09.5話 過去篇_幼き恋心


本当に馬鹿でどうしようもないくらいドジな俺の幼馴染。正直、あいつが何を考えてるのか俺には分からない。
当時は家が隣で平日も休みの日も一緒にいるのが当たり前だった。だから、あいつに対して女だと意識したことなんて無い。

寧ろあんな馬鹿に対して、この俺がそんな感情を持ち合わせるはずがなかった。だけどそれが、どうしてか。たった一度…いや、ほんの数秒だった気がする。
不覚にも、今までまで馬鹿な幼馴染として見てきたあいつを一人の女の子としてみてしまったんだ。全てはそれからだった。


あれは、確か小学3年のある夏休みの事だった。

その日も俺はサッカーの練習だったけど、当時の幼い頃の俺と言えば、全く背の高い奴には敵わなくてそんな自分が情けなくて、 そんな自分を振り払うようにただがむしゃらに向かうことしか知らなかったんだ。

「うわっ!遅くなっちゃった!お母さん!こんな時間にお使いだなんて頼まないでよねー!」

こんなに可愛い小学生が夜に歩いてて襲われたらどうするのよ?! なんて心の中で訴えながら、がお使いから家に帰る途中に歩いていると、 偶然にもいつも自分と幼馴染である翼が練習していたはずのグラウンドに明かりが点いているのが分かった。

「あれ、ここって…まさか、まだやってるの?」

こっそりと覗いて見ると私が目にしたのは、小さな体で周りの背の高い人達に何回も何回も倒されてもさらに向かっていく翼だった。

「つばさだ…」

は初めて見るサッカーの練習に息をのんだ。

翼は自身の小さい体で向かって行っても無駄だって分かってたけど、まだそれしか出来なくて、いつも傷だらけだったその時もそうだったのだ。 頭では分かっててもなにも出来ずに未だにぶつかるしか出来ない。

「くそっ!」

練習が終わると、俺はタオルを首に提げ、下を向きグラウンドに座りこんでいた。

ジャリ

と砂の音がして誰かが近づいて来るのが分かったが俺は、顔を上げなかった。

「お疲れ様!」

最初は誰か分からなかった。だけど聞き覚えのあるよく通る女の子の声…。誰でもいい…一人にしてくれよ。なんて俺が思っていたのにも関わらず、そいつは、そんな俺の前にチョコンと体育座りをしてスポーツドリンクを差し出したのだ。

「え?」

思いもしなかった女の子の行動に、俺がようやく顔を上げるとライトの明かりに照らされて思わず目を細める。そして、その明かりに照らされながらニッコリと微笑んだ可愛らしい女の子。

「つばさ。一本どうぞ」

それが自分の幼馴染で良く知るだと理解したのは、数秒経ち、明るい光に目が慣れたころだった。

「…。お前、なんで」

俺は、彼女を数秒だけ一人の女の子として見てしまった。思えば、その数秒から始まったのだ。
柔らかい表情で微笑むに俺は、はっきり心臓がバクバク鳴ってるのが分かった。

「近くを通りかかった時に見えたから来ちゃった。つばさ…格好よかった、よ?」

は目線を俺から逸らしたと思ったら、少しだけ顔を赤くしながら俺にそう言った。 だけどその笑顔の表情の裏に、少しだけ辛そうに涙をこらえるようなどこか弱弱しくも優しく俺だけを見ているそんな表情だった。 俺がからスポーツドリンクを受け取ると、次は俺の方を少しだけ睨みながら言った。

「す、少しだけだからね!」

いつもならの何気ない仕草が俺に追い討ちでもかけるかの様に思いを高鳴らせる。

「つ、つばさ?」

その声で反応した俺は、ふと我にかえる。

「…めんどくさがりのお前がなんで来たんだよ?」
「う、うん。なんか…来ちゃった、あはは」

ここへきたのは本当に偶然らしくアハハ、と軽く笑う。 そんな普段の馬鹿馬鹿しいの動作にも反応してしまう。ヤバい…。

一時の気の迷いだと思いたかった。
こんな馬鹿のことに惚れただなんて思いたくなくて、距離を置こうとした次の日、すぐにその思考は打ち壊されることになる。

「全く…。なんでお前が怒るんだよ」
「だって悔しいじゃん!つばさ、馬鹿にされてるんだよ!」
「言わせとけばいいだろ」
「だけど、つばさ、がんばってるのに…!そりゃあ、つばさは背が低いし、顔は女の子みたいだけど!」
「お前、どさくさにまぎれて喧嘩売ってるだろ」
「そ、それは置いといて…。才能ないとか、サッカーやめろとか、いくら上級生でも、そんなこと言うなんて許せないよ!」
「だからってお前が喧嘩売ってどうするんだよ。お前、関係ないだろ」
「あるよ!幼馴染だもん!大丈夫だよ、つばさ。つばさなら、絶対あんな奴に負けないから」
…お前…」
「そうだよね?!」
「…当たり前だろ!」

勝てるわけもない上級生の男子相手に、喧嘩売るなんてめちゃくちゃな奴だ。 僕が見てなきゃ、こいつはなにをするか分かったもんじゃない。 今思えば、それからだったかもしれない。強くなりたいと思うようになったのは。

だけど小学5年の時、は突然、俺の前から消えた。

当時の俺は、家庭の事情で引っ越したって母さんや先生に聞かされていた。
いつも自然と俺の隣にいた。 あの日から俺はをただの幼馴染としては見れなくなっていたはずなのに、 今の幼馴染という関係が壊れてしまうのが嫌で、今の関係に満足していた自分にこれほど後悔した瞬間はなかった。

好きだという感情が溢れ出た。

だけど手放してしまった以上、どうしようもない。が帰ってくることはない。
だから、そんな現状を打破するには、ただサッカーで上を目指すだけだったんだ。 それしか、俺を信じたあいつに繋がる道がないと思っていたから。

そうして世界を目指すためにサッカーだけに目をむけるために転校した俺の目の前に、あいつは再び現れた。

「お、遅れて申し訳ござ…ギャア!!」

この瞬間、想いは確信にかわる。
もう手放してやらないから、覚悟しとけよ。