしげて、自分からリョーマの手を掴んだ。

「っ!」
「遅れちゃうよ」
「…気にしなさすぎ」
「いいじゃない。それに先輩が後輩の手を引いて歩いてても、変じゃないでしょ」
「あっそ」
「えー?なんで急に不機嫌になるのよー」

リョーマは、自分の手を引きどこか前を楽しそうに歩くをちらりと見る。 高鳴る鼓動と苛立ち。前から、リョーマは自分の気持ちに薄っすらと疑念を抱いていたものが徐々に大きく、深く心に広がり出した。