09話 隠された笑顔


「嘘っ!8時30分過ぎてるー?!」

時計の針が刺す衝撃な時刻に私は急いでベッドから飛び起きた。 やばい!これは確実にヤバイ!翼に怒鳴られ…否、ぶっ殺される!!

「やっぱ、この前の事怒ってるなー。翼」

前回、桜上水との関係をやっと翼達に話した私はなんとか無事に終える事ができたはずなのに、やっぱり翼はまだ怒ってるみたいだ。
だって試合の時は必ず迎えに来てくれてたのに今日は来てくれなかったんだよ?
翼の馬鹿!翼の馬鹿!翼のバカーー!!
でもこんなことを言うと、翼のマシンガントークの餌食になると言う事が目に見えているので絶対に言いません!

「ゎわっ!試合始まっちゃう!急げ!私!!」

私は急いで着替えて家を飛び出した。

「頑張れ私!めげるな私!」

自分で自分を応援しながら何の坂!こんな坂!全力疾走で駆け抜け、ようやく試合会場が目に入り角を曲がる。

「あそこかぁ!!」
「(遅刻遅刻!)」

ドン!!

「え…どわぁあ?!」
「えっ!わわ!!」

バターン!!

角を曲がり、校門が目の前というところで私は、誰かとぶつかり尻もちをついた。

「あいたた…誰だ!ちゃんと前見、て…って、将!!」

私ったらこんな可愛い将になんて暴言!

「ご、ゴメンなさい!って、あ、あれ?さん?!」
「大丈夫?!怪我は?!」
「大丈夫です!それよりさんこそ大丈夫ですか?!」
「え?!私は大丈夫!頑丈だから!」

将は、優しく私に手を差し伸べて立ちあがらせてくれる。
え…なにこれ?!やばい!超嬉しい!
愛しの将にこんなに優しくしてもらえるなんて、もう死んでもいい!!

「本当にごめんなさい!」
「う、ううん!私の方こそ、ごめんね!寧ろ、ありがとう!!」

将につられるように私も頭をさげる。
そんなやりとりをしている時、そんな幸せをぶち壊された。

「風祭」

と呼ぶ男の人の声によって…。

「!渋沢先輩!?藤代君!」

誰だろう?と私が考えている内にも話は進み、監督と呼ばれていた人はその場を去った。 こいつらか!将と私の愛の語らいを邪魔したやつらは!と睨んでいると、その視線に気がついたのか、将の知り合いらしき一人の男の子が私に話しかけてきた。

「ねーねー!君の名前は?」
「え?あ、私?!」
「そうそう!桜上水のマネージャー?」
「い、いえ。私は飛葉のマネージャーでと申しまあげ…ぐ!」

か、噛んじゃった…。

「あはは!ちゃんおもしれー!!へー、飛葉ってマネージャーいたんだ。あ。ちなみに俺、武蔵野森の藤代誠二。誠二で良いよ」

藤代誠二…って事は、もう一人が将が渋沢先輩と呼んでいた人か…。 武蔵野森って確か、サッカーの強豪のはず…。知識がない私でも、翼達から要注意の学校として何度も聞かされたから名前くらいなら分かる。

「おい、藤代。時間がないぞ」
「あ!じゃーねー!ちゃん!風祭、グッドラック!」

将と共に私もその場を急いで立ち去り、皆の元へと向かった。

「遅れてごめん!」

将は竜也に手を合わせて謝る。

「早く着替えろ。練習始める…ってなんでさんまで?」

竜也は、呆れたように私をみた。

「アハハ…。私も遅刻しちゃって」
さん!」

竜也の言葉で桜上水の皆が私の方に駆け寄ってきた。

「わわ!何?!」
さんが飛葉中のマネージャーだったなんて知りませんでしたよ!」

森永君の言葉にそうそう、と皆がうなずいた。

「ご、ゴメン!皆!」
「良いっすよ別に。ただ、それならそうと言って欲しかったっスけど」
「ごめんね…だますつもりじゃなかったんだけど、言いづらくて」
「もう隠し事は無しですよ」

高井君達の言葉に不覚ながら感謝してしまう。

「皆…ありがとう」

やっぱ、優しいよ!桜上水!

「あ!でもコッチも手は抜かないからね!!」
「当たり前ですよ!」
「そうだ!水野君!武蔵森の監督と渋沢さん、藤代君が見に来てる!」

将が思いだしたように叫んだ。

「なに!?」

桜上水の皆がざわつき始めた時、私の幸せは聞きなれた声で一気に吹き飛んだ。

「こいつは驚いた!生意気にもぼくらに勝つつもりでいるんだ」
「っ!!(やばっ!)」

あからさまに翼は私をにらんでいたが、それと同時に私は翼に腕を掴み後ろに引っ張られる。

「ちょ、ちょっと、何…」
「お前は黙ってろ」
「…はい」

私を無視して、桜上水のサッカーの目標が小さいと桜上水の皆をわざと貶すような言葉を発する翼のマシンガントークが炸裂し、桜上水の皆は当たり前だけど怒っていた。

「翼、もうやめ…」
「すごいや…世界か」
「「え?」」

只一人、キラキラした笑顔で楽しそうに将は翼を見る。 夢見る将!可愛いよ!!
そんな私を余所に、翼は毒気が抜かれたように将を見て大きく目を見開いた。

「翼!悪い遅くなった」
「あ、監督!」

そんな玲さんの声が聞こえたと同時に私は、翼に無理やり引きづられながら桜上水の皆の元から離された。

「翼!痛い!痛いよ!」
「…何でがあいつと一緒にいたわけ?」
「あいつ…あ!将の事?たまたま今さっきそこで会って。って翼、何怒ってんの?」
「別に」

いや、怒ってるよ!絶対、怒ってるよね!!

「遅刻した事、怒ってる?でも、それは、翼が朝迎えにきてくれなかったからでしょ?」
「人のせいにするな!朝くらい自分で起きろよ」
「私が朝弱いの知ってる癖に!あ!そうだ!わざと今日迎えに来なかったでしょ!」
「さぁね」
「むかつく!」
「落ち着きなさい!二人とも達!」

玲さんに止められ、私はやっと試合の準備に取りかかった。 そして、全ての準備が整った頃になると緊張感が張り巡らされた中、試合開始のホイッスルが鳴り響く。

「頑張れ!皆!」
「きっと良い試合になるわよ」

玲さんも楽しそうに試合を見つめたのだった。

試合は順調に進んでいき、お互い一歩も譲らず前半は未だに0-0のままの攻防。 しかし改めて見ると…。

「翼って凄かったんだ…」

改めて思い知らされる光景に、私は思わず言葉が出た。

、あなた何回も見てるでしょう?」
「いや、そうなんですけど…」
「ふふ、そうね。この試合は互いの長所のぶつかり合いだから、にも分かりやすいかもしれないわね」
「…いつも凄いって思ってますけどね」
「あら、翼に言ってあげたら?喜ぶわよ、きっと」
「喜ばないと思いますし、絶対に嫌です」

だって、なんか悔しいじゃん…。
玲さんの言う、互いの長所のぶつかり合いは、そうして接戦のまま前半が終了したのだった。
私が、皆にタオルとドリンクを配った後、直樹が翼にポジション変更の話を持ちかけていた。

「だめだ」

即座に直樹の提案を却下した翼だったが、柾輝や五助達のフォローで直樹が本来のポジションに戻す許可が出た。 私には詳しいことは分からないが、皆が楽しそうで見ていて私も楽しくなる。

「皆、頑張って来い!」

私も皆の背中を押すように叫んだ。



翼が私の方を振り返る。

「なに?」
「よく見てなよ」
「任せなさい!」

試合が動いたのは、後半開始の合図が鳴った直後だった。

「うあっ!」

早くも先制点を手にいれた翼達だったけど…。

「あわわ!」
「うるさいわよ。
「で、でも!」
「…気持ちは分かるわ」

私は、皆のプレーに叫ばずにはいられなかった。攻めと守りの激突。そして目の前に叩きつけられた諦めない将のプレー…
だけど…

「あっ!!」

なにがあるかなんて分からない。

「…アクシデント」

ボールの軌道を全て読んでいると思っても読み切れない。それがサッカーだ。 終了真近、ボールをフィールドから蹴り出して勝てると思ったところで、倒れていた桜上水の選手の頭に当たり、ゴールが決まる。
結果的に見れば、1-2。私達の負けだ。

「…よし」

敗北を受け入れた私は気合をいれて、笑顔で私は皆の元に駆け寄りタオルとドリンクを配る。 翼はタオルを頭にかけたまま椅子に座りこんでいる。

「翼…」

大きく深呼吸を私は決心を固めて翼の方へ駆け寄り、翼を覗きこむようにしてドリンクを差し出す。

「翼、お疲れ様!惜しかったね」
「…」
「あ、えーっと…うん。格好よかった、よ?」

少し声を震わせながら話すの声が聞こえる。
その様子が顔を上げた翼の目には、昔の…とある日の幼きの姿と重なる。
不覚にも自分がを女の子として見てしまった、あの日と同じ…泣きそうになりながらも満面の笑顔を振り舞う姿だったからだ。

「翼?」

私は、返事がない翼を心配してもっと翼の方へと覗きこんだ途端…。 翼は、無言で私の頬を引っ張った。

「っ!いはい!(痛い!)」
「バーカ」

そう生意気に言った翼が、いつも通りの翼で私は内心、ホッと胸をなでおろす。

「ひどい!せっかく褒めてあげたのに!」
「お前に褒められるなんて気持ち悪い」
「負けたくせに偉そうに…」
「はぁ?なんか言った?」
「さー!後片付けするか!」

私は、急いで方向を変え逃げるかのようにその場を去った。

「くそ…あの馬鹿」

あいつが俺の事を褒めたのは、あの日に一度だけ…。 それ以降は一回も聞いた事がなかった。泣きたいくせにわざと笑顔を作ろうとする。 つよがる。そんな表情は彼女に二度とさせないと誓ったはずなのに…。

――俺はもっと強くなる。

翼は幼き過去と同じ誓いを再び立てた。