16話 勝負の幕開け


「類人猿め」
「聞こえてんだよ!女!」
「はぁ?さっきと態度が違うんじゃない?それに私、名前言ったんだから覚えろよ。この野郎」
「人のこと言えねーだろ!」
「あんたみたいな類人猿を呼ぶ名前なんかないわよ。それより、さっさと私の視界から消えてくれない?」

売り言葉に買い言葉とはこの事だろう。 鳴海は、先ほど翼に言われた言葉を思い出していた。

「俺、調子にのんなって言ったよな?」

翼は、に聞こえないようにの両耳を塞ぎながら言った。

「ぁあ?」
「悪いんだけど、その汚い手でこいつに触らないでくれない?」
「なんだと…」

少し馬鹿にしたように笑いながら鳴海は翼を見た。

「やけにご執心だな。そんな女に」
「そうだよ。この馬鹿はお前みたいな低レベルが扱える奴じゃないんだよ」
「ぁー?どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ」

そう言って翼はの両耳から手を放した。



鳴海は、チッと舌打ちをする。

「(じゃじゃ馬どころの話じゃねぇな…こいつ…)」

家庭の事情で遅れてきただか、なんか知らないけど!

「あんたみたいな類人猿に将が怪我させられたら、たまったもんじゃないの!フェアプレー以外の勝負はお断りよ」

は冷たい瞳で鳴海を見る。

「うるせー女だな…」

鳴海がなにかしらブツブツと私のことを呟いていたのが、聞こえたはさらに苛立ちを増すもわざと笑みを浮かべて言い返す。

「あんたは本当にウザい変態ゴリラだね」
「もっぺん言ってみろ!くそ女!」

そう言うと鳴海はとうとうマジギレしてしまったようで、 私を無理やり殴ろうと胸倉を掴みかけられ、そのままの状態で睨み合いを続けていると 背後から私の名を呼ぶ声に反応した鳴海は舌打ちをしたあと、急いで私から手を離す。

!」
「あ。英士」
「…ちっ。誰だ?てめーは」

喧嘩越しの鳴海の鋭い視線は、私から英士へと移る。

「女の子に手をあげるなんて関心しないよ」
「うるせー!このくそ女が仕掛けてきたんだろうが!」
「誰がくそ女よ!それに元の原因はあんたでしょ!」
。とりあえず向こうに行こう」

再び勃発しようとしていた喧嘩を阻止するかのように、 私は、無理やり英士によって手を引かれその場から離された。


「全く。は女の子なんだから無茶しないでよ」
「ご、ごめん。つい切れちゃって…」

将が傷付けられたらどうしようとか、 ただでさえ緊張感が血走っているこんな合宿に、あいつが来ることで他の皆にもなにかしら影響を与えることになるのではないか。 などと考えていたら心配で溜まらず口を挟んでしまった。

「あのまま、僕が来なかったらどうしてたのさ?」
「そうだねー…蹴飛ばしてやったと思うけど」
「力の差を考えなよ」
「大丈夫。私には性悪の幼馴染みがいるから…って、英士?」
「…それって椎名のこと?」
「そうだけど…今のつまんなかった?」

ちょっとした冗談でいったつもりだったが、英士はなにかを考えるように息をつく。

「…鈍い分ちょっと安心かな」
「え。なに?」
「別に。ほら、ミニゲーム始まるよ」
「あ!やば!」
「ちゃんと、見ててね」
「もちろん!見るよ!一応マネージャーだもん!」

それも仕事の内だし!当たり前じゃない!選手の活躍は見逃せません!

、意味が違うんだけど」
「うん?」
「まぁ、今はそれでいいかな」

本当は僕の事を見ててって意味だったんだけど…。と英士はに聞こえない小さな声でボソリと呟いた。

「あ!英士!」
「何?」
「助けてくれて、ありがとう。頑張って私に格好いいところ見せてよね!」
「…うん」

小さく芽生えた。まだ始まったばかりの恋なのだから。


「ぎゃ!遅れる!」

急いで私と英士は集合場所へと向かう。コートが見えがあたりで英士と別れて、私は玲さんの元へと走る。

「えらく遅かったのね?
「ごめんなさい。何でもしますから許してください」

黒魔術だけはご勘弁を! はその場で玲の怒りを鎮めるように土下座をする。

「あら、なにも私そんなに攻めたつもりはないのよ?でも、が何でもしてくれるって言うのならしてお願いしちゃおうかしら」
「は?」

そう言ってにっこりと満面の笑顔となる玲さんに私は瞬時に把握する。
…はめられた!

「玲さーん!」
「安心しなさい。そんなに変な事はさせないわよ」
「え」

変なことって…本当はなにをさせるつもりだったんですか?!

「あなたに本当に1つお願いしたい事があったから」

お願い…?はっ!まさか私が変人だからって、流行りの飛び降りとか?!あの世へランデブーですか!玲さん!それは流石にそれは勘弁!お奉行様ー!

「誰もそんなこと言ってないでしょ!」
「ぎゃー!読心術!!」
「あなたが自分で大声で言ってたのよ」
「あ、そうですか」

玲さんだったら出来そうなのに…

「誰も出来ないなんて言ってないでしょ?」

その一瞬で、はなにやら大きな危険を感じた。

「そ、それより玲さん!何ですか?お願いって」
「後で言うわ。今は、貴女もミニゲームに集中しなさい」
「あ!そうだった!」

英士と約束したもんね。ちゃんとマネジャーとして仕事を全うするって!ミニゲームも見るって!じゃないと、また馬鹿にされちゃうもん。

「郭君は、本当にそんな意味でにミニゲームを見とくよう言ったのかしら?」
「はい?何で英士?…って!」

今のはかなりの読心術ですよね!そうですよね!! だって私、今のは絶対に口にだして言ってないもん! 私は、やっぱり玲さんは読心術が出来ると実感するのだった。 そんなやりとりの中でも、ミニゲームはどんどん展開が進んでいく。

「渋沢が入れられた!」

誰かがそう叫んだ声に私は、そちらの方に目を止める。
へー。凄い子が居たもんだ…って!あれは!この前、うちの学校と試合した殺人的シュートのスキルを持っている天城君じゃないか!

「やっぱ凄いんだねー」
「そりゃそうだよ。でも、君もある意味凄いって聞いたけど?」

後方から聞きなれない声が聞こえてきたことに、私はぴたりと固まる。
…誰?
あ!でも、この子みた事ある!っていうか結構見るぞ。どこだー…えーっと…頭を抱えて名前を思い出そうとするが、出てこない。

「あー!ごめん!見た事あるけど、誰だっけ?!」
「ハハ、凄いって聞いてたけど僕の予想以上だよ」

まさか私…褒められてる?!

「よく変わってるって言われるでしょ?」
「そりゃあ日常茶飯事でー…って、そうじゃなくて!あなたは誰?」
「僕は杉原多紀。見かけるのは、カザ君達とよくいるからじゃないかな?って呼ぶね」

あ、なぜか勝手に話が進んでる気がする。ま、いっか。え?ってか、将と一緒?
私は、悶々と合宿で将を拝んできた光景を思い出し、ぽんと手を叩く。

「あー!人並みはずれたダッシュ力を持ってるオールバックの子といる子だ!」

えーっと、それでその子が呼んでた名前はー…。

「滝つぼ!」
「違うと思うよ?」

その瞬間、何故かもの凄い黒いオーラを感じました。あ、そっか。この子、あっちの世界の住人か。

「おーい!タッキー!何してんだよ!」
「そうだ!タッキーだ!宜しく、タッキー!」
「良かったね。思い出せて」
「ん?誰だ?」

タッキーと握手を交わしていると後ろから先ほど思い出していたオールバックの少年が隣へやってきた。

「あ!あなた確か!天ぷら丼君!」
「なっ!イダ天と呼ばれてる小岩鉄平だ!」
「そうそう!それそれ!宜しく!えーっと、小鉄君だ!あ!私は…」

あれ?そう呼ばれてた、よね?…違ってても間違いじゃないからいいや。と思いつつ名前名乗ろうとした時、タッキーが小鉄君に語り掛ける。

「聞かなくても知ってるよね?小岩君」
「おう!開始の挨拶の時に聞いたからな。確か、マネージャーの花子さんだっけか?」

あの…それは某超有名なホラーの赤いスカートでトイレに居る少女と間違えてませんか?

「私はマネージャーのよ!!」
「おー!それだそれだ!宜しくな!」

…小鉄君は、もしかしたら、私と同じくらい馬鹿なのか?
その瞬間、私の中で何かが芽生えた。

「宜しく!同志よ!」
「おう!よろしくな!」

はがっちりと小鉄君と握手を交わす。

「ハハハ。じゃ、行こうか」
「そうだな。じゃーな!
「頑張ってねー!二人とも!」

うん!いい子たちだ!同志にも出会えたし、いいことが続くなぁと朗らかな気分に浸るも、それは一瞬の出来事で現実に戻されるのだった。

「はっ!ドリンクとタオル配んなきゃ!」

仕事を思い出したは、ドリンクとタオルを持って走りまわる。 すると、なにやら前方に見たことのある後ろ姿を目に捉えた。おっ!あれは!

「殺人的シュートスキルを持つ天城君!」
「え?」
「はい!ドリンクとタオルだよー」
「あ、どうも」
「うん!どういたし…ッ!」
「?!」

私が、天城君に言葉を返そうとしたしたまさにその時…。

ドゴ!!!

まさかの後ろからキック攻撃!
天城は、突然のことで驚いたようにベタンと前のめりに倒れる私を他所に体を後ろに逸らす。

「痛っ…!誰よ!馬鹿!」

スパイクが今にも腰にくい込んでいる。 私が、後ろをバッと振り向くと、そこには地獄の光景が待っていた。

「あ、ハハハ。翼…」

何故か黒いオーラと般若を背負ったような翼。 私も考えたらこんな事するのは翼以外いないと言うことを学習するべきだった。

「…タオル」
「は、はい!あ!っと、これ!ドリンクです!」

ゴメン。一言だけど言わせて!
怖い!
どうすればいいのか分からなかったのか天城君が逃げるように去った後、暫く翼との間で沈黙が続いた。 そして、先に口をひらいたのは、あからさまにいつもより声が低くて未だに黒いオーラを放つ翼だった。

「…馬鹿
「はい、馬鹿です。ゴメンなさい」
「自分で認めるなよ」
「いや、だって事実だし…」

っていうか、皆さん。翼が何で怒ってんのか分からないけど、こんな状況の翼に口答えできると思いますか?肯定以外の言葉を口にしてみろ。 死ぬよ?


「うわ!は、はい!何でしょう?!」
「……」
「え?あの翼、さん?」
「…ぷっははは!ゴメン、もう我慢できない」
「え?」
「お前最高!」

アハハっと未だに涙を流して笑い続ける翼。 何だよ。怒ったり笑ったり…意味が分からん。

「あの、翼?」
「ん?あーごめんごめん。笑いすぎた。相変わらず馬鹿だねー、お前!」
「はい?」
「挙動不審」
「あはは…」
「あー面白かった」
「面白いって何よー。人のこと怒ったり笑ったり、意味わかんないよ」
「別に。ただ」
「ただ?」
「あんまり離れるなって事だよ」
「あ…はい?」

どういう意味だ?それが怒ったり笑ったりの原因に繋がるの?

「いいよ。別にお前が理解してなくても。その前に始めから理解できるなんて思ってないしね」
「なんか凄いムカつく…」
「じゃあ理解しろよ」
「…もう一回分かりやすく言って?」
「知るか!」
「ちょっ!待ってよ!翼ー!」

翼は私から背を背ける。

「(ったく、あの馬鹿…)」

あいつがちょろちょろ動く度に目立って、妙な敵を増やして…俺がどれだけ苦労してると思ってるんだよ。 最低限だけでもいい。あんまり、俺から離れるな…。と言いたくても言えない言葉がもどかしかった。

「あ!翼!見て見て!将が出てるよ!」

君とのこの関係が崩れるのが怖くて…。

「大丈夫かな?将?」

だってあの鳴海も一緒なんだよね…。

「将なら大丈夫だろ。でもまぁ確かに、ただじゃ済まないだろうけどな」
「え?それって何か起きるって事?」
「見てたらはっきりするんじゃない?」
「そ、だね」

将…頑張れ!
でもこの時の私は、これから恐ろしい出来事が起こるとは知りはしなかったのだった。