22話 帰り道二人
「ここは、終止形ではなく已然形となり、」
「はぁ…(さすがにこの先生の授業は眠いなぁ)」
は、本日最後の授業である古典のノートを取りながら眠たい目をこする。
「(桃は、いつも羨ましいくらい気持ちよさそうに寝てるわね)」
前方にいて机にふせて堂々と寝ている桃に目をやる。
「(あ。そうだ…後でリョーマにメールしないと)」
キーンコーン
チャイムの音と共に号令が響き渡り、クラス中の皆が両手を上げた。
「やっと終わったー!」
「今日は、教員会議の日だから部活休みだしな」
「ねぇねぇ!帰りにアイス食べて帰ろうよ!」
「いくいく!」
クラスの皆が、チャイムが鳴り授業が終わると解放されたように口々にそんなことを話しているなかで、 は一人でこっそり机の下の引き出しの中で隠すようにメールを打つ。。
「(えーっと…リョーマ、リョーマっと…)」
「、部活休みでしょ?」
「(遅れないでね…と)」
「ちょっと、?」
「(送信!)」
「こらー!ー!」
「きゃああ!ごめんなさ…って、なんだ!」
「無視しないでよ!」
「え。あー、ごめん。気がつかなかった」
は、携帯をポケットにいれて隣に来ていたに手を合わせて謝る。
「それで、何か用事?」
「ちゃんと聞いてなさいよ」
「だから、ごめんってば!」
「もう…今日、部活休みでしょ?」
「うん。職員会議の日だからね」
毎週職員会議のある日は、部活はもちろん、委員会も全て休みになる。職員全員が会議に参加して、生活態度やら規則やらを話し合うらしい。 その会議内容が漏れないように、生徒は全員学校に残ってはいけない規則になっているのだ。だから正直、一体どんな会議なのかは私たちも詳しく知らない…。
「一緒に帰ろうよ」
「うん。でも、私…」
にそう言われ、が返事をする途中、の携帯のバイブが震えた。
「ちょっとゴメン」
「うん」
は、携帯を開く。
「(あ。やっぱり、リョーマだ)」
「…」
は、携帯を開いた瞬間にどこか嬉しそうな笑顔をするをはっきりと目で捉えた。
「(なるほど…相手は、あいつか)」
再び文面を素早く打ち込むとは、携帯を閉じる。
「ごめん」
「ううん。それで?なにか言いかけてなかった?」
「あ!私、帰りに行かなきゃいけないところがあってね」
「どこ?買い物?」
「うん。リョーマとなんだけ」
「はぁ?!」
「え?」
は、が説明し終わる前に不機嫌そうな声を出す。
から彼の名を聞くだけで心がざわつくんだ。自分で自分の気持ちは分かっているの。そう、ただの嫉妬。
「二人で仲良くお買い物?へー、そう」
「え、あ…いや、そうじゃなくて」
「デートだから、私と一緒に帰れない。そう言いたいのね」
「ち、違うってば!」
いつの間にかに抱いてしまっている感情をまだ受け止めきれていない自分がいる。嫉妬なんて、初めてだった。
お願い、もう言わないで。彼の名前を呼ばないで。と願う心をわざとらしく冗談めかしたような口調でごまかす。
が両耳を手で塞ぎ背中を向けた時、はそんなに聞こえるように大声で言う。
「倫子さんに頼まれたのよー!」
「…倫子さん?」
たしか、その名前は…と、はそっと両耳から手を離し、振り向きながら以前から聞いていた越前の家のことを思い出す。
「入浴剤とシャンプー。ついでに、カルピンのエサも無くなりそうだから今日、部活ないなら帰りに二人で買ってきてって」
「なんだ、おつかいじゃない…それならそうと言いなさいよ」
「言わせてくれなかったのは、誰?!」
「ごめん。あいつの名前をから聞くだけで最近、妙にムカつくのよ」
「…なんで、そうなったかなぁ」
は、二人はほとんど絡んだことがないのにも関わらず、どうしてここまで相性が悪いのかと頭を抱える。
「で、どこ?」
「え?なにが?」
「どっかであいつと待ち合わせしてるんでしょ」
「うん…そうだけど、よくわかったね」
「(メールしてるの見たら分かるってば…)」
は、感心するように言うに心の中でつっこむ。
「商店街のスーパー」
「ぁあ、あの新しく出来た広いとこね」
「そうそう!」
「仕方ない。じゃあ、そこまで付いて行ってあげる」
「いいの?」
「大して遠回りってわけでもないし」
「ありがとう!」
「…来なかったら、どうしてくれようかしら」
「流石にそれはないと思うけど…」
遅くならないようにメッセージは送ったが、リョーマのことだから期待できないな…とは、そんなことを思いながらも鞄の中に教科書をしまった。
「越前!お前、もう帰るのかよ」
「リョーマ君もスポーツ店行かない?」
「行かない」
「おい!越前!」
リョーマは、堀尾達にそう言い放ち、鞄を持って教室から出た。
「なんか、あいつらしくねーよな」
「そうかな?」
「何にも言わないところとか、リョーマ君らしいと思うけど」
「うーん…怪しい」
堀尾は、リョーマが出て行った教室のドアを睨みながらそう言った。
「15分か…」
に待ち合わせ場所まで一緒に来てもらった後、そこで別れたは、予定通りリョーマがまだ待ち合わせ場所に来ていないことを確認する。
「ニャー」
「ん?」
自分の目の前に来て鳴く猫に視線を合わせるようにしゃがみこみ、そっと手をさしだす。
「おいで」
「ニャ」
「よしよし」
は、おそらく野良猫だろう白い猫の頭を撫でる。
「(かわいい!)」
コツコツと足音が近づいてくるのにも気がつかず、が夢中になって猫とじゃれているとの真後ろでその足音は停止した。
「なにやってんの」
「へ?!」
耳元で聞きなれたアルトの声がしたは、思わず立ち上がると猫もそんなに驚いて何処かに行ってしまった。
「リョーマ!」
「ん…お待たせ」
「あ、ううん。リョーマにしては早かったね」
「馬鹿にしてる?」
「してないよ!」
「ならいいけど」
は、そう言ってすたすたとスーパーへと入るリョーマの後を追う。
「えーっと、シャンプーは…これでいい?」
「別になんでもいい」
「あ、そう。なら、こっちの苺の香りの奴でもいいわけね」
「それはヤダ」
「うん。素直でよろしい!」
「…性格悪いよね、本当」
「リョーマが素直じゃないからだよ」
は、笑顔でそう言うとストンと先ほどのシャンプーを棚に直して、始めに手にしたシャンプーをリョーマが持つ籠の中に入れた。
「カルピンの餌も入れたし、後は入浴剤だけか」
「、どれがいい?」
リョーマは棚に並べられた入浴剤を一つ手にとって眺めながらして、にそういう。
「私?私は、リョーマが好きなやつでいいよ」
も入浴剤にはこだわる方だが、それ以上にリョーマが部活で疲れた体を休めるのに使っていて入浴剤が好きなのを知っているだけにとしては、リョーマの好きなものを選んで欲しい。
「いいから、選びなよ」
「えー…じゃあ、そうね」
は、棚にたくさん並べられた入浴剤をじっくり見る。
「湯布院かなぁ。美容にもいいし」
「へー、九州…ちょっと意外」
「なにが?」
「のことだから、また訳わかんないやつ選ぶと思った」
「だって、私も温泉好きだもん」
「ふーん」
「なによ。なにか不満?」
「別に」
リョーマは、どこか優しくほほ笑みをからかうようにクスクスと小さく笑う。
「っ!」
滅多に見られないであろうリョーマの優しい笑顔に、私の心臓はドキリと高鳴った。
「(あーもう!リョーマの馬鹿!)」
平然と繕っているつもりでも、やっぱり好きな人相手には型無しだとは悟る。
「じゃあ、これでいい?」
リョーマはそんな私の様子に気づかず、さきほど私が指差した入浴剤を籠に入れる。
「あ…うん。でも、本当にリョーマは良かったの?」
「別に。これでいい」
「ふーん?」
「早くレジ行って帰るよ」
「あ。待って!」
リョーマは、自分の横に来たを目にすると、何か思いついたようにニヤリとした表情でを見る。
「…ねぇ」
「なに?」
がリョーマの方を見た瞬間、リョーマはの耳元に顔を近づけて小さくささやく。
「今度、一緒に入らない?」
「へ?」
「お・ふ・ろ」
「…なっ!なぁああ!」
もはや言葉にすらできないほど驚くは、一気に頬を真っ赤に染めると、 満足したようにリョーマは「冗談」と言いながら、にべーっと舌を出す。
「冗談がきついよ!リョーマの馬鹿!」
「顔、真っ赤だけど…期待した?」
リョーマはを指さしながら楽しそうに口角をあげる。
「なっ!…し、知らない!」
は、完全にリョーマにはめられた気分だった。
「(もう、最低!最悪!私より年下の癖に!)」
リョーマは、自分の気持ちに気付いてて、私の反応で遊んでるんじゃないないかとまで思ってしまう。 は後ろにいるリョーマを無視してレジに向かう。 そうやって自分の前で怒っているをリョーマは気付かれない様に遠くからじっと見つめる。
「(…全部冗談ってわけでもないんだけどね)」
でも、そんなことを言うとはさらに顔を真っ赤にさせて怒るのだろうとリョーマは思う。
「もまだまだだね」
リョーマは、レジで並ぶに後ろから近づくと、はすぐにリョーマの存在に気がついた。
「…女の子にはそういう手口を使って落とすわけ?」
「はぁ?」
「どうなのよ」
「親父じゃあるまいし」
「…まぁ、そうよね。そうよ。リョーマだもんね」
は、リョーマから視線を外して悩むように口元に手をあてて考えている。
「なに?」
「いや、冷静に考えてみたらリョーマらしくない冗談だなと思って」
やっと頭が回り出したのかは、今頃になってそのことに気付いたようだ。
「はぁ…(本当、馬鹿だよね)」
「リョーマ?」
「最近、いろんな奴に手出されてムカついてたからね」
「え?」
「一番は俺だって言ってやりたくなっただけ」
は、真剣な表情で真っ直ぐな瞳をするリョーマに思わず息を飲み、 そのリョーマの言葉が以前に言われた言葉と脳内でフラッシュバックする。
――「の一番は、この私よ!」
――「一番は俺だって、言ってやりたくなっただけ」
「次の方、どうぞー」
レジのお姉さんにそう言われ、リョーマはそんなの横を通り過ぎてレジに籠を置いた。
「(もしかして…それって…)」
「お会計、4260円になります」
「あ。はい!」
私は、レジのお姉さんに言われて倫子さんに渡されていたお金を財布から出す。
「(…嫉妬?)」
恋心がそんな淡い期待を抱かせてしまう。だけど、自己嫌悪が現実へと引き戻す。
「(って、リョーマに限って私になんて…あり得ないか)」
きっとリョーマも好きな人にならするんだろうな、嫉妬。
「ありがとうございました!」
レジのお姉さんにビニール袋を受け取るリョーマを見ながらは少しだけ寂しくなる。
「帰ろっか」
「…ん」
「重たくない?」
「よりは力あるから」
「そっか」
「なに?」
「ううん。なんでもない」
これからも隣にいたいなんて思うのは、贅沢過ぎるくらいの私の勝手な恋心だ。