45話 恋に勝る友情
「ー!」
「ひやぁああ!ゆ、悠君…!!」
いつものようにへ抱きついてくる田島。 別にいつもと変わらない…そんな光景のはずなのに…。
「(…なんかあったな)」
の反応がいつもと違う。 突然、田島に対しても自分に対してもの様子がおかしくなったことに泉は気付いていた。
「あ、あの…孝ちゃん…これは…」
「お袋達がいる前で俺が聞いても出来る話なのかよ。お前のその様子の可笑しさの理由は」
部活から帰って来るなり晩ご飯を食べた後で急に呼び出されて、泉の部屋で正座をさせられているは「うっ…」と言葉を詰まらせた。
どうも部活で片付けを終えたあたりから、ずっと様子がおかしいを泉はじっと見つめる。
「田島となにがあった?」
「え…」
「言っておくけどお前、分かりやすいんだから隠そうとすんなよ」
顔を下に向けていたがゆっくりと顔を上げると真っ赤な顔をして、涙目になっている表情が泉の目に入った。
「…」
「ち、ちがうの!悠君があまりにもストレートすぎて…こういう扱いに慣れないというか…戸惑ってるだけというか…」
「田島になんか言われたのか?」
「……好き、って」
目を横に逸らしながら歯切れが悪そうにいうに泉は息をつく。
「(まぁ、予想はしてたけどな…)」
こういうことを隠せるほど器用じゃないし、はすぐに顔に出るタイプだ。
ただ自分のこと以外でこんなに頭を悩ませるも見たくないと正直、思ってしまう。
「そんで?どうしたんだよ」
「返事いらないって言われちゃったし、何も変わらないよ。でも気持ちを知っててスルーするのは、違う気がするし…」
「へぇ…。俺の前でそんな台詞よく言えるな。お前は」
少し拗ねるように泉がそう言うとが慌てて否定をする。
「こ、孝ちゃんは別!それに孝ちゃんだっていつも通りで良いって言ってくれたじゃない」
「あー…まぁ、確かに言ったけど…」
「すごく嬉しかった。私、やっぱり孝ちゃん好きだなぁって思ったよ」
「…そんだけ余裕あるなら大丈夫そうだな」
「そういう訳じゃないけど…。孝ちゃんに話したらなんかちょっと落ち着いたのは本当かな」
泉はそういうの両頬に手を添えて、こつんと額をつける。
「前にも言ったけど、俺はお前が俺以外の奴のこと考えてんのなんか腹立つし、嫌なんだよ」
「こ、孝ちゃん…」
「でもお前は俺に合わせる必要ないからな」
「え…」
「お前がしたいようにしろよ。もしお前が田島の気持ちに応えたいなら、それでもいいからな」
は小さく頷く。
「(なんでだろう…ちょっと嫌かもしれない…)」
自身も分からない。 だけど、何故か泉から突き放されたような、そんな感覚がを襲う。
「孝ちゃん」
「うん?」
「あ…ううん。やっぱりいい!」
やっぱり、聞けない…。泉から好きって言って欲しいのは我が儘だと分かっているから。 は言葉を詰まらせるも、「そろそろ帰るね」と言って立ち上がる。
「」
が立ち上がった瞬間、突如、背後から掴まれた泉の手に驚きつつも、 は首を傾げて振り返り見る。
「…俺がお前に言ったこと、忘れてんじゃねぇぞ」
「え?言ったこと…?」
「他の奴がどうだろうと容赦しねぇぞ。俺はお前にもう一度告白して、絶対返事貰うからな!」
「孝ちゃん!それって…!」
真っ直ぐな視線でを見ている泉の方を振り返る。
「ちゃんと分かってるよな?」と少し照れくさそうにに言葉を向ける泉に、 は「うん!」と嬉しそうに頷いた。
「え…」
突然向けられた笑顔に泉は驚いたように思わずの手を離す。
手を振り、部屋を出たが泉の瞳に焼きつく。
「(なんだ?の奴、やけに機嫌良かったな…)」
田島が上手くフォローしていたのか、思ったほども深刻に悩んでいないようだし… 機嫌が良いならいいかと泉は息を吐いた。
――「俺はお前にもう一度告白して、絶対返事貰うからな!」
その言葉が凄く嬉しかった。思い出すだけでも、体が火照ってしまう。 好きだとは自分でも自覚していた。だけど、やっぱり認めるのが怖かった。いつか突き放されて、壊れてしまうかも知れないから。
だから彼女になりたいとか、そんなこと思えない。幼馴染みのままで一緒に居られるならそれでいい。
そう思っていたのに、たった一言で嬉しくなったり、不機嫌になってしまったりしている自分にもは少し戸惑ってしまう。
「はぁ…」
はそんな自分に思わずため息が出る。 いつものように教室で三橋と会話をしている泉をちらりと見ていると、誰かに声を掛けられる。
「泉のこと見てんの?」
「!え?!」
掛けられた言葉に反応してはドキン!と胸を高鳴らせて振り返る。
「ゆ、悠君?!」
「ごめん。びっくりした?」
「びっくりしたよ」
「、ため息ついてたから。なんか考えてた?」
「ううん。大したことじゃないの。ただ明日は四回戦で、それが終わったらすぐに五回戦でしょ。夏祭り行けないなぁって」
「…夏祭り?」
「うん。近くの神社で毎年やってるんだよ。前は孝ちゃんとよく行ってたから」
「へぇ…」
「残念だけど今年は行けないけどね。試合の日と被っちゃってるから」
「そっか。俺、の浴衣見たかったけどなぁ」
「え…。あ、ありがとう」
田島の気持ちを知ってしまっただけに、少し照れてしまう。 顔を赤らめるの反応を見て田島がニッと笑う。
「今度見せてよ!、絶対可愛いと思うから!」
「っ!」
田島から顔を近付けてストレートに言われた言葉に、 恥ずかしげな表情をしながらもは小さく頷いて微笑む。
すると田島が目をぱちくりとさせると、の手を掴む。
「」
「へ?」
が田島との距離が近づき掛けたその瞬間、背後から誰かの手で口を塞がれる。
「んんん?!」
「…なにしてんだよ」
「あ。泉。気付くのちょっと早いよ」
「教室のど真ん中でやってると目に入るっつの」
泉の手によって手で口を塞がれて「むー!」と苦しげにジタバタとするを他所に、 不機嫌そうな泉に相反して笑顔の田島が会話をしている様を、泉の横に居る三橋がワタワタと二人を見ている。
「あーあー。落ち着けよ。二人とも」
「うっせ。口挟むな。浜田は関係ねぇだろ」
「こえーよ。なぁ、三橋」
「……」
浜田の言葉で、三橋の方を見るときょどきょどといつも以上に不安げな様子に気付くと泉は息を吐き、 から手を離す。
「ぷはぁ!苦しいよ!突然何するの?!孝ちゃん!」
「お前が、ぼーっとしてるからだろ」
「私、なにもしてないのにー!あー、苦しかった…」
胸を撫でおろすを目にした後、泉が田島の方に目を移すといつものように得意げにニカッとした表情で田島が泉に笑いかける。 いつもの空気になったのを感じ取ったのか、三橋も安堵したように浜田と普通に会話をしている。
「…田島」
「分かってるって。あとでいい?」
「ああ」
「?」
そんな泉と田島の会話をは不思議そうに首を傾げた。
「意地なのかなって思ってたんだけどさ。俺、結構本気でのこと好きみたいなんだよね」
終業式が終わり、屋上に呼ばれるなり、泉は田島から言われた言葉に息を飲む。 思えばここまで腹を割って二人きりで話すのは初めてかもしれないと泉は思う。
「でも田島、には告白の返事いらねぇって言ったんだろ?」
「あ。から聞いた?」
「悪い…」
「いいよ、別に。お互い様なとこあるし」
「…それなら、なんで貰わなかったんだよ」
「泉と一緒だよ」
「え」
「泉も保留してるって言ってたじゃん。それって、が困らないようにだろ」
「まぁ、俺は断られるって分かってたからな…」
「だから俺も一緒だって。断られるって分かってたけど、本気でが好きだから伝えてみたかっただけ。気づいて貰えたらさ、変わるかもしれないじゃん」
田島の言葉に思わず泉は目を見開く。以前、に告白した時の自分と全く同じだと泉は思う。
「でもなんで教室であんなこと…」
「俺はチャンス欲しかっただけだって。それに俺、どうせ諦める気無いし。にもだけど、泉にもそれを伝えたかったんだよね」
「え…まさか、さっきのわざとか?」
最初から、泉が止めに入ることも見越して田島はに対して教室であんな大胆な行為に及んだということを悟る。
「だってあれくらいしないと、泉、こうして俺と話しようなんて思わなかっただろ?」
「だからってなー…」
「ごめん!でもちゃんと泉と話したかったんだ。俺、のこと好きだけど、泉のことも好きだし」
「田島…」
「俺は全部言ったよ。泉は?」
泉は息を吐くと、観念したように口を開く。
「…もう一回に告白する。本人にもそう言ってる」
「ふーん。それで?」
「なんだよ」
「にどこまでしたわけ?」
「……」
田島から泉は思わず目を逸らす。
どうにかして誤魔化せないかとちらりと田島の方を見るも、真っ直ぐに泉を至近距離で見る田島に逃げ道はないと悟る。
「…キスはした」
「やっぱり」
「言っておくけど、無理矢理はしてねぇからな!」
大きな声を出した田島に対して、泉も釣られて反論するように言葉を荒らげてしまう。
「当たり前じゃん。っていうか、が嫌がるわけないって」
「え?」
「は泉のこと好きなんだからさ」
確かにそれはわかってるつもりだ。隠せるほど上手くないし、視線も反応も表情もただの幼馴染だけだった時とは違う。
「でもあの時、田島を怒れるほどの権利は俺にはねぇよ」
「だからもう一回告白?」
「まぁ、そんなところだな」
田島が泉に言葉を返そうとした時、ガチャリと屋上の扉が開く。
「あ!二人ともこんなところにいた!」
「」
「レン君が探してたよ!いつもなら真っ先に部活行くのに、教室に鞄あるし、どこ行ったんだろうって」
「悪い。すぐ行く」
「行こ!泉!」
「おー」
「早く早く!」と笑顔で急かすに泉と田島が顔を見合わせて思わず笑う。
「泉、本気でいいよ」
「え」
「俺も負けないように頑張るけどさ、俺はが笑ってる方がいい」
「田島…わかった」
「よっしゃ!ってことで、競争な!」
「は?」
「!」と言って、田島はの手を引き走り出す。
「わっ!悠君?!」
「早く行こう!」
の手を引いて前を走る田島たちに気付き、泉も慌てて走り出した。