32話 都大会優勝


「どんどん打ってこい!小僧!」
「そういえば、あんたにはまだ借りがあったよね」

技と技が激しくぶつかり合う
一度でも弱い心を持つと負ける戦いは観ている私たちをも熱くさせた

「決めろ越前!」
「リョーマ!」
「ジュースを頭にかけられた河村先輩の分とボコボコにされた荒井先輩の分」

リョーマは、強くボールを打ち返す。

「前回のでそれはもう見切ったぜ!」

亜久津は、至近距離のボールを体勢を後ろにそらせる。

「まだ終わってないよ」

しかし、リョーマは亜久津が打ち返すと読んでいたようにネット際でラケットを大きく上げる。

を泣かせたのもあんたでしょ」
「小僧!」
「それに、俺も石ぶつけられた!」

しかし、その挑発の言葉とは裏腹にリョーマはスッとラケットを上から下にさげ軽くネットに打つ。

「(何っ?!)」

亜久津が身構えた瞬間、ボールは予想外にもポーンと軽く弧を描き、トスッとネットのすぐ近くに軽く落ちた。

「…ドロップ…ボレー」
「あいつ、こんな場面でよくヌケヌケと」

気がつくとボールは、亜久津君の足元に転がっていた。

「っ!」
「うわああ!リョーマ君!」
「越前!」

その光景を見てようやく理解をした亜久津君は、ガっ!とリョーマの胸倉を掴みあげる。

「俺の勝ち」

そんな状態でもリョーマは、不敵に人を欺いたかのように笑った生意気な表情を見せた。

「アンタもワリと頑張ったけどね」
「ククッ…ハーッハッハッハッ!」

亜久津君の高らかもどこか悔しそうな笑い声がコートに響き渡った。

「ゲームセット!ウォンバイ青学越前6-4!!」
「ゆ…優勝だ」
「都大会制覇だー!!」
「おチビー!」

私たちの周りには、一気に明るい声が広がったのだった。


「リョーマ…何処行っちゃったんだろう?」

皆で帰ろうとした時、リョーマがいないことに気がついた私は、 きょろきょろと会場を歩きまわっていると、試合が始まる前に聞いたのと同じく可愛らしい男の子の声が私の耳に聞こえた。

「選手としてあのコートに立ちたいです!!」
「じゃあな」

私は声のする方にゆっくりと足を進める。

「この声、確か…」

木の陰からひょいと顔をのぞかせると、そこにいたのはその声の少年と亜久津君とリョーマ。 亜久津は、制服姿で後ろを振り向かずに私がいる方へ真っ直ぐにやってきた。

「また覗きか、てめぇは」
「偶然だもん!…テニス、やめるんですか?」
「…お節介も大概にするんだな」
「悪かったですね!お節介で!」
「後もう一つだけ忠告しておいてやる。今後、男にあの柄の絆創膏はやめておけ」
「へ?」
「喧嘩売ってるようにしか思えねぇぞ」

ポンと私の頭に手をのせて亜久津は、会場を去って行った。

「絆創膏?」

私は、制服のポケットに入ってある絆創膏を一枚出して確認をする。

「あ…」
「ふーん。なるほどね」

いつから見ていたのか、リョーマは私の背後から私の手に持つ絆創膏を覗き見る。

「リョーマ!」
「ま、それじゃあ相手も怒って当然だよね」
「かわいいでしょ!ウサギプリントの絆創膏でも!」
「なんでそんなのあいつにやったのさ」
「ポケットに入ってるのこれしかないの忘れてたんだもん…」

私は、ごめんなさい!と、去って行った亜久津君に手を合わせた。

「あ。いたいた!おチビー!ちゃーん!」
「菊丸先輩!」
「早く来ないと、置い帰っちゃうよー!」
「今行きまーす!ほら、リョーマ!はやく!はやく!」

こうして、都大会は幕を閉じた。


「きゃあー!倫子さん特製のちらし寿司ー!」
さんが、電話でリョーマさんが勝ったって教えてくれましたから」
「優勝祝いに菜々子ちゃんと二人で作ったの」

は、食卓に並ぶいつも以上に豪華な食事に目を輝かせる。

「どうしよう!幸せすぎてどうにかなっちゃいそう!」
「大袈裟すぎ」
「人間、食事こそが一番の大切な幸せなのよ!」
「へー…“腹がすいている時の方が頭の回転がよくなるからさ”」

ニヤリと笑いながら言うリョーマに対しては、 思わずうっ!と体を後ろに逸らしながらも、ゆっくりと口を開き頭に指をそえてホームズを真似たような仕草をリョーマにみせる。

「“ぼくは頭脳なのだよ、ワトソン君”…って、これはずるいわよ!リョーマ!」
「違ったっけ?」
「合ってるわよ!」

確かに、これはシャーロックホームズの台詞の中で有名なものの中の一つだけど…
ここで私が大好きなホームズの名言を持って反論し返してくるなんて、ずるい!

「あれ。でも、リョーマってホームズとか好きだったっけ?」
「そんなわけないじゃん。の部屋にあるから軽く読んだことあるだけ」
「え。たったそれだけで台詞覚えてたの?!」
「散々の趣味に付き合わされてれば嫌でも目に入るし、覚えるから」

そういえば、たまにテニス雑誌以外のものを私の部屋で読んでいたのは見たことがある気がするが、 こうも私が反論できない使い方をされるなんて、思ってもみなかった。

「まだまだだね」
「もうー!なんか悔しい!」
「二人とも、ストップ!」

倫子さんは、私とリョーマの間を割って入るかのように挟んで、私たちの目の前に大きな皿を突き出し、ストップをかける。

「口喧嘩してる暇があるなら、早く手を洗ってきなさい」
「は、はい!」
「…はぁ」

普段優しい倫子さんだけに、怒るととてもこわいです。

「お!ちらし寿司とは、豪勢だな」
「お祝いですよ、おじさま」
「お祝い?なんの?」
「リョーマ達が勝ってうちの学校が優勝したからー!」
「おわっ!ちゃん!」

南次郎の後ろから、はひょっこり顔を出す。

「リョーマ凄く頑張ったんですよ!」
「ほーう」
「はい!とっても格好良かったんですから!」

は、南次郎ににっこりと笑うと、台所にいる倫子の元へと走った。

「リョーマ君。凄く頑張ったんだって?」
「…親父、うるさい」

ドアの外での言葉を聞いてしまった自分の存在に気付いていたのであろうニヤニヤとした南次郎の声色と言い方に、腹が立つ。

「…」

リョーマは、黙って椅子に腰かけ、照れた頬を南次郎に隠すように肘をつく。

「おい、リョーマ」
「なに」
「これは男としての提案なんだけどな」
「?」

急に声のトーンを下げて真剣な表情で発言をし出した南次郎の方にリョーマが目を向ける。

「ああいうタイプは、押し倒した方が早いんじゃねーか?」
「はぁ?!」

スパーン!

「いっ?!」
「リョーマに変なこと言わないで頂戴!」

リョーマの目の前で、倫子の張り手が南次郎の後頭部を正確に捉え、さく裂した。

「うるせぇ!男ならガツンと言わねぇでどうするんだよ!」
「それなら、もっと言い方ってものがあるでしょう!」
「一番分かりやすいだろうが!」
「あー!やだやだ!こんなデリカシーのない男!」

いつもながらの倫子と南次郎の言い合いが始まってしまい、一体いつになったら食べられるのかとリョーマは思う。

「…はぁ」

この日の特別な夜は、いつも以上に騒がしい声が家中に響き渡っていた。