05話 馬鹿と天然少年


そろそろサッカー部の大会が近いということで私は、我が校、飛葉中が予選であたる学校を偵察に行く…。いや、訂正しよう!行かされているところです!!
でも、私は思うんだ。サッカーの事について殆ど何も知らない奴が行っても意味ないんじゃないかなぁ。なぁんて…。

「こういうのは、お前みたいな馬鹿の方がいいんだよ」って翼は言ってたけど…どういう意味なんだろう?
まぁ一応、翼からこの通りに聞けばいいってものを書き出してくれてはいるが…翼に持たされたノートをちらりと見て、私をため息を吐いた。

「アッハッハッハ…はぁー」

重い足取りで私は、翼がリストアップした学校へと向かうのだった。


「…私、天才かな?」

私は、数件の学校を回り、集めた情報を書き出したノートを見る。
いや、違う。逆だ。これは、私が女だからか、それとも私が無知なばかりに無警戒だったのかは定かではないが、質問をすると、皆簡単に深いところまで話してくれた。 どうやら翼の人選は間違いじゃなかったようだ…。

「えっと、最後の学校はーっと…あ。あった!」

『桜上水中学校』

軽く、ここに来るまで他の学校の人に桜上水の噂も聞いてはいたが、どうやらここ最近改革があったらしい。 以前は三年生が主体だったけど、それがごっそり抜けて、今は二年生がキャプテンをやっているというが…正直、事件の香りしかしない。

「と、まぁ実際に来て見たわけだけど…」

そんな事件の香りしかしない学校に来ちゃって、私、大丈夫なの?!メンバーもやばいんじゃ…。
さすがに「偵察に来ました。調べさせて下さい」なんて言えないし…うーん。かといって、このまま帰ったら私が翼に何されるか分からない。

「どうしよう…」

私が暫く校門の前で腕を組みながら、うろうろと彷徨っていると、透き通った少年ボイスに思わず足が止まる。

「あの、どうかしましたか?」
「え?」

突然、声を掛けられて私が後ろを振り返ると、そこには何とも素直そうな男の子が立っていた。

「(やばっ!見つかっちゃった?!…って、え。この子…か、可愛い!!)」

小柄なのに翼とは反して純粋そうな彼に目を奪われる。

「どうかしたんですか?」
「い、いや!あの、何でもな…くはないんだけど、えっーと、ただ、サッカー部が見たいんだけど、私、部外者だしなーって、思って…」
「え?うちのサッカー部に?」
「あ、あーっと、そう!私、大切な探し物をしてて!どうやらこのサッカー部に置いてあるとかなんとかって聞いて…」

わ、私の馬鹿!何言ってんだ―!と自分の馬鹿さ加減に頭を抱えそうになる。

「なにを探してるんですか?」
「え?!いやー、すっごく大切なものなんだけど、目には見えないというか、なんというか…」

ここのサッカー部の情報です。情報を探してるんです…!と私は心の中でツッコミを入れる。

「うーん。なんだか難しくて僕には分からないですけど、僕、サッカー部だから案内はできますよ」
「ぇえ?!い、いいの?」
「水野君や監督に聞いてみないと分からないですけど…」

な、なんて優しい子!!感動だ!こんな優しい子滅多にいない!

「大切な探し物が見つかるように僕も協力します!」

彼の笑顔が、私のハートを天使の矢が打ち抜いた。

「わ、私、!中学3年生です!ど、どうかお友達になって下さい!!」

あまりの少年の可愛いさと優しさに惚れた私は、今世紀最大の勇気を振り絞ってお願いをしました。

「あ。僕、風祭将です。中学2年生です。え?ぼ、僕なんかで良かったら…」

と、少し照れながらお返事をくれた。そんな彼に私は二度目のハートを打ち抜かれたのだった。
この胸の高鳴りとこみ上げる感覚!そう!これぞ運命!

風祭くんの優しい笑顔とあまりにも穏やかな振る舞いから敵の学校だということを忘れかけていた私は、我が幼馴染のことを思い出したように首を横に振る。

「(はっ!いけない!本来の目的を忘れては駄目よ!!翼に怒られる!)」
さん?どうかしましたか?」

彼はそんな私を心配そうに覗きこむ仕草をする。ここは天国ですか?!

「どうぞ、って呼んでください!」

私は、風祭くんの手を両手でつかんで無理矢理とも言える握手を交わした。


「遅い!!あの馬鹿!」
「確かに、遅せぇな」
「こら!そこ!ちんたら走るな!」

翼は黒いオーラを放ちながら、爆発寸前の様子で指揮を執っていた。

「「(、頼むから早く戻って来てくれ!)」」

部員全員がそう祈った瞬間だった…。


今、居る桜上水の二年生が三年生を部活から追い出したって噂だったから、 どんなこわい学校なのかと思いきや…。

「なんや、自分。関西のあの店知っとるんかいな?」
「うん!昔、少しだけ住んでたことあるし、美味しいって評判だったから」

当たり前だが、皆から不審な目で見られていた私だったが、監督は別に気にせずに見て行ってくれって言ってくれた。
将君が、会ったばかりなのにも関わらず、私のことを気遣うように、自分の友人だと皆に紹介してくれたおかげと、 この関西弁で金髪を光らせる佐藤成樹こと、シゲと呼ばれている彼が私に気さくに話しかけてくれたことで、段々と馴染んできていた。

「ほな、この道の筋にある店知っとるか?美味しいお好み屋があるんや。この辺やと関西の味をええ感じで出してる店は、あそこくらいやな」
「え!そうなの?!こっちには来ないからなぁ」
「シゲさん、あそこ好きですよね」
「そうそう。でも本当、おいしいんだよな」

将君に同意するように、桜上水のメンバーである高木君が話に割って入ると、気が付けば、他の部員達とも話が出来るようになっていた。

「へー、そうなんだ!」
「ほな、今度連れてったたるわ。ほら、携帯だし」
「あ!ずりぃ!シゲ!さん!俺も俺も!」
「わわ!ちょっと待って!」

流れで桜上水の皆と連絡先を交換することになったが、おかげでどさくさにまぎれて将君の連絡先もこっそり入手した私は、心の中でガッツポーズをしたのもつかの間。 一人の声に我に返る。

「お前ら、そういうことは終わってからにしろ!」
「ええやんか、タツボン。どうせもう終わりなんやから」
「ミーティングがまだだ。そもそも人が締める前に、お前らが無駄話してるからだろうが」
「え。締めるって…もうそんな時間?!」

校舎の時計を見た私は、どうやらずいぶん長い間桜上水にいたということに気づく。

「なんかごめんね!邪魔しちゃって!」
「いや、別に邪魔とは…」
「気を使ってくれてありがとう!竜ちゃん!」
「竜ちゃんはやめて下さい」

この王子様のような容姿をもつの彼こそが、桜上水のキャプテン。水野竜也君だ。 将君といい、桜上水の皆は、なんていい子たちなんだ…!だけどそうも言っている時間もない。何故かって?それは…

翼に怒られる!

「あ、さん。帰るならそこまで…」
「ううん!大丈夫!ありがとう将!皆さんもお邪魔しました!!」

皆の反応を聞く暇もなく私は、風を切るようにその場を飛び出し、皆と別れた。

「おもろい奴やなー」
「本当、明るい人ですよね」
「ところで、カザ。聞いてへんかったけど、あれとは一体どういう友達なんや?」
「昔のダチなんだろ?さんも武蔵野森にいたのか?」
「え?さっき門の前で会ったばかりだけど…」
「「はぁ?!!」」

部員全員から注目を浴びた将は、咄嗟に頭を下げた。

「ご、ごめん!嘘吐いたつもりじゃなかったんだ!友達になって下さいって言われて、その流れで…!」
「い、いや、別にいいんだけどよ。悪い人じゃなさそうだし、そういうことなら、な」
「余所様の恋愛事情に口出すほど、俺たちも野暮じゃないしな」
「え?」

高木をはじめ、どうも皆なにかを勘違いしているような気もしないでもないが…。 再び、部員達の話はの話になる。

「でもあれ、どこの制服だ?」
「女子の制服なんてわかんねーよ。小島に聞けばわかるんじゃねぇか?」
「それより連絡先聞いたんだし、本人に聞けばいいんじゃないか?」
「あ。それもそうか」
「「(ま、なんでもいいか))」」

そんな部員たちの呑気な考えが読めたように、竜也は深くため息を吐いた。



「ヤバイ!この時間ならもう部活終わってるじゃん!」

絶対、翼怒ってるよ…。マジで私の命がない。 でも、流石に待ってないだろう?と思いながらも急いで学校へと向かう。 私は、青に変わった瞬間、飛び出すように信号を渡った。

「や、やっと着いたぁ…」

肩で息をしつつ、校門に入ろうとしていると後ろから厳しい声を掛けられた。

「遅い!」
「きゃぁあ!ごめんなさい!って…翼?」
「何やってたんだよ?こんな時間まで」

翼は眉間に皺を寄せて、イライラとした表情で私に詰め寄ってくる。

「や、やだー!そんなに怒らないでよ!可愛い顔が台無しだよ?」
「煩い!話を誤魔化そうとするな!」
「バレたか…」
「そんなことより、俺の質問に答えろ。こんな時間まで何してた?」

いつもより少し低いトーンと刺さるような口調が本気で翼が怒っていることが嫌でも分かる。 これは下手な回答は危険だ。かといって、敵校である桜上水で、つい油を売ってしまっていたことは話せない。 さらに翼の怒りを買うに決まっている。

「い、いや、ちょっと調べるのが時間掛かっちゃって…」
「…」
「…」

沈黙の時間が痛い。しかし私も嘘は言っていない。
翼はまっすぐに私の目を見て、疑わしそうな表情を浮かべながらも、少しだけいつもの様な罵声に変わる。

「ノロマ!」
「あ、あはは!ごめんなさい」

心臓をバクバクさせつつも、普段と変わらない体を装う。

「で?」
「“で?”」
「ノート出しなよ」
「あ、うん。そう、だよね…はい、これ」

桜上水の皆のことが頭によぎりつつ、翼に私が調べてきたノートを手渡した。ペラペラと翼がノートをめくるとピタリと指が止まり、何故か黙りこんでいる。

「つ、翼?」
「あ。いや、ほんと馬鹿ってこういう時に役立つんだって思ってね」
「超失礼なんだけど!…まぁ、確かに、翼が言ってたことをそのまま質問しただけだけどさ。私だって頑張ったんですけどー」

そりゃあ、私はサッカー初心者だけどさ…馬鹿だけどさ!! 人が一生懸命調べてやったのにも関わらずその言い方はひどくないか?! 私が膨れっ面の表情をしていると、流すように翼が口を開く。

「はいはい。俺が悪かったよ」
「本当に思ってる?!」
「思ってるって。ほら、帰るぞ」
「へ?」

翼はノートを自分の鞄にしまい、私の学生鞄を無理矢理手渡すとスタスタと歩きだす。 まさか、ずっと私が帰ってくるのを待っていてくれたんだろうか…?

「翼!」
「何?早くしないと、放って…」
「ありがとう!」

私が大声で後ろから翼を呼び、その声で反応した翼に背後から抱きつくと翼の動きが止まった。

「…何のマネだ?これは」
「なんとなく!」

そういうと、翼は私が翼の首に回していた手を強く引き剥がすと再び足早に歩き出した。

「気持ち悪いことするな」
「え、ひどくない?女の子として傷つくんだけど」
「よく言うよ。なんとも思ってない癖に。むしろこっちが…」

思わず、しまった…というように翼は自分の口を塞ぎ、言いかけた言葉を飲みこんだ。

「…」
「ん?なに?」

急に黙り込んだ翼の顔を覗き込もうとすると、ゴンッ!とグーで頭を叩かれる。

「っ!痛っあああい!!」
「なんかムカついた」
「超理不尽!」

私は、翼に“何故かムカついたから”と言うなんとも理不尽な理由で頭を叩かれ、翼に殴られた頭を手で押さえる。

「意味わかんない!なんなのさ!」
「お前が悪い」
「はい?!」

先ほどより足早になった翼を追いかけるように、私も足を進める。なにも言わない翼に対して私が頬を膨らませていると翼が息を吐く。

「色々あるんだよ。俺にも」

そういうと翼は、私の手を強く掴みあげる。

「翼?」

私がきょとんとした顔をしていると、翼は私を見てなにかを言いたげに口を開こうとするも、再び前を向いて「なんでもない。帰るぞ」と言ってそのまま私の手を引いて歩き出す。

「うん?」
「(…お前が俺を男として見てないなんて、知ってるつーの。あー、ほんと腹が立つ)」

翼にとって、のひとつひとつの反応が、幼馴染という関係をひしひしと分からされるようで、嫌になる。

「(覚えてろよ。この馬鹿!)」

翼は心の中で毒づき、の手を強く握りしめた。

「い、痛い!痛い!翼!」
「知るか!遅い!ノロマ!」
「はぁあ?!」

いつもより少しだけ遅い帰り道に、二人の声が響いていた。