15話 三橋の誕生日


「孝ちゃん!おはよう!」
「おう…。どうした。やけに機嫌いいな」
「え。そりゃそうだよ!だって今日はレン君の…」
「ちょっと待て。こら。昨日のこと忘れてねぇだろうな?」
「昨日…」

俺がそう言うと顔を赤く染めあげるに、息を吐く。 思い出される昨日の唇の温もりに言った俺自身も体が熱くなる。

「返事は待ってやるけど、何も無かったことにはしてやんねぇぞ」
「うっ…。孝ちゃんの顔見れなくなっちゃうから、別のこと考えてたのに…なんで掘り返すの?」
「避けられんのも腹立つけど、けろっとされるとそれはそれで腹立つんだよ」
「孝ちゃん、わがまま!」
「うっせー!」

いつものように他愛もない会話が永遠と続く。 学校に着き、裏グラへと足を進めているとふとあることが頭によぎる。

「そういえば、今朝三橋がどうとか言ってなかったか?」
「え?あ、うん。そうだよ。今日レン君の…」
「泉、、おはよう」
「あ。志賀先生」
、朝から悪いんだけどさ…」
「はい」

偶然会った志賀がに用があったらしく、 職員室で手伝ってほしいという会話が聞こえてくる。

「(三橋のこと聞きそびれちまったけど…ま、いいか)」

さぁ、今日は練習試合だ。とは逆の方向に向かって足を進めた。


「三橋君の家で勉強会?!私も行く!」

いつものように部活を終えると思っていたが、嫌なことに中間テストが近いという連絡。 しかも赤点だと試合には出してもらえないということで…全員で三橋の家で勉強会が開催されることになった。 篠岡は家が遠いから難しいだろうけど、なら俺が行くなら来るだろうとは皆、予想はしていたが…。

「やけに乗り気だな」
「チャンス到来だから!」
「は?」

妙になにかを意気込んでいるを連れて三橋の家へとやってきた。

は勉強できんだろ?」

三橋の部屋に入るなり、花井は確認するように尋ねる。

「え?なんで?普通だよ」
「泉が言ってた。馬鹿みたいに真面目だから昔からそんな点数悪くねぇって」
「馬鹿みたいに真面目って…花井君、私それ褒められてる気しないんだけど」
「褒めてんだろ。泉なりに」

花井とそんな話をしていると目が合うとをからかうように俺はべッと舌を出した。

「となるとやっぱ問題は、あいつらだな」

部屋で走り回る田島と三橋に花井が目線をやる。

「なんで時間割揃えてる形跡がねぇの?」
「だってこいつら教室の机、満杯だもん」

俺がそう言うと花井は頭を抱えるように田島と三橋を見た後、二人の首根っこを掴んだ。

「お前らは西広に見てもらうんだ」

花井の掛け声で勉強を始める体制が整った俺たちだったが、下から「レ~ン」と呼ぶ声が聞こえてきた。

「お、親が帰ってきた!」
「あ。まずい?」
「大丈夫!言ってある!皆やってて」

と言って部屋を出る三橋を見送ると、田島がの手を掴む。

「俺らも行こうぜ!」
「え?!」
「は…?」

あまりにも急な展開で止める暇もなく、田島はの手を掴んで一緒に部屋を出てしまった。

「ちっ、逃がした。あの馬鹿…!捕まえてくる」
「え?!いいよ!泉!」
「(なにもないと思うけど、心配だからなぁ…)俺も様子見てくるよ」
「おいおい!栄口まで!待てって!お前ら、先始めててくれ!」

花井が止めるのを聞かずに部屋を出ると後から「泉―!俺も行く―!」と叫びながら栄口が掛け寄ってくる。
すると階段を下りると聞こえてきたのは「三橋、誕生日なの?!」という田島の声。 そしてテーブルには三橋の親が買ってきた大量のジュースとケーキが置かれていた。

「誕生日?」
「誰が」
「三橋?」
「はっ!あ、わ…わ」

自分が誕生日であることを俺らに知られて戸惑っていた三橋に、 横から「はい!レン君、誕生日おめでとう!」と言って笑顔で小さな箱を差し出すが居た。

「え…」
「千代ちゃんも私も知ってたよ!」

そのの行動で俺は、今朝から先ほどまでやたらとテンションが高かった理由と、 「だって今日はレン君の…」と言いかけていた言葉の続きを理解する。

「中身なにー?!」

田島が興味津々と言った様に三橋の手に握られているからのプレゼントを見ている。

「パウンドケーキだよ。昨日作ったんだ」
の手作り?!いいなー!三橋!」
「だいぶ手伝ってもらったんだけどね」
「昨日…?」

の言葉で「あ…」と俺が思い出したような声をあげると、「しーっ!」と俺に指を立てて言わないように合図を送ってきた。
そういえば昨日、俺が風呂から上がると、が持ってきた大量のパウンドケーキ食わされたな。 親父も兄貴もが持ってきたから食ってたけど…何で急にパウンドケーキかと思いきや、それでうちのお袋と作ってたのかと 全ての記憶が俺の中で結び付いた。

「…三橋の誕生日知ってたんなら、教えろよ」
「いや、ほら、あの後、孝ちゃんの家行ったでしょ?その時に恵子さんに相談したら手伝ってくれるっていってくれて…孝ちゃんにも言おうと思ったんだけど、昨日の展開を考えると家でも言える雰囲気じゃなかったというか、なんというか…」

まぁ、確かに散々に他の野郎のことなんか考えるなって言いまくった後だったからな…。
そりゃ言い辛いか…。今だから冷静でいられるが、昨日言われていたらおそらく俺は機嫌を損ねていただろうという自覚はある。
互いに思い出してしまった昨日のキスの記憶に体の温度が上昇するのが分かった。

「え、えっーと…中学の時は、顧問の先生厳しくて出来なかったでしょ。だから、男の子に誕生日プレゼント渡すなんて孝ちゃん以外にしたことないから緊張しちゃってなかなか渡せなかったんだ!きっかけがあって良かったー!」

頬を少し赤く染めつつも、ホッとした表情でそう言うを俺だけでなく、どうやら周りの部員達も見ていたようだ。

「(三橋に誕生日プレゼント渡すだけで…)」
「(緊張って、なに…)」
「(腹立つけど、なんだよ。それ…)」
「「(…可愛いな)」」

しかし、どうやらそう思っていたのは俺だけじゃなかったらしい…。 その証拠に、近くにいた栄口や花井やらと目が合った瞬間、全員が俺から目を逸らした。

「はぁ?」
「な、なんにも思ってない!なんにも!」
「そうそう!ちゃんがかわいいとか…」
「水谷!!」
「(どいつもこいつも油断も隙もねぇな…)」

そんな栄口達のやりとりを気にも止めていないかのように田島はに背後から抱きついた。

!俺の時も作ってー!」
「あ、もちろん!そのつもりだよ」
「ほんとにー?!」
「うん」

俺は、そんなとパチリと目が合う。 その瞬間、田島に背後から抱きつかれているの頭を右手でぐしゃぐしゃと撫で回した。

「きゃっ!な、なに?!孝ちゃん!」
「なんでもねぇよ!!」
「はい?!」

一歩下がってその様子を見ていた花井達が息を飲んだ。

「(いや、なんかもう色々と羨ましい)」
「(田島のその性格もだけど…)」
「(いいなー…幼馴染み!いいなー!)」

三橋の母がそんな俺たちのやりとりに驚いたように目をぱちくりとさせている。

「あ、あらあら…可愛い子ねー」
「そうだ!三橋!お祝いの歌、歌おうぜ!ロウソクに火付けてさ!」
「おー!いいな。それ」

田島の一言で三橋の誕生日祝いをすることが決まり、ケーキやジュースを二階へと運ぶことになった。


「三橋が一番年上?」
「俺、四月だ」
「俺も」
ちゃん、巣山と花井にも渡したの?」

食卓に並ぶケーキを囲いながら話していた会話で、水谷がに話を振ると、 が眉を寄せる。

「それがねー、まだその時は部員名簿がちゃんと出来てなかったから知らなかったんだ」
「四月っていうと、まだ仮入部だったしな」
「来年、二人には二倍の大きさで渡すからね」
「(…まさか全員分、付き合わされるんじゃねぇだろうな)」

そんな不安が頭によぎった俺の思考を見透かしたように、隣に座っていたが俺を見て小声で言う。

「孝ちゃんの時は、別のあげるから安心していいよ」
「当たり前だろ。何人分食わせる気だよ」
「だ、大丈夫。今回のでコツは掴んだし、失敗の数も減ると思うから」
「やっぱ昨日、大量に出してきた奴は三橋に渡す失敗作か」
「まずそうなのは私が食べたから、比較的食べれる奴だけ回したつもりだったんだけど…」
「ったく…いいから全部俺に持ってこいよ。しょうがねぇから食ってやるよ」
「え。いいの?!」
「まぁ、親父も兄貴もお前が渡したら、まずくてもなんでも食うんだろうけど」
「こ、孝ちゃん…」
「(内緒でやられんのも嫌だしな…)」

観念したように俺が息を吐くと、が俺に何か言いたげな表情で三橋のようにきょどきょどとした動きを見せる。

「なんだよ。どうし…」
「孝ちゃん、好き!ありがとう!」
「は…っ?!」

抱きついてきたの体重が俺に掛る。 咄嗟に床に片手をつき、反対の手での腰を抱き寄せた。

「な…!お前、は…!何回言わせんだ!急に抱きついてくんなっつーの!」
「孝ちゃんへの好きを表現しようと思って」
「昨日の今日でどっちに捉えたらいいか分からねぇ言い方してくんじゃねぇよ」
「…私もわかんない」
「おい。どうせ何も考えてなかったんだろ。そうだろ?天然タラシ!」
「ごめんなさい!っていうか、その言い方やめてよー!」

バクバクと煩い鼓動を必死で抑え込む。 あくまでも自然にいつもを揄ようなテンポを保とうと取り繕っていると、田島の声が響いた。

「あああ!泉、いいなー!」
ちゃん、俺にも―」
「うるせー!お前ら、刺すぞ!こっちは大事な話してんだよ!」
「じょ、冗談だよ。泉、こえーよ。ってかその体勢で大事な話ってなに」
「まぁ、確かに今のは水谷が悪いけどね」
「ええー!なんでよ?!栄口!」

外野の声を無視して、俺がと向き合いの頬を引っ張ったその矢先で、阿部が外に行きたいと声を上げた。

連れてこられたのは、三橋が練習している投球場所だった。 阿部が三橋の球に強い固執を抱いていることは分かっていたが、 はっきり九分割に線を引かれた的と三橋の投球を目にして、俺たちは改めて三橋のその凄さを思い知らされることになった。