15話 ノーシード校
リョーマは、補欠で試合に出られずに拗ねてたけど、それでも青春学園の皆は確実に試合に勝ち進み、ついに決勝戦へと駒を進めた。 しかし次の私達の対戦相手は、ノーシード校だった…。
「都大会出場候補の柿ノ木中が負けた?!」
「それで、決勝はどこになったんだ?」
大石先輩は、不安気な顔で偵察に行っていた後輩に尋ねる。
「…不動峰中。ノーシードです」
「あれ?不動峰って、たしか昨年は…」
私はふと、頭の片隅に残る記憶を思い出す。
「あーそうだ。昨年の新人戦直前に暴力沙汰で出場を辞退したところかな?」
「俺、あそこの顧問嫌い!エラそうだし」
河村先輩と英二先輩は思い出したように、不動峰のことを話す。
「でも、試合を見てきた限りまったくの別ものだったよ」
乾先輩はノートをペラペラとめくり、私たちに教えてくれた。
「選手は全員新レギュラーで部長以外はすべて二年生。顧問も替わったらしい」
しかし、鍵を握るのは実質的に監督も兼任しているという部長の橘という人なんだそうだ。 一体、どんな人なんだろうか…。皆がそれぞれに思いを巡らせていると、聞こえてきた一年生の声に思わず肩が揺れる。
「堀尾君!うしろ!」
「え…わっ!不動峰!」
「!」
その言葉と後ろに気配を感じた黒い影に私たちは一斉に振り返る。
「手塚だな」
黒いジャージに黒いショートヘアで、貫禄がある体格。一見怖そうに見えるがどこか包容力があるように見える。おそらく、彼が部長の橘さんだろう。 手塚部長と橘さんは、試合前の握手をかわす。礼儀も正しいし、部員をまとめる力もあるようにみえる彼は、なかなかのやり手に見える。
「おい!見ろよ!一番後ろの人!」
「全然手元見てないのに、あんなスゴ技をやってるよ!」
騒ぐ一年生の言葉に、私も陰から一番後ろの人の技を見る。
「(わー…本当にすごい!)」
目をつぶったまま、ボールをラケットのフレームで自在に完璧にコントロールしてる。 私が楽しげにその様子を見ていると、そのボールの音とは違う音が定期的に聞こえ始める。
ポーン
ポーン
後ろから聞こえてきたその音に、私や堀尾君達だけでなく不動峰の人達も気が付いたようで、皆が一斉にその音がする方向に目を向ける。
「リョーマ?!」
「…」
リョーマは、なにも見ずにファンタを飲みながら、恐らくわざとであろう右手で、不動峰の人と全く同じ技を繰り出している。
「ダブルスと補欠で相当ストレスがたまってるみたいだね」
乾先輩は冷静に、そして桃は面白そうに笑っている。
止めなくていいのかな?とも思うが、あの不動峰の部長さんなら特に心配するようなことも起こらないないだろうと思い、私もだまって不動峰の人達が去るのを見守った。
「(まずいなぁ…。リョーマの試合がすごく楽しみになってきちゃった…。)」
一体、何をしてくれるのかとかどうやって相手のボールを返すのかとか。 自分でも思っていた以上に、リョーマのプレーが見れると思うだけで楽しくなってくる。
「(…どうしよう)」
これじゃあ、私もリョーマのファンの子達と変わらない…。 マネージャーとしてこんな恥ずかしいこと、本人にはもちろん他の人にも絶対に言えるわけがなくて赤くなる頬を振り払うように首を横に振る。
「いいかい!決勝の不動峰戦、今までと同じに思うんじゃないよ!」
竜崎先生は、皆を活気づけるように叫ぶ。
「「はい!」」
「決勝オーダーを発表する!」
ダブルス2は、不二先輩と河村先輩。先手必勝という作戦らしい。 ダブルス1は、もちろん大石先輩と英二先輩の黄金ペア。 ここからは、シングル
シングルス3は、海堂君
シングルス2が、リョーマ
シングルス1は、手塚部長
とうとうリョーマのシングルスデビュー戦が決定したのだった。
「勝つのは、不動峰だ!」
活気づく声と共に、不動峰とのダブルス2の試合が始まりをむかえた。
「ラリーの応酬だ!」
「でも、不動峰サイドの方が気迫で押しているような」
たしかに、カチロー君の言うとおり不二先輩と河村先輩という二人に対して、 不動峰の人達はなにもプレッシャーなど感じていないかのように楽しそうなテニスをしている。 過去に不動峰の彼らに何があったかなんて分からないけど、彼らのプレーには、なにか先立たせるものが感じる。
「!」
「球が弾まない!」
今のは、不二先輩の得意とする「三種の返し球」の内の一つ
「つばめ返し」
「つばめ返し?今の不二先輩が打った球のことですか?」
私の呟きに隣にいたカチロー君が尋ねる。
「うん!今のは、相手のトップスピンを利用してるの」
さらに同じ方向に回転を与え、二乗の超回転を与えたスライスのカウンターショットだ。
「つまり、トップスピンをかければかけるほど逆回転で相手に返ると言うことだ」
乾先輩は、私の説明に補足するように堀尾君達に話す。
「(次のポイントが取れれば、5-3か…)」
青学は、不二先輩の一球で完全に青学ペースに持ち込んでいた。応援もさらに気合がはいっていたその時…。
「いけ!石田ぁ!!」
「波動球!!」
バァン!
とてもボールの音とは思えない音が不動峰の石田さんの打った音が響く。
「強烈だー!」
誰もがこれは返せる球ではないと瞬時に察したが、私達はその光景に目を見開いた。
「不二どけ!!」
「河村!?」
「うおおおお!」
パァン!
河村先輩は、力づくで石田さんの球を返してみせた。
「石田やめろ!」
河村先輩から返されたボールをさらに、石田さんは連続波動球で撃ち返そうと構えるも… ズズ!
「…運がない」
石田さんが打つ前に、波動球に耐え切れなくなりラケットのガットが破けた。
「ゲームカウント5-3!青学リード!」
青学は、確かにあと1ゲームで勝利を迎える。しかし…。
「イテテテ!」
「(やっぱり、河村先輩!)」
不二先輩に右腕を掴まれると、河村先輩は急に顔をしかめて痛みをあらわにした。 あの強烈な波動球を返したんだ。普通じゃ、もたない。
「審判…この試合、棄権します」
不二先輩は、静かにそういった。
「、冷却スプレーだ。タカさん、一応病院に行った方がいい」
「私が付き添いますから、すぐに行きましょう」
「すまない。ちゃん」
「いえ!」
乾先輩の適切な判断で、私は河村先輩の腕に冷却スプレーをふり掛けた後、河村先輩とともにコートから出て、病院に向かった。
「「ありがとうございました」」
私と河村先輩は、治療が終わり待合室を出た。河村先輩も大丈夫そうで怪我もすぐに治ると言われて一安心だ。
「つき合わせちゃってごめんね。ちゃんも、試合見たかったよね」
「怪我してるのに何言ってるんですか!」
「あはは、情けないよ。あ。そういえば、さっきすごい雨降ってたみたいだけど皆は、大丈夫かな?」
「あ!ほんとだ!」
私は、病院の窓から外をみる。突然降りだした雨。試合はどうなったんだろうか…。
「あれ?」
病院の方に走ってくるジャージ姿の人影に私は、目を奪われた。
「桃?!」
「え!」
河村先輩も私の言葉に、急いで窓の外を覗き見る。
「ダブルス2とシングルス1が勝った?!」
病院の外を走っていた桃は、そのまま病院の待合室まで走ってきて私たちにそう言った。
「だから早く行こうぜ!」
「え?」
「越前の試合、終わっちまうだろ!」
「あ」
「桃、お前!」
どうやら河村先輩と私の心配は余所に、青学は順調に勝ち進み、次はとうとうリョーマの試合の時刻になっているらしい。 桃は、私の手を無理矢理ひっぱる。
「ほら、河村先輩も早く!」
「あ、ぁあ…」
「もう!強引なんだから!」
桃の強引さに負けて、私と河村先輩は病院を出ると、桃は私の手を引っ張って前を走りながら、突然なにかを思いだしたかのように話出す。
「そういえば、さっき橘の妹にあったぜ」
「え?あの人、妹さんいたの?」
「確か名前が、杏とか言ったな。それとよく見るうちの学校の一年で、三つ網の長い…」
「桜乃ちゃんね!きてるの?!」
「越前の試合見に来たみたいだな」
「そっかー」
桜乃ちゃん、きてるんだ!橘さんの妹さんという杏ちゃんにも会えるかな? 私は、これからリョーマの試合が見れる嬉しさと出会えるかもしれない人達に心を弾ませる。
「急ぐぜ!」
「分かってるから、そんなに引っ張らないでよー」
「でも、桃お前、勝手に抜け出したのがバレたら…」
「だって先輩!あれは皆で迎えなくっちゃ!」
桃は手をつないだままの私の方を見た後、河村先輩に言う。
「あれ?」
「青学の優勝だよ!」
「優勝…」
「お前は越前の試合、見てやれよ」
「うん!」
私達は、只ひたすら試合に間に合うようにと走った。
ガン!
「はぁ…着いた…。リョーマ?」
桃と河村先輩と全力疾走で青学の試合を行われているコートに肩で息をしながらつくと何やら騒がしくて、一気に試合でリョーマに何かあったのかと不安になる。
「おい!!」
私は急いで桃から手を離して、柵の周りに集まる人を掻き分けて前のめりに試合を見ると、信じられない展開が起こっていた。
「リョーマ!」
リョーマのコートでラケットは真っ二つに折れている。
ぽた…ぽた…
おそらく折れたリョーマのラケットが直撃したのだろう。リョーマの左目から止まることの知らない血が流れ出ている。
「!」
「桃…」
「大丈夫か?」
「私は平気だけど…」
「俺と河村先輩が様子見てくっから、お前も乾先輩のとこ戻れ」
「分かった…。お願いね」
今すぐにでも駆け寄りたい。そんな衝動を抑えながらも、青学のベンチの方へと向かう。
「、大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます」
乾先輩の元へと戻ると、乾先輩が私にタオルを差し出し、リョーマに渡すよう促すように私の背中を押す。
「眼球は大丈夫そうだけど、まぶたの肉がぱっくりとえぐられている」
大石先輩の言葉に、皆が心配そうにリョーマを見つめる。
「リョーマ…」
私も、柵越しの横からリョーマを見つめていると、リョーマは振り返り、私の手からタオルを奪う。
「来るの遅すぎ」
「え…」
「越前!壊れちまったラケットバッグに入れとくぜ」
桃の言葉でリョーマは再び前を見る。
「桃先輩、ついでにかわりのラケット一本出しておいて下さい」
「ちょ、ちょっと!リョーマ!」
誰もがリョーマのその言葉に息を飲む中、桃はリョーマがそういうと分かっていたように口角を釣り上げ、ラケットを出す。
「無茶だ!その傷で!」
大石先輩の言うことは、もっともだ。未だに流れる血は止まる気配がいっこうに見えない。
「血が止まらないんじゃ、試合をさせるわけにはいかない」
審判の人も諦めるようにリョーマにそういうとリョーマは無言でごしごしと、ジャージで血を拭い一言で返す。
「やるよ」
誰もが、目を大きくあけてその言葉に息を飲んだ。