11話 レギュラージャージ


「リョーマ!おかえりなさい!」
「…ただいま」
「ご飯にする?お風呂にする?それとも…カルピン?」
「ほぁらー」

帰ってくるなり、玄関で待ってましたとリョーマを出迎えた。 ひょいっとカルピンを抱きかかえ、リョーマの前に差し出すに思わず目をぱちくりとさせる。

「なに…突然…」
「こら!人がせっかく、楽しく出迎えてあげたのにリアクション薄いわよ」
「普通でいいんじゃない?」
「だって毎日一緒だとつまんないじゃない」

堀尾達にテニスの練習に誘われたリョーマは、カチローのお父さんがコーチをしているというテニスコートまで行く道のりで注文していた青学のレギュラージャージを取りにスポーツ店へ寄って家に帰ってきた。

「今着てるの、レギュラージャージでしょ?」
「そう」
「すっごく似合ってるよ」
「それ、嫌み?」
「そんなわけないでしょ!」
「冗談」
「まったく…可愛くない」
「ほぁら~」

は、腕に抱きかかえていたカルピンの頭を撫でる。

「折角ほめてるのに、リョーマは意地悪よねー」
「ほぁら?」
「あーもう!カルピンはこんなに可愛いのにー!」

に返事をするかのように、つぶらな瞳でこっちを見て鳴いてくれるカルピンには心を奪われる。

「最近のカルピン、やけにに懐いてるよね?」
「ん?まぁ、少しは慣れてくれたかなぁ。最初はよく突進してこられたから…」
「餌づけでもしたわけ?」
「失礼ね!確かに朝の餌やりは私だけど、それ以上のことはしてないよー!」
「そんなのわかんないじゃん」
「今日のリョーマ、すっごく意地悪!」

そう言うとはカルピンを抱きかかえたまま、階段を上がり部屋に入っていってしまった。

「(…自分でも分かってるんだけどね)」

リョーマはそんなの背中を見ながら思う。
自分でも、意地悪だとは分かっているが、素直になれない自分との反応が面白くてつい意地悪なことを言ってしまう自分がいる。
よくに話のペースを持っていかれがちだが、一度でもリョーマのペースに話がはまると、完全にその後のは、なす術を持たないのもリョーマは知っているからこそ、そんなを見るのが楽しくすらなってくる。 なかなか、自分でも好きな女の子相手にひどいことをしていると思う。
そんなことを考えながらリョーマも階段を上り、自分の部屋の前に立った。その瞬間…。

「リョーマ!」

はちょこんと自分の部屋のドアを開けて顔を出して手招きをする。

「なに?」
「こっちきて!」
「なんで?」
「いいから!来なさい!」
「…はぁ」

に急かされながらの部屋のドアに手をかけて言われるがままに入った後、の部屋のドアをパタンと閉める。

「それで、なに…」

パシャ!

「は?」
「やった!綺麗に撮れた!」

リョーマが前を向いた瞬間、パシャリとカメラの音が鳴った。 携帯を両手に持って、ぴょんぴょんとは飛んで喜ぶ。

「なに撮ったわけ?」

さっきの光と音がの携帯のカメラだと確信すると、リョーマ不機嫌そうに少し眉間に皺を寄せている。

「リョーマの初のレギュラージャージ姿だよ!ちゃん残さないと!」
「撮る意味がわかんないんだけど」
「記念よ!記念!」
「あっそ」

いくら消してほしいと自分が頼んでも、これは消してくれる気配がないだろうとリョーマは携帯を持って嬉しそうにはしゃぐを見て思う。

「どうでもいいけど、そんなのどうするわけ?」
「んー。そうね。待ち受けにしようかな」

またこっちの頭が痛くなるようなことを言っているに、思わず返す言葉を失う。

「だってリョーマに頼んでも、撮らせてくれないでしょ?」
「当たり前じゃん」

新たな嫌がらせかとリョーマは思うが、ここまでに喜ばれると複雑な気分だ。

「やった!大成功!」
「…見返りは?」
「え?」
「それくらい、俺にくれてもいいんじゃない?」
「騙してごめんね。うーん。またファンタ奢れってこと?」
「違う」
「じゃあなに?」

恐々とはリョーマを見るのに対し、リョーマはそんなに気にせず近寄る。

「目閉じて」
「…え?」
「いいから」
「ええー!なんかこわいんだけどー!」

そう言いつつもは、リョーマに言われるがままに目をゆっくりと閉じた。が目を閉じると、トスンと下に鞄を下ろす音が聞こえる。

「…?」

しかしそれ以外では特に何か音がするわけでも、体に違和感を感じることもなく、思わず、気が緩みそうになったその瞬間だった。

「っ?!」

突然、グイッと右手を強く前に引っ張られ、目をつぶったままの状態での体はどこかに倒れこむが、痛さは全くない。

「目開けて」
「っ…ん?」

恐る恐る目を開けると、目の前にはリョーマがいた。

「え?!」

一体何があったのか分からず、がきょろきょろと左右を見ると、は、今、自分のベッドの上に手をついている。
そんな自分の下で、の体をしっかり支えてくれるリョーマがいるのだと理解する。

「な…なんで…」

は、理解をすると同時に一気に今の自分の状況に頬を赤く染めたその瞬間…。

パシャ

リョーマの携帯のカメラがの正面を向いて光った。

「ちょっと!リョーマ!」
「なに?これでお相子っしょ」
「リョーマの方がたち悪いわよ!消しなさい!」
「やだ」
「もう!」
「じゃあ、もさっきの消しなよ」
「絶対に嫌!」
「だったら俺も消さない」
「意地悪!」
「なんとでも」

リョーマは、自分の上で携帯を取ろうと暴れるを押さえるかのようにを腕に抱きしめる。

「ちょっ!リョーマ!」
「暴れないでよ、痛いから」
「だ、だからって…」
「なに?」
「…」
「言わなきゃ分かんない」
「…もういい」

は諦めたように、リョーマの胸に頭を預ける。

「リョーマ、温かいね」
「は…?」

こうも素直にが折れると思わなかったリョーマは、の行動に思わず目を見開く。高鳴る鼓動を押させるように、を抱く手に力が入る。

、寝ないでよ」
「分かってるよー」
「どこがだよ…」

返事はするも、眠たそうな声を上げる。 柄にも無く緊張しているのは自分だけのようで、無警戒のにリョーマは息を吐く。

「そうだ。リョーマ」
「なに?」
「明日から、練習だよ」
「だから?」
「頑張って」
「…あのさ」

リョーマが口を開くと、コンコンとドアをノックする音が聞こえたと同時には、リョーマを突き飛ばすかのようにリョーマの上から離れる。

ゴン!

ちゃん、晩御飯…ってなにやってんだ?」
「な、なんでもないんです!南次郎さん!」
「痛っ…」
「ご、ごめん!リョーマ!」
「ぁあ?」

がリョーマを突き放したせいで、どうやらリョーマは壁に頭をぶつけてしまったらしい。 南次郎は一体なにが起こったのか分からず、首をかしげつつもに夕飯の前だという要件だけを伝えて部屋から出た。

「大丈夫?!リョーマ!」
「痛い」
「ごめんね!ちょっと見せて!」
「見せてって…」

は、ベッドの上に座りながら頭を痛そうに左手で摩るリョーマの目線に合わせて、打った所を覗き込む。

「大丈夫?」
「あのさ…」
「なに?」
「顔が近い」
「今は我慢して!」
「(無理なんだけど…)」

そっと自分の頭に触れるのは、自分の好きな人の手で尚且つ、好きな人が自分のことを心配そうに、二人きりの部屋でこんな近くに…自分の目の前にいる。 リョーマは、再びへと伸ばしたくなる手と理性を必死でこらえつつ、にされるがままになっている。

「ちゃんとこぶも出来てるし、大したことないから…って、リョーマ」
「…なに」
「聞いてる?」
「聞いてる」
「本当にー?」
「…いいから、早くどいて」
「あ、ごめん」

はそっと、リョーマから離れるとドアの方へと向かう。

「私、夕飯の準備手伝ってくるけど、リョーマは大人しくしてて。ちゃんと冷やさないと駄目だよ」
「大袈裟じゃない?」
「私のせいでリョーマに怪我させたなんて洒落になんないんだから」
「あ、そう」
「じゃあ、またあとでね」

リョーマを自分の部屋に置いたまま、は部屋を出た。

「…無防備すぎ」

誰もいない自分の部屋に置いていくなんて、いろんな意味では自分のことをちょっと信用しすぎなのではないかと思う。 それは良いことのようにも思うが、自分のことを男として見ていないのではないかとも取れる。

「(まぁ、長期戦は最初から覚悟してるけどね…)」

しかし、ここまで意識していないとなると、一か八かで仕掛けていかないことには、どうにもならないということをリョーマは悟る。 らしくもない思考をしている自分が手に持つ携帯の画面に自然と目がいきつつも、リョーマは不敵に微笑んでみせる。

「俺は負けないよ、


「は…くしゅん!」
「あら、ちゃん風邪?」
「いえ!そんなことは…」
「気をつけないとだめですよ。最近、また流行ってるらしいですから」
「そうよー。あ、そういえば向かいの奥さんの息子さんも…」

倫子と菜々子の話を聞きながらも、は、口元に手を当てて首をかしげる。

「(おかしいなぁ。まさか、誰かに噂されてるとか?…そんなわけないか)」

少年の心にまだ少女は気づかない。