27話 甘受の結末試合


「あいつ、地区予選の時よりプレイに迷いがなくなったな」

湧きだつ歓声の中、桃はリョーマの試合を見ながらつぶやいた。
“左殺し”と言われている不二先輩の弟である裕太君
サウスポーのツイストスピンショットは、確実にリョーマを苦しめていたはずなのに…。

「まだまだだね」

試合中に、返すこつをつかむと完全に試合の流れはリョーマのものだ。

「スライディングとジャンプの威力を応用した連続技…」
「ドライブBか」

大石先輩と乾先輩も、軽々とやってのけたリョーマに感嘆の声しか出ない。

「アンタの目標は兄貴なんだろうけど、俺は上にいくよ」

あまつさえ、リョーマはまっすぐに空をさし、大戦相手である裕太君にそう言ってのける度胸にも呆れてしまう反面…。

「(格好いいと思うなんて、重傷だ…)」

私が、フェンス越しに試合休憩に入ったリョーマを見ていると、桃がコツンと私の頭を横から軽くグーで殴る。

「あいてっ」
「“あいてっ”じゃねーよ!何ぼーっと見てんだよ」
「なにって…」

ちらりと、再びリョーマに視線だけ目をやるが、何を見てたかなんて、そんなの恥ずかしくて桃に言えるわけがない。

「言いづらいなら、俺が代わりに言ってやるぜ?」

私の考えを見過ごしたように桃は、ニヤニヤとした表情で私にそう言う。 そんな桃の態度におもわずムッとして私は突き放すように答える。

「別にいいよ。何のことだか私には分かんないし」
「よく言うぜ」
「…ねぇ、桃」
「なんだよ」
「私、テニス部のマネージャーになったのは間違いじゃなかった」
「急にどうしたんだよ?」

再開された試合を見ていたはずの桃が、目を丸くして驚いたように私の方を見た。

「だって、こんなにドキドキできるんだもん」

こんな感情知らなかった。たった少しの変化と出会いで、景色は一変し、さらに輝きを増したんだ。

「ゲームセット!青学越前リョーマ 6-3!」

審判の言葉で、周りの歓声がわきあがった。

「よくやったー!おチビー!」
「痛いっス…」

菊丸先輩に、頭を叩かれるリョーマを目にして私が桃の手を引っ張り、そっとリョーマに駆け寄る。

「ほら!行こう!桃!」
「お、おい!!」

彼女が目で追うのも。今、向かうのもリョーマの元。桃城の中で、一つの確信が生まれる。

「(なるほどな…)」

テニス部の中では、一番との距離が近いとも思っていたが…。

「(こりゃ、本気で諦めねーとな)」

昔、知らないうちに微かに抱いていた忘れられなかった気持ちをすでに過去のことだと、 自分に言い聞かせるかのように後輩へのリョーマにふるまっていたが、どうやら、もう本当に終わりだ。

「リョーマ!」

リョーマの元へ駆け抜け、リョーマの帽子を取り、頭に無理矢理タオルを被せて汗を拭う

、痛いんだけど」
「だって、こんなに汗かいてたら風邪引いちゃうじゃない」
「あのね…」
「あー!いいなぁ!おチビ、ズルイ!」
「まぁまぁ、英二先輩」

騒ぐ菊丸を取り押さえて背中を押す。

「なにすんのさー!桃ー!」
「それより、英二先輩。負けたらおごってくれるって約束、覚えてますよね?」
「あ、あー!次は、不二の試合だにゃー!」
「ちょっと!英二先輩!」

桃城は、逃げる菊丸を追いかけながら、後ろを振り返る。

「(頑張れよ…越前)」

未だに、にされるがまま、どこかぶっきら棒な表情が、一瞬だけ和らぐリョーマを目にした後、桃城は前を向いた。

「はい。出来た!」
「…満足したわけ?」
「うん!」
「あ、そう」

私が、リョーマの頭から手を離すと、リョーマは帽子を私の手から奪い取ると木の陰に座り込みコートを見る。

「不二先輩なら、あんなやつ!」
「すぐに勝利だぜ!」

周りの一年生たちも、不二先輩の試合が始まるのは今かと、心を躍らせるように待っている。

「青学不二サービスプレイ!」

審判の試合を始めるコールが響き、観月さんとの試合が開始され、それから数分が過ぎた時、その試合の展開に誰もが驚いた。

「う、うそぉ!!」
「あの不二先輩がぁあ!」

さっきまでの歓声が嘘のように周りは焦り、どよめき出す。
それはそうだ…
なんたってあの不二先輩、0-5で負けているんだから。

「もう後がない!」

周りも叫びだした時、不二先輩がラケットをおもむろに変える。 ビュッ!!と風邪を切るような音をたててボールは相手コートに素早く決まった。

「え…どうなってるの?」

さっきまでの試合が嘘のように不二先輩は、容易に相手コートにボールを返す。

「不二は、弱点を他人に悟られる様な真似はしない」

乾先輩は試合の流れが分かっていたように言う。

「あいつには、勝ち目はない」

乾先輩の言った通り、0-5だったはずの試合が…。

「ゲームセット…7-5青学、不二!」

ほんの数分で観月さんに1ポイントも取らせることなく不二先輩は勝利した。

「貴様、0-5はワザとだな!!」

切れたように、観月さんは手をつき不二先輩を睨み叫ぶ。裕太君の腕に負担がかかり、危ないと分かっている技を教え、利用した観月さん。

「弟が、世話になったね…」

そんな観月さんに、制裁を加えるかのように不二先輩は、冷たく言い放った。 不二先輩の見たことのないように冷たい視線にも誰もが息を飲むが、 コートから出て、私たちの元へと帰ってきたのはいつも通り優しい表情の不二先輩だった。

「不二ー!」
「お疲れ様!」

最後まで波乱づくしの試合は結末を迎えた青学は、聖ルドルフを破り都大会ベスト4へと進出した。

「「ありがとうございました!」」

関東大会へと進める切符を手に入れたのだった。 青学以外にベスト4に残ったのは、不動峰・山吹・銀華…。

「ぬあー!英二先輩に逃げられたー!」
「えー!桃!本当に、今から奢ってもらうつもりだったの?!」
「当たり前だろ!」
「まったく…」

一週間後には、準決勝と決勝、5位決定戦が行われることになっている。 暗くなったそれぞれの帰路で皆思うことは、ただひとつ勝利の二文字だった。


「じゃあなー!越前、!」
「いつもありがとう。桃」
「お疲れっス」

先輩達と別れた後、家まで送ってくれた桃城に手を振る。
いつもならそこで帰っていく桃城だったが、少しだけ進んだ道を振り返りとリョーマの方を見た。

「そうだ!!」
「なに?」
「ちゃんと伝えてやれよ!」
「…はぁ?」
「お前が今日、真剣に見てたもんに感じたことをだよ!」
「なっ!」

は桃城の言葉を理解すると自分が今日の試合で思わずリョーマを目で追ってしまっていたことを思い出して一気に頬を赤く染める。
するとそんなを見て何処か切なげに頬笑んだ桃城は、再び背中を向けて大きく手を上げて歩き出した。

「じゃあな!」
「ちょっと!桃!」
「ねぇ…」

頬を赤く染めたが桃城に怒りを抱いている時に声をかけられ、自分の隣にいるのがそのリョーマだと言うことを思い出す。

「なんの話?」
「な、なんでもない!」
「へー…」

がそういうとリョーマが不機嫌そうにを睨みつける。

「俺には言えない話なんだ」
「べつにそんなんじゃないから!ほ、ほら!早く家に入ろう!」

そんなリョーマを誤魔化すようにはリョーマの背中を無理矢理押して家へと入る。

「もう、機嫌直してよー。リョーマ」
「別に」

あれからご飯の時も機嫌がすこぶる悪くなってしまったらしいリョーマ。
はそんなリョーマをなだめるように言葉をかける。

「本当、なんでもないんだってばー」
「なんでもないなら言えるんじゃない?」
「うぐ…」

言葉に詰まってしまう
リョーマもそんなを見て、さらに不機嫌の度が増していく。
さっきから妙にいつもに比べてよそよそしくて、頬を赤く染める。 桃城のあの言葉といい…がなにを見ていたのかは知らないが、 こんなは今までに見たことがないだけに、 それが桃城や自分以外の誰かがにそんな顔をさせているのだと思うとリョーマは無性に腹が立つ。

「試合…」

リョーマが一人苛立っているなか、頬を赤く染めながらがぼそりと呟いた。

「リョーマの試合…だよ」
「…それで?」
「そ、それだけよ!それだけ!」
「ふーん」

そんなの言いたいことを微かに察したリョーマは悪戯にニヤリと微笑むと、の髪に指を絡める。

「つまり…は俺のこと見てたんだ」
「ちがっ!」

流石に弄られるのがだんだん耐えきれなくなってきたは、体を後ろにそらしてリョーマと距離をとる。

「じゃあ、なに?」

リョーマは真っ直ぐにそんなをみつめる。

「な、なんでもいいでしょ!」

すぐ近くにあった雑誌をリョーマに投げつけるとドアを開けて逃げるように自分の部屋に向かった。

「いてっ」

自分でもよくこれだけ好きな女の子を怒らせることができると感心してしまう。 ただ、の瞳の先に映るものが、自分以外であるなんてリョーマはどうしても許せなかった。

「…馬鹿

リョーマは、ぼそりとつぶやきに投げつけられた雑誌を持ち上げそっとテーブルの上に置いた。