20話 都大会準備期間
「え?カメラ?」
「そう、何校か偵察にきてるみたい」
都大会2週間前。ついに、青学だけでなく他校も都大会へと向けて動き出したのだ。 乾先輩によると、偵察人数49人。去年と一昨年より増えているらしく、カメラをもった他校生がコートの周りにうろついている。
「やんなっちゃう…」
青学は、シード校だしあの手塚部長をはじめとする有名な部員達がいるから仕方ないんだろうけど、 今日だけならまだしも、ここ最近ずっとときているだけに私だけじゃなくて、部員の皆も嫌がっているみたいだ。
「たしかに、見られるって嫌な気分だわ」
「そうだね」
今日は、自主練だという女子テニス部のに、 私はそんな愚痴を漏らしていると、がなにかに気付いたように辺りを見渡す。
「…今も見られてる」
「え?」
の言葉で、後ろを振りむくと見たこともない他校の男の子が真っ直ぐにこっちを見ている。
「誰だろう?」
「さぁ…他の女子部員も気付いてるみたいだけど」
陰でこそこそされるのも、どうかと思うがこうもどうどうとした視線も嫌なものだ。
「私、話聞いてくるよ」
「えぇ?!やめなよ!!」
「だって、うちのテニス部の偵察かもしれないし。女テニの子達にまで迷惑掛けられないよ」
「いや、だからって危ないでしょ!」
「大丈夫!私、強いもん」
「だから、その自信はどこから…って!こら!」
は、の制止を聞かず女子テニス部を覗いている他校生の方へと向かった。
「あの、すいません」
「ん?…あ」
「え?」
私が話しかけると、彼はじっと私の顔を見る。
「あの…なにか?」
「いや、なんでもないよ!君、可愛いね!」
「は…はい?」
どうもズレた人だが気さくで明るい人のようだ。私は、彼に肩を抱くように引き寄せられた。
「今、時間ある?」
「え?」
「近くの喫茶店で二人で話さない?」
「あ、あの!うちの男子テニス部に用というわけじゃないんですか?」
「よくわかったねー!」
「あ。やっぱりそうなんですか」
「悪いんだけど、連れてってくれないかな?」
「へ?!いや、あの…ちょっとー!」
私は彼に肩に手を置かれ、半ば強制的に男子テニス部へと案内させられる羽目になってしまった。
「(偵察を断ろうと思ったのに、案内してどうする…私…)」
「俺、千石清純。見ての通り、山吹中ね!」
「山吹中…」
「そう。君の名前は?」
「です」
「部活は?なにしてんの?」
「…男子テニス部のマネージャー」
「そうなんだ!こりゃ、ラッキー!」
「あはは…」
ここまで、懐かれるとさすがに断りづらくなってしまった…。
「ねぇ!携帯番号とか…」
「キャー!すごーい!リョーマくん!」
「…リョーマ?」
千石さんの話をさえぎるかのように、大きく聞こえた歓声に私達は耳をやる。
「うん…綺麗なフォームだね」
「あ…」
ゴムひも付きのボールを制服で上手に素早く打ち返すリョーマを目にした千石さんは、私の肩から手を離したあと、方向を変えてリョーマに近づきながらそう言う。
「さすが青学!いい一年がいるな!」
どうやら、リョーマも私にも千石さんにも気がついているようだ。
「ちょ!ちょっと!」
スパーンと、ゴムひも付きのボールを打ったリョーマの前にわざと千石さんはさらに近づく。
「!」
リョーマの打ったボールの力を読んでいたらしく、ゴムひもはちょうど千石さんも目の前でぴたりと止まった。
「すごい!見切ってる!」
朋香ちゃんにもはっきりと千石さんが見切っているのが分かったようだ。
「おしーなぁ。もう少し軸足に体重を乗せれば、もっともっとパワーが出るよ」
「そりゃどーも!」
リョーマは、千石さんに見せつけるかのように右手に持っていたラケットを左手に持ち替えた。
「(左利き!おもしろい!)」
「危ない!」
スパーン!
「あーあ…」
左手だと、パワーがケタ違いのリョーマの打球は、見事に千石さんの顔面に直撃した。
「誰こいつ?」
リョーマは、機嫌が悪そうに私に尋ねた。
「山吹中の千石清純さん」
私は、彼に聞いた通りの名前を答える。
「ふーん…ま、いっか」
「ぇえ!」
おそらく、委員会の仕事だろうリョーマは、倒れて気絶する千石さんに構わず、地面に置いていた山積みの古い本を持ち上げる。
「あ。そうだ先輩」
「え?…あ!なに?」
学校でしか呼ばれなれないリョーマの呼び方に戸惑いながら返事をする。
「焼却炉どこっスか?」
「それなら、真っ直ぐ行って…」
「めんどくさいんで、案内して欲しいんスけど」
「はい?」
「早く」
「ぇえ?!」
「部活行くの遅くなるんだけど?」
「あーもう!わかったわよ!」
なんとも、マイペースなリョーマに私だけが急かされる。これも惚れた弱みなのか…とは頭を抱える。 私は、リョーマのこういう性格ですら、つい甘やかしてしまうみたいだ。
「ごめん!桜乃ちゃん、朋香ちゃん。千石さんのことなんだけど…」
「私たちが、保健室に連れていきます」
「ちょっと桜乃!私たちって、もしかして私も?!」
「もちろん、私と朋ちゃん」
「えー!もう…仕方ないわねー」
「先輩、部活頑張ってください!」
「ありがとう!桜乃ちゃん!朋香ちゃん!今なら、先生いると思うから!」
そう言ってくれる優しい桜乃ちゃん達に千石さんのことを頼んで、私は前を歩くリョーマを追いかけた。
「そこを、左」
「どうも」
「まったく…リョーマのせいで結局放ってきちゃった」
「えらく仲良いみたいだったけど?」
「そんなわけないでしょ!さっき会ったばっかの人なのに!」
は、急いでリョーマに全否定する。
「ふーん」
「でも、どうやって偵察断ろうか困ってたから助かったかもね」
「ならいいけど」
「リョーマ怒ってる?」
「なんで怒るのさ」
焼却炉に持っていた本を全部置きながら、そう言いつつもリョーマはやっぱり機嫌が悪そうに返事をする。
「そ、それもそうか…」
リョーマの機嫌は悪そうだから、もしかしたら私に怒ってるのかと思ったけど、たしかに私が他の男といようが、ただの私の片思いなわけで、リョーマにとっては関係のないことだ。
怒る理由がない。ちょっと、寂しいけど仕方のないことだ。とは自分に言い聞かせてそんな思いを取り払うように笑顔で言う。
「じゃあ、私さきに部活行ってるから終わったら来てね」
「分かってる」
「図書委員さん。後は、がんばって!」
は、リョーマをからかうような口調で言いながら手を振って行ってしまった。
「…」
への思いが強くなるにつれて、余裕がどんどん無くなっていくのがリョーマには分かっていた。 には、自分の気持ちを悟らせないためになんでもないように言ったが…
見ず知らずの男に触られるだけでなく、あそこまであからさまにへと男が好意を向けるのにも苛立つが一緒に楽しそうに話をされるだけで、リョーマにとっては充分不機嫌の原因だった。 今は、リョーマ自身で苛立ちを面にあまり出さずに抑えているつもりだが、いつ爆発してもおかしくないと自分でも思う。
「俺もまだまだだね…」
リョーマも、委員会の仕事を終えて部活へと向かった。