19話 アピール大作戦


「…それで?結局、アピールはできてないわけ?」
「だ、だって!私、アピールとかよくわかんないもん!」
「泉君、他の女の子に盗られても…」
「それは、絶対やだってばー!」
「じゃあ、頑張りなさいよ。男の子としても好きだってちゃんと認めて、それを伝えられるようになりたいんでしょ?」
「そうです…」
「なら、まずは好きの気持ちを行動に移さないと。伝わらないわよ」
「う…はい」

頬を赤く染めながらも泣きそうになるにそう言い、は息を吐く。

「ま、そうは言っても今は野球部がずいぶん急がしそうだからしょうがない気もするけどね」
「あ。うん!皆、桐青との試合に向けて一生懸命なんだよ!」
「ぁあ。確かめちゃくちゃ強いところなんだよね。噂になってた。応援行くね」
「本当?!」
「うん。あんたを見にね」

は、そう言いながら笑顔でを指差す。
遠まわしに野球部に目当ての男の子は居ないと言いたいのだろう。

「私、今回はスタンドだから嬉しい!一緒に見よう!」
「あれ?あんた、ベンチじゃないの?」
「一試合ごとに千代ちゃんと交代なんだ。今回は千代ちゃんだから」
「へー、残念ね。泉君が近くで見れなくて」
「い、いいよ。別に。見れるならどこでも」
「(これはこれでからかうの面白いけど…)」

に「顔赤いよ」とからかわれ、 は拗ねるようにそっぽを向いた。

「あら、噂をすれば」
「え?」

がそう言うと、 の背後から「」という聞きなれた声が聞こえてきた。

「孝ちゃん?」
「お前、シガポの説明、全部ノートに纏めてたろ。貸してくんねぇ?」
「いいけど。何に使うの?」
「あの馬鹿に説明。順追って話した方が分かりやすいからな」
「あ、なるほど」

泉が指差した方を見ると、「お願いします!」というように手を併せている浜田がの目に入った。
そういえ浜田は今朝、志賀に言われ、一緒に練習に参加していた。その時に後で瞑想の効果について説明をすると泉が言っていたからそれでだろう。
「はい」とが泉にノートを差し出す。 泉が「サンキュ」と言ってノートを受け取るも、「ん?」と不思議そうにの顔を見る。

「お前、ちょっと顔赤くねぇか?熱…ねぇよな」
「っ!!」

ピタッとの額に手を添えてそういう泉に、 自身、心臓がドキン!と跳ねるのが分かった。

「だ、大丈夫!ちょっと暑かっただけだから!」
「お前、貧血持ちなんだから気をつけろよ。まじで」
「昔の話だってば!大丈夫だよ。ありがとう」

「ならいいけど…」といって、のノートを手に持ち浜田の方へと向かう泉を余所に、 が口元を押さえて笑うのを懸命にこらえていた。

のせいだよ!」
「ぷっ…あはははは!ごめんごめん!さすが、愛されてるね」
「愛され…っ!違うよ。昔から孝ちゃん、誰に対してもこういうの鋭いんだよ」
「いやー、あんただからでしょ。よく見てるわ」
「茶化さないでよ…」
「照れるな、照れるな」

にからかわれてムスッとしつつも、泉に触られた額に手を添え、息を吐いた。


――「今も好き。…今回はわざとだよ」

「(あの時のあれは、そういう意味だよな…?でも確信なさすぎる上に、はぐらかされたしな)」
「泉、どうした?難しい顔してたぞ」
「あ…いや、別に」

がまとめたノートを指さしながら、 瞑想の効果についての解説をしてくれていた泉が途中で、何かを考えるようにぼーっとしていた姿が目入り、思わず浜田が声をかけた。

「なんか悩み?」
「なんでもねぇって」
「へー。でも、そういう割にめちゃくちゃのこと見てたじゃん」
「っ!…そんなに見てねぇよ」
「見てたのは認めるのかよ」

浜田が呆れつつも泉をつつくと、泉が少し頬を赤く染めてそっぽを向いた。

「え!!泉がそんな反応するなんて、やっぱ何かあっただろ?!」
「うっせーな」
「ってかお前、いつからのこと好きなんだよ」
「…中一」
「まじか。俺、全然気づかなかったな」
「そりゃそうだろ。あの時は隠してたからな」
「へー。じゃあ、今は隠してねぇんだ。そりゃまた、どういう心境の変化だよ」
「隠してても意味ねぇって分かったからな」

泉の言葉に、「どういう意味だよ」と問いかける浜田に対して泉は息を吐く。

「好きだって気付いてもフラれて関係が切れるなら、そのままでいいって思わねぇ?」
「まぁ、そりゃあな。お前ら家近いし、実際いつも一緒だしな」
「でも、あいつに特別な奴が出来たらこの関係維持できねぇんだよ。なら、一か八かの勝負にでた方がいいだろ」

その事に泉自身が気付いたのは、中三の最後だった。
浜田に話していて当時のことを思い出してしまった泉は机に肘を立てる。


「孝ちゃん、高校は西浦にするの?」

唐突に聞かれたの言葉に「そうだけど。お前は?」と返すと、 は、「うーん」と何かを考えるような表情をした後、泉を見て微笑む。

「じゃあ、私も西浦!」
「…え?!」
「孝ちゃんが行くなら、私も西浦にする。成績もあとちょっと頑張ればいけそうだし」
「お前がいいならいいけど…そんな決め方でいいのか?」
「うん。だって別の学校だと孝ちゃんが野球するところなかなか見れなくなっちゃうでしょ。そんなのやだ」

のその言葉が嬉しかったと同時に恐怖だった。
今、こうして自分を追いかけて来てくれるのは、に特別な人がいないからだ。 もしそんな存在が居たら、家が向かいの幼馴染としてでしかない自分の方をが追いかけてくることはないだろう。 その瞬間、泉はにとって、自分が特別な存在にならなくては意味がないと気付いた。



「そりゃ、理屈はそうだろうけどな。具体的にどうするわけ?って結構鈍かった気がするぞ」
「嫌われる覚悟で無理にでもあいつに意識させる」
「なっ…!」

浜田が泉の発言に驚きの声をあげようとした瞬間、泉の背後へとこっそりと近づいてくる人物に気づく。 その人物にしーっと指を立てる仕草をされ、思わず浜田は手で口をふさいだ。

「なんだよ。突然黙り込んで」
「う、ううんんん!」

首を横に振る浜田の様子の違和感に気付いた泉が問いかけるも、いまだに自身の口を手でふさいでいる浜田に泉が首をかしげる。
しかしその瞬間、背後から声が響いたと同時に泉の後頭部に柔らかな感触が襲い掛かってきた。

「考ちゃん!」
「は…っ?!」

泉の首に手が回り、背後から抱きしめられるような感覚に思わず泉の驚きの声が漏れた。

「びっくりした?」
…。お前はまた突然…」
「あはは。ハマちゃん、思いっきり顔に出てるんだもの。失敗するかと思っちゃった」
「いや、だってなぁ…(内容が内容だったし)」

浜田の様子がおかしかった理由を理解した泉が呆れた表情で浜田を見る。

「なんの話してたの?あ。瞑想効果の復習まだやってたんだ」
「そ、そうそう!俺、馬鹿だからさ!」

机に広げていたノートを見てそういうに乗っかるように会話をする浜田に泉は息を吐いた。

「そもそも、お前なにしに来たんだよ。つーか、いい加減離せよ」
「数学のプリント返却しといてってさっき先生に頼まれたの」

「はい」と泉と浜田にプリントを手渡すに泉が眉を寄せる。

「だったら普通に渡しに来いよ。普通に」
「ダメなの。それじゃアピールにならない」

は泉から手を離し、「他の皆にも配ってこよう」と言って早々にその場を離れる。

「やっぱなんか変なんだよな。あいつ」
「え。まさか泉、気づいてない?」
「は?」
「あれは分かるだろ」
「…全然わかんねぇ。あいつ、言いたいことあったらなんでも言ってくる方だしさ」
「まぁ、ちょっとらしくねぇ行動だけど。つか泉、慣れすぎ」
「なにが」
「よくもまぁ、好きな女の子に抱きつかれてあんな平然としてられんね」
「慣れてるわけじゃねぇけど…。あんなんで動揺してたら身が持たねぇし、なるべく顔に出さねぇようにしてるだけだよ。バレたら面白がって、あいつに抱きつかれる回数増えそうだしな」
「あははは!確かに!」
「あいつにとって俺に抱きつくのも犬や猫を抱く感覚と一緒なんだよ」
「それはねぇだろ」
「そうじゃなきゃあんな頻繁に抱きついてくるかよ」

先ほどのの行動は、泉の気を引きたいが故の行為だと第三者から見ていてはっきりわかったが、 当の泉本人は、相手がだからなのかもしれないが全く気付いていないようだと浜田は悟る。
色々と悩ましげな表情をして頭をかく泉だったが、そんな泉の様子を浜田は微笑ましそうに見た。


「(やっぱ難しい…。というより吃驚はしてくれたけど、孝ちゃんの反応やっぱいつもと変わらなかった…)」

さりげなく好きを行動で伝えるのは難しいとは思う。
気付かれないように抱きついてみても、大して今までの反応と変わらない気もする。
そもそも好きをアピールするという意味合いの行動はこれで合っているのかも分からない。
反応が変わらないなら普段から泉に対して抱きついているのと大差ない気さえする。とはぐるぐると思考がループする。

「(ううーん。どうしたらいいか分かんない)」

こっそり抱きついてみても、いつも通り振り払われてしまった。 分かっているけれど改めてショックだ。とは思う。

「(これ、アピールするどころか嫌われちゃうんじゃ…)」

どうも上手くいかずには息を吐いた。