14話 好きの種類


「はい。出来た」
「サンキュー!!」
「悠君が怪我なんて珍しいね」
「キャッチの時思いっきり飛んだら、下に石あってさ。小せぇんだけど、またそれが尖ってんの。ついてねぇよな」
「気を付けてよー」

意地悪トス取りの練習をしていて、ボールをキャッチする時に地面の石で腕をかすったらしい。 救急箱の中に絆創膏を仕舞いながら私が悠君にそう言うと悠君がニカッと笑う。

が見てるなら格好悪ぃことできねぇもんな」
「うん…んん?」

悠君の笑顔に流されて思わずうなずいてしまった。 私があとから首をかしげるように悠君を見ると、そんな私に目を輝かせて「かわいい!もっかいやって!」という悠君。

「首こくん!かわいい!」
「か、可愛くないよ!悠君、優しいからいつも褒めてくれるけど…」
「えー!俺、本気で思ってるよ。が可愛いって」
「あ…。あ、りが、とう…」

こつんと私に額をつけてそう言ってくれる悠君からの直球の言葉に思わず照れて目線をそらしてしまう。 スキンシップが多いのは慣れたけど、こっちは慣れそうにないかなぁ…。

「田島ー!そろそろ順番回ってくるけど大丈夫ー?」
「今行く!」

西広君の声に反応してそう返すと、悠君は再び私の方を見て笑顔を向ける。

「バッティング練習、俺の番なんだ!」
「うん!頑張ってね」
「俺のこと見ててくれる?」
「え?いつも見てるよ」
「ま、まじで?!」
「うん。だって悠君の元気な声、作業してても聞こえるから。千代ちゃんとも、よく元気だねーって話してるよ」
「っ!くー…!めちゃくちゃやる気でる!!」

「よっしゃー!じゃあ、今日も見てて!」と言うと、西広君が待つ方に悠君が走って行ってしまった。
やっぱり今日も元気だなぁ…。と思いながら手を振り返す。 救急箱を戻して、私も作業に戻ろうとしていると後ろから右手が伸びてくる。 そして、そのまま誰かの右腕が私の首に周ったと認識した瞬間、強く首を絞められた。

「うぇ?!ぐ、ぐるじい…っ!」

声が聞こえなくても分かる。こんなことをしてくるのは一人しかいないから…。
パシパシと私の首に回っている腕を手で叩くと、パッと腕の中から解放される。
解放された私は、けほけほ!と咳き込みながらも、息を整える。

「こ、孝ちゃん…!急に、なに?!」

不機嫌そうに眉を寄せ、仁王立ちでこちらを睨んでいる孝ちゃんが私の頭を鷲掴み、耳元に顔を近づける。

「あんま妬かせんじゃねーよ」

孝ちゃんのいつもより低いトーンの声に、ビクッ!と私の肩が大きく揺れる。

「え…っと…。は、話してたの、悠君なんだけど…」
「だから余計嫌なんだよ。バーカ」
「え?クラスでいつも話してるのに?部活だと嫌なの?」
「そういう問題じゃなくて…って俺、こんな事しに来たんじゃねーや」

そういうと孝ちゃんは、水分を補給した後、帽子を取りタオルで汗を拭う。再び帽子を被り直すとグローブを手にしてグラウンドの方に足を向ける。

「お前、帰り覚えてろよ。ただじゃ帰さねぇからな」
「えっ」

ぞくりとした背筋。頭をよぎった先ほどの拘束。
思わず、自分の首元を手で隠すように押さえ、グラウンドへと走っていく孝ちゃんの背中を見つめた。


「おい、こら。目逸らしてんじゃねーよ。こっち見ろ」
「だ、だって…怖いよ、孝ちゃん」

私は孝ちゃんに両手首を掴まれ、拘束される。
家はもう目の前だというのに…。

「こっちも余裕ねぇんだよ。つーかお前、俺が好きだって言ったの忘れてんじゃねぇのか?」
「わ、忘れてない!忘れてない!」
「…なら、いいけど」

孝ちゃんは疑わしそうな目を向けるも私が首を振ってそう言うと、そっと私の両手から手を離した。

「別にお前に俺の気持ち押し付けたい訳じゃねぇからな」
「う、うん」
「でも、たまにすげぇ焦るんだよ。お前が俺以外の男好きになるんじゃねぇかってさ」
「孝ちゃん…」

少し頬を赤く染めながらも、眉間に皺を寄せて辛そうにそういう孝ちゃんに正直、驚いた…。 そんな風に思ってたなんて私は全然知らなかったから。
孝ちゃんがこんな表情するのも初めて見た。 幼馴染なのに、分かってなかったことばかりの自分が悔しい…。

「ご、ごめん…!孝ちゃん!私、幼馴染なのに…全然孝ちゃんのこと…」
「ストップ。落ち着け」
「んっ!」

ペチンと孝ちゃんの指で額と叩かれる。
「い、痛い…」と言って額を手で押さえる私に孝ちゃんが息を吐く。

「お前は悪くねぇよ。俺がを好きだって分かってるならそれでいいって」
「でも私がはっきりしないから孝ちゃん…」
「まぁ、そうだけど」
「うっ…ごめん…」
「嘘だっつーの。いくらでも待ってやるよ」
「孝ちゃん…好き…好きだよ…」
「今それ言うな。勘違いしそうになる」
「ごめん!でも私、孝ちゃんのこと昔から大好き。だけど、もう少しだけ、待って…。孝ちゃんのこと男の子として意識し出したの最近だから、まだよく自分でも分かんなくて!」
「っー!お前、まじで人が理性抑えてんのを外そうとしてくるよなぁ…」
「孝ちゃ…!」

孝ちゃんの右手が私の後頭部に回る。孝ちゃんに引き寄せられるように、私もニ、三歩足を前に出す。
そのまま私が孝ちゃんに飛びつくように孝ちゃんの首に手を回すと、 一瞬後ろに体を逸らして驚いたような表情を見せるも孝ちゃんが左手で私の腰を支えてくれた。

「あ、あぶねぇっつーの!」
「ご、ごめん」
「ったく…。お前から抱きついてきたんだからな。勝手に良いように捉えるぞ。俺は」
「うん。私もそのつもりだから良いよ」
「そのつもりって…。流れみたいにしたくねぇんだけど?」
「えっと…じゃあ、今だけ…流されてみるっていうのは有り…なのかな」
「おー、言ったな。まじでどうなっても知らねぇぞ」

私がこくんと頷くと、孝ちゃんの左手の力が強くなり、私はさらに孝ちゃんの方へと体が引き寄せられる。
孝ちゃんの右手の指が後頭部を撫でた後で、私の頬に触れる。
体の熱が頬に集まり出し、近づく距離と共に心臓が煩く高鳴る。
ゆっくりと私が孝ちゃんの首に回していた手の力を抜くと、孝ちゃんもそっと私の腰を抱いていた左手から力を抜く。
そして行き場を失った私の右手を孝ちゃんの左手によって握りしめられた。

「こ、孝ちゃん…」
「…やっぱもう一回言っとく」
「え…」
が好きだ」

私が言葉を返そうとしたその瞬間、孝ちゃんとの距離がゼロになる。
触れ合った唇が熱い。だけどそれはほんの一瞬の出来事で、 熱を感じたままの私が孝ちゃんの方を見ると、孝ちゃんの頬も赤く染まっていた。
今度は孝ちゃんの右手が私の唇に触れる。優しい手でそっと私の唇を軽く押さえて開かせると、私の手を握っている方の孝ちゃんの手が強くなり再び唇が触れ合う。

「ん…」

先程とは違う長いキス。触れただけの口付けから、軽く開かれた私の口内に孝ちゃんの舌が徐々に混ざり合う。
どんどん深くなりだすごとに厭らしい音が鳴り始める。
途絶えそうになる意識の中で小さく、「孝ちゃん…」と私が名前を呼んだその瞬間、 ピクッと孝ちゃんの肩が揺れたと思うと、慌てて私から退くように手を離した。

「こ、孝ちゃん?」
「…悪い」
「え?う、ううん。だって、さっきのは私が仕掛けたから…」
「いや、そういうことじゃなくてさ」
「?」
「…分かってねぇならいいや」

深く息を吐くと孝ちゃんは、私の右手に指を絡める。

「まだ帰したくねぇな」
「っ…!」

孝ちゃんの言葉に反応するように私の肩が揺れると、可笑しそうに孝ちゃんが笑う。

「俺、お前になら騙されててもいいや」
「…私、そんな駆け引きできないよ」
「知ってるっつーの。そう思えるくらい、お前が可愛いって話だよ」
「え。ど、どうしたの?孝ちゃん…」
「なんだよ。好きな女褒めてもいいだろうが」
「だ、だ、って…孝ちゃんらしくない、から…むしろ…」
「…田島っぽいってか?」
「あ…うん」

言おうと思ったら先に言われてしまった名前に頷くと、孝ちゃんは少しむっとした表情を見せる。

「あんま舐めたこと言うと、お前の了承得る前にまたその口塞ぐぞ」
「や…だ、だって!」
「だってもくそもねぇよ。この状況で他の男の名前出すとかどんだけ煽る気だよ、お前は」
「ごめんなさい!なにも考えて無かったです!」
「だろうな」

呆れたようにそういう孝ちゃんが私の手を引き、抱きしめる。

「いくらでもお前に振り回されてやるよ。だから他の野郎のことなんか考えんじゃねーぞ」
「う、ん…」
「おし。じゃあ、寄ってけよ」
「え?」
「おばさん、まだだろ。うちで飯食って帰れよ」
「いいの?!」
「おう(相変わらず甘ぇな…俺も…)」

孝ちゃんの腕に抱きつくと、「懐くんじゃねーよ」といつものように返される。
だけどパチリと目が合うと、互いに思わず目を逸らしてしまう。
どうしよう…なにか分かるかと思ったけど…余計、分からなくなりそうだ。