37話 お留守番
「あまい!フラッシュ!やったー!私の勝ちー!」
素早くトランプをリョーマの目の前に見せつけるように並べるとは、大きく万歳をする。
「…にゃろう」
「右角の中華料理屋さんだよ!」
「はいはい」
リョーマはトランプを床に置いてしぶしぶ立ち上がり、リビングで受話器を取った。
「天津飯つけてね!」
「わかったってば」
菜々子は、大学の合宿中。
そして、南次郎と倫子は友達の結婚式で帰りが遅いらしくて今、家にはとリョーマしかいない。
そんな自分達の為に倫子さんたちが晩御飯代を置いて行ってくれたものの… リョーマと意見が分かれて、どうするか揉めるに揉めた結果、ポーカーで勝利したに決定権が出来たのだった。
「やった!」
暫くして、出前が来ると美味しそう!と目を輝かせて機嫌よく食べ始めるにリョーマは息を吐いた。
「ごちそうさまでした!」
「…満足した?」
「うん!」
「プリン食べる?」
「あるの?!」
「母さんが作り置きしといたってさ」
「流石、倫子さん!」
リョーマは冷蔵庫から二つ取り出し、一つをにスプーンと一緒に手渡す。
「ん」
「ありがとう」
は、一口食べると一気に表情が明るくなる。
「おいしい!」
「…」
美味しそうに食べるをリョーマは黙って見つめる。
「(本当、こうしてるとどっちが年上か分かんなくなるんだよね…)」
マネージャーをやっているせいか学校だと大抵の人がのことをしっかり者だと言う。
たしかに実際、はリョーマより年上だし、頭だって悪い方じゃない。
背もそんなに低くないせいか見た目だってどこか大人びて見えるところがあるというのはリョーマも認めるところだが…
「(どっちかっていうとって、甘えただと思うんだけど…)」
「どうかした?リョーマ」
「ん…なんでもない」
「嘘ー。絶対、なにか考えごとしてたでしょ?上の空だったもん」
は、疑わしそうな目でリョーマを見る。
「がそう思うなら、そうなんじゃない?」
「なによそれ!ネタは上がってるのよ!吐いちゃいなさい!」
「、刑事ドラマの見過ぎ」
「格好いいでしょ?」
「どこが」
「まったく、連れないなぁ。リョーマは」
は再び美味しそうな表情でプリンを食べ始めた。
「(…言えるわけないっての)」
のことを考えてた、なんてリョーマの口から言えるわけがない。
それに、甘えただ。なんて言ったら負けず嫌いののことだ。
絶対に意地でもリョーマの目の前でもしっかり者でいようとするだろう。
「(そんな勿体ないこと、するわけないじゃん)」
リョーマも、手に持っていたプリンを一口スプーンですくい、口に放り込んだ。
「…甘っ」
思わずリョーマは口元を手で抑えた。
「あ。私、宿題しなきゃ」
「宿題?」
「英語のプリント。リョーマは?」
「寝る」
「えー!せめて宿題終わるまで私の部屋に居てよ!」
「はぁ?なんで?」
「今夜は誰も人がいないとか…なんか、ほら、やっぱり怖いじゃない?」
「…怖いって。幽霊とか?」
リョーマはの言葉で、悪戯ににやりと笑う。
「あ、あはは!私だってそこまで子供じゃないわよ!…うん」
そう言いながらもは、リョーマから目を逸らす。
「ふーん。まぁ、なんの問題もないなら俺は自分の部屋に戻るけど」
「ごめん!嘘!今日、桃に学校で怖い話聞かされたから怖いのよ!だから、宿題終わるまで部屋に居て!」
は立ち上がろうとするリョーマの手を急いで両手で掴んだ。
「ったく…始めからそう言いなよ。俺、がそういうの苦手だって知ってるんだからさ」
「…だって」
「眠いから早く終わらせてよ」
「うん!」
リョーマは自分の右手を掴んで座っているの頭を左手でくしゃりと撫でた。
「…ねぇ、まだ終わらないわけ?」
「うーん…もうちょっとー」
「…」
が宿題をはじめて早2時間…。
プリント一枚のはずなのに、途中から全く手が動いていない気がする。
しびれを切らしたリョーマは読んでいた雑誌を置いての元に近づき、苦戦しているのであろう宿題のプリントを覗き込む。
「…あのさ、」
「なに?リョーマ」
「その訳、おかしくない?」
「へ?」
「ここの単語の意味が違う」
リョーマは英文中の単語を指さした後、机にあった辞書を引きに見せるように広げて指を指す。
「こっちじゃなくて、こっち」
「…リョーマってまさかどんな英文でも見ただけで訳が分かる、とか?」
「はぁ?単語の意味が分かれば自然に誰でも出来るじゃん」
当たり前のように言ってのけるリョーマに対して 目をパチクリさせた後、はきらきらとした目でリョーマの手を自分の胸元に引き寄せて握りしめる。
「!ちょっと、なに…」
「私、帰国子女を甘くみてたわ!そうよ!年下とか年上とか英語に関係ないよね!」
は強くリョーマの手を握り締め、リョーマに詰め寄る。
「英語を教えて下さい!」
「…はぁ?」
「人生皆兄弟!語学なんて壁、今まで努力次第で乗り越えられた!だけど…だけど、授業では語学という壁が私を邪魔するの!」
「いや、意味わかんないし」
「だから!私、英語苦手だから教えてって言ってるの」
「別にいいけど…。へー、苦手なんだ」
「う…悪い?」
「うちのマネージャーは、学校の成績も良いって聞いてたけど?」
「どうせ乾先輩が適当なこと後輩にたらし込んだんでしょ!もう!」
「実際は、どうなわけ?」
「そりゃあ…総合すれば悪い方じゃないだろうけど」
「けど?」
「さっきも言ったけど英語は、駄目」
「のこの訳し方を見てればそうだろうね」
うっ…とは、言葉を詰まらせる。
「私、全体的に語学とか苦手なの。意味がわからない」
「…まぁ、このままだと俺も寝れないから教えてもいい」
「本当?!」
「だけど、流石に俺だって二年の英文法まで分かんない。元々、会話程度だし」
「や、やっぱり、難しい、かな?」
「だから教えるっていうより…協力するってのはどう?」
「…手伝ってくれるってこと?」
「ん。その代り、ちゃんと自分で考えなよ」
リョーマはの英語の教科書をぱらぱらとページを捲り軽く目を通す。
はそんなリョーマの優しさに嬉しさがこみ上げる。
「お礼に今度、私がリョーマの勉強みてあげるね」
「いらない」
「遠慮しないの!」
「…」
それは嬉しいのやら、嬉しくないのやら…。
の優しさに対して複雑な心境になったリョーマは、再びシャーペンを握りプリントにむかうを見つめた。
「終わったー!」
「…はぁ」
すでに時計の針は12時を過ぎている。
普段ならとっくに自分の部屋で寝る準備をしているか、部活で疲れて寝ているはずの時間だ。
「こんな時間まで付き合ってくれてありがとう、リョーマ」
「別に…お陰での語学力の酷さが分かったしね」
「悪かったわね!酷くないなら、教えてなんて言わないってば!」
「本当、酷過ぎ。もうちょっと勉強した方がいいんじゃない?」
「うっ…日本に居れば、使わないもん」
「そりゃそうだけど。の親って今、アメリカじゃなかったっけ?」
「だから、一緒に行きたくなかったの」
「…ねぇ、まさかが日本に残った理由って」
「も、もちろん!英語が出来ないからだけじゃないわよ!だけど、やっぱり不安要素だし…」
「…はぁ」
自分の将来に関わることなのにも関わらず、が日本に残った理由の馬鹿馬鹿しさにリョーマは、ため息がでた。
「いいでしょ!それで今があるんだから!それに私だって、いつまでもここに居られる訳じゃないの分かってるから」
どこか切な気で、消えそうな声と表情をするに思わずリョーマは口を挟む。
「なに訳わかんないこと言ってんのさ」
「…え?」
「の居場所は、もう俺が貰ってるじゃん」
「リョーマ…」
「俺が言ってること分かる?」
「…分かんない。ちゃんと言って」
は正面からリョーマを見れるように椅子の座り方を変えて悪戯に微笑む。
「…うそつき」
「聞きたいもん。リョーマの口から、はっきりと」
「欲張り」
「リョーマのことに関しては、欲張りにもなるよ」
「へー…なんで?」
次は、リョーマが悪戯にを見ると、は口を尖らせてリョーマを見上げる。
「それこそ分かってるくせに」
「最初に仕掛けたのは、だよね」
「敵わないね。リョーマには…」
「ねぇ。なんで?の気持ち、俺に聞かせてよ」
「えぇ!私が言うの?!」
「こんな時間まで起きてるのは、誰のせい?」
「うっ…でも私、リョーマにはいつも言ってるよ?」
「いいから言って。何回でも聞きたい」
リョーマは、顔を赤く染めて自分の正面を向いて座っているの頬に右手を添える。
「…、はやく。待てない」
「そ、そんなこと言われても…」
リョーマが照れ屋で普段なかなか自分の気持ちを言ってくれない分、は、散々リョーマにちゃんと言っている気もするが、 改めてこうも問い詰められると、恥ずかしくなってしまう。
「リョーマが…き、だよ」
「聞こえない。ちゃんと言って」
「…好き。…リョーマが大好き」
「っ!」
言わせたのは、自分だが何度聞いてもこの声と視線でそう言われると、一気に体中の熱がこみ上げてくる。
リョーマは、目の前で座るを自分の胸に閉じ込めるように抱きしめた。
「分かってると思うけど、もう俺のだから」
「リョーマ…」
「だからいないと俺が困る」
「私も、リョーマが居ないと泣いちゃうよ?」
は、ゆっくりとリョーマの背中に両手を回す。
「へー…俺が居ないと泣くんだ」
「泣くよ、大きな声で。私が泣いたら大変だよ」
を少しだけ離すと、リョーマは左手をの頭に添えて右のの頬に優しくキスを落とした。
「じゃあ、一つしか方法ないよね」
「…うん」
この幸せな時間は永遠だと、信じていたいから。
「ずっと傍にいさせて」
子供の思考だと思われても構わない。 今だけは、永遠の時を大好きな人に誓いたい。