24話 前日事情
「ご、ごめん!も、もう…むり!」
「は、もう少し体力つけた方がいいんじゃない?」
「私をリョーマ達と一緒にしないでよ!」
朝早くから、お寺の方でリョーマの練習に付き合ってしまって、すでに私は肩で息をしながら、ベンチに倒れこんでいた。 ベンチで倒れこむ私をよそに、リョーマは鐘の壁で双方無人に飛んでくるボールを全て受けて壁打ちをする。
「(本当、格好いいんだから…)」
そんなリョーマを横目で見て、私は頬が赤くなるのが分かるから嫌になる。これは、運動した後だからだと思いたい…。
「…あれ?」
「うん?」
突如、壁打ちをやめたリョーマは、私が横たわっているベンチを見て首をかしげる。
「そこにカルピン居なかったっけ?」
「そういえば…あれ?」
私は、リョーマのその言葉で体を起き上らせて、ベンチに座りきょろきょろと左右を見渡した。
「うーん…ここにも、居ないね」
「ったく、カルピンのやつ…」
私とリョーマは、お寺にも家にも居ないカルピンを捜していた。 リョーマは、口では冷たく言っているけど凄く心配そうだ…しかし、ここまで、あのリョーマに心配してもらえるとは、ちょっとだけカルピンが羨ましくなる。
「じゃあ、私こっちの道行くから…」
二手に分かれた道を別々に進もうと思ったその瞬間…。
「おー!越前!!ちょうど良かったぜー!」
「え?あ!桃!」
前方から、桃が自転車に乗ってこっちに手を振ってやってきた。
「桃先輩、こんな所で何してんスか?」
桃は、私達のちょうど手前で上手く自転車を止める。
「ぁあ。これ、お前んとこのネコだろ?」
「あ…」
どうやら桃は道で偶然カルピンを見つけて、リョーマの家まで届けるつもりだったらしい。
「サンキュー、桃先輩」
「おう。ところで、お前らの方こそ何してたんだよ?デートか?」
桃は、何やらニヤついた顔で私たちを見る。
「なんでそうなるのよ。ちょうどカルピンを探してたの」
「カルピン?…ぁあ、こいつか」
納得したように桃は、抱いていたカルピンをリョーマに手渡すと再び自転車にまたがる。
「もう帰るの?」
「ああ。そいつ届けにきただけだからな」
「だったら桃先輩、ちょっと打って行きません?」
リョーマは悪戯で挑発的な表情で桃にそう言うと、桃は目をぱちくりとさせてリョーマを見た。
「すげーな!お前ん家、コート持ってんのかよ!」
スパーン!とラケットに当たる一つのテニスボールが音を立てて二人の間を激しく行き来する。
「知り合いのボーさんのコートっスよ!」
リョーマの提案で、桃がリョーマの家のコートで打ち合うことになったようで、すっかり朝早くのリョーマとの練習の付き合いとカルピン捜しで疲れてしまった私は、 一足先にカルピンを腕に抱えて夕飯の手伝いに、先に家へと戻る。
夕方になり、リョーマが桃との打ち合いを終えた後、家へと帰ってきた瞬間にの声となにやら騒がしい声が響いた。
「あ!痛ったぁ…」
「大丈夫?!ちゃん!」
靴を脱いで真っ先に、リョーマはその声がする方へと足を向けるとそこは、台所…なにやら慌ただしい女性達の声に、リョーマは首をかしげる。
「…なにやってんの?」
「あ。リョーマさん、おかえりなさい」
いち早く、菜々子がリョーマの帰宅に気がつき声を掛ける。
「リョーマ!おかえり!」
菜々子の次にリョーマへと気付いたエプロンを付けているが、左手の人差し指を右手で添えながら、笑顔でリョーマにそう言った。
「早く、手当した方がいいわ」
倫子はそんなに心配そうに言うもは笑顔を返す。
「これくらい平気です」
「駄目よ。ちゃんと手当しないと」
倫子の言葉との様子でなにやらピンときたリョーマは、 に近づくと左手の人差し指から血が流れているが目に入った。
「…まさか包丁で切ったわけ?」
「あはは、当たり!素晴らしい洞察力だよ!リョーマ君!」
は、まるで痛さを誤魔化すような口調でリョーマを茶化す。
「ったく、何やってんのさ」
「人参切ってたら、ドジっちゃった」
次は、力無くへらりと笑うにリョーマは、深いため息をついた。
「馬鹿じゃないの」
「え!ちょっ!リョーマ?!」
リョーマは私の腕を引っ張り、台所から出ようとするが私がぐっとためらうように掴まれた腕に力を入れると、リョーマは視線を前から後ろの倫子さんの方へとうつした。
「連れてっていいよね?」
「え?…ぁあ!なら、リョーマにちゃんの傷の手当て頼むわね!」
「ええ!倫子さん!」
「ほら、いくよ」
倫子さんに背中を押されて、リョーマに腕を引かれているは抵抗できずに黙って台所を後にした。
「頼んだわよ、リョーマ」
はじめは突然の自分の息子の行動を理解できずに驚いたものの、すぐに不器用な我が子が彼女へと向けた愛情表現と言えるであろう行動だと察した倫子は、 わざとの手当を自分がリョーマに頼んだように促したのだった。
「…ねぇ、菜々子ちゃん」
「なんです?おばさま」
「うちの子、あんなにカッコよかったかしら?」
「…はい?」
「それとも、相手がちゃんだから?」
「おばさま?」
「これからどうなるのかしらね!菜々子ちゃん!」
「は、はぁ…」
話が全く分からない菜々子をよそに、倫子は、を連れていったリョーマの背中を眺めながら、嬉しそうに手を合わせた。
「全く…怪我しといて、よく笑ってられるよね」
「だって、大したことないのに心配かけちゃうじゃない」
は、リビングで救急箱を持ってきてくれたリョーマに、手当してもらう為、左手を握られながら呆れたように言うリョーマに返事をする。
「せめて俺には掛けさせてくんない?」
「え?」
一体、どういう意味なのか聞き返そうとした瞬間、血が流れ出るの左手の人差し指が、ペロリとリョーマの舌によって舐められた。
「っ!!」
「…」
もはや、言葉にならない声ではリョーマに静かに制止をかける。
「リョ、リョーマさんっ!」
「なに?」
「あの…今のは、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「消毒しただけじゃん」
「いや、消毒液使ってよ!」
「やだ」
必死では冷静を装っているが、内心は心臓が爆発しそうなくらいドキドキと心音が響く。
「(あーもう!カッコよすぎて、どうにかなっちゃいそうだよ!)」
その後、リョーマは無言で目を細めながら、が怪我をした指に絆創膏を貼るが、 その様子すら、恰好よすぎて緊張してしまい、はリョーマを直視しきれずに目を瞑る。
「…」
リョーマに、手を握られただけでもドキドキするのに、 たとえ、それが本当にどんな理由であろうとも、好きな人にこんな風に優しく手当される状況下で、可笑しくならない女の子なんていないだろう。
「はい。出来た」
は、リョーマのその言葉と同時にゆっくりと目を開く。
「あ、ありがとう…」
意外にも上手く貼られた絆創膏に、は少し緊張が溶けて頬が緩む。
「、覚えときなよ」
「え?」
「俺、めんどくさいこと嫌いなんだよね」
リョーマのそんな言葉には顔を上げて、リョーマと視線を合わせるように下から覗き込んで首をかしげるとリョーマは、 から視線を逸らし、いつもリョーマお得意のポーカーフェイスが少しだけ赤くなった頬を指でかく。
「リョーマ?」
「…意味わかってる?」
「へ?」
「はぁ…まぁ、いいや」
仕掛けるのは、いつも自分からだ。攻めるのだって決して手なんて抜いたことないはずなのに、 なぜかいつも何気ない率直なの仕草や言葉に全て持っていかれてしまう。
最後に落とされるのは、いつも自分の方で…愛しさは増すばかりだ。 リョーマは、言葉とは裏腹に真っ直ぐにの方を見て優しく微笑む。
「…ずるい」
は、そんなリョーマの表情にドキリと胸が高鳴る。
「ずるいのはリョーマじゃない」
「…?」
いつも言葉は冷たくて、生意気で、まるで猫のようにマイペース。だけど…本当は、誰よりも優しくて、温かくて、なにをしても格好いい。
「リョーマ…」
どんどん心の奥にしまっていたリョーマへの気持ちの衝動が湧きあがるのを止めることができず、 がリョーマの手を握ると、目を大きく開いて驚くリョーマへと言葉を発しようとした口を開いた瞬間…。
「ちゃん、怪我したんだって?大丈夫か?」
「な、南次郎さん!」
南次郎さんがリビングへと入ってきて、は急いでリョーマから手を離して距離をとり、後ろにいる南次郎さんへと視線を変えた。
「…最悪」
「はぁ?なんか言ったか?リョーマ」
「なんでもない」
リョーマは、南次郎さんに向かって小さくつぶやいた後、リビングを出て行ってしまった。
「(…やだ。私…今、リョーマに何を言おうとした?!もし、南次郎さんが来てなかったら…私…)」
気持ちを伝えてしまっていたかもしれない。と思うと一気にの血の気が引いていく。 リョーマに迷惑をかけてしまうと…断られると分かっているのに気持ちを伝えようなんて自分は一体なんて恐ろしいことをしようとしていたんだろうと、今になって気付く。
「(やっぱりダメ!絶対にダメー!)」
は、ぶんぶんと取り払うかの様に首を左右に振る。 居候させて貰っている家の息子さんに恋をするなんて…
マネージャーの身分で選手に恋をしていしまうなんて…
色々あってはいけないとは心の中で言い聞かせる。 迷惑をかけるだけだと頭ではしっかりと理解しているつもりなのに、そんな気持ちとは反比例するようにどんどん増していく恋心。
「(しっかりするのよ!!)」
片思いで終わらせると決めているのに、自分の気持ちに気付いてほしいと思う欲望。想いが伝わればいいと思ってしまう願望がおもわず、言葉にしてしまいそうになる。
「…今日は、寝れそうにないなぁ」
都大会前日
自分はこんなに我がままだったということを知った。