18話 応援団


「お前、か?」
「へ?」

夏大の組み合わせ抽選会場前で、孝ちゃんが自転車を持ってくるのを待っていた時、私は後ろから声を掛けられた。

「やっぱり!どっかで会えんじゃねーかって思ってたけど、ここで会えるとはな!」
「?…あ!準太さん!」
「忘れてんじゃねぇよ」
「わっ!す、すいません!」

ぐりぐりと準太さんの両手で頭を刺激される。
武蔵野第一の試合を見に行った時、ビデオを撮るのを手助けしてくれた桐青の人だということを思い出す。

「そういえばお前、学校どこだよ」
「えっと、西浦です」
「西浦?西浦っつーと、俺らの対戦相手じゃねぇか!そっか、そっか!お前んとこか!じゃあ、また会えんな!」

準太さんはニカッと笑い、私の頭を撫で回す。

「あの!私、あの時、準太さんが桐青のレギュラーだって気付かなくて色々手伝って貰っちゃってすいません…」
「ん?ああ、そんなの気にしなくていいって!それに普通、あんな場所で気付かねぇって」
「本当に、ありがとうございました」

私が頭を下げると、準太さんは何かが気に入らないような表情をして頭をかく。

「急にかしこまられてもな…。お前はあの時のままでいいって」
「でも…」
「いいって。まじで」
「えっと。じゃあ…遠慮無くそうします!」

気を使われるのが嫌なのだろうか。そういう準太さんのご厚意に甘えるように笑顔で答えると準太さんは満足げに笑みを浮かべる。

「よし!やっぱお前はそっちの方がいいな。そうだ。これやるよ」
「なんですか?これ」

私は、準太さんに一枚の小さなメモを渡される。

「俺の連絡先だよ。もし次会ったら渡そうと思ってたんだ」
「え!いいんですか?うち、初戦の対戦相手ですよ?!」
「あーそうだった。でも別にお前が情報取るなんて思ってねぇよ。俺もお前から情報取ろうなんて思ってねぇし」
「で、でも…いいんですかね?こういうの…」
「…真面目なやつだな。なら試合終わってからでいいよ」
「あ、はい!それなら、有り難くいただきます!」
「よし。連絡待ってるからな」

私が試合後ということなら…と了承すると、「!」という孝ちゃんからの声が聞こえた。

「あ!孝ちゃん!」

自転車を持ってこちらに向かう孝ちゃんに笑顔を向けると、準太さんが「へぇ」と言って面白げに私の耳元に顔を近づける。

「…お前の彼氏か?」
「なっ!ち、違います!幼馴染みです!」

私がそう言うと、ククッと準太さんが喉を鳴らすように笑う。「また試合で会おうな」と言っていつものように私の頭を撫でて桐青の人たちが集まっている方角へと向かっていった。

そんな様子を見ていたらしい孝ちゃんが慌てたようにこちらに駆け寄ってくるなり、自転車から手を離して私の肩を掴む。
ガシャン!と自転車が音を立てて倒れる。

「おい!今のなんだよ!何された?!」
「こ、孝ちゃん!自転車!」
「うっせぇ!それより、今の桐青の投手だろ!」
「あ、うん。準太さんだよ」
「じゅっ…っ!」

私がそう答えると、孝ちゃんはピクリと肩を反応させたと同時に眉間に皺を寄せた。

「ほら、武蔵野第一の練習試合の時、ビデオ撮るの手伝ってくれたから…それで私のこと覚えてくれてて、偶然さっき声を…」
「…偶然?本当に、偶然だな!」
「も、もちろん」
「連絡先とか交換してるんじゃ…」
「し、してない!してない!まだしてない!」
「おい。まだって何だ!まだって!」
「うぇ?!ええっと…」

孝ちゃんに肩を掴まれ、肩を揺さぶられる。 勢いで目が回りそうになっているそんな私が手に握っていたメモに気付くと、 孝ちゃんが私の腕を掴み、そのメモをのぞき込むと理解したように声を漏らす。

「そういうことか…」
「れ、連絡するのは、試合の後、ってちゃんと言った、から…」

私が、くるくると目を回しながらそう答えると、孝ちゃんが「そういう心配してんじゃねぇよ」とボソリと呟く。

「…ぜってぇ負けねぇ」
「え?」
「絶対桐青に勝ってやるから見とけよ!」
「は…う、うん!」

そういうと孝ちゃんは息を吐いた。
自転車を起き上がらせ、「ほら、皆待ってるからいくぞ」と言って足を進める孝ちゃんの後を追いかける。

「よかった。いつもの孝ちゃんだ」
「はぁ?」
「さっきはあんなに弱気だったのに、もういつもの強気の孝ちゃんだなって思って」
「…お前が関わってんのに、いつまでも弱気でいれるかよ」
「え…?」
「あー、今の無しだ。無し。あんなのでやる気でたとか馬鹿馬鹿し過ぎて思いたくねぇ」

そういう孝ちゃんの顔を見ようと私が前へ出ると、「見んじゃねぇよ」と言ってパチンと額を手で叩かれた。


「ん?あれ、浜田じゃねぇか」
「え?どれどれ?」

そのまま学校へ着くと、部室の前で悠君達と一緒に話をしている背の高い金髪の人の後姿が目に入った。
孝ちゃんの言葉で、ひょいと私は孝ちゃんの自転車から降りて小走りに皆のところへと向かう。

「あ!本当だ!」
「何を集まってんの」
「おー!泉!も一緒か!」
「皆で何話してたの?」
「いや…あの三橋さ、俺のこと覚えてないかなって」
「…?」

レン君は意味が分からないと言ったように首をかしげている。

「三橋はすげーアホだけど、クラスメートの顔くらい覚えてんぞ」

悠君の言葉に首を振り、ゆっくりと口を開く。

「いやそうじゃなくて…小学生の頃」

話の展開を理解した孝ちゃんが息を吐いて言った。

「こいつんち学区全然違うよ」
「えっマジ?」
「だいたい浜田が知ってんなら俺もも知ってるだろ」
「二年生の途中で引っ越してったから泉もも同じクラスになってねぇんだよ」
「(小学校…?引っ越し…ってことは転校?)」

私は過去の記憶を思い出そうと頭を捻る。 そういえば、レン君に会った時、なぜか初対面の気がしなかったんだ。

「…“ハマちゃん”」
「ん?なんだよ。
「!」

私の言葉にレン君がピクリと反応した。ハマちゃんはそれに気付かず、私の方を不思議そうに見る。

「あ、いや。昔、そう呼んでた子がいて、私もそう呼び出したなってのなんとなく思い出して」
「あーその呼び方な。うちと同じアパートにいた奴らがそう呼んでたんだよ。だからさ、そこに住んでたミハシじゃねぇのかなって。もうなくなっちまったけど山岸荘」
「!!ギ、ギシギシソウ!」
「そう!ギシギシ荘!やっぱり!!」

あーすっきりした!と言ってハマちゃんは笑顔で手を大きく上げる。
レン君の家を知っている孝ちゃんは疑問そうに首をかしげる。

「なんでアパート住んでんだよ。あんなでかい家あんのに」
「う…うち、は…かけおち、だから」
「へ?」
「あー!やっぱお前の親、カケオチ夫婦だったんだ!!」

思いもしなかった話の展開に何も言えずに、孝ちゃんと私は思わず顔を見合わせてハマちゃんとレン君のやりとりを見守った。

「そんでさ…ギシギシ荘のヨシミといっちゃなんだけど、俺、野球部の応援団作っていいかな?」

ハマちゃんの言葉に、皆が大きく目を見開いた。


それから志賀先生に、ハマちゃんが野球部の応援団を作りたいという許可をもらいに行った帰り道。 私はいつものように孝ちゃんの自転車の荷台の上に乗る。

「ハマちゃん、野球部の応援団が許可貰えそうでよかったね」
「あー、シガポも意外とあっさりしてたな」

「それより…」と孝ちゃんがジトリとした視線を私に向ける。

「お前、三橋のこと覚えてたのか?」
「え?ううん!全然!」
「じゃあ、なんで…」
「隣のクラスの子なんて覚えてないよ。でも転校する子なんて珍しいから、レン君が転校する前にうちのクラスでも少しだけ噂になって、見かけたことあるの思い出したの。なんとなくだったけど」
「…だめだ。俺、やっぱ全然覚えてねぇや」
「男の子より女の子の方が噂好きなんだよ」

悩ましげにそう言う孝ちゃんにクスクスと私が笑う。

「餓鬼の頃の噂なんて、馬鹿馬鹿しいのばっかりだけどな」
「そうだね」
「それで俺もお前と一緒に居たらからかわれたことあったし」
「え?」
「俺がお前を避けてた時期あったろ」
「…そんなことあった?」
「覚えてねぇの?お前、それで俺に怒って、皆の前ですげぇこと言ったくせに」
「え。私、なに言ったっけ?覚えてないんだけど…」
「…“私は孝ちゃんが好きだから一緒にいるの!好きなのに一緒に居たら駄目なの?!”ってさ」
「そ、そんなこと言った?!」
「言った。それも教室中に響くぐらい大声で」

穴があったら入りたい。と今なら思う。特に今は…。

「あんな風に開き直られたら何にも言えねぇっつーの」

可笑しそうにケラケラと笑う孝ちゃんに対して、 私は自分のした行為の恥ずかしさで何も言えずに、自転車を漕ぐ孝ちゃんの背中に顔を埋めた。

「そ、それこそ忘れようよー!なんでそんなこと覚えてるの?!」
「あんなの忘れたくても忘れねぇよ」
「い、言わないでね!他の人にその話!恥ずかしすぎるから!」
「ああ、それいいな。田島あたりに教えてやるか」
「孝ちゃん!!」
「言わねぇよ。あ、でもお袋には当時、言った気がするから覚えてるかもな」

と笑いながら言う孝ちゃんに、思わず胸が高鳴る。羞恥心のあまりに頭がショートしそうだ。

「俺その時、お前には適わねぇって思ったから、阿呆らしくなってお前避けるのやめたんだよ」
「なんか、もう…本当迷惑掛けてごめんなさい…」
「今更かよ。まぁ、別に迷惑とは思ってねぇけど…。離れるの嫌がったのはお前が先なんだからな」

「俺からじゃねぇぞ。こうなった責任取れよ」と冗談めかしたようにいう孝ちゃんに、私は自然と孝ちゃんの腰に回す腕に力が入った。

「(私、やっぱり昔から好きなんだよね。孝ちゃんのこと…)」

今言うと吃驚されるかな?
そんなことを思いながらも言いたい衝動に駆られ、ゆっくりと顔を上げる。

「孝ちゃん…」
「ん?」
「今も大好き」
「っ!お前はまたなにも考えなしに言いやがって…」
「今回はわざとだよ」
「え…」
「あ!孝ちゃん!ストップ!少し買い物して帰るから右曲がって!」
「ぁあ゛?!」

私の声で、反応した孝ちゃんが慌てて十字の道で自転車を急停止させる。

「っ!おい!今の狙ってただろ!そんで明らかに話、誤魔化したよな!」
「ソ、ソンナコトナイヨー」
「片言になってんだよ!今度問い詰めてやるからな」

孝ちゃんは、チッと舌打ちをしながらも私が言った方角へと自転車を進める。
やっぱり踏み出す勇気が無くて、誤魔化した。