04話 合宿大詰
合宿中は、朝から夜まで練習尽くしで気が付けば夜は寝るだけの生活だった。
そんな合宿も四日目となった今日。
「1、2、3…んー。私、全然ダメー!皆すごいなぁ」
「あはは!だねー!」
全体の視野を広げる特訓であるランダムに数字が書かれた紙を1~25まで順番に指を差して、そのタイムを競うという訓練が行われていた。 その皆のタイムの結果を千代ちゃんと一緒に書き出し、纏めたものを監督に提出する。
自分のベストタイムで結果の良い人から、明日の三星との練習試合のスタメンの打順を好きなところから選んで決めてもらうらしい。
「あれ。三橋君?」
「え?あれ。どうしたんだろう…」
「心配だからちょっと様子見てくるね」
「うん」
皆、タイムを計り終えて部屋を出て行ったのに、三橋君だけ部屋の隅で一人だけ膝を抱えている。
どうしたんだろうと私は三橋君に近づき、視線を合わせるようにしゃがむと、ビクッと三橋君の肩が震えた。
「あ、ごめん。びっくりさせちゃった?私だよ。三橋君」
「あ…。う…。…さん…」
「大丈夫?具合悪い?」
「う、や…。そんなこと、ない」
っていう割にはクマが出来てるしあまりよく無さそうだけど…あ。もしかして寝れてないのかな?
うーん…どうしたものか…。と私が考え込んでいると、三橋君の方が口を開いた。
「…俺、大丈夫。だから…その、ごめん…」
「え?」
どうやら、三橋君に逆に気を使わせてしまったらしい。下手に返すとさらに緊張感を与えてしまいそうだ…。
ならいっそ、このまま三橋君の話に乗ってしまおうと私は頭を切り替えた。
「そうだよね!三橋君なら元気だよね!私の方こそ、ごめんね。勘違い。そうだ!お詫びにこれ、食べない?」
「え…」
「飴玉だよー。私これ好きなんだ。しゅわしゅわしててスッキリするよ」
差し出したサイダーの飴玉を三橋君に差し出すと、三橋君の手がゆっくりと私に伸びて受け取った。
「あ、あり、がと…」
「どういたしまして!」
先ほどより三橋君の緊張が少しだけ和らいだらしく、私も嬉しくて自然と笑顔になる。
「(あれ?でも三橋君ってどこかで会ったことあるような気がするんだけどな…。でも家は群馬だって言ってたし…。私、そんなところ行ったことないもんね。気のせいかな)」
「あの…、さん…」
「へっ、なに?」
まさか三橋君から声を掛けててくれるとは思わなかったので、びっくりしてしまった。
「明日、練習、試合…」
「え?あ。明日の三星学園との練習試合のこと?そっか!三橋君は、ピッチャーやるんだよね!」
「う、ぐっ!」
「(あ、しまった!失敗!また緊張させちゃった…!)」
「俺、俺…。み、見に、くる…よね」
「う、うん?私はマネージャーだし、見るよ?」
「がっかり、させちゃう、から…。先に、謝っとく」
「え?」
そうか。三橋君、まだ自信がないんだ…。
三星の人から中学時代にいじめられてたって言うし…。
ただでさえピッチャーなんてポジション、緊張すると思うのに。そんな相手と試合をするっていうんだもん。緊張して寝れないわけないよね…。だけど、きっと試合にでない私がなにか言っても逆効果だ。
「え、えーっと…。あ!私ね、野球見るの好きなんだ!皆、格好いいんだもん」
「俺、は…」
「三橋君も格好いいよ!練習頑張ってるの、私見てるから!」
びくっ!と三橋君の肩が揺れる。
「(…はっ!しまった!またなにも考えずに思ったまま口に出しちゃった!)」
目を合わせてくれない三橋君を私が、じっと見つめると、ゆっくり三橋君が私の方を見た。
「ほん、とう?」
「!もちろん!三橋君も皆も格好良いよ!私も野球やってたことあるんだー。まぁ、私は全然下手だったけど…」
「え…。さん、も…?」
「うん!でもねー、最初は全然前にボールが飛ばないし、大変だったよー。でも前に飛ぶと綺麗で楽しいよね!」
やっと続くようになった会話。
三橋君と話をしていると、先ほどより少し顔色が良くなったような気がして、私は、ほっと胸を撫で下ろした。
ゆっくり話し込んでしまったが…そういえば今、何時だろうと私はふと時計を見る。
「あ。もうこんな時間!そろそろ戻らなきゃ!千代ちゃん待たせてるんだ!そうだ、三橋君」
私は、立ちあがり部屋を出る前に、くるりと三橋君の方を向く。
「三橋君も、私のこと名前で呼んでいいんだからね」
「え…」
「でいいよ!」
「!あ、あ……ちゃん…!」
「はーい!」
「!!」
「あはは!嬉しくて返事しちゃった」
私がわざと返事をすると、驚いたような表情を見せる三橋君に、クスクスと笑って「またあとでね」と手を振って部屋を出て、千代ちゃんの元へと走った。
「ごめーん!千代ちゃん!遅くなっちゃった!」
「ううん!全然!三橋君、大丈夫だったー?」
「うん。それがねー…」
と千代ちゃんと話をしながら、仕事を片付けて行く。
なんだか距離が縮まったように感じて、嬉しい日だった。
そんな日の夜のこと。
三橋君も言っていたように、次の日は三星との練習試合が組まれている。
「(なんだか三橋君の緊張が移っちゃって、私まで緊張して寝れなくなっちゃった…)」
少し外の風にでもあたりにいこう。と外に出ると、私は見慣れた人影について行くようにパタパタと追いかけた。
「あちぃ…」
夜、泉は寝苦しさに部屋で目が覚めた。台所で水でも飲もうと部屋を出て、パタパタと服で汗を紛らわしながら廊下を歩いていると、 「孝ちゃん!」と聞こえてきた声に足を止めた。
「おう。なにやってんだよ」
「うん。ちょっとね。はい」
缶ジュースを手に二本持ち、そのうちの一本を差し出してくるに泉は、 瞬時にの思考を理解した。
「お前、どこからこんな物…」
「マネジ特権!買い出し行った時に買って冷蔵庫に隠してたんだ。まだあるから大丈夫だよ」
「ったく…。星見ながら話すなら、田島の方がいいんじゃないか?」
「あはは!それだと逆に目が覚めて寝れなくなっちゃうよ」
「それもそうか。篠岡は?」
「寝ちゃってるよ。私は、なんか寝れなくてさー。それで外出たら孝ちゃん見かけたから追いかけてきちゃった。孝ちゃんは?眠くないの?」
「布団入ると一発で寝れる」
「あー、ごめん。呼びとめちゃった」
「いや、別にいいけどよ。俺もあの部屋、狭いし男ばっかで暑苦しいから涼みにきたわけだし」
なんだかんだで合宿中にここまでゆっくり二人で話すのは初めてかもしれない。 普段とは違って、複数のメンバーで話すことばかりだった気がする。
缶ジュースを片手に外の風に当たりながら他愛もない合宿の話や明日の練習試合のことを話していると、少しづつに眠気が襲ってきたようだ。
「寝れそうか?」
「うん。見かけたのが孝ちゃんでよかったー」
「どういう意味だよ」
「落ち着くから」
「…お前、なんかあっただろ?」
「え?」
「言いたくないならいいけど」
「ううん、そうじゃなくて…。孝ちゃん、鋭いんだもん。びっくりしちゃった。実は今日、三橋君と話したんだけど…」
三橋が明日の練習試合にとてつもなく緊張していて感情移入してしまい、その緊張が移ったというに、泉は吹き出すように笑った。
「餓鬼かよ」
「絶対そう言われると思ったから話さなかったのー!」
理由が理由なだけに、は隠していたつもりだったらしいが、幼馴染を舐めてもらっては困る。 少しの変化だって、つまらないことだって分かる。それくらい見てきたつもりだ。
こつん、と泉がの頭を軽く拳で突くと、は自分の頭を片手で押さえながら睨む。
自分のことを睨むの頬を指で軽く摘まんで引っ張ると、 「痛い!子供扱いしてない?」と言って泉の手を掴んで払おうとするが愛おしくて思わず顔が緩んでしまう。
「(…やべーな。このままいくとこっちが寝れなくなっちまう。っつーか、すでに部屋帰したくねぇし)」
泉は缶ジュースの中身を一気に飲み干し、の手からも缶ジュースを無理矢理奪い取る。
「あ!」
「ほら、もう部屋戻んぞ」
「孝ちゃん!まって!それ!」
「捨てといてやるから戻ってろ!」
「えー!やだ!私もいく!」
泉の後を急いで追いかける。そんな二人を見ていた人影がこっそりと顔を出す。
「(ちゃんが部屋にいなかったから何処行ったのかと思いきや…いいわねー…この二人の微妙な関係は。お互いのことが一番なのにどこか交わってないおかげで、隙間が生まれて他の部員とのコミュニケーションが取りやすい絶妙な相乗効果を作りだしてくれてるわ)」
百枝は、歩いて部屋へと戻る二人の背中を見てニコリとした笑顔を見せた。 青春だなー。明日はがんばってよー。と背中を押すように百枝も歩き出した。