10話 恋する乙女心


「さぁ!リョーマ様とどういう関係なのか、はっきりさせて下さい!」
「関係って言われても…」
「朋ちゃん!!」

海堂君が記録係を昨日、手当したお礼に自分の試合まで代わってくれると言われ、 は一度は断ったものの、あの海堂の恐ろしいほどの迫力に負けて空き時間を貰ったため、リョーマと乾先輩の試合を見に来たんだけど…。この事態を収拾する方が先決らしい。

「データでくるなら、その上をいくまでだね」

さっきまで、乾先輩の徹底的なデータテニスに翻弄されていたかと思えば、リョーマは乾先輩のデータを超える技で対抗し、試合はもう完全にリョーマのペースだ。 正直、もう充分試合を楽しんだから私としては早く記録係の仕事に戻りたいのだけど、そうはさせてもらえないらしい

「これは、思わぬひろいものだな」

どうやら、いつも馴染みの学生テニス雑誌の取材の人も来ているようだ。 そんな中でも、竜崎先生のお孫さんである髪の長い三つあみの少女、竜崎桜乃ちゃんとその友達で、いつも元気にリョーマを応援している小坂田朋香ちゃんには尋問のような質問が投げ掛けられている。

「いくらマネージャーだっていっても、可笑しいところだらけだもの!」
「え?!」
「昨日だって、試合の後リョーマ様と二人で話してましたよね?」
「そ、そりゃあ、部活なんだから話くらいは…」
「この前、二人で一緒に帰ってるところだって見たんだから!」
「と、朋ちゃん、落ち着いてよ!」
「あー…そっちかー…」

桜乃ちゃんが顔を真っ赤にしながら、朋香ちゃんを止めるのを目にしつつ、は頭を抱えるほど悩んでいた。 どう答えればいいのか分からない。一緒に住んでるなんて言うと、これは話がややこしくなるのは一目瞭然だ。ここは、なんとかして誤魔化すしかない。

「あのね、私とリョーマは親が知り合いなの」

うん。この話に嘘はない。

「だから、前から知ってたというかなんていうか」

ただ、肝心な部分が抜けているだけである。

「一緒に帰ったのだって偶然よ!そう!偶然、帰り道で会ったから!」

は朋香達から目をそらしながら、歯切れが悪そうに言う。

「親が知り合いって…本当にそれだけなんですか?」
「当たり前でしょ!それだけよ!それだけ!」
「めちゃくちゃ怪しいですけど」
「そ、そんなこと…」

これで、は、逃げられると思った矢先、朋香に待ったをかけられた気分だった。

「一応聞きますけど、先輩は桃城先輩と付き合ってるんですよね?」
「ええ?!」
「よく一緒に帰ってますよね?」
「違う!違う!桃とは、一年生の時からクラスが一緒だから!大事な友達!」

のクラスでは、当たり前に皆が知っていることだったから、桃城と一緒にいてそんな噂を立てられたことすらなかったは驚きが隠せない。

「…分かりました」
「あはは…」

リョーマの試合を見に来ただけなのに、どうしてこうなってしまったのだろうと、は後悔する。

「じゃあ、後一つだけ聞かせて下さい」
「は、はい!」

思わず返事を返してしまった。朋香の威圧感に呑まれてしまいそうだ。

先輩は、リョーマ様のことどう思ってるんですか?」
「え?」

は朋香の言葉に首をかしげる。 一緒に住む身として仲良くしてもらいたいと思っていたことが先行していたから、あまりどう思うというのは、意識したことがなかった。 ここは変化球で朋香の返事に答えたいところだが、としては今までそんなこと考えたこともなかっただけに思わず考え込む。

「うーん。どうなんだろう?」
「え?」
「あ、ごめん。答えになってないかもしれないけど…」
、先輩?」

朋香の隣にいた桜乃も、目を丸くして優しく微笑むを見る。

「私は、リョーマと一緒にいると楽しいから好きなぁ」

友達とも、一緒に住んでいるのに家族とも違う。また違った感情。リョーマの隣にいると、素の自分でいられて、心が落ち着くのが自分でも分かってる。 すでに私にとってリョーマは無くてはならない存在で。どんな関係なんだって言われても困っちゃうけど、私はリョーマと一緒にいると、楽しい。 それ以外の言葉なんて浮かばず私は、つい思ったままの言葉を声に出してしまった。

「…あ。いや、別に深い意味はないんだよ!」

は思わず、後先のことも考えずに勘違いされそうな発言したことを後悔し、自分の口を手でふさいで否定をしようとするも、朋香の言葉でそれは必要のないものとなる。

「許可します」
「え?なにを?」
「朋ちゃん?!」

どうやら、二人に何か勘違いをさせてしまったらしいが、なにかの許可を私は得てしまったらしい。その後、朋香は去り際にの方を振り返り当然のように言う。

先輩もファンクラブに入りたかったらどうぞ、私まで!」
「ファンクラブ?」
「リョーマ様のに決まってるじゃない!リョーマ様が好きなら大歓迎ですよ」

「…ぷっ」

は、口に手を当てて、笑いを一度はこらえるも、こらえきれずに思わず噴き出してしまう。

「あはははは!」

お腹を押さえて、涙を流しながら笑うの声が響いた。
テニスの力量や整った顔立ちからしてモテるのだろうとは感じていたが、あのリョーマがここまでモテているとは思わなかった。 ただ朋香ちゃんの真っ直ぐな愛情が可愛くて、少しだけどそんな彼女の心にも近づけていきえるような、そんな気がした。 その後、が記録係に戻った後、リョーマは次の試合にも余裕の表情で勝利し全勝で終える。リョーマのレギュラー入りが決定した。



「海堂君、おめでとう」

一度も乾のデータテニスに勝利をしたことがなかった海堂君が、今回、初の勝利を得てレギュラー入りを決めた。手塚部長と大石先輩、菊丸先輩と不二先輩に河村先輩に加えて海堂君の他に、二年からは桃もレギュラーに決定した。

「桃もおめでとう」
「おー、ありがとな」

試合が終わり、ドリンクを飲む桃城には、悪戯な視線と口調で小さな声で話かける。

「ねぇ、桃」
「あ?」
「なんでも、私たち付き合ってるらしいわよ」
「ぶっ!はぁあ?!」

の言葉で思わず飲んでいたドリンクをのどに詰まらせそうになった桃城は急いで口元をジャージの袖で拭っての方を見る。

「ねー、びっくりよねー」
「なに言ってんだ!こっちが吃驚したぜ!」
「あはは!ごめん、ごめん!」
「ったく。誰かに言われたのか?」
「まーね、かわいい後輩から聞かれたの」
「モテる男はつらいぜー」
「本当、そうだね」

なんて冗談をいう桃城の言葉では、一緒に住んでいる一年生レギュラーの少年の姿を思い出していた。



「お疲れさまです!」
「お疲れ、さん」
「大石先輩!レギュラー入りおめでとうございます!」
「ありがとう、遅いから気をつけて帰るんだよ」
「はーい!」

は、少し遅くなった暗い帰り道をぱたぱたと急ぎ足で校門を曲がると、思いもしなかった人影に目を見開く。

「えっと…竜崎桜乃、ちゃん?」
「あ、はい」
「どうしたの?こんなところで」
「あの…朋ちゃんが言ってたこと謝りたくて…」
「あー、いいのいいの!」

面白かったし…と付けくわえて微笑むも、桜乃ちゃんは相当気にしているようで何度も頭を下げる。

「でも、あんなに失礼なことしちゃって…ごめんなさい!」
「本当に大丈夫だから気にしないで。えっと、桜乃ちゃん、でいいかな?」
「は、はい!」
「これからよろしくね!桜乃ちゃんもテニス部なんだよね?頑張って!」
「あ…はい!」

桜乃ちゃんは、安心したのか笑顔で私に微笑んでくれた。

「もう暗いし、私が家まで送って行くから帰ろっか?」
「そんな!大丈夫です!」
「後輩が遠慮しないの」
「え…ぇえー!」

はそんな桜乃の声を聞かず、桜乃の背中を押す。

「いいから!いいから!」
「はわわっ!」

桜乃にとって、以前からは噂に聞く憧れとも言える先輩だった。 女子のテニス部でも、先輩たちからの噂をよく耳にしていたし、今でもマネージャーながら、自分なんかより背が高くて、テニスが上手で…。 それでいて一緒にいて、温かくて優しい。一つ年上なだけなのにどこか格好よくも見えてしまう。

「(朋ちゃんは、先輩をライバルとして許可する。なんて言ってたけど…)」

リョーマとの距離も自分達なんかより近いと、今日、ひしひしと突きつけられた気分だった。

「(本当にそうなったら…私、勝てる気がしないよ…)」

おそらく、本人も自分がそんな風に朋香に思われてるなんて今後も、気付くことすらないだろうと桜乃は思う。

「桜乃ちゃん、こっちでいいの?」
「あ、はい!でも、もう大丈夫ですから」
「本当に大丈夫?」
「ここをまっすぐ行くだけなので」
「そっか!じゃあ、気をつけてね」
「はい!ありがとうございます。先輩」
「あはは、でいいよ」
「え?!」
「気楽に呼んで。それじゃあね、桜乃ちゃん!」

は、桜乃に手を振り、急ぎ足で来た道を戻った。

「そんな…」

桜乃は、に憧れる気持ちが大きくなってしまった反面、リョーマが好きという気持ちが揺れ動く。 自分には、敵わないと分かっていても好きだという気持ちに嘘はつけない。そんな感情がごちゃ混ぜになりながらも、桜乃は家に着いた。



が家に着いた時にはもう遅く、完全に日が落ちて、月が出ていた。

「ちょっと遅くなっちゃったけど、大丈夫よね…?」

倫子さん達に悪いことをしたなぁと思いながら、は腕時計で時刻を確認しながら、家へと向かっていると、家の近くに差し掛かった辺りで、誰かが家の玄関の塀の前にもたれかかっているのが薄っすらと分かり、歩く速度を緩めながらも前へ進む。

「遅すぎ」
「リョーマ?!」

に気付いてリョーマは、玄関前の塀から腰を上げて不機嫌そうにこっちを見ながら疲れたように言う。

「こんな時間まで、なにやってたわけ?」
「可愛い後輩を家まで送ってたの。わざわざ私が終わるの待っててくれたみたいだったから」
「…時間分かってる?」
「分かってたから、送っていったんじゃない」
「そうじゃなくて、自分の心配しろってこと」
「ああ!私なら大丈夫!ノープログレム!」
「危機感とか無いわけ?」
「いくら私でも、全く無いわけないでしょ」
「もう少し持った方がいいと思うけど?」
「はーい」
「はぁ…」

は、本当に自分が言ったこと分かっているのだろうかとも思うが、とにかくリョーマはが何事もなく帰ってきたことに安堵のため息が出る。

「あ!そうだ、リョーマ!」
「なに?」
「レギュラー入りおめでとう!」

いつも突拍子もなく言うだが、今回はいつも以上に突拍子もなく言われたものだとリョーマは思う。

「…どうも」

にこにこと楽しそうに微笑むに少し目を逸らしてしまう。するとが思い出したように口を開く。

「あ、そうだ。リョーマ!私ファンクラブに入ろうかと思うんだけど、どう思う?」
「は?なんの?」
「リョーマ様の!」

玄関のドアを開けながらは、ドアノブを握るのとは反対の手でリョーマを指さして笑顔で言うのとは裏腹に、リョーマは眉間にしわを寄せて嫌な顔をした。

「絶対やだ」
「えー!なんで?!」
「どうせ俺への嫌がらせだろ。もし入ったら、家にあげないから」
「ちょっと!そこまでする?!」
「馬鹿言うのも大概にしないと怒るよ」
「リョーマが怒ってくれるなら本望ね」
「頭痛くなるようなこと言わないでくれない?」
「冗談よ!冗談!」

絶対、嫌がらせだろうと思えるようなの発言にリョーマは、頭を抱える。 一体、本当にどこまで本気なのか…。の頭の中が読めないとつくづく思わされながらも玄関を締めた。