25話 都大会遅刻
ピピピ!
「んー…」
ピピピピ!
煩く鳴り響く時計に私はもぞもぞと布団から手を伸ばし、音を止める。 両手で時計をもち目をこすりながら近くで時計のディスプレイを見て現在の時刻を確認する。
「…うーん…集合は、10時…今は、9時52分…」
ガシャン!!
「しまったぁあああ!」
勢いよくベッドから起き上がり、乱暴に時計をテーブルに置いた。
「ど、どうしよう…」
今日から都大会なのに大失態だ!時計を合わせるのに一時間も間違えるなんて…!
「とにかく電話しないと!」
私は、大石先輩に急いで携帯から電話をかける。
「すみません!大石先輩!」
大石先輩に素直に事情を話すと、慌てずに来るようにと優しく言ってくれたおかげで私はそこで電話を切った。
今まで遅刻なんてしたことなかったのに…。
これも、昨日自分がリョーマへしようとした恐ろしいこと考えるとどうも眠れな…。
「…リョーマ?…あ!」
私は、パジャマのままで、まさかとは思いながらもリョーマの部屋へと向かった。
「リョーマ!」
バタン!と部屋のドアを開けると、予想通りの状況が目の前に広がり、思わず体温が一気に下がる。
「起きて!リョーマ!」
「ん…?…なに」
「時計見て!時計!」
寝ボケて眠たそうに目をこするリョーマに、私はリョーマの部屋の時計を目の前に差し出した。
「…9時56分?」
「青学は何時集合だった?!」
「…10時…あ…」
リョーマもさっきの私のように、血の気が引いて驚いた表情でガバリとベッドから起き上がった。
「おーい!越前からも連絡があったぞ!」
試合に出る8人が揃って、10時までにエントリーしなくては失格になる青学の皆はやっとのことでリョーマに連絡を付けた。
「大石先輩!越前は?」
「何でも、子供が生まれそうな妊婦さんを助けて病院に寄ってたんだそうだ」
「嘘だな」
「100%嘘だ」
「でもおチビは分かるとして、ちゃんが遅刻って珍しいよね」
「時計を合わせ間違えたって言ってたけど…大丈夫かな?」
「なに、二人とも向かってるんなら試合には間に合うだろう。とにかく…」
竜崎先生は、おもむろに白い帽子を取り出し堀尾の方を見た。
「…え?」
「エントリーしなくては、しょうがないねぇ」
「え?え?!」
「なにが、病院よ!嘘だって丸分かりじゃない!」
「遅いくせに煩い」
「だったら先に行っててばー!リョーマと違って私は試合に出るわけじゃないから!」
「言い返す元気があるなら、黙って走りなよ」
「ちょ!え、えー!!」
リョーマは、私の手を引きながらさらに走るペースを速めた。
全速力で走って試合会場へと向かうも、私だって遅い方じゃないが、流石にリョーマの速さにはついて行けない。
さっき、“遅すぎ”と言われ、今は完全にリョーマに手を引いて貰っている状態だ。
恥ずかしながらも、この手を離されると完全にリョーマに置いて行かれてしまうだけに非常に困ってしまうが、 リョーマは、選手で試合に出なければいけない。
試合に出ない私なんか放って出来るだけ早く試合会場へと行って欲しいのが正直なところなんだけど…。
「(優しいんだよねー…こういうところは)」
口では、冷たくて突き放す様な事を言うのに、私の手は力強くリョーマに握られていてリョーマが離す欠片も見えない。
「試合開始五分前!セーフ!ぎりぎりセーフ!」
それでも走り続け、なんとか青学の試合が始まる数分前に都大会の試合会場入口へと到着したところで、リョーマは私から手を離した。
「。コートどっち?」
「えーっと、とりあえずそこを右!」
コートの番号を確認しながら歩いていると、聞きなれた声が聞こえてくる。
「リョーマ君!先輩!」
「カツオ君とカチロー君じゃない。何やってるの?こんなところで」
一年生の二人が指さす方を見ると、コートには、なぜかレギュラージャージを着て帽子をかぶる堀尾君とガタイの良下げな中学生がラケットを持って立っている。 まるで今から試合でも始まるような勢いだ。
「大変なんです!」
二人は、端的に私とリョーマに話してくれた。 なんでも、私とリョーマが遅刻したせいで、10時までにエントリーする為、竜崎先生がリョーマの身代わりとして背の近い堀尾君がレギュラージャージと帽子を被らされたらしいが、 レギュラージャージを着ていたことで、調子に乗って道をうろついていた堀尾君がリョーマと間違われてしまったらしい。
「え…越前!」
「ふーん」
完全に相手にリョーマと勘違いされている堀尾君は、小さな声でリョーマに助けを求める一方、リョーマは、面白そうにニヤリと笑う。
「がんばって、越前君」
「え?!ちょ、ちょっと!」
「おい待てよっ…越…ッ!」
私は堀尾君の困ったような声を耳にして、とっさにその場を去ろうとするリョーマの制服の裾を掴むと、リョーマはぴたりと足を止めた。
「あ。えっと…」
「…やーれやれ」
そう言うとリョーマは、後ろを振り返りピンと私のおでこを指で跳ねる。
「イタっ」
私は、思わぬ痛さに思わずリョーマから手を離し、両手でおでこを抑えた。
「ねぇ、堀尾。ファンタ一週間分でいいよ」
「み、三日分!」
「一か月分にする?」
「わ、わかった!一週間でいいよ!」
全く、もっと素直に助けてあげればいいものの…。
リョーマなりの不器用すぎる優しさがまさか、こんなところでも見られるなんて思ってもみなかっただけに、なんだか嬉しくなる。
「まぁ、一応準備運動しときたかったしね」
リョーマは、ジャージに着替えてラケットを持ちコートに立った。
「あ!越前が来たぞ!」
「おーい!ちゃーん!」
菊丸先輩は、私たちに大きく手を振る。
「遅い!はらはらさせよって!」
「す、すみません…」
私は朝、リョーマをちゃんと起こせなかっただけに、とっさに竜崎先生に頭を下げて謝る。
「お前ら、何やってたんだよ!この野郎!」
「痛いっス」
「説教は後だ。試合に出る準備をしろ」
手塚部長にそう言われたリョーマは、鞄を下ろして帽子を深くかぶる。
「準備運動は、ばっちりしてきました」
「頑張れ!リョーマ!」
「初戦全勝で行くぞ!決めてこい!」
「ウィッス」
しかし、さっきの人…リョーマのボールが顔面に当たって痛かっただろうなぁ。
「(遅刻には、気をつけないと…)」
は、改めて遅刻の怖さを思い知らされたのだった。