40話 恋愛調査隊
「ええー!リョーマ様と先輩が付き合ってるー?!」
「こ、声が大きいよ!朋ちゃん!」
桜乃は、朋香の口を塞ぎながら校舎裏の木の付近できょろきょろと人が居ないことを確認する。 朋香は桜乃の手を自分の口からどかして、ぷはっ!と大きく息を吸い込んでから、桜乃の肩を掴む。
「本当なの?!桜乃!」
「…かもしれないって話だよ」
「はぁ?!でも、さっき!」
「ここで見たの一回だけだったし、それもちょっと遠かったからはっきりとは…」
「なによそれ!じゃあ、ここに二人でいたのが先輩とリョーマ様だったかも自信ないってこと?!」
「う、うん。でも、声が聞こえたから、間違いないとは思うんだけど」
「声って…しっかりしてよ!桜乃!」
「ご、ごめん」
今、桜乃と朋香がいる場所は、少し前に桜乃がリョーマとが二人でいた所を見えてしまった場所だった。 確かに人通りも少ない…こんな場所で、リョーマと二人きりでいたなんて朋香にとってはそれだけで許せない事実だが、今問題となっているのは、 ここ最近、様子がずっと可笑しかった桜乃からようやく聞き出した話の真相について。
「桜乃。本当に、リョーマ様と先輩が付き合っているような言動をしているのを見たのね?」
「…うん」
しかも二人が抱き合ってたようだ。なんて言えない桜乃は今にも泣きそうな表情で朋香を見た。
「馬鹿!なに悄げてるの!まだその二人がリョーマ様と先輩だって決まったわけじゃないでしょ!」
「で、でも…」
「それに桜乃の見間違いかもしれないでしょ。だから!」
「だから…どうするの?朋ちゃん」
「今からリョーマ様に真実を聞きに行きましょう!」
「え…ええええ!」
恋は直球勝負だといつも豪語している彼女だが、そんな朋香に引っ張られながらも桜乃は思う。
「ぜ、絶対無理だよ!それに、本当だったとしてもリョーマ君が教えてくれる訳ないよ!」
桜乃はリョーマの所へ向かおうとする朋香の手から逃れよう必死でもがく。
「ぐだぐだ言ってても、しょうがない、でしょ!」
朋香は、しぶる桜乃の手を力いっぱい引っ張り無理矢理、自分より前へ押しやった。
「きゃあああ!」
「さ、桜乃?!」
どうやら朋香は力を出し過ぎてしまったらしく、桜乃は前のめりに体が倒れる。
ガッ!
ドシーン!
「あいたたたぁ…」
桜乃は、恐る恐る目を開けると、目の前にいた人物に声を失った。
「リョ、リョーマ君?!」
「……」
木の陰で寝ていたのであろうリョーマの足に躓いてしまったらしい桜乃は、 自分が躓いてしまったことで目が覚めてしまったらしく…寝起きで機嫌の悪いリョーマを見て一気に体温が下がる。
「…あんたなにしてんの?」
「ご、ごめんなさい!リョーマ君!」
桜乃は急いで立ち上がり、リョーマに頭を下げて謝ると朋香が急いでその桜乃に駆け寄った。
「桜乃!大丈夫?!」
「と、朋ちゃん…」
リョーマが未だ眠たそうな目で欠伸をする。 そんな、リョーマに恐る恐ると朋香は真相を聞き出そうと木にもたれかかって寝ているリョーマに顔を近づける。
「あ。リョーマ様!」
聞こえ慣れた耳に響く声にリョーマは息を吐き立ち上がり、その場を去ろうとする。
しかし朋香は、チャンスだと言わんばかりにリョーマに声を掛ける。
「あの…リョーマ様!私達、リョーマ様に聞きたいことがあるんですけど!」
「…?」
「と、朋ちゃんッ!」
朋香にやっぱりやめよう。と言っている桜乃の制止を聞かず、朋香は息を飲みリョーマに尋ねる。
「リョーマ様が先輩とお付き合いしてるって本当ですか?」
「(はわぁああ!朋ちゃんの馬鹿ー!)」
駄目だ!と桜乃がぐっと目をつぶる一方、リョーマは真っ直ぐに桜乃達を見る。
「…それ、誰が言ってた?」
朋香がちらりと桜乃を見るも明らかに青い表情をしている桜乃を見て、「え、えーっと…」と誤魔化そうとする。
「リョーマ様と先輩が校舎裏で付き合ってる言動をしているところを見たって、クラスメイトが…」
半分嘘。半分本当。だけど、事実は事実。
そんな二人を見て、まぁ、いいか。というようにリョーマは息を吐く。
「…付き合ってるのは本当」
「え…」
照れも焦りもせずに、当たり前の事のようにさらりと言ってのけたリョーマに朋香と桜乃は呆気にとられたように声を失う。
「聞きたいことってそれだけ?」
「あ…え、っと…はい」
「そう」
あまりにもリョーマがいつも通りのマイペースなため完全にペースを崩された朋香は、 リョーマが立ち去るとガクンと力が抜けてペタリと地面に座り込む。
「…と、朋ちゃん?」
「桜乃…調査よ」
「え?ちょ、調査?」
「先輩のことを徹底的に調査するのよ!」
「ええ!」
「こんなことで負けちゃ駄目よ!桜乃!」
「…朋ちゃん」
「リョーマ様のお付き合いしているのが、先輩ならそれ以上の女になればいいんでしょ」
「だ、だから…調査?」
「そうよ!そもそもライバルを知らずして上になんか行けるわけなかったのよ!」
桜乃は、とことん前向きで諦めるどころか闘志を燃やしている朋香に圧倒され、今までぐずぐずと悩んでいた自分が可笑しくなってきた。
「リョーマ様ファンクラブ会長として、先輩がリョーマ様にお似合いなのかも見極めなきゃいけないんだから!」
「見極めるって…先輩はいい人だよ?」
「そんなの分かんないわよ。桜乃だって数回絡んだことある程度でしょ?」
「そ、そりゃあ、そうだけど…」
確かに桜乃達の知るは、部活でも噂に聞くただの憧れの先輩だった。 心の奥底で桜乃は、リョーマとの距離が自分以上に近いということに気づいていた。 でも、ずっとがリョーマを好きかもしれないと言う可能性に目を背けて、全て自分の憧れだと敵わないと決めつけて終わろうとしていた。 だけど朋香は、本気で彼女に近づこうとしているのだ。
「いくわよ!桜乃!」
「う、うん!」
ひたすら前向きな親友導かれるように、桜乃は朋香の手をとって前へ走りだした。
「んぐっ!…はぁ?!それで、桜乃ちゃん達に本当だって言ったの?!」
「なにか問題あった?」
「なにかじゃないでしょー!」
リョーマと屋上で昼食を食べている時に告げられた事実に、は食べかけのお弁当を下に置いてリョーマに詰め寄る。
「どうして桜乃ちゃん達に、そんな所で私たちが付き合ってること認めちゃったのよ!」
「聞かれたら、素直に本当のことを答えるように散々、俺に煩く言ったのはの方じゃなかったっけ?」
「いや…まぁ、そうだけど、桜乃ちゃん達なんだからもうちょっと状況とか言い方とかさー」
「?」
そう。確かに、付き合いだしてとリョーマは二人で約束をした。というより、無理矢理が提案したことだ。
“私とリョーマの関係やリョーマの家でがお世話になっているのことを他の人に聞かれたら、嘘をつかず本当のことを答える。”
学年が違うだけに、学校でお互いに変な誤解を生まないための予防策だ。
だけど、リョーマが学校ではのことを今まで通り変わらずに“先輩”と呼んでいるからか、噂になったことも、疑って聞いてきた人もいなかった。
別に自分たちの関係を大っぴらにする意味も必要もないから、自分達からは何も言ってない。
「(だから…どこかで安心してしまっていた)」
一番、聞かせてはいけない人物に事実を知らせてしまったのではないかとは思考する。 まぁ…確かに、リョーマ本人は桜乃が自分のことを好きだなんて思いもしていないのだろうから、こうなってしまったのも仕方ないと言えば仕方ないともは思う。
「でも、リョーマはもうちょっと女の子の気持ちを考えてあげた方がいいよ?」
「…なんで?」
もくもくとお弁当を食べていたリョーマの箸がぴたりと止まり私の方を不機嫌そうに見る。
「リョーマの言葉一つで、傷つく女の子もいるってことだよ」
「意味わかんない。がそうだって言いたいの?」
「いや、私じゃなくて…。むしろ私以外というか…」
「は?じゃあ、いいじゃん」
は、相変わらずであるリョーマの発言に体の力が抜けた。
「(まぁ、そうよ。リョーマは、こういうことに関しては鈍いよね!)」
でも、そうやって考えると疑問になる。
どうしてリョーマは私のことを好きになってくれたんだろう?とか、 私なんか傍に居て、本当にいいのかな?とか、また嫌な方向には考えてしまう。
だって、実際リョーマはモテる…リョーマのことを好きなのは自分だけじゃないだろう。 陰で応援している女の子だって、きっといっぱい…駄目だ。考えだすと切りがない。泥沼にはまってしまう。 とはマニナス思考を振り払うように、顔をあげてリョーマを見た。
「ねぇ…リョーマ」
「なに?」
リョーマは買ってきたグレープ味の缶ジュースに手を伸ばす。
「どうして私のこと好きなの?」
「っ!げほっ!げほっ!…は?!」
の言葉で、飲んでいた缶ジュースを急いで口から離し、リョーマは咽ながら焦った様に缶をタイルの上に置く。
グッと一息つくとほんのりと赤く染め頬で下からを睨みつけた。
「なにわけわかんないこと聞いてんのさ」
「だ、だって、リョーマから聞いたことなかったなぁって」
「なら俺だってそんなのから聞いたことないじゃん」
「まぁ、そうなんだけど…うん、ごめん。変なこと聞いた」
確かに私だってどうしてリョーマのことを好きになったのかなんて分からないし、自分でも変なことを聞いてしまったとは思う。 本当、思いが通じていると分かっているはずなのに心配になる。
きっと自分に自信がないんだとは悟る。
そんな思考を巡らせながらもが食べ終わったお弁当を包んでいるとリョーマは、そんなを真っ直ぐに見つめてゆっくりと口を開いた。
「…気付いたら遅かっただけ」
「へ?」
「いつの間にか、いるのが当たり前になって目で追うようになると…それ以外見えなくなった」
が黙ってリョーマの言葉を聞いていると、 暫くするとリョーマは真っ直ぐにを見る真剣な眼差しから、普段の生意気な表情に変わる。
「安心した?」
「え…」
「、随分変な顔してたから」
「へ、変な顔はないでしょ!」
「だって本当のことじゃん」
「失礼ね。元からこんな顔よ」
「そう?俺の知ってるはもう少し可愛かったと思うけど?」
「…リョーマ…今、なんて?」
「さぁね」
そう言うと、リョーマは立ち上がりの頭の上に空になったファンタの缶を乗せる。
「ちょ、ちょっとー!なによこれー!」
は急いで頭の上に乗った缶に手をやる。
「そのままいれば?可愛いから」
「こんな状態で言われても嬉しくない!」
「あ、そう。ごめんごめん」
そう言ってリョーマはの方を見ずに手を振り、屋上から出て行った。
「心が籠もってない!あー!もう!」
可愛いなんて…今まで一度も言ったことなかったくせに…。
「っ~~!リョーマの馬鹿!」
顔が熱い。リョーマには、ずっと好きになってから振りまわされっぽなしだ。 それは付き合い出してからも変わらないなとは思う。
自分はリョーマの言葉で一喜一憂している。
「…よし」
もう考えるのはやめた。そもそもこんなにウジウジするのは自分の柄じゃない。 それによく考えれば、どれだけリョーマのことが好きな女の子がいようと関係ない。 だって自分に自信がないでも一つだけ自信を持っているものがあるんだから。
「私も戻らなきゃ」
も立ち上がり、ドアを開ける。
リョーマのことを一番好きなのは、自分だって堂々と言ってやれるならそれでいい。
「え?私のこと?!」
「先輩のこと、教えてください!」
部活に向かう途中に出会った桜乃と朋香には詰め寄られていた。
「お、教えてって言われても…」
「いいんですか?リョーマ様との関係を学校中にバラしても。きっと忙しくなりますよ?先輩」
「それは脅迫って言うんじゃないのかな?!朋香ちゃん!」
「と、朋ちゃん…」
「そもそも私は、リョーマ様の相手が先輩だって言うから黙認してるんですよ」
確かに、リョーマのことが大好きな彼女の性格から言えば、自分なんか絶対に許せない存在だろう。 なのにどういうわけか私達の噂自体、流れていない。もリョーマも噂を気にする性格じゃないし、 いつかはバレることなのかもしれないから、別にバレようが構わないと言えば構わないのだが…。 そのせいでテニス部の皆に迷惑をかけても困るか…とは思い息を吐く。
「分かった。いいよ、何でも答えてあげる」
「い、いいんですか?先輩」
「うん。桜乃ちゃんもなんでも聞いて」
は二人に笑顔を向ける。 逃げるなんてしない。だって今の自分が出来ることは、堂々と正面から彼女たちと向き合うことなのだから。