06話 隠された本音
「将~!」
只今、私は将に向かって猛突進中でございます。可愛いよ将!マイエンジェルハニー将!その愛しい瞳を私に全て見せて!!
「さん!」
「遊びに来たよ!」
私が元気にそう言うと、桜上水の皆が私の方をみる。
「また来たんかい」
「シゲ!相変わらず男前だねー!うらやましいぞ、この野郎!」
「ありがとう。もかわええで」
「ぎゃああ!よくそんな上手い御世辞が言えるね!」
「ホンマの事やから?」
「止めてよ!うわっ、鳥肌たってきた!」
「なんでやねん!」
皆さん!只今、私は桜上水に遊びに来ています。
え?部活は、大会前だろう?なんで他校のお前が遊びに来てんだよ、この野郎!ってか?
いいのよ!!別に、大会前でも私が出来る事はいつもと変わらないだろうし! 私はふつふつと思い返すだけで、最大の怒りを感じつつも表面は笑顔を繕って見せる。
「おい、翼。ちょっと言いすぎたんじゃね?」
「僕は悪くない」
「ホンマ強情なやっちゃな」
「でも、まさかが本当に帰るとはな」
「吃驚したぜ。翼がに言うのはいつもの事なのになー」
「大丈夫やろか?」
が出て行った後、飛葉の部員は皆心配そうに校門を見つめた。
思い返せば、事の発端は部活の始まる直前の事だった。
「」
「なに?」
「お前、桜上水のこのページはなんだ?」
「うぐっ!」
「『皆、楽しそうだった』ってそんな餓鬼の感想を求めてないんだよ!俺は!」
翼にそう言われた私は、思わず食べていたスナック菓子を食べるのをやめる。
「だ、だって…楽しそうだったから!」
ちらりと翼から目を逸らすと、翼は疑わしそうに私を見る。
「そもそもお前さ、最近、俺に何か隠してない?」
「か、隠し事?私が天下の翼様に隠し事なんてある訳ないでしょ?」
「…最近、部活ない時何も言わずにすぐ帰ってるだろ?」
「(ギクッ!)」
「あと授業中も携帯見てたよな?」
「だ、だから?」
「何があった?」
あれ以来時々、将達と連絡を取っていて、部活が無い日は桜上水に遊びに行っているなんて口が裂けても言えるわけがない。
「…言いたくない」
「はぁ?」
「翼、絶対怒るもん。だから言いたくない」
「…分かった。怒らないから言いなよ」
翼は呆れたようにため息をつくがそうは言われても私だって嫌なものは嫌だ。
「友達が出来た」
「はぁ?」
「それ以上は言わないから!」
「あのな…意味わかんないんだよ!この馬鹿!」
「ぐえっ!首締まってる!首!」
翼からコブラクラッチを掛けられ、今にもお迎えが来そうだ。
「誰だよ。その友達って」
「別に、翼には関係なぃいい痛い!痛い!」
さらに腕の力を強めて首を絞めてくる翼。必死で訴えるように翼の腕に手を叩くも、離してくれる気配はない。
「お前、まさか変な奴と関わってたり…」
「してない!してない!それに年下だから!可愛い子だから!」
そういうと、「なんだ」と言ってパッと手を離した翼からようやく解放された私は、ぺたりと力が抜けたように、その場に座り込む。
「ああー…死ぬかと思った…」
「お前が何してようが勝手だけど、変な行動は慎めよ」
「変な行動って?」
「敵校に偵察に行ったにも関わらずそいつらに情が湧いたから、手伝いやったり…」
「(ギクッ!)」
「仲良く飯いって話し込んだり、家に上がり込んだり…なんて、さすがの馬鹿でもしないよな」
「あ、あはは!まさかー!」
見ているんじゃないかと思うほど、全て的を得ている翼の言葉を笑って誤魔化すも、やばいやばいやばい…! これは、バレたら確実に死だ…!
「ま、相手が女だっていうなら、別にとやかく言うことでもないけどな」
「(…うん?女の子?)」
あ。そっか…私が、年下の可愛い子だって言ったから…。
「あの…翼…」
「いやー、お前がそこまで馬鹿じゃなくて安心したよ」
い…言えない!とてもじゃないけど、敵校のサッカー部の男の子ですなんて言えない!!
「え、えーっと…あのね、翼…」
「なんだよ」
「もしもだよ!もしも、その相手が、男の子だったら?」
「は?なにその質問。」
「だ、だめなのかな?」
「駄目とかそういう問題じゃないだろ。もし相手が男なら、帰ってくるなって言ってるよ」
「…そ、そこまで言わなくていいじゃんかー!」
「はぁ?!」
「翼の馬鹿ーー!!」
私は思わず出そうになる涙をこらえて、大声で叫びながら全速力で駆け抜けるように校門を出た。
「ちょっと!?!」
自分に悪態をついて出て行ったを止めようとするも、 予想外の出来事に惜しくも反応が少し遅くなり掴めきれなかった自分の手を翼は、眉を細めて手のひらを見つめた。
「意味わかんないんだよ。あの馬鹿…」
こうして私は、逃げるように桜上水の皆の所へ来てしまった。
翼の馬鹿…そこまで言わなくていいじゃんか。鬼。悪魔。
私は、皆の邪魔にならない様に練習を座ってボーっと見ていると、ひょいと座っている私の高さに目線を合わせる金髪の美形男子が一人。
「どないしてん?今日はえらい大人しいやないか」
「きゃあ!って、シゲ!」
驚いた私がシゲから距離をとるように体を後ろに逸らすも、シゲはそんな私の隣に腰掛ける。
「なんかあったんやろ」
「え?」
「、分かりやすいからなぁ」
「あはは…。よく言われる」
「カザのことか?」
「ううん!将とはなにもないよ。私ね、幼馴染がいるんだけど、ちょっと癖があるというかなんというか…」
「なんやそれ」
「ま、まぁ、とにかく、喧嘩しちゃってさ」
私が一方的に翼に悪態ついて出てきただけだけどさ…。
「ほう。ま、喧嘩するほどなんとやら…っていうけどな」
「それがそんなことないんだよねー」
はぁ…と私が深くため息を吐くと、シゲはそんな私を見て少しだけ大きく目を開いた。
「そんな顔の、初めてみたわ」
「えー?それ、どういう意味?」
「いや、いつもはカザのことしか頭ないみたいやったから、ちょっと驚いただけや」
「なにそれ。そりゃあ、私はいつも可愛い将のことしか見てない馬鹿だけどさー」
「あはは!ちゃうちゃう。その幼馴染が凄いってことや。の思考をこれだけ奪ってるんやからな」
「だって、いつも怒るし、殴るし、蹴るし…何考えてるのか全然わかんないんだもん」
「ほう。そら怖いな」
「でしょう!でも、でもね…たまにすごく優しいの…」
そう。だから嫌いになれない。だから自分が情けなくなってしまう。
「あ…ごめんね。シゲ。愚痴聞いてもらっちゃって」
「ああ、ええて。ええて。付けこんでるんは、こっちやから」
「つけこんでる?」
「あーいや、なんでもない。気にせんといて」
「そう?」と私が首をかしげると、シゲはゆっくりと立ち上がる。
「ま、なんにせよ。そんな顔してるとカザが心配するで。あいつもそういうのは、敏感やからな」
「え!それはだめ…。将に心配は掛けられない…」
うむむむ~と私が腕を組んで悶々としているとシゲは軽く笑う。
「こら、敵わんな」
「え?なんか言った?」
「なんでもあらへん」
「そう?」
「ま、正面突破だけが正解やあらへんからな」
「どういう意味?」
「逃げてみるのもええってことや」
「…」
「なんや、どないしてん」
「あ、ううん!なんでもない!元気づけようとしてくれてありがとう!シゲ」
「かまへんて。楽しんでいきや」
「うん!」
練習に戻るシゲに手を振り、私は将達が楽しそうにサッカーの練習に励んでいる姿に再び目を移した。
「シゲ!何処行ってたんだよ!」
「悪い悪い」
高井に平謝りをしてしれっと何ごろも無く部活の練習に戻ろうとしたのもつかの間。竜也が眉間に皺を寄せてシゲに詰め寄る。
「お前!部活サボって何やってたんだ!」
「か、堪忍やて!竜ボン!」
「ったく…あまり彼女に深入りするのもどうかと思うぞ」
「さぁ、なんのことやら」
「はぐらかすな。お前だって分かってるんだろ?彼女が・・・!」
「あー!あー!大丈夫やて!竜ボンが心配するようなことはあらへんから」
「それはそうかもしれないが…」
「ほら、練習や練習!」
「シゲ!!」
言いたいことはよく分かってる。彼女が自分たちにまだ本当のことを言っていないことも。 だけど、彼女が嘘を吐くのが上手いタイプではないということも、見ていればわかる。 だからこそ、魅了されてしまった。気になってしまった。初めて彼女が言った幼馴染という存在も。 自分には入り込む隙間がないとよくわかっているはずなのに、欲がでそうになるんだ…。
「馬鹿!!そこ違うだろ!そんなのも分かんないの?!」
飛葉中では、あからさまいつもの数倍きつい翼の指導を受けていた。
「も居ないところを見ると、これは何かあったわね」
玲さんはそんな翼を見て直ぐに理解する。
「終了!」
翼が言った途端サッカー部員がその場に座りこんだ。
「何や?!今日の練習は!」
「キツイとか言うレベル、超えてるぜ!」
「しゃーねーだろ…」
「まぁな」
いつもなら玲の隣で立ち、自分たちに駆け寄ってくるいつものの姿がないことに息を切らしながら柾輝たちは、息を吐いた。
「お前ら、俺先に帰るから後頼んだぞ!」
いつの間にか制服に着替えていた翼は学校を出た。
「そんなに気になるんだったら、素直に最初から止めに行けば良いのになぁ」
「それが出来たら、俺らも苦労してねーだろ」
サッカー部員の全員が、グラウンドに倒れこんだ。
一人になりたい気分だった。桜上水の皆と別れて、未だブラブラと帰り道を行ったり来たりしている。 逃げてみるのもいい…か。シゲはそう言ってくれたけど、私はいつも逃げてばかりな気がする。悪いのは私だ。翼じゃない…分かっているはずなのに…。
「…明日ちゃんと翼に謝ろう」
自分に言い聞かすようにして方向を家へと変え足を進めた。ちょうどその時、後ろから私を呼ぶ声が耳に届く。
「!」
「ん?」
呼ばれた声のした方に振り返るが、あり得ないと私は自分の目を疑う。
「は?…翼?!」
「お前!そこ動くなよ!!」
「はぃ?!」
私は、突然訳の分からないことを言われて一気に力が抜けてしまった。翼は息を切らしながら私の方へ向かってくる。 何で?どうしてそんなに一生懸命に走ってるの?意味わかんない…。
「うぇっ?!」
私に向かってくる翼の方を思わず、呆けて見ていると突然、私の腕を掴まれる。
「馬鹿!お前、何してたんだよ?!」
「え。えーっと…散歩?」
「はぁ?急に飛び出して居なくなるから何かあったと思うだろ!」
「え…翼、まさか私のこと探してくれてたの?」
「っ!たまたまだよ!部活終わった帰り」
「ですよねー…」
翼に限ってそんなわけないか。しかし、これは謝るチャンスかもしれない。私は、翼に頭を下げる。
「勝手に出てってごめんなさい」
「…お前、本当どうした?なんだよ、急に」
「人が素直に謝ってるのに超失礼!」
「ま、なんでもいいけど。多分、俺も悪いんだろうし」
「え…?」
「なんだよ。その目は」
翼が私にそんな気遣うようなことを言うなんて…自分の非を認めるなんて…。あり得ない。といった様に私が目を丸くしていると、翼は息を吐く。
「ったく…。言っておくけど、俺はお前を誰かにくれてやるつもりなんてないからな」
「はい?」
「そもそもお前みたいな馬鹿が考えすぎると碌なことがないんだよ。いい加減、素直に俺の言うこと聞いてれば?俺がお前を手放すわけないんだからさ」
にっこりと微笑みながら、当然のように私にいう翼。 なんとも翼らしいというか、なんというか…。これは私は怒るべきところなんだろうが、言うことが翼らしくて少しだけ安心してしまっている自分がいる。
「たまに無茶苦茶なこというよね、翼って」
「別に無茶じゃないだろ。お前が従えばいいだけなんだからさ」
全力で反論の意を表明したいところだが、翼が黒い笑みを浮かべ、「返事」と詰め寄られると、もはや私には為す術がない。 「は、はい…」と私が小さく返事をする。私達のいつものパターンだ。
「わかったならいい。帰るぞ」
そう言って翼は方向を変えて歩きだす。
「…ありがと。翼」
私は翼に聞こえない程小さな声でぼそり呟き、翼の背中を追いかけた。