42話 恋人の誓い


「え!大石先輩が怪我?!」
「子供が生まれそうな妊婦さんを助けて近くの病院にいるんだそうだ」
「どこかで聞いた話だね。リョーマ」
「大石だから、本当なんだろうね」
「そうですね」

初戦の氷帝戦である関東大会当日に舞い込んできた私達にとっては惨い連絡の中、 河村先輩と一緒にリョーマの方を見てクスクスと笑った。

「俺、代わりに病院行ってきます!」
「まって桃!私も行く!」
「え?でもお前…」
「私は選手じゃないから、試合に出ることはないし。そっちに行く方が、役にたてると思う」
「そうじゃな、。大石を頼む」
「はい」
「よし!いくぜ!!」

桃は、私の左手を掴んで勢いよく走り出した。

「ちょっ!わわ!」
「飛ばすから、しっかりついてこいよ!」
「早いってば!わっ!桃!」

竜崎先生にも背中を押され、私は桃に手を引っ張られ一緒に病院に走ったのだけど、 そこには右腕を抑える大石先輩の姿があった…。


「試合、見に行かなくていいんですか?大石先輩」
「…ぁあ」

妊婦さんを助けたことで右腕を負傷してしまった大石先輩は、 桃に試合を託して私と一緒にずっと妊婦さんの家族が来るまで病院で付き添っていた。

ちゃんもすまないね。試合、見たいだろ?行ってくれ」
「いえ!私がいても試合では役にたてませんから」
「そんなことないよ…俺の方こそ、こんな怪我しちゃって英二に悪いことをしてしまった」
「大石先輩…」
「……」

病院のソファーで座り込む大石先輩。 私は、大石先輩の怪我をしていない左手を握る。

「やっぱり行きましょう!試合!」
「え…でも…」
「まだ間に合います!私、試合中はあんまり役にたてませんけど、応援は得意なんですよ!」
ちゃん…」
「ほら!大石先輩!」
「…ぁあ。いくか!」
「はい!」

私と大石先輩は、まだやっているであろう関東大会試合会場へと急いだ。


「大石!」
「待たせたな!二人とも!」

なんとか桃と菊丸先輩の試合に間に合った私と大石先輩は、 桃が昨晩作ったという青学の応援用のハチマキをおでこに巻いて皆の元へとたどり着く。

「リョーマ!」

どこか不機嫌そうにリョーマは私の方を見上げる。

「試合はどう?」
「まだまだだね」
「あはは、言うと思った」

どうやら最初は苦戦していたようだが、今は桃と英二先輩が順調にポイントを重ねて取っているようだ。 今回は補欠だと言うリョーマの隣に腰を下ろして私が試合を見ていると、 先ほどまで試合を見ていたリョーマはそっと私の後頭部に手を触れ、ハチマキの結び目に手を添える。

「あ、これ。桃が作ったんだよ」
「ふーん」

リョーマは、興味なさそうな返事をすると、ゆっくり私のハチマキの結び目を解く。

「ちょっと!解かないでよ!」
「いいじゃん、別に」
「いや、意味わかんないし!」

試合が補欠で出られないからか、どこか不機嫌そうなリョーマにからかわれながら試合を見る。

「ゲームセット!ウォンバイ青学!」
「あ!桃と英二先輩が勝った!」

私が立ち上がり、桃達の方へ寄りタオルを渡す。

「お疲れ様です!」
ちゃん!」
「サンキュー!

これでまずは一勝…。
しかし、次の試合が開始されるも乾先輩と海堂君のダブルスは、惜しくも氷帝の宍戸さんと鳳さんのダブルスに敗北し、勝負の行方は分からなくなった。


「えーっと。どれにしよう、か…な?」

河村先輩と樺地君の試合が始まる前に、 自販機の前でなにか飲み物を買おうと私が自販機の前で悩んでいると背後に誰かの気配がし、とっさに後ろを振り向く。

「あ、あなたは!」
「ぁあ?なんや、青学のお嬢さんやん」

氷帝のジャージを着て、眼鏡をかけている彼を私は見たことがある。

「えーっと…たしか忍足さんですよね?」
「せや。よう覚えとるやん、ええ子やな」

背の高い彼に、私はポンポンと頭をなでられる。
どうも子供扱いをされている気がしなくもないが、まだ名前を言っていないことに気付いた私は慌てて頭を下げる。

「あ…私、です」
「ああ。よろしゅうな」
「はい!」

悪そうなイメージは感じられない彼に、私は笑顔で返事をすると彼の手がぴたりと止まった。

「…あんた、ええ女なるで」
「はい?」
「ほな、アドレスも教えて貰ったし…またな」
「え…?あ!いつのまに!」

忍足さんは、いつの間に私の携帯をポケットから取ったのか…ひょいと私に携帯を返して行ってしまった。

「…変な人」

私は、ポケットに携帯をしまい再び皆のところへと戻った。


先輩!大変です!」
「カチロー君…どうしたの?」
「か、河村先輩が!」
「え?」

カチロー君が急いで私のところへと走ってきて伝えてくれた。
河村先輩が、樺地君と波動級の打ちあいにより、腕を無理しお互い試合が続行不可能になったという…。
どうやら忍足さんと話している間に、試合が始まってしまっていたらしい…。

、すまないが一緒に来てくれるかい?」
「はい!」

竜崎先生に声をかけられ、私は河村先輩と氷帝の樺地君もつれて一緒に病院へと向かった。
どうやらなにかと忙しい日だ。それほど白熱した戦いが繰り広げられているという証だろう。

「はい、はい…大丈夫です。それでは失礼します」

河村先輩のお父さんに怪我の連絡を入れた私がひとまず病院のソファーに座り一息つくと、私の携帯がブーブーと震える。

「竜崎先生、ちょっと出てきます」

一言断り、外にでて私は携帯の通話ボタンを押した。

「もしもし?」
か!』
「桃…どうしたの?」
『お前、早く戻ってこい!』
「え?でも、河村先輩と樺地君の診察結果がまだ…」
『手塚部長が負けた!』
「…え」

思ってもみなかったことに私は、戸惑い声を失う。

「どういうこと?!桃!!」

跡部さんと手塚部長の対決…長い持久戦により、手塚部長の左肩の怪我が再発したとのことだった。

『次の試合は、越前だ!すぐに来い!』

稀に見る、補欠である第六試合…そうか。今回の補欠はリョーマだ。

『近くにいるお前が越前の勝利を迎えてやらねぇなんて、可笑しいだろ!』
「でも…」
「行っといで、
「竜崎先生!」

私が遅いのを心配してきてくれたのか、背後に立つ竜崎先生は全てを見通しているかのように私に微笑む。

「私の代わりにな」
「…あ。ありがとうございます!桃!すぐに行く!」

竜崎先生にお辞儀をして、桃との電話を切る。 今日で何度も走り抜けたこの道に私は願いを込めて走り出した。

ちゃん!」
「おせーぞ!!」
「はぁ、はぁ…無茶、言わないでよ…」

息を切らして皆の元へとつくと、先輩達にも迎えられ私は海堂君に無言でポンと背中を押されて一番前へと出される。

「か、海堂君?」
「……」
「ほら!ちゃん!おチビの試合が終わっちゃうよ?」
「英二先輩…」
「応援、得意なんだろ?ちゃん」
「だったら越前の事を応援してあげないとね」
「大石先輩!不二先輩!」

私は戸惑いつつもリョーマの試合に目をうつす。 いつもより早いペースでの試合運び…全力のリョーマだ。

「…リョーマ」

ぐっとフェンスに力を込めると桃は可笑しそうに笑う。

「本当、変に不器用だよな。お前らは」
「う、うるさいなぁ!」
「もう全員、お前らのことなんかとっくに気付いてるっつーの」
「…え」

桃の言葉で一気に私の体が凍りついた。

ちゃんも越前も分かりやすいからね」
「なっ!」
「そうそう!いつもおチビがこわーい目で睨むんだよね」

口々に私とリョーマのことを話す皆に、体の体温が上がる。 っていうことは…今のいままで…私とリョーマの関係を皆、気付いてたのに黙ってたってこと?!

「き、気付いてたなら言ってくださいよー!!」
「だってー、その方が面白いじゃん」
「何が?!」

桃と英二先輩が顔を合わせてニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

「「越前/おチビの反応が」」
「は?」


審判の人の試合を終えるコールを告げる。

「ゲームセット!ウォンバイ越前!」

部員達が全員で顔を見合わせた後、コートにいるリョーマへと視線を向けると私は、 先輩達に手を引かれリョーマの元へと連れて行かれる。

「英二先輩?!」
「ほらほら!ちゃん!」
「お前、今日越前とほとんど話してないだろ?」
「え。だって忙しかったし…」
「彼女なら、試合の後くらい迎えてあげなくちゃ、ね!」
「わっ!」

ドン!と英二先輩に背中を押された私は、完全に体勢が膝から崩れ落ちて前へと倒れこみそうになり咄嗟に目をつぶると、 すぐに私の知っているぬくもりに肩を支えられているのに気がつく。

「…なにしてんの?」
「りょ、リョーマ!」

私がリョーマを見上げているとリョーマは、私の後ろにいた先輩達に目を向け睨む。

「先輩…なに余計なことしてくれてんスか」
「余計なことじゃないぞ!」
「お前らのためだろうが」
「こら。英二、桃」
「だってさー!大石ー!」
「…はぁ」

先輩達が好き勝手に口々でリョーマに発する言葉で現状を理解したリョーマは、 言い合いをしている先輩達にため息をつき、私の方を見ると被っていた白い帽子を私の頭に後ろ向きに被せる。

「リョーマ?なに?」
「ま、そうじゃないかとは思ってたけどね」
「へ?」
「めんどくさいし…もういいや」

リョーマは、そっと私の頬に手をそえて顔を近づける。

。俺に言うことは?」
「言うこと?…ぁあ、おめでとう!リョーマ!」

私がリョーマにそういうと、リョーマは優しく微笑み一言こう言い放った直後…。

「サンキュ」
「っ!!」

そっと私の唇に一瞬、暖かくて柔らかいぬくもりが重なるを感じた。
一体何が起きたのかを理解したころ、全身が一気にあつくなり、顔が真っ赤になる。

「なっ…な…」

してやったりと言ったように満足げな笑みを浮かべたリョーマは、 ベッと舌を出し私の肩から手をはなして私の頭から帽子をとり再び自分の頭に被せる。

「あー!二人で何してんのさ!おチビ!」
「別になんでもないっスよ」

先輩達に連れられていくリョーマの背を目にすると、私はさらに一気に足の力が抜けてその場にぺたりと座り込む。

「…ど、どうしよう…」

いや、私とリョーマの関係で今までこういうことがなかった方が可笑しかったのか?!
いやいやいや!でも、せめて心の準備というものが…!
だめだ。思い返せば思い返すほど体温が上がる。
そんな巡り巡る思考がショートしそうになる中、私は必死に心を落ち着かせようともがいていた。