35話 キミが望むもの
「リョーマ?」
は、いつも以上に汗を流すリョーマの姿を心配そうな表情で近づくと、 突如リョーマに腕を掴まれ、引き寄せられるように力強く抱きしめられた。
「っ!はぁ~…」
リョーマは、安心したようにを抱えたまま部屋の扉に体重をかけながらずるずると座り込む。
「あんたが…。が学校、来てないって聞いて、頭の中、真っ白になった」
「!ご、ごめん!心配、かけちゃったの?」
「当たり前じゃん」
学校に行っていないことがばれていたとは思わず、勢いよく顔をあげてリョーマを見ると、 リョーマは、の頭を両手で固定させてまっすぐに真剣な眼差しをむける。
「…なんで俺が心配したと思う?」
「え…」
「なんで俺がこんなに走り回ったと思う?」
「は、走りまわってくれたの?…私を、探して?」
「そう」
お互いの何かを感じ取るように避けられない視線と言葉が沈黙を作り出す。
これから発する言葉が二人の間を変えてしまうということが、二人にははっきりと理解できた。
泣きそうな表情のが口を開いて言葉にしようとする前に、リョーマが口を開く。
「答えは、俺がを好きだから」
リョーマは、すでにこの瞬間を決心をしていたようにはっきりと言葉にする一方で、はリョーマの眼差しと言葉に体が一気に熱くなる。
「ま、まって!」
は、今にも溢れ出しそうな涙をためた瞳と熱くなった体をこらえながら両手でリョーマの口を塞ぐ。
「今回は私のせいだから…私から言わせて」
「…」
そんなの言葉にリョーマは黙ってを切ない瞳で見つめる。
「昨日はごめんなさい…あの、私も!リョーマが好きです」
「…え」
「好きです。本当に大好きです!私と、付き合ってください!」
は、驚いた表情をするリョーマからそっと手を離し、微かに赤く染まった頬のまま優しく笑いかける。
「迷惑だって分かってる。だけど…私にリョーマを下さい!」
「っ!…それ、男が言う台詞じゃない?」
真っ直ぐに自分を見つめていうを流石に直視できず、ほんのりと赤く染まる頬を隠すようにリョーマは手での目を塞ぐ。
「リョーマ?」
「ったく、そんな台詞どこで覚えてきたのさ」
リョーマは、そっとの目を塞いでいた手を退けると、は目をギュッと目をつぶり焦点をあわせた後、リョーマを見上げる。
「私は自分の欲しいものを叫んだだけだよ」
欲しいものを欲しいと叫ばずに大人しく待つなんて、もう今の私には出来ない。
「欲しいもの、ね」
「これが本当の気持ちだから、隠さずに私が欲しいものをリョーマに全力で伝えたかったんだよ」
「…だったら、俺もに欲しいもの言いたいんだけど」
「リョーマの…欲しいもの?」
「もしがくれるなら、俺もにあげる…それでいい?」
リョーマの言葉にどこか心配そうな表情で小さく頷くを見て、リョーマは目を細めて軽く微笑む。
「一番が欲しい。の一番を、俺に頂戴」
「リョーマ!それって…」
大きく目を開いたは、リョーマの胸に手を当ててさらに身を乗り出す。
「ねぇ、答えてよ。。俺に、くれないの?」
は、ぶんぶんと左右に首を大きく振りリョーマの首に手を回して抱きつきながら、リョーマにしか聞こえない声で小さく囁いた。
「…あげる」
「さんきゅ」
そう言ながら目を閉じたリョーマは、の頬に触れるだけのキスを落とした。
「正直、半分断られる覚悟してた。あの時かなり傷ついたんだけど」
「…ごめんなさい」
は謝るしかなく、何度もリョーマにあの時にが自分で発した言葉に関して説明をする。 ちゃんと違うんだよって…私の、本当の気持ちをリョーマに分かって貰いたいから。
「これ以上、リョーマに迷惑かけれないって思ってた」
ただでさえ一緒に住んでいるということで、リョーマに迷惑をかけているのに、付き合うなんて絶対に駄目だと…いい子を演出しようとしていた。
だけど違った。あの時、勘違いされたままリョーマに嫌われるのは嫌だった。寧ろ…。
「本当は、欲しくてたまらなかったのにね」
「…別に迷惑なんて思ったことないから」
「へ?」
「そもそもそんな発想、真面目に考えすぎるからでるんだよ」
「そんなことないと思うけど…」
「もうちょっと不真面目な考えでもいいんじゃない?」
「…うーん。リョーマみたいに学校を抜け出す、とか?」
「それ、誰のせいだと思ってるわけ?」
「私だね」
はリョーマをからかうようにクスクスと笑う。
「学校さぼって、電話にすら出なかったのもだよね」
「電話…?あ!携帯!」
リョーマの言葉で思いだしたは、学校鞄をさぐりだす。
「あーぁ。充電せずに寝ちゃったからだ…」
電源が切れて真っ暗な画面になっている携帯を手にしては、ため息をつく。
リョーマとの事があってから、他のことを考えている余裕なんかなかった。部屋で泣き続け、気がついたら寝てしまっていたんだ。
「ごめんね…リョーマ」
「何回も聞いたから、俺はもういい。それより他にも謝った方がいい人、いるんじゃない?」
「え?」
が首をかしげるとタイミングを見計らったかのように聞きなれた声が響いた。
「おーい越前!帰ってるかー?!」
リョーマは、立ち上がり部屋の窓を開けるとそこには手に鞄を持ち大きく振り上げる桃がいる。
「お前、鞄おいて帰っただろ!」
私もリョーマの横から顔を出し、その人物を捉えようと目を細めて外を見る。
「桃…と、あれは…」
「こらー!!連絡くらいしろー!」
「!」
が来ているとは思わなかったは、瞬時に先ほどリョーマが言っていた怒っている人がであると理解し、 慌ててリョーマの部屋から出て玄関へと急ぐ。
「…なんか大丈夫そうだな。越前」
外からリョーマを見上げてそういう桃城に、リョーマはどこか面白そうで優しげな表情を見せて部屋を出た。
「心配したんだからね!」
「ごめん!。それでわざわざ桃と一緒に来てくれたんだ」
「だって私、こいつの家なんて知らないから」
リョーマが玄関を出ると、軽くリョーマの方へ視線を送った後、に抱きつくが目に入った。
その横で立つ桃城からリョーマは学校に置いたままだった鞄を受け取る。
「ほらよ」
「どうもっス。桃先輩」
「あんたが抜け出すから、先生に適当に言いわけしてあげたのよ!私に感謝しなさい!」
は、抱きついていたを離し、腰に手を当ててそう言う。
嫌そうな表情をしながらもリョーマはため息をつきに一言だけ言う。
「…どうもっス」
「部活も先輩達に上手く言っといたぜ。家の事情で、学校も休みだってな」
「ごめんね…桃」
「いいって!そんな野暮な仲じゃねぇだろ?」
「あ…本当にありがとう桃、」
桃城は、しょんぼりとした表情して謝るの頭を撫でるとは嬉しそうに微笑んだ。
「それで?お前ら、結局仲直り出来たんだろ?」
「えっと…まぁ」
「…」
目をそらすリョーマとに、桃城とは首をかしげて二人を見る。
「仲直り、でいいのかな?」
今の自分たちの関係にが唸るように腕を組んで考え込んでいると、リョーマがの腕を引っ張り自分の方へ寄せて耳打ちする。
「俺は別にいい」
「へ?」
「言ってもいい」
「で、でも…」
「学校で隠す必要もない」
「え!それとこれとは別だよ!」
「なんで?家のことだって、彼女なら構わないんじゃない?」
「えええ?!」
「…おい、越前。今、なんて言った?」
「はっきりと彼女って言ったわよね?」
が言葉に詰まっていると、二人の会話を耳をたてて盗み聞きしていたらしい、 ニヤニヤとした表情をする桃城と対照的にイラついた表情をしたが二人でこちらを見ている。
「「…はぁ」」
リョーマとは、同時に目を合わせため息をついた 。
「あーぁ。倫子さん達には言えなかったし、には怒られちゃうし散々…」
は、リョーマの部屋のベッドでごろんと転がる。 夕飯の時に様子がおかしいと心配してくれていた倫子さんに謝ると…。
「二人とも!ご飯食べましょう!」
そういってあまりにも嬉しそうに私たちにいつも以上の笑顔を振り向いてくれたもんだから、倫子さんが可愛いくて可愛くて!!
結局、倫子さん達には謝るのが精一杯でリョーマとのこと言えないままになってしまい、 はやく言わなくては…とは思うもけど、これほどまでにタイミングが難しいとは思ってもみなかった。
「別にわざわざ言う必要ないんじゃない?」
「よくないよー。隠し事なんて。ましてや、一緒に住んでる訳だし」
リョーマはベッドに腰掛けその後ろで、うう…とベッドの上でうつ伏せになりながら唸るを見る。
「それにしても、本当にリョーマはと相性悪いままだね」
「仕方ないじゃん」
「どうして?」
顔だけリョーマの方をむけて寝転がっているは、寂しそうな表情でリョーマを見上げる。
「…そんな顔しないでくれない?」
「だって…」
「そもそも俺、あの人苦手だし。なにより譲れないものが一緒のうちは、絶対に無理」
「ねぇ、それって」
「…のことだって、ちゃんと分かってるよね?」
リョーマの言葉で頬を赤く染めたは、すぐに顔を隠しつつも頷いて体を起き上がらせると ベッドに腰掛けているリョーマの腰に横から手を回して抱きつく。
「そんなこと言われちゃうと…喜んでいいのか悪いのか複雑だよ」
もし本当にリョーマが私のことをそう思ってくれるのなら、すごく嬉しい。 だけど、やっぱり自分が大好きな二人が会うたびにこうも噛み合わないとなるとそれはそれで、辛い。
リョーマは自身に抱きついているの頭を優しく撫でた。
「あ…それより、この時間ってさ」
「んー?」
「、いつもの見なくていいの?」
「…はっ!忘れてた!ドラマ始まっちゃう!!」
は、リョーマから急いで離れて立ち上がるとリョーマの部屋にあるテレビの電源を付ける。 そこからは以前と同じ調子でリョーマのことなどそっちの気。 連続サスペンスドラマを真剣に絨毯の上で座って見るを見て、リョーマは少しだけ惜しい気がした。
「(教えなきゃよかったかもね)」
こうなれば、あまりにもが、以前と変わらないから。 ほんの少しだけ悔しいような嫉妬にも似た感情がリョーマの中で渦巻く。
「…」
リョーマは、そっとベッドから立ち上がって音がたたない様、真剣にテレビを見ているの背後に回ると 後ろから全てを覆うように座り込んでを抱きしめる。
「ひやぁっ!」
「吃驚した?」
「吃驚っていうより、冷っとしたわよ!」
「そんなのばっか見てるからじゃん」
「い、いいでしょ!別に!」
「誰も悪いなんて言ってない」
そう言いながらリョーマは、自分の足と足の間にいるの腰を右手抱きしめながら、の横髪に自分の指をくるくると絡める。
「ちょ、ちょっと…リョーマ…」
「いいから。テレビ見てなよ」
「…」
そう言われて暫くの間はされるがままにテレビを見ていただったが、 さっきまでの集中が嘘のようにプツンと切れてしまい、いくらリョーマにそう言われてドラマの映像を見ていても、 時間が経てば立つほどストーリーが分からなくなっていく。
なぜなら、リョーマの行動にしか意識がいかなくなっている自分がいたからだ。
「っ~…!リョーマのせいだよ」
「なにが?」
「集中力が切れちゃった」
「じゃあ、こっちに集中してみる?」
「え?」
「俺はいいけど…どうする?試してみない?」
リョーマが、そっとの唇に手を触れるとは瞬時にリョーマが言いたいことを理解し、 一気に体温が上昇すると、リョーマはそんなの頬に手を添える。
「なっ!」
がリョーマの出す空気に飲まれそうになったまさにその時、リョーマの携帯の音が鳴る。
「携帯、鳴ってるよ?」
「…ちょっと待ってて」
「うん」
リョーマは、から手を離して机の上に置いていた携帯を開くと、大きなため息をついてボタンを押し携帯を耳に当てる。
「なんスか?桃先輩」
「(あ。電話の相手、桃なんだ)」
「別に…怒ってないっスよ」
おそらくリョーマの機嫌が相当悪いのが、声で桃にも分かったのだろう。 そのあと、なぜかリョーマさらに不機嫌な表情といつもより低い声のトーンになる。
「…たったそれだけの用なら切っていいっスか?」
そういうと暫く経ってリョーマは本当に無言で電話を切ってしまった。
「電話の相手、桃だったんでしょ?なんだって?」
「明日、新しいシューズ買うから付き合えって話」
「…それだけ?」
「あとに教室で英語のノート見せて欲しいってさ」
「はい?」
それを聞いた瞬間、は顔をしかめて一気に嫌そうな表情をした。
「嫌よ!もう何回目よ!授業中、寝てるからでしょ!」
「本人に言いなよ」
「…言ってくる」
自分の携帯を片手には、リョーマの部屋を出ようとドアに手を掛けようとした時、 思いだしたように再びリョーマの元へ戻り、にっこり笑うとリョーマの袖を少しだけ引っ張り自分の方へ寄せ、リョーマの頬に軽く触れるだけのキスを落とす。
「今日はこれで勘弁ね!おやすみ。リョーマ」
は、ひらひらと手を振りドアを閉めて出た。 無意識にリョーマはが触れた自分の頬に手をのせる。
「今の、やり逃げじゃない?」
ふとリョーマは、が初めて家に来たときのことを思い出してしまった。 いつもなにをするのにも全力…今回だってそうだった。 全身の力で思いを自分に訴えかけてくれて、気がつけば、どうしようもなく彼女を抱きしめたくなっていた。
「本当…俺の負け」
手に入れられれば、それで辛くなくなると思っていた。だけど、違った…。 さらに好きという思いは増す。彼女の行動に胸を高鳴らせ、前以上に触れたくなる。誰にも渡したくないと再確認してまった。
拍車をかけて、自分のものだと分からせたくなっていく。
「(これはこれできついかもね…)」
そう、もう急ぐ必要はない。寧ろここからは絶対に急いでは駄目だ。 二人の時間はまだ始まったばかりなのだから…
リョーマは、が出たドアを見つめてため息をついた。