48話 夜空に願いを
「あいつ、最近変じゃねぇか?」
堀尾はボール拾いをしながら、レギュラーの先輩達と対等に打ち合うリョーマを凝視する。
「変って…リョーマ君?」
カチローは堀尾の視線の先を目で確認してそう尋ねる。
「あいつ、ここ二日くらいすっげー調子悪かったよな?」
「そう?悪いって言っても、連続でアウトエリアにボールがいってたくらいじゃん」
「まぁ、そうなんだけどさ…その割に今日はやけに調子良くねぇか?」
「僕には、いつものリョーマ君に見えるけど?」
そういうカツオに前のめりで否定するように堀尾は言い張る。
「いいや!絶対なんかあったぜ!これは!」
「堀尾君の考え過ぎだよ」
そう言いつつも、カチローはボールを軽快に打ち返すリョーマを少しだけ心配そうな表情で見つめた。
「今日はずいぶん調子が良さそうだね。越前」
「…不二先輩」
ドリンクを飲み、水分を補充しているとにっこりと笑う不二が声を掛ける。
「昨日までは調子が悪そうだったけど?」
「別に、大したこと無いっスよ」
「そうだね…。後二日もすれば、帰ってくるもんね」
「っ!げほっ!」
不二の全て見透かしたかのような言葉にリョーマは、思わずドリンクを喉に詰まらせる。
「あはは。本当、分かりやすいね越前達は」
「不二先輩…性格悪いっスよ」
「ごめんごめん。それで、ちゃんはなんて言ってたの?」
「……」
全てを見透かされたような不二の視線と言葉にリョーマは、深いため息をついた。
「ご、ごめん、金太郎君…。私、もう、駄目!」
「えー!つまらんー!」
私がラケットを置いてコートに倒れこむと白石さんがタオルと買ってきた缶ジュースを渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「金ちゃんのボール打ち返した時は、吃驚したで」
「あはは…何度もラケット弾かれちゃいましたけどね」
まぁ、打ち返したとは言っても金太郎君なりにかなり手加減してくれていたんだろうけど、流石にもう限界だ。
リョーマ達の練習相手をする以上に、金太郎君と打ち合うのはハードだ。
「ー!もう疲れたんか?」
「うん。ちょっと限界、かな」
そういうと金太郎君は少しだけ寂しそうな顔をみせると、座り込んでいる私と視線を合わせる。
「…また大阪に会いに来てくれるん?」
「へ?う、うん。そりゃあ、来れるなら…」
「ほな、またテニスしよな!」
「あ…うん!」
「よっしゃ!その時は特別に、わいのごっつい必殺技も教えたるで!」
「あはは、ありがとう。でもそれ、私に出来るのかな?」
なんて言いつつも私は、満面の笑みの金太郎君と指切りをして約束をかわす。
そんな私達の様子を見ていた白石さんが座り込んでいる私に近づき、私の手を取る。
「、そろそろ時間やろ。送って行ったるわ」
「え?でも…」
って、あれ?私、白石さんに呼び捨てにされてたっけ?まぁ…別になんでもいいか。
なんて思っていると白石さんは、その間にもコート外の脇に置いていた自転車を出して後部座席に手を置く。
「後ろ乗り」
「わ、悪いですよ!そんなの!」
「ええから。謙也、送ったらまた戻るから…」
「ああ。俺らは先に戻って、片づけしてるわ」
「ご、ごめんなさい!ありがとうござます!」
思わず私が頭を下げると、小春さんが優しく私の頭に手を置いて言う。
「ちゃんが気にすることとちゃうで」
「そうそう」
「謝るんは、金ちゃんや」
再び始まったコントのような会話に、私が笑うと皆、顔を見合わせてさらに会話のテンポが早くなった。
「騒がしかったやろ?」
「いえ。楽しかったです」
「そういえば、確か合宿所は…」
「あ、このまま真っ直ぐです」
「よっしゃ!任しとき!」
そう言うと白石さんは、さらに自転車のスピードを上げて走る。
「わっ!」
驚いた私は、落ちない様に白石さんの腰に回していた手に力を入れて抱きついた。
「お、ここやな。。着いたで」
「ありがとうございます!」
私は、白石さんの自転車から腰を上げてそっと降りて、直ぐに頭を下げる。
「わざわざ送っていただいて、すいませんでした」
「ええて。俺らの方こそ、金ちゃんが迷惑かけてしもたからなぁ」
「いえ!そんなことは…」
「金ちゃん、楽しそうやったわ。おおきにな」
そう言って白石さんは、私の頭に手を置いて撫でる。
出会ったばかりだが、やっぱり白石さんは優しい。金太郎君とのやりとりを見ているせいか面倒見がいいお兄さんのようだ。 と私がそんな事を思いながらクスリと笑うと、白石さんが冗談めかしたように「なに笑ってんねん、自分」と言いながら、軽く私の頭を小突く。
「あ。そういえばは、いつ東京に戻んねん」
「日曜日の朝には」
「そうか…。もしかしたら、日曜の朝は間に合わんかもしれへんなぁ」
「え?」
「しゃーない。」
「白石さん?」
「ちゃんと見送りに行けたら一番ええんやけど…」
「そ、そんな!いいですよ!本当にありがとうございました」
「…ほな、な」
「はい。とっても楽しかったです」
「!もう携帯落としたらアカンで」
「ぜ、全力で気をつけます…」
自転車にまたがり帰っていく白石さんの背中を見送っていると、 背後から気配を感じて、振り返ると女子テニス部の女の子達数名に勢いよく詰め寄られる。
「!今の格好いい人だれー!?」
「ずるーい!」
「関西弁だったよね!」
「っていうことは、地元の人?!」
「そ、そうなんじゃない、かなぁ…」
「なによーそれ!あの人の連絡先とか教えてよー!」
「そんなの聞いてないよ!」
「の知り合いじゃないの?!」
「落とし物を届けてくれただけだから」
色々、話すと長くなりそうだと感じた私は、端的に話をする。
「馬鹿!電話番号くらい聞いときなさいよ!勿体ない!」
「そんなこと言われても…」
「は大好きなリョーマ君がいるから無理だよねー」
「っ!」
「じゃあ、が関西弁のイケメンと浮気してたって越前君に言ってあげないと」
「し、してないよ!!」
「あはは!冗談、冗談!」
「が浮気なんて器用な真似出来ないことくらい皆分かってるって」
「そうそう」
「それ、褒めてんの?!」
すっかりリョーマとの関係がクラスの皆にも露見してしまい、からかってくる皆を振り払うように私は自分の部屋に戻る。
「おつかれ」
「見てたんなら助けてよ……」
「自業自得でしょ」
「はぁ…」
体力も精神も疲れ切った私は、部屋に入り倒れ込む。
するとその直後に、先ほど返して貰いに行ってきた私の携帯が振動してゆっくりと体を起き上がらせ、携帯を開く。
「あっ!」
携帯をひらいて表示された名前を見ると、私は携帯を持ちベランダの方に向かう。
「あいつからでしょ」
「えへへ」
の悟ったような言葉に照れくさくなりつつも、私は部屋を出た。
「もしもし!リョーマ!」
『慌て過ぎ』
「リョーマが私に電話くれたんだもん。そりゃ、慌てるよ」
『…だったら』
「リョーマ?」
『早く帰ってきなよ。』
「…帰ったら抱きしめてくれる?」
私が悪戯っぽい口調でそう言うと、暫くしてリョーマから得意げな言葉を返される。
『バッカじゃないの』
「えー!」
『それだけで済むわけないじゃん』
「へっ?!」
『覚悟しといた方がいいと思うけど?』
「そ、そうさせて貰います」
自然とこぼれる笑みと笑い声が響いた。夜空に浮かぶ星の下で、君を想ったんだ。
「おやすみ、」
リョーマはそっと携帯を閉じて机の上に置く。との通話が終わると、部屋が一気に静まり返る。
「……」
声が聞こえない時には、声を聞けるだけでいいと思っていた。だけど、こうして再び愛しい人の声を聞くと欲望が増す。
声だけじゃ足りない
会いたい
そして力強く抱きしめてやりたい
リョーマの中で欲望がさらに増幅するとともに、静寂も増していく。
そんな自分の欲望に思わず頭を抱えてリョーマは深くため息を吐いた後、そっとカルピンを抱きかかえた。
「、いっぱい買ったね」
今日はいよいよ私達が大阪に居られる最終日。
だから今日の予定は皆、自由に行動できることになっている為、私はと街に出て買物に来ていた。
「そういうはお土産買わなくていいの?」
「テニス部の皆と倫子さんと南次郎さんと菜々子さん。後、うちのお父さんとお母さんの分も、この前空いた時間に買ったんだけど…」
「けど?」
「まだリョーマの分を買ってない」
「別にいちいち気にするタイプじゃないでしょ」
「そういう問題じゃないよ」
「じゃあ、これとかどう?」
「どれ?」
は、目の前にあった商品棚の中に並ぶ商品を一つ手に取り私に見せる。
「可愛くない?たこ焼きのキーホルダー」
「…、選ぶ気ないでしょ」
「そんなことないって!ほら、もうこれにして買ってきなよ!」
「あのねー!」
強制的に私にその商品をおしつけてレジに行かそうとする。
二人の相性がいまいちなのは、相変わらずのようだ…。
「いいよ、もう。本人に聞くから」
私は、鞄から携帯を出してピッピッとボタンを押すと携帯を耳に当てる。
「え?今日あいつ部活は?」
「今日は土曜だから、この時間ならまだお昼休憩」
「(流石、男子テニス部マネージャー。…よく時間把握してるわ…)」
案の定、すぐに通話が繋がった。
「あ。もしもし、リョーマ?」
『ん、どうかした?』
「ごめん!もしかしてまだご飯食べてた?」
『大丈夫…それより何?』
「あのね、お土産なにがいい?」
『…別にいらない』
「じゃあ質問を変えるね」
最初に、リョーマから返ってくる答えが予想していたようには、変わらないトーンで淡々と質問を投げかける。
「お茶碗とタオルとたこ焼きのキーホルダーどれがいい?」
「『…は?』」
隣で私の会話を聞いていたからも、電話越しのリョーマと同様の声が聞こえてきた。
「そう、ありがとう。部活頑張ってね」
暫くリョーマと話して、私は電話を切って携帯をポケットにしまう。
「、なんなの?さっきの質問」
「へ?いや、どれがいいかなぁって悩んでたから本人に聞いただけよ」
は、目をパチクリさせて私の方を見る。
「たこ焼きのキーホルダーはともかく…なんでお土産の選択肢が、お茶碗とタオルなの?」
「さっきのお店でいいお茶碗が安く売ってたんだけど、ここのタオルも使いやすそうだなぁって悩んでたのよ。どっちも時期的に替え時だとって思ってたから」
「さっきのお店にお茶碗買いに行こう」と言って私が今居るお店を出ると、は深く息を吐いた。
「(どうも発想がズレてる気がしなくもないけど…ま、そういうのもらしいか…)」
「!さっきのお店、ついて来てくれる?」
「はいはい」
呆れたようにそう言いつつも、私について来てくれるに「ありがとう」と笑顔を返した。
「おう!越前!、なんだって?」
桃城は、戻ってきたリョーマに声を掛ける。
「…お茶碗とタオルとたこ焼きのキーホルダーどれがいいかって話」
「は?なんだそりゃ」
「さぁ」
「でもまぁ、明日帰ってくるわけだしな」
その言葉で、リョーマは表情を崩さないもののピクリと小さく肩が反応したのが桃城にははっきと分かった。
「やっぱが居ないと調子でねぇよなぁ、越前」
桃城はリョーマの肩を抱き、ニヤついた表情でリョーマを見る。
「そうっスね」
「……」
「なんスか?桃先輩」
「い、いや、別になんでもねぇよ」
確実に桃城はリョーマが否定するか、とぼけるかするであろう思っていたが…。
珍しく素直にそう言ったリョーマに桃城は目をぱちくりとさせる。
「(こりゃあ、進歩か相当参ってるかのどっちかだな…)」
いや、両方か? とも思うが、どちらにしてもやはりが居なくてはどこか寂しく感じてしまう日常から、 には早く帰ってきて貰いたいものだと桃城は思った。