28話 恋愛休日模様


今日は、試合明けで久しぶりの休み。

「本格ミステリーなんて世間は騒いでるみたいだけど、トリックはいまいちだなぁ…。登場人物はキャラ立って好きだったのに、ちょっと残念」

がなかなか部活が忙しくて読めなくて溜っていた推理小説を部屋のベッドの上で寝転がって読んでいた。

「こんな時は…やっぱり、シャーロックホームズよね!」

新しく買ったがいまいちだった推理小説をひょいっと机の上に置く。
本棚から江戸川乱歩にアガサ・クリスティー、エラリークイーンなどと並ぶ有名推理小説の中から シャーロックホームズの『緋色の研究』と書かれた本を手にして表紙を開いた。
その時、ブーブーと、机に置いてある携帯がバイブをならすのに気付いたは、 急いで携帯を手に取り開くとメールではなく電話の表示に、思わず焦って通話ボタンを押す。

「もしもし?」
『あ!ちゃん?』
「杏ちゃん?!どうしたの?」
『前に駅の近くにあるクレープ屋さん、ちゃん好きだって言ってなかった?』
「うん!」
『そこ、今日感謝デーで半額らしいわよ』
「え。本当?!」
『今から出て来れない?私、今そこの近くにいるの』
「大丈夫!」
ちゃんなら、そう言ってくれると思った』
「すぐに支度するね!」
『駅で待ってるから』
「うん!ありがとう!」

携帯を閉じて、私は急いで鞄を出して財布と携帯をしまい、クローゼットから適当なワンピースを出して着替えて、鏡を見て髪型もチェックする。

「倫子さーん!」
「どうしたの?ちゃん」

バタンと部屋を開けて階段を降りながら倫子さんを呼ぶと、あまりに急ぐ私をみて倫子さんは目を丸くする。

「あの!ちょっと駅前まで出かけてきます!」
「ええ…それは良いけど、そんなに急いでどうしたの?」
「友達とクレープを待たせているので!」
「え?」

玄関で靴をはいて立ち上がり、ドアを開けて、私は後ろを振り返る。

「いってきます!」

私が、倫子さんに向かってそう言うと、いつもの優しい声と表情で私に言う。

「また遅くなっちゃだめよー!」
「はーい!」

そのまま駅まで全速力で駆け抜けた。

ちゃん!こっち!こっち!」
「杏ちゃん!」

手招きしてくれる杏ちゃんについて、クレープ屋さんまで駆け抜け、たくさんお客さんがいる列に並び、 ようやく私は半額という安さでいつも買うチョコバナナクレープを手に入れた。

「んー!おいしい!」
「本当、好きよねー」
「うん!ここのは特別、甘くてクリームがいっぱいだもん!」
ちゃんは、好きになると一途になって尽くすタイプね」
「へ?」

クレープを頬張る私を見ながら、杏ちゃんはぼそっとそんなことを口にする。

「だってちゃんがこのお店で買うのは、いつも生クリームのチョコバナナクレープでしょ?」
「あ、杏ちゃんよく見てるね!」

他のお店では、いつも買うクレープの種類はバラバラだけど、私が、ここのお店で買うのは店主さん自慢の看板商品とも言われるチョコバナナクレープ。
ここのチョコバナナクレープは、生クリームとの相性が最高で何回食べても飽きないし、なんといっても、他のお店とは格が違う美味しいさがたまらない。

「あはは!ちゃんに好きになって貰える人は幸せかも」
「へ?!なんで?」
「だって自分の全てを受け入れて貰えそうだもの」

杏ちゃんは、私の方を見て優しく微笑む。そんな様子がすごく女の子らしくて、可愛くて、羨ましくなる。

「でも、何かあったらいつでも相談してちょうだい」
「え?」
「一人で抱え込むと、碌なことにならないわよ」
「ありがとう」

杏ちゃんの優しさに胸がいっぱいになりながら、帰るのが遅くならないように早めに杏ちゃんと別れた。

「ただいま帰りましたー!」
「おかえりなさい!ちゃん!ちょうどよかったわ!」
「へっ?」

早めに帰っくると、笑顔で倫子さんが出迎えてくれて明るい声で私にそういった。

「どうかしたんですか?」
「リョーマが庭にいるから片づけるの手伝ってあげてくれる?」
「あ、はい」
「良かった!私も手が離せなくて困ってたのよ!もう!あの人ったら勝手なんだから!」

おそらく、倫子さんの言うあの人とは、南次郎さんのことだろうと思うが、一体何を手伝えば…という疑問を持ちつつ、私は、再び玄関を出て庭へと回ると、ありえない光景が広がっていた。


「なっ…!なにこれ?!」
「おかえり、
「いや、そんな普通に迎えられても…」

腕に抱えたテニスボールをかごへ片づけながら、私に気付くと当たり前のようにそう言うリョーマ。 私としては、なぜ300球はあるであろう大量のテニスボールが庭に転がっているのかを聞きたいところだ。

「南次郎さんと出かけてたんじゃなかったの?」
「好きで行ったんじゃないけどね…。ほら、ぼーっとしてないで手伝ってよ」
「あ、うん!」

私は足元に転がるテニスボールをいくつか拾い上げ、腕に抱えながらリョーマに尋ねる。

「それで、朝早くからどこに行ってたの?テニスしに行ったの?」
「…ちょっとね」

私がそう聞くと、一瞬ぴたりとリョーマの動きがとまる。 答え方もいつものリョーマに比べてどこか歯切れが悪い。

「リョーマ、なにかあった?」
「別に」

人が言いたくないことを、とやかく突っ込むのは良くないとは思うが相手が好きな人だと、気になってしまうもので…つい、突っ込んでしまう。

「ただのコーチ。親父の代わりにね」
「南次郎さんの?リョーマが?」
「そう」
「コーチって、誰の?」
「竜崎と小坂田」
「え…。えー!いいなぁ!リョーマずるい!」
「は?」
「可愛い女の子達を一人占めなんて、ずるいよ」
「なんでそういう発想になるわけ?」
「休日に女の子二人と一緒にテニスだったって聞けば、誰でもそうなるんじゃないかな?」
「…。今日、やけに突っ掛かってくるよね」
「あはは。ごめん。意地悪すぎた?」
「にゃろう…」

どうしよう。困った!
こうしてリョーマにはなんとも思っていない様に接しているつもりだが、 いくら行ったのがリョーマの意志ではないとはいえ、女の子と一緒にいたと言うことだけで、心がざわめいた。
そのざわめきが何なのか分からないほど、恋愛に疎い私にだってわかる。
…完全なる私の勝手な嫉妬だ。
私は、そんな嫉妬を頭から振り払うように、目を閉じてぶんぶんと左右に首を振ったあと、一回深呼吸をする。

「それで?このテニスボールは練習につかったわけ?」
「違う。貰った」
「…へ?」
「色々あって、試合に勝ったらくれるって言ったから」
「そ、そうなんだ。太っ腹な人がいるもんだね…」

え。こんなにたくさんのテニスボールを一体、だれに?!色々ってなに?!って、 普段の私なら、そう突っ込むだろう。だけど、今はそんな元気がない。
思わず吐いてしまうため息に、恋なんて慣れないものするもんじゃないと思わされる。

「それで?」
「なに?」
は、そんな格好でどこに行ってたわけ?」

普段、家ではあまり着ない白のワンピースを着ていたせいか、 リョーマは、テニスボールを右手に持ちながら私の方をじっと見ながらそう言う。

「あぁ!駅前のクレープ屋さん!今日、安いって電話で教えてくれたの!」
「誰が?」
「誰だと思う?!リョーマも知ってる人だよ!連絡貰えてすっごく嬉しかったんだー!私!」
「…」

リョーマは、気に入らなさそうに私を真っ直ぐに睨んだ。

「リョーマ?」

なるべく私が嫉妬に呑みこまれないように、 こうして楽しい話をして、テンションをあげようとしていたのに相反して、 なぜかリョーマは不機嫌そうな表情をしている。

「ラースト!…えい!」

ガン!

私は、最後に一つ転がっていたテニスボールを籠に放りなげると、見事に命中した。

「やった!」

300近くも庭に転がっていたテニスボールを全てかごの中に入れ終えた私は、早く家に戻ろうとゆっくりとリョーマに近づく。

「ほら、リョーマ。籠持って!籠!」
「…誤魔化さないでくれない?」
「へ?なにが?」
「今日、一緒にいた相手。誰だよ」
「え?ぁあ!杏ちゃんだよ」
「は?」
「だから、橘杏ちゃん。電話くれると思わなくてすっごく嬉しかったの。また行きたいなぁ」
「…あ、そう」
「え?え?ちょっと!待ってよ!リョーマ」

突然、興味をなくしたようにすたすたと歩き出したリョーマを私は急いで追いかけた。


「おつかれさま!二人とも!」

家へと入ると夕御飯の支度をしているであろうエプロン姿の倫子さんが、キッチンから顔を出す。

「すぐに晩御飯の支度しちゃうわね」
「あ、手伝います」
「いいの!いいの!もう、終わるから大丈夫よ!」

倫子さんは、急いでキッチンの方へと戻っていった。どう見ても忙しそうみたいだけど…

「い、いいのかな?」
「いいんじゃない?」

リョーマは、どんどん廊下を進みリビングへと入るとすかさずソファーに倒れるように座り込む。

「疲れた…」
「大丈夫?」

眠たそうな表情でそう言うリョーマは、相当疲れてるみたいだ。 一体、なにをしてきたのやら…と思いつつも、また話を聞くと嫉妬してしまいそうになるから、聞けないのが辛い。

「…ねぇ、

私が色々な想いを巡らせながらも、ソファーに座っているリョーマを見ていると突然、リョーマに名前を呼ばれて一瞬ドキリと胸が高鳴る。

「な、なに?」
って、マッサージくらいできるよね?」
「まぁ、軽くならお父さんに習ったことあるけど」
「それで充分…やってくれない?」
「…はぁ?!」
「疲れた」
「いいけど。あんまり上手くないから筋肉解したいなら、南次郎さんとか…」
「絶対やだ」
「…」

提案をリョーマからあっさり全否定され、仕方ない…と私は決意を決めた。

「本当に、私でいいの?」
「充分」
「上手い人の方がいいんだよ。こういうのは」
「大袈裟。軽くでいいんだって」
「心配してるって言って、頂戴!えい!」
「いてっ」
「思いっきり体重かけたからね」
「真面目にやってくれない?」
「文句があるなら、他の人に頼んで!」

リビングに寝転がるリョーマの背中にまたがりながら、私はリョーマの背中と足の筋肉を解すように指圧をかける。

「はい、もういいでしょ?」

すっと私が手を離してリョーマの上から退くと、ちょうどいいタイミングで菜々子さんの声が響いた。


「お二人ともー!準備できましたよー!」
「はーい!…行こ、リョーマ」

私がリョーマに手を差し出すと、リョーマは私の手を掴んで起き上がる。

、あとで俺の部屋きて」
「え。リョーマからのお誘いなんて珍しい」

いつも勝手におしかけるのは私の方なだけに、リョーマがそんなことを言うなんて明日は雨でも降るのかと疑ってしまうくらいだ。

「へー。さっきのお礼ににいいもの見せてやろうと思ったのに、いらないんだ」
「え?いいもの?」
「サスペンス映画のDVD」
「…まさか」
、前になんか見たい映画があるって言ってなかったっけ?」

リョーマの言葉で、確信する。私が大好きな洋画サスペンスシリーズの最新作。 この前DVDになって発売されたけど、値段が高い上に、かなり人気でほぼ完売状態で手が入らない。 レンタルでも予約が殺到中で、たしかに私はリョーマに見たいっていう話をしたけど…まさか…

「でも、なんで?」
「不二先輩が持ってるって言ってたから、借りてきた」
「ほ、本当に?!」
「感謝してよ」
「する!する!リョーマありがとう!」
「単純」
「早くご飯食べちゃおうっと!」

私は、今までの嫉妬なんて嘘みたいに、嬉しくなる。

「リョーマ!早く!早く!」
「ひっぱらないでくれない?」

いつも私が話をしても、どこかそっけなくて興味ないような返事しかかえってこないけど…やっぱりリョーマは、ちゃんと覚えていてくれたんだって分かる。

「今日は、えらくご機嫌だなぁ。ちゃん」
「はい!南次郎さん!それはもう!」
「…単純」
「いつもなら怒るとこだけど今日は許してあげる」

リョーマのたった一言で、私の心は一変する。今まで知らなかったたくさんの感情を呼び起こさせられる。
そんな私たちの休日模様