13話リョーマの先手


「え?ダブルスを教えて欲しい?」
「そう」

リョーマは突然、私の部屋に来て信じられないことを言う。

「リョーマがダブルスなんて…どうしたの?」

私が目をぱちくりとさせて、リョーマに尋ねると「やっぱいい」と言って、部屋を出て行きそうになるリョーマを強引に引きとめて理由を問いただす。

「ストリートテニスねー」
「…なに?」
「ううん!でも、そういうことなら喜んで協力してあげよう!」
「はぁ…」

なんでも、偶然にも次にうちの学校の対戦相手である玉林中のダブルスコンビに出会い、 一緒に帰っていた桃とダブルスを組んで見事に本来の力が発揮できずに負けたらしい。 相当悔しかったみたいだけど、そりゃそうだろう…。リョーマがダブルスなんて、私にも想像もできないんだから。

「とりあえず、ダブルスのルールと基礎だけでも頭にいれたらいいんじゃない?シングルスとは微妙にルールが違うから。あとはリョーマの技術なら、なんとかなるでしょ」

リョーマが手に持っていた、初心者用のダブルスの本をぱらぱらとページを私はめくる。

「あ。リョーマならやりそうだから言っとくけど」
「なに?」
「ラリー中に自分の打った球がパートナーに当たったら、失点だから気をつけてね」
「…」
「なんでそんなに嫌そうな顔なの?」
「別に…」

リョーマは、つくづくは自分の性格を把握していると思う。 敗北した思い当たる節が頭の中でよぎりながら、リョーマはから目を逸らした。

「桃とやるんでしょ?」
「そう」
「なるほど。それで、明日練習ってわけね」
「なんで知ってるわけ?」
「だって、さっき桃から明日練習につき合って欲しいって電話がきたんだもん。二人とも考えること一緒みたい」
「…」

リョーマは、さっきよりさらに不機嫌そうな表情で私を見る。

「まぁ、それがリョーマとのダブルスの練習だとは聞いてなかったけど」
「俺が一緒で悪かったね」
「何言ってんの!むしろ、ほっとしたわよ。桃の練習に付き合わされるといつも体力足りなくて大変だもん」
「いつも?」
「そう。なにかと試合前になると付き合わされるの。でもまぁ、リョーマが居るなら、もう暫くはそういう頼みもないかな。私じゃ限度あるしね」
「へー」

試合前のコンディション調整とか相手がいた方がいいに決まってるし、桃にも色々あるんだろうって思う。

「それより、一番の問題はリョーマなんだから!今のうちにしっかり叩き込むわよ!」
「…」
「リョーマ?」
「ん、なに」
「聞いてる?」
「聞いてない」
「もう!ほら、基礎だけでも頭にいれる!」

いつも、は桃城のことを仲のいい友達だと言うから嘘じゃないんだろうけど…。

「(電話に試合の練習相手…)」

別に、友達なら当たり前のことだがリョーマはそんな当たり前のことでも、どうも気に入らないし、どこか仲がいいことに腹も立ってくる。 嫉妬なんてしている場合じゃないのは、リョーマ本人も良く分かっているが、今まで他人に無関心だっただけに、初めて尽くしのこの感情をどうもセーブできない。

「はぁ…本当、めんどくさい」
「自分でやるって決めたんでしょ?」
「…なにが?」
「ダブルスのことに決まってるじゃない」
「ああ。そっちね」
「え?違うの?」
「はぁ…(相手が相手だよね、本当)」
「リョーマ、なんか疲れてる?」
「そりゃあ、疲れもくるんじゃない?」
「ちょっと、それ私の教え方が悪いって言いたいわけ?」
がそう思うんなら、そうなんじゃない?」
「もう!絶対今後、リョーマにダブルスなんて教えてやらない!」
「だれの家に住んでると思ってるわけ?」
「っ!リョーマの卑怯者ー!」

部屋にの声が大きく響き渡った。



「ダブルスの練習なら、私なんかよりいい人がいると思うけど?」
「仕方ねーだろ?先輩たちに言えるわけねーし。となると、うちの部でダブルス経験者なんてお前くらいだろ」
「だからって…」
しかいねーんだって!お礼に今度、飯おごってやるからよ」

桃城は、ポンとの肩に手をのせる。

「もう!調子良いんだから!」
「…」

これが、と桃城のいつもの普通の会話なのだろうが、リョーマは、そんなやりとりを見てて、だんだんと頭にくる。 自分以外の男と好きな女の子が、こうも楽しそうに話していて、誰かに触れられているのを目の前で見せつけられるとここまで腹がたつものだなんて、リョーマは今まで思いもしなかった。

「よーし!さっそく始めるぜ!越前!」
「…了解っス」
「ダブルスの基礎1、真ん中はフォアの人が取りましょう」

桃城は、ぱらぱらとダブルスの本を開き、リョーマに見せつけるように指差す。

「な?俺が言った通りだろ?」
「でも、バックの時だって取りたいっスよ」
「同感だな」
「…あんたたち、それじゃダブルスにならないでしょうが」

は思わず、リョーマと桃城の会話にツッコミを入れる。

「じゃあ、今回は右手にしないと…」
「そっか。リョーマは左利きだもんね」
「でも、あれっスよねー」

リョーマはラケットを右手に持って桃城の方を睨むように見る。

「自分のコートになんかチラチラいるとボールぶつけたくなりません?」
「お前、俺を先輩だと思ってないだろ」
「…」
「合図欲しいなぁ。お互いOK出し合うとか…。ん?」

リョーマの未だに自分を睨むような視線に桃城は何か違和感を感じ、ふと隣にいるの方をちらりと見た後、再びリョーマへと視線を移す。 それから、リョーマとの顔を数回交互に見た。

「(あー…。なるほどな…)」
「でも、合図ってどうするの?」
「あ?ぁあ。もう、あれでいこうぜ」
「…え」

は桃城が指差したものに思わず、うしろに体を引いた。



「じゃあ、私先に帰るけど明日試合なんだから無茶しないようにね!」
「おー!サンキューなー!」

は、リョーマと一緒に帰るわけにも行かないため心配ながらも二人で練習をするリョーマと桃城より先に家へと帰った。 が帰った直後に、桃城はリョーマに向き合う。

「おい、越前…」
「なんスか?桃先輩」
「お前、のこと好きだろ?」
「…それは桃先輩の方じゃないっスか?」
「バーカ、んなわけねーだろ」
「そうは見えないっスけど」
「俺とあいつは、友達だからな」
「ふーん」

なにか、やけに割り切っているかのように桃城はリョーマに笑顔でそう言い張る。

「ってことで、頑張れよ!越前!」
「なにを?」
「また、とぼけやがって!」

桃城は、リョーマの頭に手をのせて無理矢理撫でた

「痛いっス。桃先輩」
「応援してやるって言ってんだから、素直に喜びやがれ!」
「…じゃあ、桃先輩。お願いがあるっス」
「ぁあ?」
「明日…」

リョーマの提案に桃城はただ静かに耳を貸した。



「はぁ?!桃が家までむかえに来る?!」
「そう」

今日から地区予選が始まるという大事な日の朝
それなのに、リョーマに私はとんでもないことを言われた。

「え…。私はどうすればいいの?」
「一緒の場所に行くのに、別々に行ってどうするのさ」
「そうじゃなくて!」

今まで、散々桃には家のことをはぐらかして来たのに、どうしてわざわざ自分からバラす様なことを…。

「越前ー!来たぞー!」

家の前から大きく桃城の声が響いた。思わずびくっと肩を震わせたに対して、リョーマはいつものようにテニスバッグを持ちあげる。

「行くよ」
「ちょっと!リョーマ!」

私は、無理矢理リョーマに左手を引っ張られながら、玄関の方へとどんどん進んでいる。

「ねぇ…本当にどういうこと?」
「俺は別に家のこと話していいって言ったじゃん」
「そ、そうだけど…」
「正直、前みたいに一人で遅く帰ってこられる方が困る」
「リョーマ、それって…」

靴を履いて、リョーマがドアを開ける。

「お、おいおい…。越前…」

驚いたように茫然と私の方を見て立つ桃が目に入る。

「おはようございます、桃先輩」

リョーマは、まるで悪戯が成功した子供のように口角を釣り上げて笑う。
もちろん、暗くなった部活の帰り道に一人でを帰すわけにもいかないと言う理由もあるが、それ以上に、がなんて言おうとリョーマは、の一番近くにいるのは、自分だと証明してやりたかった。 桃城は、瞬時にそんなリョーマの思考を読む。完全にリョーマから自分へ先手を打たれたのだと…。