05話 練習試合
いよいよ今日は三星学園との練習試合の日だ。
初陣となる皆が準備を進めている間に、私と千代ちゃんはというと…。
「え…アナウンス…?」
「うち、男子校で女子いなくて…!!」
「お願いします!」
三星学園は男子校で女子がいないらしく、試合のアナウンスを頼まれた私たち。
「ど、どうしよう…ちゃん。私、ウグイス嬢なんかやったことないよ」
「さすがに私も無い…」
うーん…と二人で顔を見合わし、じゃんけん!というかけ声で互いに手を出し、千代ちゃんとジャンケンをする。
「私だー!」
「記録、私がベンチで取るよ!千代ちゃんはアナウンスに集中して!」
「あ、ありがとう…ちゃん」
ファイト!と私は千代ちゃんにエールを送った。
三星学園の人に放送室へと案内をされている千代ちゃんの背中を見送り、 私はベンチへ戻ろうとグラウンドへと入ると三星学園の人が数名囲むように私の前に立ち塞がる。
「あ、あの…西浦のマネージャーさんですよね!」
「は、はい!」
「すげー!かわいいー!」
「え…?!」
「こら、びびってんだろ!あの!今日はよろしくお願いします!」
「あ、あはは。えっと…はい!こちらこそ!」
「「っー!かわいいー!」」
男子校だから女の子が珍しいのか…。 こんなにも直球で褒められることなんて無いだけに、なんだか恥ずかしくなってくる。
「あの!今日暑いんで、これ飲んでください!冷えてるんで!」
「これも!よかったら、食べてください!」
「え!わ、わ!ありがとうございます!」
ドリンクに塩飴、冷えたタオル…。 試合するの、私じゃないんだけど…。むしろそれ、私が選手にする仕事なんだけど…。 という思いはあるも、せっかくのご厚意を無駄にもできず、私は三星学園の人たちから差し入れを受け取る。
しかし、さすが三星学園。設備が整ってる上に選手の教育も行き届いてるなぁ。
…って関心してる場合じゃなかった。 そろそろベンチに戻りたいが、この状況をどうしようかと悩んでいたところに、関西弁の声が響いた。
着替えを終えてベンチから出た栄口は、グラウンドの入り口で三星学園の生徒にが囲まれていることに気がつく。
「あちゃー…ちゃん、囲まれちゃってるよ」
「あ?ホントだ。三星は男子校だからな」
「が可愛いからだろ!」
少しムッとしたように言いながら放った田島の言葉に驚くように栄口と花井が肩を揺らした。
「(すっげーストレート…!)」
「(ってか、なんで田島が怒ってんの?!)」
「俺、迎えに行ってやろうっと!」
「あー!おい!田島!」
待て…と花井がストップを掛けようとした瞬間、横から伸びてきた手が田島の襟首を掴み足を制止させる。
「うおお?!」
「い、泉?!」
「田島お前、準備まだだろ。俺が行く」
「えー!なんだよ!それー!ずりーよ!」
「うるせー!」
泉は、ジタバタとする田島を力で放り投げるように花井の方に預ける。
「行ってくる」
「お、おう。(泉も機嫌悪ぃな…)」
「(うわー、わかりやすいなぁ。そりゃ、本音を言えば俺だって行ってあげたいけどさ…)」
――「孝ちゃん!」
栄口の脳裏で思い出してしまうの笑顔と言葉。
あんなのを見てても入り込めてしまうのは、きっと田島だからだ。と思わずにはいられない。
自分には勝てる自信が、ない。
足早に三星学園の選手達に囲まれているの方に向かっていく泉の背を見つめながら栄口は息を飲み、拳を強く握った。
「(くそっ…。覚悟はしてたけど、よりにもよって田島かよ)」
いや、今はそんなことより目の前の出来事を対処する方が先だ。と苛立つ思考を振り払うように泉は、チッと舌打ちをして足を急いだ。
「おら、なにサボってんねや。まだグラウンド整備終わってへんで」
「織田!やべ、怒られる」
「それじゃ、また!」
「あ…はい」
現れた長身の関西弁の人がそう言うと数名いた三星学園の人達は走って行ってしまった。
「あんた西浦のマネージャーやろ。すまんな」
「い、いえ。ありがとうございます」
「ええて。お礼なら、あんたの連絡先で…」
「え?」
「こら。お前までナンパしてんじゃねーよ。困ってんだろ」
「ちっ、叶…。ちょっとは見逃してーや」
「だめだ」
叶…と呼ばれていた人は確かさっき投球練習していた人だ。三星学園のピッチャーだろうか?
二人のやりとりがおもしろくて、私は思わず笑ってしまった。
「名前は?」と関西弁の人に聞かれ、私も気軽に質問に答える。
三人で何気ない会話に花が咲いてきたそんな時、聞こえてきた声で会話が止まる。
「!」
「あ!孝ちゃん!」
孝ちゃんが来ると、叶君は帽子を取り孝ちゃんの方に頭を下げる。
「それじゃあ、また」と私も三星学園の二人に頭を下げて、孝ちゃんに掛け寄りその場を後にした。
「あーあ、ええ感じのとこでお迎え来てしもた」
「あいつらが騒ぐのもちょっと分かるな」
「お?なんや、叶の好みのタイプか?」
「馬鹿言ってんじゃねーよ。ほら、俺らもさっさと準備しようぜ」
が西浦のベンチに戻っていくのを目にした後、叶と織田もグラウンドへと足を向けた。
「孝ちゃん、声掛けてくれてありがと」
「おー…。って、なんだお前。それ」
「あ、これ?差し入れ…かな?三星学園の人にいっぱい貰っちゃった」
「…お前、食い物に釣られて連絡先教えてねぇだろうな?」
「いくら私でもそんなホイホイ簡単に教えないよ」
貰った差し入れを腕に抱えたまま孝ちゃんと一緒に西浦のベンチへ戻ると、「あー!」と悠君が叫ぶ。
「俺が先に迎えに行こうと思ったんだぞ!泉!!」
悠君の言葉で私が孝ちゃんの方を見るも、孝ちゃんは、ふいっと悠君を無視してベンチに入っていく。
「悠君と何かあったの?」
「いや、別に」
孝ちゃんはそう言うけれども、「いーずーみー!!」と孝ちゃんにダイブする悠君に対して、「うぜーよ!離れろ!」と返す孝ちゃん。
とてもなにも無かったようには見えないけども…ま、仲良さそうだしいいか。と私もベンチに入った。