16話 タイムテンリミット


「どうしようもないおバカだねぇ、お前も」
「悪いっスか」
「いいや。救急箱貸しな!リョーマ、傷口だして!」

竜崎先生の行動に、皆が唖然と見守っていた。

「止まった!」
「いや、一時的に止めたに過ぎんよ」

竜崎先生は、素早くリョーマの血を圧迫させガーゼで左目全体を覆った。

「もって15分が限界だろうね」
「血が止まれば、試合していいんだよね?」
「しかし、君…」
「越前!ラケット!」
「どうも、桃先輩」

リョーマは、審判の人の心配をよそに立ち上がり桃からラケットを受け取ろうとすると大石先輩は、黙って桃にラケットを渡すのを阻止する。

「大石副部長…」
「…」

リョーマのことが心配で、試合を止めたい大石先輩の気持ちが伝わってくる。そんな中、手塚部長が静かにベンチから立ち上がった。

「手塚…」

手塚部長は、桃からリョーマのラケットを手にして、リョーマに告げる。

「10分だ。10分で決着がつかなければ棄権させる。いいな」

そういう手塚部長に大石先輩は、一つため息を吐きリョーマを見る。

「行ってこい…無茶するなよ」
「充分!」

リョーマは、左目が見えないのにも関わらず、普段と変わらない自信に満ち溢れた表情でそう言った。試合、再開。

「あいつ、左目怪我してるんだろ?!」

周りは、その判断にさらにざわめきだす。

「こい…まだコテンパンにぶっ倒したわけじゃ」

バシッ!

「なっ!」

ざわめく中、リョーマのサーブは、速さを増して的確に相手コートに決まった。

「ねぇ…この程度で騒ぎすぎだよ」

いつもと変わらない自信満々な口調と態度。 その口調も態度も私は、普段から知っているし、いつも目の当たりにしているはずなのに、コートに立つリョーマは格好良くみえてしまう。 私はそんなリョーマの姿に目を奪われた。

「それ、なんて技なの?」

リョーマは、不動峰の伊武さんを挑発するよに言う。

「なーんかプレー中に腕が、一時的にマヒするんだよね!」

リョーマは再び鋭いサーブを打ち、伊武さんは、そんなリョーマのサーブを打ち返す。

「そういえば、聞いたことがある…スポットか」
「スポット?」

乾先輩は、リョーマの言葉で分かった伊武さんの技の正体を私たちに教えてくれた。

「ほぼ同じ上下の回転数の衝撃を交互に何度か受けることにより、筋肉が一瞬マヒしてしまう現象のことだ」
「じゃあ、その一瞬をリョーマは狙われてるって言うことですか?」
「そうなるな」

不動峰の強さを、私は改めて感じさせられた。今のゲームカウントはリョーマが優勢だが、4-3。
乾先輩曰く、スポットに陥ると握力もマヒするため、返すことはできないという。

「リョーマ…」

私以外も、皆不安そうにリョーマを見つめるていると、リョーマはどこか楽しそうに言う。

「やーな技だよね、その上下のショット。でも…」

パーンと、リョーマはボールをはじき返した後、相手のボールの軌道を読んでいたかのようにラケットを左手から右手に持ち替えた。

「二刀流相手に試したことある?」

一本足のスプリットステップを行いながら、瞬時に打球を判断してラケットを持ち替える。

「すごい反射神経だな…」

スポットの攻略を見つけたら、試合は完全にリョーマのペースだ。

「ねぇ…上回転まだ?」

リョーマは、さらに不動峰の伊武君の上回転を体の正面に来る打球で封じ込めて見せた。

「すごい…」

怪我をしていながら、あそこまでのプレーと発想。皆の不安も全部吹き飛ばしてしまう。リョーマは、本当にすごい…。

バシーン!

ゴッ!

「…逆回転」
「10分間に合った?」
「ゲームセット!ウォンバイ青学 越前!」

周りの歓声が、大きく響いた。リョーマの手によって青学は、地区大会優勝が決定。 そして無名校の不動峰と第1シードの青学は、都大会への2枠へとコマを進めたのだ。



「…?」
「おや、来てたのかい?」
「すいません…」

病院から出てきた竜崎先生にぺこりと頭を下げる。 私は、心配でリョーマが病院から治療を終えて出てくるのを病院の玄関の前で待っていた。 お医者さんに、リョーマの怪我はすぐに治ると言われたらしく私は、ほっと胸を撫で下ろす。

「とにかく、も乗りな」
先輩どうぞ」

竜崎先生と一緒に居た桜乃にも手を引かる。

「え?あ、でも…」
「お前さん達は、行くところがあるんだからね」
「「?」」

私とリョーマは、その言葉に疑問を持ちながらも、竜崎先生と桜乃ちゃんに急かされて、私も竜崎先生の車に乗せられた。

「…で、なにやってたのさ」
「だって、心配だったから…」
「なにが?」
「左目の怪我に決まってるじゃない!」
「大したことない」
「あるわよ」

私は、後部座席で私の隣に座るリョーマに手を伸ばし、病院で治療されたリョーマの左目をそっとなでる。

「あーあ、痛そう…」
「なに、医者もすぐに治ると言っておったし大丈夫じゃろ」
「良かったね、リョーマ君」

前方座席で座る竜崎先生と桜乃ちゃんが心配そうにしている私を安心させるかのようにそう言ってくれた。

「…」

すると突然、私はリョーマに撫でていた私の手を止めるかのように強く手を握りしめられる。

「あ、ごめん。痛かった?」

私はリョーマの左目から手を離すが、リョーマは私の手を離してくれる様子はなく、そのまま真っ直ぐな瞳で私を見つめる。

「違う」
「…リョーマ?」
「…」

リョーマの出す雰囲気に呑まれそうになったその時、前方座席に座る桜乃ちゃんが知らせてくれた。

先輩、そろそろ着きますよ」
「え?」

リョーマは、その言葉で私の手をそっと離す。すると、桜乃ちゃんの言葉通り、車は到着した。 私とリョーマは車を降りてみると、目の前にあるのは立派なお寿司屋さん。

「私らは先に帰るぞ」
「…どこっスかここ?」
「いいから、そこちょっと覗いてみろ」

リョーマはガラリとドアを引きながら少し開けると、ピシャ!と素早く閉めた。

「…リョーマ?」

一体、なにがあるのだろうと思うと、再びドアは内側から開けられ、突然、リョーマと私は無理矢理中に引きずり込まれる。

「!」
「きゃ!」
「ほら!も越前も入った入った!」

中に引きずり込まれると、ぱぁあと明るい照明と馴染みの人達

「遅いぞ!越前!」
ちゃん!こっち!こっち!」

私とリョーマは、訳が分からずたっていると無理矢理、河村先輩にお茶を手渡された。

「みんなお疲れ様!乾杯!」
「「乾杯ーっ!!」」
「…え?」

どうやら、ここは河村先輩の家で菊丸先輩に聞いたところによると、地区大会優勝を祝して河村先輩が招待してくれたらしい。

「ほら、ちゃんも食べてよ」
「ありがとうございます。河村先輩ってお寿司屋さんだったんですね」
「あはは、そういえば言ったことなかったね」

河村先輩が、私のために美味しそうなお寿司を持ってきてくれた。

「美味しい!」

その後、皆で美味しいお寿司をお腹一杯になるまで食べて騒いでとても賑やかな時間が過ぎていった。


「ん?」
「寝っちまってるぜ、青学ルーキー」
「あ…」

相当疲れたんだろうリョーマは、すでに夢の中のようだ。

「ちょっと、桃!」
「いいから、いいから」

そんなリョーマを目にした桃は、寝ていて起きないリョーマの眼帯に油性ペンで文字を書く。 桃が書いた“青学優勝…都大会だ!”の文字に思わず私はクスリと笑う。

「お疲れさま…リョーマ」


「いてっ」
「こら!消毒中は動かない!」
「ちぇっ」

夜、家に帰ってきてリョーマがお風呂から上がったあと、再び私はお医者さんに出された傷薬と消毒液で袋に書かれていた指定の時刻にリョーマの左目に薬を塗る。

ちゃんの治療とは、いい御身分だな。リョーマ」
「親父うるさい」
「すまねーな、ちゃん」
「いえ…はい。出来た!」
「ん、サンキュ」

私が治療箱に薬をしまうと、リョーマは立ち上がって私に言う。

「いくよ」
「え?どこに?」
「部屋」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

私はリョーマの珍しい行動に驚きながらも、リョーマの後をついていく。

「なんだ?リョーマの奴…」

南次郎は、リョーマが出ていった方向を見つめながらポツリとつぶやく。

「いい方向みたいね」
「ぁあ?何がだよ」
「さぁ、何かしら」

倫子は自分の息子の背中を眺めつつクスクスと笑った。



「…眠い」

私は、リョーマの部屋に入ってドアをゆっくりパタンと閉めた。リョーマは部屋に入るとそんなわずかな間で、すでにベッドで横になっている。

「疲れてるんだから、もう寝た方がいいんじゃない?」

そんなリョーマの言葉に息を吐いて私は静かにリョーマのベッドに軽く腰かけ、眠そうに横になってるリョーマの髪を撫でる。

「…なに?」
「ん?特に意味はないかな」
「そう…」
「うん」

リョーマは、気持ちよさそうに目を閉じる。どうやら、本当に相当眠たいみたいだ。 折角、寝かけているのに邪魔しちゃいけないと思った私がそっとリョーマから手を離して立とうとした時だった。

「待った」
「え?」

リョーマに手を掴まれた。

「あ…」

私は先ほど竜崎先生の車の中でのことを思い出す。

「(あの時と、一緒だ…)」

リョーマに手を握られ、こうも真っ直ぐ見られると全てにのまれそうになる。

「リョーマ?」
「…別に邪魔じゃないから」
「うん?」
「ここにいなよ」
「えぇ?!」

私は、リョーマのそんな言葉に驚きつつも、再びリョーマのベッドに腰掛けると、リョーマはそっと私から手を離した。

「…」

自分でも、馬鹿だとリョーマは思う。
今日の試合で疲れたせいか、どうも上手く頭が回らないし、さっきから、今日、自分の方をかなり心配そうに見たや、自分が試合に勝ったとき嬉しそうに微笑んだの顔が消えない。

「(困ったよね…ほんと)」

あんな心配そうな表情は、なるべくさせたくないと思っているのに、がそこまで自分のことを心配するなんて思わなかっただけに、嬉しくも思えてしまう。

「(でも、もっと困ったことがあるんだよね…)」

そんなの全部を絶対に手放したくないと思ってしまったことである。 どれも完全な自分のわがままであるとは分かっていても、気持ちを抑えることができず、深くなるばかりだ。

「あ。ごめん、リョーマ!言い忘れてたんだけど」
「…なに?」
「今日の試合、とっても格好よかったよ!」
「そりゃどうも…」
「うん!」
「…」

君への気持ちは、積もるばかり…