26話 対 聖ルドルフ


「青学レギュラー集合!」

青学は、順調に勝ち進み次は準々決勝。
次の相手は、聖ルドルフ。不二先輩の弟の裕太君もいて、相当補強を図っているらしい。

「あー!ちゃん!」
「へ?」

私がリョーマや桃と一緒に不動峰の試合を見ていたら、突然大きな声が響いた。 何処かで聞いたことのある声…。でも、なぜかいい感じがしないと思いつつも後ろを振り返る。

「あっ!千石さん!」
「千石…?Jr.選抜の山吹中の千石か!」

桃は、私の言葉で思い出したように声を上げた。

「ん?あ。そうか、君が例の青学ルーキー?」

千石さんは、私の横にいたリョーマに気付くとまっすぐにリョーマの方を見た。

「へぇ、越前もも知り合いだったのか」
「全然」
「おいおいっ」

自分がボールをぶつけた相手を覚えていないとは…
まぁ、リョーマらしいといえばリョーマらしいがいくらなんでも千石さんが可哀想すぎる。

「でも、俺はこんなところでちゃんに会えてラッキー!」
「あはは…」

相変わらずこの千石さんのテンションは不明だが、この親しみやすさが、千石さんのいいところなのかもしれないとも思う。

「俺、今日の恋愛運、二重丸なんだよね」
「はぁ。そうなんですか」
「ってことで、ちゃんのアドレス教えてくれる?」
「なんでそうなるんですか!」

私が思わず、千石さんに突っ込むと今まで無言だったリョーマの声が響いた。

「ねぇ」
「ん…?」

千石さんもリョーマの声で私からリョーマへと視線を変える。

「アンタ強いの?」
「…強いんじゃない?」

リョーマと千石さんの互いに強さを見極める様に睨みあう視線が嫌な雰囲気を作り出したその時、ちょうどいいタイミングで不動峰の試合が終わり神尾君達が話しかけてくれた。

「何だよ、青学来てたのか」
「おう!次は、氷帝学園とだな」
「倍にして借りを返してやるぜ」
「そろそろ行くぞ」
「はい、橘さん」

部長の橘さんの声で、神尾君達は行ってしまったが、不動峰に興味を持ったらしい千石さんも手を振り楽しそうに去って行った。

「はぁ…」
「…」

そんな光景を見て、私がほっと一息つくとリョーマのジトリと私を睨むような視線に気づく。

「な、なに?その目…」
「別に」
「こら!言いたいことがあるなら言いなさい!」
「なにもないってば」
「嘘!またリョーマの悪い癖!」
「本当、そう言うところガキだよね。って」
「リョーマに言われたくない」
「ぶっ!…くくく」
「え。桃?」

私が、リョーマの言葉に反論しようとすると、横から桃の笑いをこらえる声が聞こえた。

「桃先輩…」
「わ、悪ぃ!越前!でも、お前!…ぶっ!はははは!」
「はぁーあ…」

あきらかに何か不満そうなリョーマも、なぜか口に手を当てて必死に笑いをこらえようとしている桃も気になるが、 そろそろ試合が始まってしまう為、私はあえて突っ込まずに試合コートへと向かった。

今回は、時間の関係で二面つかって二試合同時にダブルスの試合が行われる。
まさに準々決勝がはじまろうとしていた。

「あの二人…大丈夫かな?」

ただ、問題はそのダブルペアがあの黄金ペアと桃と海堂君だっていうことだ。

「オイ、今なんつった?!」
「放せよマムシ」
「あちゃぁー…」

コートで試合が始まる前だって言うのに、喧嘩が勃発。

「「やんのかコラ!!」」
「…あの二人、仲悪いんっスか?」
「うん、君が入部する前からのライバルだからね」

不二先輩は、懐かしげにリョーマにそういった。
でも、試合が始まってみると桃と海堂君の口喧嘩は変わらないものの…。

「ダンクスマッシュだ!」
「さすが桃先輩!」

ライバルな二人だけあって、お互いに相手の動きが分かるようだ。

「順調みたいですね」
「そうだね」
「ああ!」
「ん?」

一年生達の声で、私と不二先輩はもう一つのコートへと目線を変えた。

「4-3…苦戦してますね」
「英二の集中力が落ちてる」

青学の黄金ペアである大石先輩と菊丸先輩が苦戦するなんて…と誰もが一体どうなっているのかと疑問に思っているとリョーマが口を開く。

「ボールが五つ六つ位に見える」
「え?!どういうこと?」
「そうか…あの打球には無数の微妙なブレが生じているんだ」

乾先輩いわく、赤澤さんの先端で打つ妙な癖で、常人では決して判別できないが、 動体視力のいいものにはそのブレのせいで、無意識に全てのボールを目で追ってしまうのだと言う。

「目が痛い…」
「リョーマ、大丈夫?」
「ん」

リョーマも動体視力がいいだけに、この距離からでも見えるボールのせいで目が疲れたようだ。

「(でも、そんな相手をわざとぶつけてくるなんて意地が悪いな…)」
このオーダーを考えた聖ルドルフのマネージャーは、そうとう嫌な性格をしてると思う。

「大石先輩のムーンボレー!」
「凄い!追いついたよ!」

ゲームは4-4で進み、オーストラリアンフォーメーションで攻めるも 青学同様、聖ルドルフも食らいついてくる上、菊丸先輩の体力はもうほとんど残っていないようで、 休憩が入った後から菊丸先輩は、コートで一歩も動かないまま試合は聖ルドルフがマッチポイントを迎えてしまう。

「あと、一球でマッチポイントだよ!」
「どうしよう!大石先輩も一人じゃ無理だ!」

だれもが、もう終わりだと覚悟を決めた瞬間だった。
スパーン!と音をたてて大石先輩の後ろを抜いたはずのボールが相手コートへと決まる。

「大石、お待たへ!充電完了!」
「菊丸先輩ー!」

どうやら、一歩も動かなかったのは菊丸先輩の体力を回復させる作戦だったらしい。 ラストの反撃を開始したところで、皆、ほっとした安堵の声がしたのも束の間…。
ダブルス1の試合はこのままタイブレイクへと縺れ込んだものの、ダブルス1は惜しくも7-6という僅差で青学は負けてしまった

「充電…切れちゃった」
「残念だけど、タイブレークを乗り切るほど…いや、本来はタイブレークにもっていくまでの体力さえ菊丸には残っていなかったんだ」
「乾先輩…」
「後は、桃城と海堂に頼むしかない」
「…」

ダブルス2、未だ3-2という攻防がお互いに続いていたその時、空気をかえる技がさく裂した。

「で…でた…」
「ブーメランスネイク!」

海堂君は、ポール回しの技を確実にコートへと決まるように練習を積んでいたようだ。

「でも、それまだ未完成なんでしょ?」
「…当たり前だ」
「リョ、リョーマ君!」

確かに、シングルスならアウトのコースだがここまでくれば完成も近いだろう。

「さっ、アップしてこよ」
「えー!待ってよ!リョーマ君!」

カチロー君達の声も聞かずに、相変わらずマイペースなリョーマは次の試合に備えてアップに行ってしまった。

「まったく…」
ちゃん!」
「え…千石さん!」

私が、マイペースなリョーマの後ろ姿を見送っていた時、聞きなれた軽快な声が聞こえ振り向く。

「そっちは試合、始まってるんじゃないんですか?」
「うん。ちょっと抜けてきたんだよね」
「ぇえ!」
「そんな顔しなくても、すぐに戻るから大丈夫だって!」
「はぁー…」

どうして、こうも私の周りにはマイペースな人しかいないのだろうか。全く…皆、協調性がなさすぎる。

「こりゃまた、凄い展開だね」
「え?」

千石さんの言葉で、私が再びコートへと目を向けたその時

ゴン!

「星が…見えるだ~、ね」
「だ、大丈夫かー!」
「…あーあ」

桃のダンクスマッシュが相手の柳沢君の顔面に直撃し、試合続行不可能となった。

「ルドルフ棄権により、青学勝利!」
「お、おいおい!まだ暴れたんねーぜ!俺は!」

本当、皆もうちょっと自我をコントロールするのを学ぶべきだと思うが… 何はともあれ、青学対聖ルドルフの試合は、異例の勝ち方ながらも1-1という未だどっちが勝つか予想ができない展開となったのだった。


「あ、はい。部長。リョーマですよね」
「ぁあ。頼む」
「はい!」

手塚部長の考えを瞬時に判断した私は、急いでアップへと向かったリョーマを捜しに走った。

「って、なんで千石さんまで着いてくるんですか?!」
「だって俺もコートこっちだし、ちゃんと少しでも一緒に居たいし」
「はい?」
「そんなに怒んないでよ。ちゃん」
「あーもう!」

私は完全に、千石さんに懐かれてしまったようだ…。

「とにかく、まだ試合中ならそっちに集中してください!」
「じゃあ、試合に勝ったらアドレス教えてくれる?」
「だからー!…はぁ、分かりました」
「うん?」

もう何を言っても無駄だと思った私は、ついに折れることにした。
私が、その場で立ち止まると千石さんの足もぴたりと止まる。

「私のなんかでいいなら、いつでも教えますから試合に集中して下さい」 「え?本当に?」
「はい」
「ラッキー!俺、ちゃんの為に頑張ってくるね!」

千石さんは、私の手を笑顔でギュッと握りしめる。

「私じゃなくて、山吹中の為にお願いします」
「俺の格好いい所、見てて!」
「私は青学のマネージャーだから無理ですよ」
「じゃあ、いってくるね!」
「え?あ…はい。いってらっしゃい」

すっかり上機嫌の千石さんは、山吹中の試合が行われているのであろうコートへと走って行った。

「…完全に流されちゃった」
「本当、馬鹿としか言いようがない馬鹿だよね」
「うっ…なにもそこまで…って!」

この生意気な声に私は、急いで後ろを振り返る。

「リョーマ!」
「こんな所でウロチョロしてるからじゃない?」
「リョーマを呼びに来たんだよ!」
「ふーん」

リョーマは、私なんかに興味なさ気な口調で歩き出す。

「リョ、リョーマ!」
「なに?」
「調子は、どう?」

私は、前を歩くリョーマに急いで歩み寄った。

「悪くない」
「そっか!じゃあ、次の試合はばっちり決めてよ!」
「ところでは、来るのこっちでいいわけ?」
「え?」
「山吹の試合は、あっちみたいだけど?」

そう言いながらリョーマは、千石さんが向かった青学とは正反対のコートを指差す。

「ど、どこから聞いてたの?!」
「最初から」
「だったら、もうちょっと早く声かけてよ」
「邪魔しちゃ悪いと思って」
「じゃ、邪魔って…」
「随分仲良さそうだったし」

リョーマの棘のある言葉がグサグサと、私の心を刺す。

「そんな言い方…」
「じゃあ、なに?」
「リョーマ…」

自分が好きな相手に、そんな風に思われると言うことがこれほど辛いなんて今まで私は知りもしなかった。

「あ、あのね!リョーマ!」

私が、誤解を解こうとスタスタと前を歩くリョーマに話しかけるが一向にこっちを向いてくる気配すらない。

「別に、あれは千石さんと仲良くしてたとかじゃなくて」
「へー」
「たまたま、千石さんがうちの試合を見に来てたから、一緒になっただけなわけで!」
「あ、そう」
「(あーもう!無理!限界!その態度、頭にきた!!)」

なにを言っても、信じてくれないリョーマにだんだんと頭に血が上り、周りの人だかりなど気にもせず、私は、渾身の限りに叫ぶ。

「私が一番見たいのはリョーマの試合だよ!!」
「!」

私があまりに大きな声で叫んだせいで、リョーマは驚いてビクリと肩を大きく揺らして立ち止まる。
今までざわめいていた周りの人達までもが、一斉に静まり返り私達の方を見るが、そんなことお構いなしに私は、息を切らしながらリョーマに叫ぶ。

「私は、リョーマの格好いいところが見たい!」

リョーマは、振り返り私の方を真っ直ぐ見る。

「…何こっぱずかしい台詞を大声で叫んでるのさ」
「だって…」
「もう分かったから」
「え?」

私の手を掴むと、リョーマは再び前を向いて急ぎ足で歩きだす。

「リョ、リョーマ?」
「誰かのせいで注目浴びた」
「あ、ごめん!」
「いつも無茶苦茶だよね」
「だって…」

誤解なんかされたくなかった。どうしても、リョーマに分かってもらいたかったんだ。
私が一番好きな人は、リョーマだから…。言えない言葉を心の中で呟いた。

「分かったから」
「本当に?」
「黙って見てなよ。俺の試合」
「あ…うん!」
「…」

単純かもしれないが、嫉妬という暗雲が吹き飛んでしまうくらい、 充分すぎるくらいの言葉が嬉しかった。

「(絶対、そんなことに言わないけどね)」

ただの嫉妬だって自分でも最初から分かってた。でも、こんなのまるで餓鬼っぽくて誰にも言えるわけがなくて…じわじわと我慢の頂点にきてしまったのだ。

「裕太君との対戦だね」
「…誰だっけ?」
「不二先輩の弟だって言ってたじゃない」
「ふーん」
「ふーんって…」

関心のないことには周りが困るくらい無関心だが、好きになると…

「それより、本当って歩くの遅いよね」
「リョーマが早すぎるのよ!」

もう、手がつけられない。その全てを、自分の物にしたくなる。誰にも触られたくない。自分だけの胸に秘めたくなる。完全な独占欲がリョーマを支配する。

「はぁ…」

リョーマ自身、ここまで彼女にはまっていたと言うことに気付く。もう、後には戻れない。