46話 予言者詐称事件
「、部活頑張ってね!」
「うん!ばいばい!」
は、授業が終わり同じクラスの友達と別れて部室へと向かっていた。
「やばっ!早く着替えなく、ちゃ…え?」
女子更衣室でジャージに着替えようと借りているロッカーを開けると、なにか赤字で書かれた一枚の紙がのジャージにテープで貼りつけてあった。
「なにこれ…?」
思わず貼りつけられた紙をはがし目で凝視する。 は首を傾げて"予言"と題名が書かれている文字を読んだ
"越前リョーマと別れろ!さもなくば、災難がふりかかる。 猶予は残り5日"
「予言ねー。事件の最初の布石としては在り来たり過ぎて…って、そうじゃなくて!」
推理小説好きのは違った思考に行こうとしているのを取り払うようにぶんぶんと首を横に振り、 グシャリとまるめて握りつぶして更衣室のゴミ箱に捨てた。
「(まさか、先日と話していた会話が本当になるとか…?なんて、まさかねー)」
は、パタンとロッカーの扉を閉める。 心の奥底でそんな心配を置きながらも制服からジャージに着替え終わると、は長い髪をたくしあげて上の方にゴムで一つに括る。
「悪いけど、非科学的なものは信じないようにしてるのよね」
自分をそこらにいる女子と同じと考えて貰っては困る。それにこれくらいで動揺していたら、簡単に負けを認めることになるのだから当たり前だ。 はなんでもなかったかのように普段と変わらず倉庫へと急いだ。
穏やかでない紙が、朝にはの下駄箱。 放課後には、着替えのロッカーに入るようになって一週間。
「あ。今日も一緒かー…」
災難がふりかかるカウントダウンを示す日付が変わる以外は、いつも同じ内容の予言文が書かれた赤紙だ。
しかし、猶予の日付が"ゼロ"になった時から流石に辺りを警戒していた割にはになんの音沙汰も危険もない上、書かれた内容も変わらないままだ。
そのままただ予言者を偽った悪戯ならそれでいい。むしろそれだけで終わってほしい本人もそう願っていたころ事件は起こった。
「今日はリョーマが図書委員。それと、河村先輩も美化委員のお仕事で遅くなる。後はー…」
は、だれが今日部活に来るのかや、早く帰らなければならなかったのかを、倉庫に向かう途中に頭の中で整理する。
「あっ!先に新しいネット出さなきゃ!」
は、普段使っているより奥の倉庫に急ぐ。
こちらの倉庫に入れられたネットは、滅多に使うことのないが、どうやらネットの網が何か所も切れてしまったらしく新調しようと思ったは、 新しいネットを取り出す為に奥の倉庫に入り、棚の一番上に置かれているネットが入ったかごを取ろうと手を伸ばす。
「よい…しょっと!ネットって意外と重いのよね」
しかしが重いかごを下に置き、そこからネットを一つだけ取り出そうとしゃがんだ瞬間、 かごで奥に押しやられていた古い金属バットが前にゆっくりと前進し、何本も上からなだれ落ちようとしていた。
どうやら、がかごを取ったことで空きの空間を作ってしまったようだ。
「やばっ!」
ガシャーン!!!
倉庫で大きな音が鳴り響くとともに、は意識を手放した。
「越前!」
「桃先輩!!」
気だるそうに図書委員の仕事をこなしていたリョーマだったが、のことを知らせてくれた堀尾達にカウンターでの仕事を押しつけて、 テニス部の部室へと来てみると、レギュラーの先輩達も心配そうな顔をして輪になりなにやら話し込んでいた。
焦った様に真っ青な表情をして部室の全体をきょろきょろと見渡すリョーマに対して、その様子を目にした先輩達が顔を見合わせて言いづらそうに口ごもる中、不二が口を開く。
「越前。ちゃんなら、保健室だよ」
「保健室って…」
「おい!越前!」
大石達の声など耳も貸さずにリョーマは再び走りだした。
「痛いじゃろ?」
「平気です」
「本当なら、何針もぬっとる所じゃぞ」
「私、こう見えても反射神経はいいんですよ」
バットが落ちてくるのに気がつくのが早かったは、ギリギリのところでうまく避けて金属バットからは回避できたものの…。
転がった金属バットで足をとられ、前のめりに体勢をくずし近くにあった野球ボールが入った木箱の角で前頭部をぶつけて血を流し、気を失ってしまった。
「まったく…心配かけよって」
「すいません」
落ちてきたバットで足をとられるなんてなんとも情けない話だ。 竜崎先生から頭に包帯を巻かれて治療を終えた瞬間、保健室の扉が勢いよく開いた。
「あ、リョーマ!」
「…はぁ」
「あれ?委員会は終わったの?」
頭に巻かれた包帯以外は、いつもの笑顔をリョーマにむける。 そんな様子のにリョーマは青ざめていた表情から深く安心したようなため息をついた後、 再び眉間に皺を寄せて、怒りの表情でに詰め寄る。
「怪我した癖に、なんでそんなヘラヘラ笑ってられるわけ?」
「ご、ごめん。でも大丈夫だよ」
「相手は怪我人じゃ。落ち着けリョーマ」
竜崎先生の言葉で、リョーマはため息をつき竜崎先生が差し出した椅子に座ったところで私はリョーマと竜崎先生にネットの新調をしに行こうとしたところからゆっくりと現状を話す。
「可笑しいのー。あそこのバットは袋に入れて固定されていたはずじゃが」
「固定?」
「ああ。おそらく誰かの不注意か古い紐が切れたんじゃろ」
「……」
竜崎先生の言葉で、はここ最近、毎日のように入り込んでいた物騒な内容がかかれた赤紙のことを思い出す。
「(いや、まさか…ないない!)」
いくらなんでもここまで手の込んだことをするなんてことは、ないだろう。 だからと言って予言なんてものを信じるなんて馬鹿げている上、そもそもこれは私の不注意だ。
「ま、無事でなによりじゃ。無茶はいかんぞ」
「はい…ありがとうございました」
保健室を出て行く竜崎先生に頭を下げた後、私は隣に座るリョーマにも頭を下げる。
「ごめんリョーマ!また心配かけちゃったんだよね?」
「…分かってるならいい」
ため息をついた後、辛そうな表情でリョーマは私の頭に手を触れる。
「痛い?」
「ちょっとね」
「ま、良かったね。石頭で」
「失礼ね」
やっぱり、リョーマはすごく優しい。もう絶対に心配をかけられない。かけたくない。 がそう胸にとめたのもつかの間…これは事件の始まりに過ぎなかった。
「!あぶない!」
「え?」
ガシャーン!
と話しながら階段を歩いていると、なぜか鉢植えが上から落下した。 すぐに気付いたがの手を引き寄せたため、鉢植えはの目の前で見事に粉々だ。 だけど、それはやはり偶然じゃなかったのだ。
「ひやっ!」
バシャーン!
「ごめんなさい!大丈夫ですか?!おかしいな。教室の中に置いてたはずなんだけど…」
下級生が掃除中の水が入ったバケツがなぜか教室の窓から落下。 下校しようとしていたは、見事に2階の教室から落ちてきたバケツの水を被るはめになった。
「…ただいまです」
「ちゃん!どうしたの?!」
今日はたまたま部活が休みだったため、はリョーマ達に見つかる前に急いで一人で帰宅をしたものの、 自身はもちろん、制服もびしょ濡れだった彼女の帰宅に倫子は驚きを隠せない。
「あはは、ちょっとドジっちゃいましたー」
「と、とにかく先に制服脱いで、はやくお風呂入って!」
「すいません」
浴室へと向かったは、制服を脱いだ後で浴室に入りすぐさま髪と体を洗い流して湯船につかる。
「……」
赤紙、金属バット、鉢植え、バケツ…
「(災難どころか、私じゃなきゃ死んでるわ!!)」
最初は、偶然かと思っていたがここまでくるともはや誰かが意図的ににしているとしか思えない。 バケツの子も鉢植えの持ち主も、自分達が置いていた場所と違うと証言をしている。
あの金属バットだってそうだ…いくら自分の不注意だったからと言え、そもそもネットがあそこまで切れること自体稀にあることじゃない。
「(預言者を偽る犯人…。ミステリー好きの私に事件で挑んでくるなんて相当いい度胸してるわね。むこうがそうくるなら私だって迎え撃ってやる…絶対に、これくらいでへこんでやるもんですか!)」
流石に頭にきたは、闘志に燃えていた。 玄関の方からリョーマの声がするとは、湯船からあがり急いで服を着るとドアを開けて走りだした。
「リョーマ!!」
「え…」
まだ髪も濡れたままの状態で浴室から出てきて勢いよく自分に抱きついてきたにリョーマは思わず目を大きく開く。
「ちょっ!なに?」
「まず、一つ聞いておきたいことがあるの」
に抱きつかれながらもリョーマは、の言葉に首をかしげる。
「私のこと、好き?」
「…は?」
「ちゃんと正直に答えて」
始めはなにかの冗談かと思いきや、真っ直ぐに自分をみるの視線と瞳からリョーマは真剣だと悟る。
「嫌いなら付き合ってない」
「本当に?後悔してない?今でも好き?」
「あのさ…さっきから何が言いたいわけ?」
「いいから答えて!」
「…好きだけど」
少しだけ頬を赤く染めたリョーマはから視線をそらして答えると、 は嬉しそうな笑顔でリョーマを見た。
「それが聞けたら、私はもう大丈夫」
「は?」
「ううん、なんでもない」
「…風邪ひくよ」
リョーマはが肩にかけていたタオルを手に取り、の頭にのせるとの髪をタオルでくしゃくしゃと乾かす。
「あはは!たまには誰かに乾かしてもらうのって気持ちいいね」
「さっきからなに訳わかんないこと言ってんのさ」
「女の子には、そう言う時もあるのよ」
「……」
タオルの隙間から笑顔を見せるをリョーマは目を細めて優しくみつめるも、どこか不安げな表情を見せた。
「、そこまでしなくても大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないでしょ!」
から話を聞き、 もうを一人にはできないと言い張ったは、教室以外ではかならず誰かと一緒に行動するようにに命令を下す。
「あいつには何にも言ってないんでしょ?」
「リョーマ?うん。だって関東大会の二回戦も近いから迷惑かけたくないし」
「だったら私が…って、なんで?」
「へ?」
が指差した方向をみるとドアの近くでなにやらクラスの女子の人だかりが出来ている。
「きゃー!」
「かわいいー!」
「こんな後輩いいなぁ!!」
そんなクラスメイトの言葉では、まさか…と思い、鞄にしまおうとしていた教科書を机に置き、 椅子から立ち上がるとその集団をかき分けながらその中心にいる人物へと向かう。
勿論、そこには予想通りの人物がと目の前に立っていた。
「あ…やっときた」
「リョーマ!」
「いくよ」
リョーマはの手を掴む。
「ちょっと!行くってどこに?!」
「部活に決まってんじゃん」
「…は?」
は一体なにがどうなってるんだと呆気にとられつつも、リョーマに手を引かれた。
「…ってなことが最近ずっとなんだけど、どう思う?!桃!」
「なんだよ、惚れ気か?」
「そうじゃなくて!今までこんなこと一度だってされたことないし、それに、どうもリョーマらしくないというか…・」
部活に行く時だけじゃない。
あの寝坊助で機嫌の悪いはずのリョーマが朝から二年生の教室まで送ってくれるわ、部活がない日の帰りでも教室の前で待ってるわ…。
これは、異常だ…天変地異だ、とは桃城に語る。
「まぁ、確かに越前らしくはねーよな」
「でしょう!あんなあからさまに優しいのリョーマじゃない!」
「そうか?お前には優しいだろ?」
「優しいけど…それはなんか、違う感じがするの」
「違うって、例えば?」
「言葉では言えなくて…どうも、こう、ほら!分かるでしょ!」
「いや、わかんねーよ!でも、優しいならいいんじゃねぇか?」
「うーん…そうかなぁ」
確かにおかげで一人でいることが殆ど無くなったからか、相変わらずの赤い紙以外の被害は無くなった。
しかし、どうもには相当リョーマに無理をさせているように感じていた…。 なぜならリョーマの優しさはいつも目には見えない優しさなのだ。こんなあからさまに周囲に見せつけるように優しいのは、彼らしいとは到底いえない。
「やっぱり変だ…」
うんうん。と自分にいい聞かせるかのようには、考えながら一人で部室からコートへと歩いているとどこかから声が聞こえてくる。
「もう許せない…」
「へ?」
木の陰から出てきた見知らぬ一年生の女の子はに怒ったような表情をむけている。
「越前君と別れて!」
「やだ!」
出てきた彼女に驚いたものの、が反射的に即答すると今度は彼女が驚いた表情で身構える。
「どうして?どうしてあそこまでされてそんなに平然としてられるの?怖くなかったの?!」
彼女のその言葉で、今まで予言者を偽っていた犯人が彼女だとは瞬時に悟る。
「へこたれないって決めてるから」
自分を好きで居てくれる人がいる以上、その人の為に何があっても負けないって誓った。
「それに私は元から予言とか非科学的なものは信じない性格だから、ごめんね」
冗談を言うようにが軽く笑ってそう言うと、彼女は悔しそうに下唇を噛んだ後、ゆっくりと口を開く。
「私、いつも見てたの。マネージャーのあなたが羨ましかった」
「…うん」
は黙って彼女の言葉に頷く。
言葉と言葉を紡ぐ一つ一つから彼女の大好きだという気持ちが伝わってくる。 なにも変わらないって分かっていた…だけど、むしゃくしゃした思いをにぶつけずにいられなかったのだと語る。
「お願いします…越前君と別れて、桃城先輩と付き合ってあげて!!」
「うん…って、はぁ?!」
あまりにも突然で、思いもしなかった彼女の願いに私は呆気にとられた。
「桃城先輩は、先輩が好きなんです!あんな切なそうな桃先輩、私もう見てられません!」
「あなたは、なにか勘違いしてるんじゃない?!」
「そんなことない!私、ずっと見てたんです!どうしてですか?どうして越前君なんですか?!」
「いや、どうしてって言われても…」
「桃城先輩は先輩を傍で支えくれてたじゃないですか!さっきだって!あんなの桃城先輩が可哀想ですよ!」
どうやら、この子が好きなのはリョーマじゃなくて、桃らしいが、あまりにも予想外すぎて流石に私も頭がついていかない。
今までの出来事からして自分のことが気に食わないんだろうとは思っていたが…まさか、狙いが自分と桃の関係だったとは思いもしなかった。
「それにあんなにお似合いなのに…!駄目ですか?先輩」
「いや、だから…」
「駄目に決まってんじゃん」
背後からの聞きなれたアルト声に思わずビクッ!と肩を揺らした後では後ろを振り向く。
「リョ、リョーマ?!」
「さっきから聞いてれば、勝手なことばっか言ってくれるよね」
「越前君…お願い…」
一年の彼女は泣きそうな表情でリョーマと私を見る。
「自分の夢を人に押しつけるなんて可笑しいんじゃない?」
「そ、そうだよ!あなたそんなに桃のこと見てるんだもん!気付いてくれるよ!」
「無理です!私は…先輩と違うから」
「そんなことないよ!私なんか、リョーマからまともに口も聞いてもらえなかったよ!」
「えっ…」
「今はこうでも、初めて会った頃なんか目も合わせてくれないし、何考えてるかなんて全く分かんないからもう最悪!」
「悪かったね」
がリョーマを指さしながら言うとリョーマはぶすっとした不機嫌そうな表情をする。
「ね?昔の私より今の貴女の方がよっぽど可能性高いでしょ?」
彼女は涙を溜めたをごしごしと拭い、背筋を伸ばしての前に立つと先ほどの彼女よりどこか自信に満ちた表情で達を見る。
「一つだけ聞かせてください」
「うん?」
「今の先輩は、越前君が好きですか?」
思わぬ質問にだけでなく隣に居るリョーマも驚き目を大きく見開くも、のちにはにっこりとした笑顔を向けてはっきりと答える。
「他の誰よりも一番愛してる自信があるよ」
「…あはは、そこまで言われたら予言者も諦めるしかないですね」
「そうでしょ?」
「はい。すいませんでした…。私も頑張ってみます」
「うん」
お辞儀をして去る彼女を見送り、が深い安堵の息を吐くとリョーマはそんなを口角を釣り上げて見る。
「相変わらず、男がいう台詞をさらりと言ってくれるよね」
「いつもリョーマが言ってくれないから、私が代わりに言うの」
「俺があんな台詞言うわけないじゃん」
一体どこからあんな恥ずかし気もない台詞が出てくるんだか…とリョーマは深いため息をつく。
「でも、どっちかがちゃんと言わないと今、相手をどう思ってるかなんて伝わらないでしょ」
言葉にしなきゃ伝わらない。それがの考えだ。
付き合っても付き合う前も当たり前だが、やっぱりは。
率直で頑張り屋で人思いのだから好きになれた。
リョーマが小さく笑うとは拗ねたように唇を尖らせる。
「なに?なにか可笑しい?」
「…いや、別に。らしいよね」
「そう?」
「でも、一つ間違い」
リョーマは右手の人さし指を一本だけたてての前に出す。
「言葉だけじゃなくて態度でも表せると思わない?」
「…へ」
隣に立って自分の方を見るの右手を引っ張るとリョーマは、 少しだけ下に足のバランスを崩したに顔を近づけると二人の距離を一気に縮めての唇に自分の唇を重ねる。
「他の誰よりも一番愛してる…だっけ?」
リョーマはから唇を離すと、ペロリと舌を出して悪戯に微笑む。
「ば、バカバカバカ!ここどこだと思ってんの?!」
「校舎裏」
「そうじゃない!」
は顔を真っ赤にさせてリョーマの方を睨みつける。
「…散々、人に心配かけた罰」
「え?」
「正直、俺としてはこんなんじゃまだまだ足りないんだよね」
「なにを…」
「朝学校行って部活。おまけに学校から家に帰って寝るまで。絶対一人にしなかったつもりだけど?」
「あ…」
やっぱりリョーマは気付いていたのだ。 この数日間の様子が可笑しかったことも、おそらく何が起こっていたのかも分かっていたのだろう。
「い、いつから気付いてたの?」
「、分かりやす過ぎ」
「そ、そんなことないと思うんだけど…」
「…なーんてね。本当は向こうから俺に名乗り出て来たんだよね」
「は?!」
「越前君!」
「…だれ?」
「同じクラスメートでしょ!」
「ふーん。で、何の用?」
「…一つ忠告があるの」
同じクラスメートだと語る女の子に今から言うことは、忠告だと言われた。
「噂が本当で、先輩と付き合ってるなら今すぐに別れて頂戴。じゃないと、大変なことが起こるから」
「は?」
「今すぐよ!じゃあね」
言われたのは、それだけだった。 この時はもちろんそんな言葉を信じてはいなかったし、なにかが起こるとしてもリョーマ自身にふりかかるものだと思っていたからだ。
だけど、が怪我をしてから暫く経ったあの時…。
――「私のこと、好き?」
――「本当に?後悔してない?」
前から様子が可笑しいとは思っていたが、消えそうな声でどこかゆれる瞳でいうを見て思惑はリョーマの中で確信に変わったのだった。
「当分あの煩い教室には行きたくないね」
「あ。やっぱり無理してたんだ」
は口元に手を当ててクスクスと小さく笑う。
「見せしめにもなったし、もう充分」
「見せしめ?」
私が首をかしげるとリョーマは何も言わずに悪戯に微笑むとスタスタと歩き出す。
「ちょっ!ちょっとー!」
後ろからが叫ぶ声とリョーマの元へ駆け寄る足音がした。
「(…ま、いつまで効果があるかは謎だけどね)」
一年であるリョーマが二年の階にいるだけで浴びる注目と視線。
それが朝、昼、夕方…全部だとすればたった1日でも相当たくさんの人の目に触れることになる。
その上、自分と噂になっている一人の女の子を教室まで送り迎えしていたのだとすれば?
効果はさらに上昇するだろう。誰のものなのかということを見せしめることができるとリョーマは考えていた。
「リョーマ!」
「(って変なとこで鈍いよね…)」
しかし自ら注目を浴びに行くという慣れないことをするものじゃない。試合の時以上に気力を使い果たした気分だ。 リョーマもこんなことは流石にもう勘弁だと悟る。
「おーい!お前らなにしてんだよ!早く帰ろうぜー!」
「あ!桃ー!」
部活が終わり、コート整備に使っていたほうきを片づけに行ってからなかなか戻ってこないを心配して、 未だジャージをきて部室の前に立っている桃城に向かっては走りだし桃城の腕に自分の腕を絡めるとはにやりと笑う。
「桃。私、きっとすぐ近くにいい人がいると思うの!」
「なんかの占いか?おい!越前!」
「でも駄目っスよ、桃先輩。人の物には手を出しちゃ」
「はぁああ?!お前までなんだよ!!」
「「ぷっ…」」
リョーマとは、顔を見合わせるとこみ上げてくる笑いを抑えきれずに噴き出す。
「あははは!もう駄目!可笑しいー!」
「ま、俺はなんでもいいけどね」
「絶対ないない!あの子の勘違いだよ!」
「だから…なんの話だっつーの!」
そんな桃城の怒りのなか、はお腹を抱えて笑った。 これで予言者を偽った赤紙事件は、幕を閉じたのだった。
「リョーマ!これ見よ!これ!」
は、リョーマの部屋に入ってくるなり、レンタルビデオで借りてきたDVDを両手に持ってパッケージを見せる。
「…あんな事あった後でよく"ジャック・ザ・リッパー"の洋画なんか見れるよね」
「何言ってんの!だからこそ、このスリル感の余韻を持ったまま見るのが楽しみなんじゃない!」
「はぁ…」
「ほらほら!デッキの電源入れて!一緒に見ようよ!」
どうやら何があろうとの推理物好きの性格は、健在らしい…。
「本当、好きだよね」
リョーマは諦めたように部屋のDVDデッキの電源を入れる。
「うん。前は本を読む方が好きで映画はたまにしか見なかったんだけど」
「今は違うわけ?」
の方を見ずに、リョーマはから受け取ったディスクをデッキに入れる。
「リョーマと一緒にこうやって見る方が好きになっちゃった」
後ろからその言葉が聞こえた瞬間、一瞬リョーマの手が止まるもきちんとデッキにディスクをセットし終えると、 振り返ってカルピンを足に抱えて座り込んでいるの方を見る。
「それって、俺の機嫌取り?」
「まさか!リョーマの機嫌取りなら、遠回りしてバレないようにやるもの」
「まぁ、の性格ならそうだろうね」
リョーマがの隣に腰を下ろすと、はリョーマの右手に腕を絡めて寄り添う。
「今回はありがとう、リョーマ」
「…再生するよ」
「うん!」
照れ隠しでから視線をそらし、頬を少しだけ赤く染めながらそういうリョーマ。
いつの間にか好きになっていたのは、こっちの方…気付いたら、ハマって抜け出せなくなった。
今では、手放したくないと独占したいとさえ思うようになった。
「(本当いつまでも困ったもんだよね…)」
と出会った後から気付き始めたこの感情。 消えるどころか寧ろ、時間が経つ度に徐々に大きくなっていくのだから性質が悪いとリョーマは思うのだった。