16話 テスト勉強
「だから式代入すんだよ。応用だけど、やり方は一緒なんだって」
「あ、そっか。っていうことは…こう?」
「そうそう。そんでな…」
テスト前は、部活も休み。でもテストで赤点だと試合には出られない。
ということで野球部全員で教室を借りてテスト勉強が行われていた。
西広に教えてもらっている田島と三橋の横で、阿部がのノートに書き込みながら、 に数学の問題の解き方を教えている。
泉も、肩肘を立てておもしろくなさそうな表情をしながらも英語のノートにペンを走らせていた。
「あの二人がいい感じなのは合宿以来だね。どんな心境の変化かしらないけど、阿部にしては妙に優しいし」
阿部との様子を前に、 小声で泉にそう言う栄口の言葉にピクリと反応しつつも何事もないようにペンを再び走らせる。
「…三橋や田島より教えやすいからだろ」
「そりゃそうだ。あ。泉、そこスペル違うよ」
「あ、やべ」
「泉、分かりやす過ぎ」
「…うっせーな」
こんなことで嫉妬していたらキリがない。とにかく今はテスト勉強だ。 と泉は思考を振り払うように隣に座る栄口に問題の解き方を尋ねる。
「そっかー!阿部君、教えるの上手ー!意外!」
「意外は余計だ」
「今度お礼にクッキー作ってくるね」
「いいって。そんなの期待してねぇよ」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えて、こっちの図形なんだけど…」
「あー、それはな」
泉の耳に入ってくる二人の会話。ただ問題を解いているだけだと必死に自分に言い聞かせる。
「そうだよ。できてんじゃねーか」
「ほんとう?」
「ああ。これが出来るなら、こっちも出来んだろ。」
「うん。多分…」
「「(…ん?)」」
阿部との会話に、泉だけでなく栄口もペンを止めて、二人同時に顔を上げて阿部との方に目をやった。
「ねぇ、使う数式って…こっち?」
「ちげぇよ、バーカ」
「うっ…。じゃあ、こっち!」
「そうだよ。いいか?、もう一回説明すんぞ」
「お願いします…先生…」
阿部が、ぽんとの頭に手を置きながら、教科書の数式を指差して解説を進めている。
「「(いやいや…。なんだこの雰囲気)」」
泉と栄口は思わず心の中で同時に呟く。
「…阿部って、ちゃんのこと名前で呼んでたっけ?」
「いいや。呼んでんの初めて聞いたな」
「二人とも、雰囲気に入り込むタイプなのかな。ちゃんも阿部のこと先生って呼んでるし…って…おーい、泉ー。抑えろよー」
ただただ二人を睨みつけて無言で不機嫌そうなオーラが全開の泉に、栄口が宥めるようにいう。
「二人は、勉強やってるだけだからな」
「っ!わかってるよ!」
真剣に問題を解いているのに横から邪魔して口を挟むわけにもいかない。
かといってこのままここに居ても、腹が立つだけだ。 一旦外に出て落ち着こうと、「悪ぃ。ちょっと出るわ」と栄口にそう言い放ち、泉が席を立ちあがってを教室を出ようとすると、 それに気付いたの視線が阿部と一緒に解いていた教科書の問題から泉へと移る。
「孝ちゃん!何処行くの?」
「は…?」
に声を掛けられるとは予想もしていなかっただけに、一瞬驚いて思考が停止してしまった。
首をかしげるに、泉は息をついて答える。
「何処って…飲み物買いに行くだけだけど」
「あ!泉!俺も行きたい!」
泉との会話を聞いた田島が大きく手を上げて声を上げるも、 隣で二人を見張っていた花井が田島の首根っこを掴み座らせる。
「田島はだめだ!」
「ええー!じゃあ泉、俺にも何か買ってきて!」
「分かった、分かった」
そんな田島達を余所に、なにか言いたげな表情でが泉を見上げている。
「なんだよ…。一緒に来るか?」
「!!」
は、泉の言葉で明るい表情を見せるも、はっと気付いたように再び阿部の方に視線を移す。
「あー、いいよ。行ってこいよ。でも10分な」
「うん!ありがとう!」
立ち上がり、ぱたぱたと泉の方に掛け寄り、一緒に部屋を出て行くの背中に阿部は深く息を吐く。
「あんな顔されたら駄目だって言えねぇっつーの」
「あはは!ちゃんは、泉好きだよ。分かってそうで自覚ないところもあるみたいだけど」
「鈍いだけだろ」
「そんなはっきりと…。あ。でも意外だったなぁ。阿部って、ちゃんのこと結構好きだったんだ」
栄口が興味深そうにそういうと、眉間に皺を寄せて阿部が栄口をみる。
「はぁ?好きでも嫌いでもねぇけど?」
「えっ。その割には、名前で呼んでたし、ちゃんのこと気に入ってんのかと思ってた」
「あ?誰が誰を名前で呼んでた?」
「お前だよ、お前。阿部、ちゃんのこと名前で呼んでただろ」
「…まじか」
「無意識かよ…」
栄口の言葉に、きょとんとした表情を見せ後で阿部は何かを考えるように天井を見上げている。
「あいつ、飲み込み早くて、教えるの面白くなっちまって気にしてなかったな。つか名前なんてお前らも呼んでるし、別に…」とぶつぶつ考えるようにいう阿部に栄口が肩を落とした。
「(阿部も案外鈍いよな…。俺たちがちゃんの名前呼ぶのとお前が呼ぶのとじゃ全然違うだろ。クラスの女子の名字すら知ってるか怪しいくせに)」
そんな阿部を見て栄口は呆れたように机に肘をつく。
まぁ、阿部もたまには人との付き合い方で頭使ってみるのも三橋のためにもいいか…と栄口は口に出しては言えずに、そっと心の中で思う。
「んんん…。阿部君から頭の中に大量に数式詰め込まれてパンク寸前だったんだ。本当は」
「外出るきっかけが欲しかったわけな」
「えへへ、教えて貰ってるだけに私からは言いづらくて。孝ちゃんのおかげで助かっちゃった」
「(ま、ついてきた理由なんてなんでもいいか…)」
ふと何気なく泉は、笑顔で隣を歩くの左手を握る。
すると、の肩がピクン!と跳ねる。 頬を赤く染めて、なにかを悩むように目線を泳がせるもちらりと泉を見た後で力無さ気にも賢明にその手を握り返す。
泉はそんなの反応に気付いて小さく笑う。
「こ、孝ちゃん…?」
「ぷっ…くくく」
「な、なんで笑うの!」
「いや、ちげぇ。悪い、悪い。でもさ…アハハハ!」
そう言いながらも笑いを堪える泉には頬を膨らませる。
「拗ねんなよ」
「だって、孝ちゃんが馬鹿にするから」
「馬鹿にしてねぇよ。ただ…」
「?」
泉は、握っていたの手にさらに力を込め、顔をに近づける。
「すっげー可愛いと思って」
「っ!!」
いつもより低い泉の声と言葉にの体が激しく反応した。
「こ、孝ちゃん…!最近、私で遊んでない?!」
「お前がいい反応し過ぎなんだよ」
「それは孝ちゃんが…!」
「俺が、なに?」
「う…。や、やっぱいい。何言っても墓穴掘る気がする」
楽しげにクククと喉で笑いながら「続き、気になんだけど」と意地悪くに詰め寄る泉に対して、 の顔がさらに赤く染まり、「孝ちゃんの意地悪!」と必死に言葉を返した言葉が響いた。
栄口は、教室に一緒に戻ってきたと泉を交互に見る。
「…なにかあった?」
「いや?別に」
「(絶対嘘だ…)」
二人で飲み物を買いに行って戻ってきてから、妙に機嫌が良くなった泉に対してどこか様子が可笑しい。
「おい、聞いてんのか?」
「き、聞いてるよ」
「おー。じゃあ、俺の言ったこと復唱してみろ」
「うっ…」
先ほどまであんなに集中していたのに、明らかに今は集中力が欠けている。
「ううー…あああ!もう!」
「聞いてねぇならやめるぞ!!」
「ごめん!私がお願いしてるのに本当ごめん!待って!ちょっと待って!!頭切り替えるから!」
阿部に数学を教えて貰いながらも頭を抱えて唸っているを見て、泉が隠れて小さく笑っている。
「泉ー…」
「終わったらフォローしとくって」
「面白がってないで、するなら今してやれよ」
「今はやだよ」
「でもちゃん全然集中できてな…ってそうか。泉はそれが狙いか…」
頭を抱えながら阿部に攻められているを前にして一人機嫌良く英語の勉強を進める泉に、栄口は呆れたように息を吐いた。