Memory of The First Love -プロローグ-


「む、むりだよ!ぜーったいムリ!」
「だいじょうぶだって!」

涙をためて、高いオレンジの木の枝にしがみついている白いワンピースを着て、長い髪をなびかせる小さな女の子。 そんな少女に木の下から大きく手を広げて叫ぶ白い帽子をかぶった猫目の幼い少年。

「オレがうけとめてやるから!」
「…で、でも!」
「はやく!いつまでも、そこにいるわけにいかないだろ!」
「う…うん」

長い髪の少女は、足を震わせながらも勇気を出して木の枝から立ち上がり、白い帽子を被った少年の元に飛び降りた。

「わあああん!」
「よしよし、もう泣くなよ。よくとべたな」

帽子をかぶった少年より大人びた顔立ちの少年は、さっきまでの恐怖と安堵で泣きじゃくる少女の頭を撫でる。

「……」

幼い少年は、拳を強く握りしめてそんな二人の様子を悔しげな表情で睨みつけた。



「明日は、いよいよ豪華客船の日だね!リョーマ!」

は、楽しげな口調で荷づくりを進めるリョーマの首に手を絡めて、後ろから抱きつく。

「船でテニスなんて滅多に出来ることじゃないよね」

桜吹雪彦麿という大富豪が主催の豪華客船での船上パーティー。 そのメインイベントとして行われるエキシビションマッチに是非、青学レギュラー達に出て欲しいという依頼を竜崎先生が受けたらしい。

「でも、どうしてマネージャーの私にまで招待状をくれたのかな?」

は、ふと竜崎先生から渡された招待状を見る。

「さぁね。大富豪なんだから客が一人増えたところでどうってことないんじゃない」
「うーん…それはそうかもしれないけど、それなら竜崎先生だって呼ばれても可笑しくないのにね」

リョーマに後ろから抱きついたままの体勢では、「桜吹雪だなんて大富豪の苗字も聞いたことない」と、考えるようにぼそりと呟く。

「あ。大富豪といえば…跡部さんもだよねー」

の口から出た名前にピクリと反応をして一瞬だけ、不機嫌そうな表情をみせたリョーマは、 自分の首に絡められていたの手を無理矢理、解いての方に体重を掛ける。

「え、ちょっ!リョーマ?!」

リョーマの力と重さに耐えれなくなったは、油断をしていたこともあり、簡単に背中から押し倒される。 の視界は、抱きしめていたリョーマの背中から、自分の方に目を鋭く細めているリョーマの顔と部屋の天井へと一転した。

「…俺に抱きついといて他の男の名前出すなんて、いいと思ってんの?」
「いや、別にそういうわけじゃ…」
「分かってる。でも、どういう理由でも駄目だから」

真っ直ぐに鋭くを見下ろすリョーマの視線。 いつもどこか熱がこもっていて、それでいて優しい…だからは、いつも負けてしまうのだ。

「ごめん。リョーマ」
「許さない」
「もうー…じゃあ、どうすればいいの?」
「言葉なんかより、態度でしめしてよ」
「は…?」
「まさか、出来ないなんて言わないよね?」
「っ!リョーマの意地悪!」

リョーマは、の手首を掴んで距離を一気につめる。

「覚悟、できてるよね?」
「あ…あー!もうこんな時間だねー!」
「そんなんで誤魔化せると…」
「まさか」

そう言っては、リョーマの頬にキスを落とす。 思わず目をパチクリとさせたリョーマが、の手首を掴んでいた手を緩めた瞬間、はリョーマの手を振りほどいてドアの前まで向かう。

「ちょっ!」
「もう良い子は寝る時間だよね?」
「にゃろう…」
「おやすみ、リョーマ」

勝気な笑顔では、リョーマに軽く手を振って部屋を出た。 いよいよ明日は、豪華客船の日なのだから…。