31話 アプローチ


大会当日

不動峰は事故の怪我で途中棄権。
そして、青学の対戦相手である銀華中もお腹が痛いと言い、棄権。 前代未聞の衝撃的な幕開けが青学メンバーを襲った。

「…」
「…」

スタスタと足早に私が歩くスピードに合わせたように私の後ろをしっかりとついて歩く影が一つ。 一つため息をついて、私は立ち止まり後ろの彼に声をかけた。

「あの…千石さん?」
「なに?ちゃん」
「そろそろ時間なんで、リョーマを呼びに行きたいんですけど」
「うん。俺と一緒に行こうか?」
「行きません!」

大会に来て、彼に付きまとわれるのは一体何度目だろうか。 前も千石さんと一緒の所を見られて、誤解を解くのが大変だっただけに、 また一緒にリョーマの所なんて行けるわけがない。

「はぁ…」

本当、千石さんは悪い人じゃないと分かっているからこそ、いつも困ってしまう。 私がどうしようか迷っていた時、聞きなれない可愛らしい声が草むらの方から響き、 私と千石さんは不意にそちらの声のする方に目をやった。

「君のおかげでたすかったぁー!」
「あれは…」
「リョーマ?!」

リョーマが草むらで知らない小柄な男の子と話しているのが聞こえてきた。

「リョーマ!時間だよ!」

私は、千石さんを振りほどくように足早にリョーマの元へ走りだす。

私がリョーマの名前を呼んで近づくと可愛らしい小柄な男の子は、目を大きく見開いて私をリョーマの顔を交互に見る。
リョーマは、そんなことを気にも止めずに立ち上がり、レギュラージャージを羽織ると彼の方を向いて不敵に言ってのけた。

「テニスは背丈でやるものなんだ?」

リョーマは、私が知らない男の子にそういうと真っ直ぐに私の方へ来ると飲み終わった空の缶ジュースを私に差し出す。

「俺、直接行くから、これ捨てといて」
「あ、うん。それは良いけど…だれ?あのかわいい男の子?」

私がリョーマから空の缶ジュースを受け取った後、疑問に思っていた質問をリョーマに投げ掛ける。

「テニス部のマネージャー」
「ふーん。でも、なにか話してなかった?」
「気になる?」
「そりゃあ、ねー」

私がリョーマから少しだけ目をそらしてそう言うと、 リョーマは、そんな私に目を細めて人差し指を口元に当てて悪戯に微笑んだ。

「内緒」
「えー!ケチ!」
「誰がだよ」

私とリョーマは、そんな軽口を叩きながらも決勝戦が行われるコートへと足を進めた。


そして始まりを迎えた山吹中との対戦
ダブルスの試合結果は一勝一敗。
次は、いよいよシングルス3
千石さんと桃の試合がまさに今、始まろうとしていた。

「残念、越前君じゃないんだよね」
「悪いスね。越前じゃなくて」
「いやっ!そーいう意味じゃないよ!ごめんごめん!」

千石さんは、慌ててフォローするがどうやら桃は完全に機嫌を損ねてしまったらしい。

ちゃーん!越前君も、俺の試合見ててねー」

そんな桃と反して、千石さんは楽しそうに私たちに大きく手を振る。

「…なんで、私たち?」
「さぁね」

リョーマは、少しむっとした表情で木に寄りかかりながらコートを見る。

「ふーん。ラッキー千石、ね…」

周りは、彼のことを強運の持ち主だという。
Jr選抜という実力は、一体どんなものか気になるが、はじめは桃の方が優位にも思える。

「試合用でいくぞ、オモシロ君」

しかし、千石さんがそう言い張ってた後のゲームカウントは、5-3。
桃もかなり食らいついてはいるものの桃の足が肉離れを起こし、左足がケイレンを起こしている。
私が、心配そうに桃を見つめていると不二先輩がにっこりと笑いかけてくれた。

「大丈夫だよ」
「不二先輩…」
「桃は、強いからね」

まるで試合を見透かしていたように、不二先輩がそう言ったと同時に、周りは湧きたつ。

「ジャックナイフだ―!」
「ほら、ね」
「はい」

桃の足は、もう限界を超えている。 立っているのだって辛いはずだった…。 だけど、テニスはメンタルが大きく左右するスポーツだ。

「ゲームセット!ウォンバイ、青学桃城!7-5!」

そのアナウンスとともに、私たちは、急いで倒れこむ桃に近づき、乾先輩と私で肩を貸すように桃を木陰に座らせた。
乾先輩が桃の足に応急処置を施していると、後ろのベンチから微かに人の気配がした私は、ゆっくりとそちらに向かう。

ちゃん、か」
「千石さん…お疲れ様です」
「強いね」
「そうでしょう?」

私は、にっこりと千石さんに微笑む。

「越前君とやりたいって思ってたけど、彼と試合できてラッキーだったかもしれない」
「そういえば、どうしてリョーマと試合したかったんですか?」

ずっと疑問だった。 試合をやる前も、私たちに手を振り見るように言ったり、何かとリョーマのことを意識しているように思えた。

「私にずっと付きまとってたのも、リョーマと試合がしたかったからですか?」
「あはは!まさかー!そりゃあ青学のマネージャーのちゃんと仲良くなれば越前君と試合ができたかもね」
「違うんですか?」
「うーん。初めは興味だったし、それもゼロじゃないけど、一番の理由は」
「理由は?」
「俺がちゃんに本気になっちゃったからかな」
「…頭でも打ちましたか?」
「相変わらず手厳しいなぁ、ちゃん」

千石さんは、力なさ気に笑うと、目を細めてまっすぐに私を見る。

「好きなんでしょ?越前君のこと」
「へ…?なっ!ななななー!」

あまりにも千石さんのド直球の指摘により、もはや言葉すらままならず、私は逃げるように後ずさりをする。

「あははは!やっぱりおもしろいなー!ちゃんは!」
「さっきから、からかうのやめてください!」

不二先輩じゃあるまいし…と、心の中で付け加える。

ちゃん、わかりやすいからね」
「うっ…そ、そんなにあからさまに分かります?」

私は恐る恐ると近づき小さな声で千石さんに尋ねると、千石さんは少しだけ考えるような仕草をする。

「うーん。気にして見てみると簡単、ってところかな」
「なんですかー!それ!」
「あはは!いいじゃん!別に」
「良くないですよ」
「それで?告白しないの?」
「しません!」
「えー!なんで?!」

しばらく、千石さんにからかわれているとリョーマと亜久津君の試合が始まったのだろうか。 コートの方から、大勢の歓声が聞こえてくた。

「ぁあ。試合、始まるね」
「もう!千石さんのせいですよ!」
「ありがとう。ちゃん」
「え?」
「越前君の試合前なのに、心配して来てくれたんでしょ?」
「千石さんは強いですから。私、心配なんてしてませんよ」
「上手いね。ちゃん」
「本当のことですから」

私は千石さんにぺこりとお辞儀をしてコートの方へと向かおうとパタパタと走り出すと、突然呼びとめる明るい声に後ろを振り向く。

ちゃん!今度、俺と一緒にお茶でもしない?」
「しません!」

試合に負けても千石さんらしくて、ほっとする。私は、リョーマの試合へと急いだ。

「あーあ…久しく完敗、か。残念」

千石はそう呟きながら、ゆっくりと立ち上がり、自分も試合が行われているコートへと歩き出した。


「あんまりテニスをナメない方がいいよ」

至近距離からドライブボレーを放ったリョーマは、テニスラケットを突き出して亜久津に言う。

「今のは、石を当てられたカチローの分。ほら、なに座ってんの?」

ボールが顔面を直撃し座り込んでいる亜久津をリョーマは睨みつける。

「俺、怒ってるんだよね。まで傷つけたこと後悔した方がいいよ」
「リョーマ君…」
「リョーマ!」
先輩!」

はぁ、はぁ、と息を切らしながらはフェンスに手をかけ、リョーマの試合を凝視する。

「それにまだ河村先輩のも残ってんだから…ああ、ついでに荒井先輩の分も」

そんなリョーマの威勢に亜久津はにやりと笑う。

「もう逃げらんねーぜ、小僧」
「アンタこそ」

試合の波乱は多く動き出した。

「越前…」

現段階で、リョーマは完全に彼に押されている。
持って生まれたバランス、柔軟性に筋肉のバネ…
悔しいけど、亜久津のテニスプレイヤーとしての素質は世界をとれるほどの器だ。

「俺からポイントを奪うことはねぇ」

背の低いリョーマは、圧倒的に不利だ。

「越前の奴、前へ出た!」
「亜久津の打てる範囲を狭くするつもりだな」

乾先輩は、冷静に試合の流れを読み取る。

「でも、奴はロブで後ろに…」

大石先輩の心配は、正解だった。亜久津はラケットを高く構えている。

「逃げんの?」
「!いい度胸だ、小僧ー!!」
「リョーマ!」

亜久津は、リョーマの挑発により構えをかえ、リョーマの顔面をめがけて強く打ち放ってきた。

「リョーマ君!」
「わざわざ挑発するからだー!」

倒れこんでいるリョーマにカチロー君たちの心配の声が漏れる。

「…おい小僧、いつまで寝たフリしてやがる?」

ボールは、亜久津の背後にポーンと音を立てて空から落ちてきた。

「ねぇ…1ポイントも取らせないんじゃ、なかったっけ?」

リョーマは立ち上がると、いつもの自信満々で生意気そうな表情で言い放った。

「まだまだだね」

観客の声は、さらに盛大に響いた。

「ウ・ソ・つ・き」
「小僧…」

亜久津は、怒りの表情でサーブを高く上げた。

「越前は、あらかじめ顔の前に構えてたラケットに当てさせたのか」
「でも、二度通用する相手じゃないね」

心配そうに見る先輩たち。誰がどう見てもこの試合は危険だ。
下手をすれば怪我をしても可笑しくない。
…だけど、私はどうしてだろう?
きっと大丈夫だと確信している。
激しく打ち合う試合の中で起こる様々な展開に、見ているものは皆は目を大きく見開く。

超ライジング、一本足のステップに、ドライブB…

リョーマのサムライの血を、彼が覚ませる。

「いけぇ越前!あと一球で優勝だ!」

意地と勇気が衝突する試合は、とうとうマッチポイントを迎えたのだった。