18話 The die is cast


「あははは!あいつらしいな!」
「笑い事じゃないっスよ、桃先輩」

地区予選から二日。部活は大会中の体休めのためお休みだが、リョーマの怪我はまだ治っていない。

「宣戦布告とは、越前より上手だな」
「…気に入らないっス」

学校の帰り道。いつもなら部活の帰りで立ち寄るファーストフード店でリョーマと桃城はについて話をしていた。

「仲良いからなーあいつら」
「仲良い…ね」

リョーマ自身、に何度かの話は聞かされていたし、学校でもたまにと一緒にいるのが目に入っていたため、そのことは充分に知っている。 ただ、リョーマはが前に一度、一年生達にのことを話していたのを目にした時から、敵意を抱いていた。

「結構、あいつ男子に人気なんだぜ」
「そんな情報どうでもいいんスけど」
「言うと思ったぜ。あと俺が知ってることと言えば、とダブルス辞めてからは今はシングルでやってるってことくらいだな」
「どうもムカつくんスよね」
「…なにがだよ?」

桃城は、一体リョーマはなにがそんなにのことが気に入らないのかと疑問に思う。 相手が、男性ならまだしも、宣戦布告をした相手は女での大親友だ。そこまで気にすることでもないと桃城は思う。

「それは…」
「それは?」
「…やっぱ言うのやめとくっス」
「ぁあ?!」
「…」

リョーマにとって、女だろうが男だろうが関係がなかった。

自分より以前からのことをよく知っていて、の隣にいる時期も遥かに自分より長いのは分かっている。
だからこそ、あのの宣戦布告の言い方にすら腹がたつ。それを分かっているはわざと、 リョーマに「“今も昔も”は自分のものだ」と言ったのだろう。

しかし、そんなことを桃城に言うと笑われるのが分かっているから言うのをリョーマはやめた。

「桃先輩」
「あ?なんだよ」

桃城は、ハンバーガーを口にくわえながらリョーマの方を見る。

「今も将来もの一番は、俺っスから」

いつも通り、どこか得意げで生意気な表情で言ってのけたリョーマは、桃城の前に大量にあるハンバーガーを一つ手に取り、そんなリョーマを前にした桃城は食べる動作が停止し、目を大きく開いてぱちくりさせる。

「いいのか?これで、後戻りはできねーぜ?越前」
「裏を返せば、あとは進むだけっス」
「…そうだな」

決意ともとれるへの気持ちをあえて口に出して宣言したリョーマの気持ちが分かる桃城は、それ以外何も言わずに優しい目でリョーマを見た。



「おかえり!リョーマ!」
「…ただいま」

リョーマが、家へ帰りドアを開けるとまるで待っていたかのように玄関でが立っていた。

「なにしてんの?」
「リョーマを待ってたの」
「なんで?」
のこと、ちゃんと謝りたくて」
「…」

リョーマは、靴を脱ぐとの横をなにも言わずに通り過ぎ階段を上る。
も急いでリョーマの後ろを追いかけた。

「あのね!も悪気があったわけじゃないんだよ!」
「…」
「別に、リョーマに迷惑かけようとか思ったわけじゃないだろうし」
「…」
「だからね!」
「分かってる」
「え?」
「俺も負ける気しないから」
「…はい?」

それだけ言うとリョーマは、パタンと部屋のドアを閉めた。

「…あれ?」

一体、なにがどうなっているのか分からずは思わず頭を抱える。

「相性が悪いのかしら?」

リョーマと
にとって、信頼のおける大切な二人だが、どうもこの二人は相容れないようだと悟る。 しかし、も何も分からないまま引くわけにもいかない。

「リョーマ!ねぇ!ちょっとー!」

は、どんどんとリョーマの部屋のドアを叩くが、出てくる気配は全くないようだ。

「…もう!どうなってるのよ?!」
「うるさいんだけど」
「きゃっ!」

リョーマの部屋のドアに体重をかけていたは、突然リョーマにそのドアを部屋の内側から引かれて前へと体勢を崩す。

「っ!…あれ?」

痛さを覚悟したが、その痛みは起こらずは、恐る恐る目をあける。

「本当、馬鹿だよね」
「リョーマ!」

口では、冷たいことを言うがリョーマはの体をしっかりと支えてくれていた。リョーマは、そっとから手を離して立たせた。

「ありがとう、リョーマ」
「いいから。入るなら、早く入りなよ」
「いいの?」
「だからそう言ってんじゃん」
「怒ってない?」

は、リョーマの表情をうかがうように覗き込む。

「別に最初から怒ってない」
「本当?」
「…ムカついただけ」
「なにそれ」

リョーマの理不尽な答えにはクスクスと笑う。


「うん?」

リョーマは、正面に立っているの肩に左手をのせ、その上に顔を隠すように頭を預ける。

「…   」
「え?なに?なんか言った?」
「なんでもない」

の肩から頭を上げて床に広がっていたテニス雑誌を持ち上げるとリョーマは、時計を見て首をかしげる。

「あれ…なにか忘れて無かったっけ?」
「え…ああ!そうだ!薬!すぐに取ってくるから待ってて!」

リョーマの左目の薬の時間を思い出したは、急いで階段を下りてリビングへと向かっていった。
そんなの後ろ姿を見つめながら、さっき小さく呟いた言葉をもう一度リョーマは心の中で呟く。

「…好きだ」

リョーマは、部屋のドアノブをさらにぐっと力を入れて押すように握りしめた。

「にゃろう…」

覚悟はとっくに決めていたはずなのに、気持ちを言葉に出すだけで、こうも愛しさが増すものだなんて思いもしなかった。
ここまで心の奥底から溢れ出てしまいそうになるものだなんて考えたこともなかった。これは、自分が思っていた以上につらいものだとリョーマは悟る。

「リョーマ!」

薬を手には階段をパタパタとかけ上り、リョーマのもとに近づくとニヤリと笑う。

「今日は特に容赦しないから、沁みると思うけど動かないでね」
「…俺、その薬あんまり好きじゃないんだよね」
「好き嫌い言わない!ほら!消毒からするんだから早く部屋に入って!」
「ここ、俺の部屋なんだけど?」
「細かいことは気にしないの!」
は気にしなさすぎ」
「本当に容赦しないわよ!リョーマ!」
「それは、勘弁」

だけど、もう迷いは捨てた。どんなにつらくても耐えてみせる。前へ進むと決めたのだから…。
リョーマは、に背中を押されて部屋に入るとドアをパタリと閉めた。