36話 愛情の証
「一年の教育が行き届いてない?」
は、同級生であるバスケ部の三人に校舎の裏に呼び出され、訳の分からない言いがかりを付けられていた。 どうもバスケのフリースロー対決をしてリョーマに負けたのが相当悔しかったらしい。 まぁ、バスケ部の二年生がテニス部の一年生に負けたって噂になってしまったんだから、仕方ないともは思う。
「あなたがリョーマに負けたからって変な言いがかりやめてくれない?」
「先輩にあんな生意気な態度、許していいと思ってんのか?!」
「きちんと注意すべきじゃないのか?」
「女って言ってもマネージャーなんだろ?部長に伝えろよ」
は、黙って聞いていると言いたい放題好きなことを言われ始めては、そろそろこっちだって、 「はい。そうですか」といって黙っていられない。 事実こそ知らないものの、私はリョーマの行動にはなにかしら意味があるということを何度も目にしてきたからだ。 根拠なんてそれだけで十分だ。
「ねぇ、それだけ言いたいこと言ってくれたんだから、私にも教えてくれない?」
「なんだよ」
「どうしてリョーマとフリースロー対決なんてすることになったの?」
「そ、それは…」
「なにか理由がない限り、そんなことにならないわよね?違う?」
はスキンヘッドの一人に顔を近づけ覗き込むように睨みつける。
「…っ!と、とにかく!注意しとけ!いいな!」
すると頬を少しだけ赤く染めて、体を後ろにそらしから逃げるように去って行くと 後の二人も彼を追いかけるように走って行ってしまった。
「お、おい!カズ!」
「まてよ!もういいのかよ?!」
「…まったく」
ちょっと追いつめただけなのだが、よほど聞かれたくないことでもあるのだろうか。
相変わらずリョーマもフリースロー対決のことに関して話してくれそうな気配はなさそうだし、結局真相も分からず仕舞いだ。
「でも言いがかりつけるなら、もうちょっとマシなネタ持ってきなさいよね」
「だからって最後のはどうかと思うけど?」
「最後?…って、リョーマ?!な、なんでこんな所に居るの?」
木の後ろを覗き込むと木の陰でもたれ掛り座ってるリョーマがいた。
は驚いたように目をぱちくりとさせる。
「寝てた」
「寝てたって…ぁあ。校舎裏なんて滅多に人来ないもんね」
「…それより、さっきのだけど」
「なにか気に入らなかった?」
「気に入らないことだらけなんだけど…特に最後」
「なにそれ。せっかく人が庇ってあげたのに」
リョーマは、一つ深いため息をついた。
「なんでこんな所まであいつらに付いて来たわけ?」
「うーん。話があるって言われたから」
「そうじゃなくて、俺は危機感持てってことを言ってるんだけど」
「…はっ!そういえばそうだ!ごめん!」
今頃、自分のとった行動が恐ろしくなる。 たしかに、今回は何もなかったとはいえ、相手は男の子だ。 しかも三人…いくら同級生だからとはいえ、これが喧嘩にまで発展することになってしまえば怪我で済むかどうかも分からなかった。
「あと最後のやつ」
「最後?」
「…他の男相手に近すぎ」
「は?」
は、思ってもいなかったリョーマの言葉に呆気にとられる。
まさか…
「リョーマ…まさか、妬いてくれたの?」
「…」
「リョーマくん?」
座ったままだったリョーマはゆっくり立ち上がると、 木の裏側にまわり込むと冗談めかしたような口調で言ったの前に立ち、を閉じ込めるようにの後ろにある木に両手をつけ、に顔を近づける。
「別に。なんでもいいじゃん」
「わかった。言いたくないんだ」
「…」
「なら仕方ない!このまま、リョーマがギュッてしてくれたら見逃してあげよう」
「なにそれ」
「いいでしょ?それで」
「…ここ、学校だけど?」
「今、誰もいないもん。それとも、やっぱり私と噂になるのは、いや?」
「それは俺の台詞…なってもいいの?」
「見くびらないで頂戴。私は、とっくに校内放送でリョーマの彼女は私です!って宣言する覚悟くらい出来てるんだから」
リョーマは、あまりに大胆なの発言に驚くが、そういう潔い所は彼女らしいとも思う。
「まぁ、こんなこと言っててもバレないが一番いいのよね。リョーマに迷惑かけなくて済むもの」
「あのさ何回も言ったけど、俺は別にいい。なんとも思ってないから」
「でも…」
「分かった?」
「相変わらず、そう言うところは優しいんだね」
「優しいんじゃない。俺は…」
リョーマは、に手を伸ばし全身を抱えるように抱きしめた。
「…に甘いだけ」
の耳元で囁くと、は幸せそうな表情でリョーマの胸に擦り寄りそっと目を閉じた。
その一方…。
「…う、うそっ」
校舎の陰にその光景を全て見ていた三つ網の少女は、両手で口を抑えてその場から逃げるように静かに走りだした。
「桜乃ー!リョーマ様、見つかったー?」
「と、朋ちゃん!」
「何処行っちゃったのかしら?リョーマ様」
「こ、こっちはいなかったよ!」
「えー!本当にー?じゃあ屋上行ってみましょう!」
「う、うん!」
「リョーマ様ー!」
元気に前を走る朋香に背中を押されつつも、桜乃はちらりと後ろを振り返った。
そのままリョーマと別れて、 も教室へ戻ろうとしているとなにやらクラスがざわめいているのがわかる。
「あ!ちゃん!大変だよ!」
「へ?」
クラスメートの女の子は、焦ったような表情でを見つけるとクラスの人達から隠すようにに詰め寄り、こそっと耳打ちをする。
「今、違うクラスのバスケ部の人がちゃんをまた呼び出せって!」
「え?またなんか言いがかりをつけたいわけ?」
「違うの!今回は、そうじゃなくて!」
「…今、いいか?」
は、その声にゆっくりと振り返ると リョーマに負けて先ほど言いがかりをつけてきた奴だ。
「…今度は何?さっき別れたばっかりな気がするんだけど」
「さっきのことは謝る…だが、今回は頼みがあってきた」
彼が来ると、なぜかさきほどまでざわついていたクラスは一気に静かになる。
「頼み?」
「バスケ部のマネージャーになってほしい!」
「いや」
「ちゃん!」
あまりにもの返事は即答で隣にいたクラスメートの女の子は驚く。
「頼む!今回の大会期間だけでいい!」
「人様の部活事情聞いてあげるほどテニス部マネージャーは暇じゃないの。そもそも散々言いがかりつけといて、よくそんな頼みが…」
「好きだからだよ」
「…はい?」
「前からお前が好きだったから、悔しかったんだよ!」
「なっ!」
クラスの女子達のきゃー!という叫び声と、面白がっているクラスの男子の声が響く。
「バスケ部のマネージャー…やって欲しい」
「…そ、そう言われても、テニス部も大会あるし、そもそも部長達にも相談しなきゃだめだし、私の一存じゃ決めれないよ」
「少しの間だけでいいんだ!頼む!」
「…」
そこまで言われるとなにか事情があるのだろうし断るに断りにくくなってしまったが、 これはきちんと断らなければ後でややこしいことになりそうだ。
特に真相は定かでないにしろ、好意を持たれているというのであれば尚更だ。
「ごめんなさい!」
は、深く頭を下げる。
「今はテニス部も大事な時期なので出来ません。本当にごめんなさい」
そのまま彼の方を振り返らず、席につこうとすると再び大きな声で彼が叫ぶ。
「じゃあ俺と!」
「はい!ドアの前に立たないで!邪魔よ!」
「…」
「…それ以上はあんたが傷つくだけだからやめなさい」
「っ!」
彼は、眉にしわを寄せての横を通り過ぎて足早に教室を出て行った。
「ありがとう。」
「いいって…答えは分かってるのに自分から傷つく必要ないしね」
「大好きよ!ー!」
は大きく手を広げてに抱きついた。
「あいつの機嫌を損ねても知らないんだからね…」
は、ため息をつきながらの頭を撫でた。
「ちゃん聞いたよ~!すごい告白されたんだって?」
「告白っていうより、バスケ部への勧誘だった気がしますけど…」
部活でボールを片づけていると英二先輩が楽しそうに私に聞く。
「おチビとフリースロー対決したバスケ部のレギュラーだっけ?噂になってたもんね」
「あ、はい。私は、その対決に関しては詳しく知らないですけどね」
「しかし、テニス部のマネージャーをバスケ部にもなんて滅茶苦茶だよね」
「本当ですよ。全く…何考えてるんだか」
「そのことだが…」
「「わっ!」」
私と英二先輩が、話しているとメガネを光らせノートを手に持った乾先輩が現れた。
「い、乾先輩!」
「なんでもバスケ部のマネージャーが突然怪我をして休部になり、大会前なのにも関わらず人手不足らしい」
「「えぇ?!」」
そんなこと全く知らなかった私と英二先輩は、驚きの声を同時にあげた。
「えーっと…つまり困り果てて急遽ちゃんのことを思い出してお願いにきたんだけど、断られちゃって精神的に追い込まれて告白しちゃったってわけ?」
「まぁ、そうだろうな」
「え!じゃあ、私きつく断っちゃって悪いことしちゃったかな?事情聞くと断り辛くなりそうだから聞かなかったんだけど…」
「悪いわけないじゃん。むしろそれでバスケ部の手伝いに…なんて、どれだけお人好しなんスか?先輩」
「おチビ!」
いつから話を聞いていてのやら、不機嫌オーラ全開でリョーマは私たちの後ろに立つ。
「リョ、リョーマ…」
「こっちだって大事な大会中だって分かってます?先輩」
「わ、分かってるわよ!」
「ならいいっスけど」
リョーマは、去り際に私のことを睨みつけてコートへと入って行った。
自分に対して部活中はいつも敬語で、先輩呼びだが…こういう時は妙にそれが腹立つ!
「あわわ!おチビもちゃんも、こわいにゃあ…」
後ろで見守る先輩達をよそには、顔をしかめてリョーマを睨みながらグッと両手の拳を握りしめた。
「…」
「…」
「お前ら、いい加減にしろよ」
部活からの帰り道、喋るどころか一向に顔を合わせようとしないリョーマとの間に挟まれている桃城はため息をつく。
「バスケ部はちゃんと断ったんだろ?なら、もう終わった話でいいじゃねぇか。、越前」
「駄目よ!そんなの!」
「そういう問題じゃないっス」
喧嘩をしていたと思えば、付き合いだし、付き合いだしたと思えば、さっそく喧嘩ときている。 仲がいいのやら、悪いのやら…いや、悪くはないのか…と桃城は心の中で思考する。
「とにかく!後は二人で話し合って仲直りしとけ!じゃーな!」
リョーマとを家の前まで送り届けた桃城は、自転車に乗り帰って行った。
「…」
「…」
自然と玄関の前で睨み合いながらも無言の沈黙が続いていた。
こういう時、お互い負けず嫌いの性格が出てしまうと暫くこういう状態が長く続いてしまうとどちらも分かっている。 だが、今回先に口を開いたのは我慢の限界にきただった。
「もう!リョーマのバカ!ちゃんと言ってくれないと分かんないって言ってるじゃん!」
「…はぁ?」
「いつもリョーマはそうだよね。怒ってる理由も何も言ってくれないんだもん。そんなんじゃ私、分かんないよ…」
「それは…」
「私、前にも言ったよね!言ってくれないのは、リョーマの悪い癖だって!」
「…懐かしいね。その言葉」
「え」
目に涙をためてリョーマを睨んでいたの瞳は、驚きの瞳へと変化する。
「俺だって、その言葉忘れてたわけじゃない。だけどさ…」
「…リョーマ」
「言いたくないことだってある」
「そ、それは、そうかもしれないけど」
「特にには言えないことなんて、数えきれないくらいある」
「…ごめん。でもそれとこれとは別だよ」
男の子だもん。
そりゃ、自分に言いたくないことくらいたくさんあって当然…それは分かってる。
だけど自分は、リョーマがなんで怒ってるのかも教えて貰えないのだろうか?
そう思うと、心を開いて貰えてないようでは寂しい気持ちが押し寄せる。
「まぁ、たしかに今回は俺も悪い」
「…へ?」
「やっぱ最初に言っておくべきだったかもね」
「な、なに?」
に言えないことなんて山ほどある…。 今までだってそうだった。好きだというこの気持ちを伝えるのにも相当な時間がかかった。 だけど、それは今も同じ…。
好きなのに、好きとなかなか言えない。
むしろ好きだからこそ、相手を目に前にしてそんな恥ずかしいこと滅多に言えやしない。
言えない言葉は胸の中に積もり続ける。
さらに愛おしさは増していく一方…それでも、この不器用でひねくれたリョーマの性格がそれを許さない。
リョーマは、いつもの生意気な表情で近づきの前に立った。
「俺、多分行動で示すタイプなんだよね」
「…はい?」
「あと相当独占欲強い方だとも思う」
「な、なんの話?」
リョーマが言葉を発する度に、は目をパチクリさせる。
「これからに嫌な思いもさせるだろうし、今みたいに怒らせたりもする」
「…リョーマ」
「けど俺は…のこと、ちゃんと愛してる」
の瞳にたまっていた涙は一気にあふれ出した。
夕日のせいか赤く染まった頬で、ふいと横を向くリョーマ。
「だから今回だって、嫉妬したなんて恥ずかしいこと言いたくなかった…以上。俺、ここまでちゃんと言ったんだからもういい?」
は、正面に立つリョーマの胸に下を向いたまま頭を貸す。
「そんなこと言って…心配してくれたんだよね?」
「…別に」
「ありがと」
顔をあげてはリョーマに優しく微笑んだ。
「でも、そっか。また嫉妬してくれたんだ」
「…悪い?」
「ううん。嬉しい」
「あ、そう」
「でも、それならそうとこれからはもうちょっと分かりやすくしてよね!リョーマのは分かりずらいよ!」
「やだ。ここまでちゃんと言うのは今回だけ。そもそもが鈍いのが悪い」
「そんなことないよ」
「あるね。実際、あいつから告白されるまであいつの気持ちわかんなかったくせに」
「気付くわけないでしょ!むしろ、あれだけ馬鹿にされたんだもん!頭にきちゃった!」
「だから俺、あの時に言ったじゃん。他の男相手に顔近すぎだって」
「え…まさかリョーマ…最初から気付いてたの?」
「…」
あんなあからさまな言いがかり、だれだって疑問に思うだろうとリョーマは、むすッとした表情をする。
「思い出したら、またムカついてきた」
「え?」
彼女のことを自分以外の男がそう言う目でみるのも気に入らない。 触れられるのだって、傍にいられるのだって嫌だ。
「俺さっき言ったよね。独占欲強いと思うって」
「あ…うん、そうだね」
それはもリョーマのテニスを見ていればよく分かっていた。 リョーマは好きになると、とことんのめり込むタイプだ。
「のせいなんだから、責任とってよ」
「責任って言われても…うーん」
は、腕を組んでどうすればいいのか考えていると、 はっ!と思いついたように手をぽんと叩き、リョーマの手を両手で優しく覆うように掴んだ。
「ちょっと、なに」
リョーマがを見上げると、満面の笑みではリョーマに笑いかける。
「好きです!」
「は?」
「私も、リョーマが大好き!他の女の子といると、すっごく嫉妬しちゃうくらい大好き!」
があまりに大きな声で言うものだから、リョーマは思わず驚く。
「だから、私の全部はリョーマのものだってここに誓います!」
「っ…それ自分で何言ってるか分かってるわけ?」
「うん。前にも言ったけど、私はリョーマのこと信じてるもの」
リョーマがそっとの両頬に手をのせた瞬間、バサ!と、ビニール袋が落ちた音がして、そちらの方に二人は目を向けた。
「あ…あら、ごめんなさい!お邪魔だったかしら?」
「り、倫子さん…?!」
「い、いいの!気にしないで!」
「へ?!え?!」
「昨日から、そうじゃないかな?とは、思ってたんだけど…どうしましょ!やだ!お赤飯炊かなきゃ!」
「「はぁ?」」
「ちゃんが本当に、うちの娘になる日が来るのはいつかしらね」
「娘?!」
「私、今から腕をふるって晩御飯つくるわね!待ってて!二人とも!」
「「…」」
落としたビニール袋を拾いあげ、倫子さんはすごく嬉しそうな表情をして家の中に入って行った。
「どうする?あながち間違ってないけど、誤解してるところあるんじゃない?」
「き、決まってるでしょ!今からちゃんと説明しにいくのよ!」
「…そういうと思った」
「ほら!リョーマ!早く!」
は、リョーマの手をつかみ倫子の後を追うように急いでドアを開ける。
「倫子さーん!」
「はぁ…」
そのあと倫子さんの誤解を解いて説明を終えたころには、 すっかりいつもの夕ご飯の時間に豪華な食事が並んでいて… リョーマが南次郎さんにからかわれたのは言うまでもなかった。