21話 水面下のライバル


「口挟むんじゃねぇよ!」
「分かってるよ!だから、レン君いない時に阿部君に直接言ってあげてるんだよ!レン君が怖がっちゃう!」

聞こえてきた口論に、思わず周りの部員たちが息を飲んだ。

「あーあ。阿部の奴、ついにちゃん相手にキレちゃった」
ちゃん、阿部のこと怖くないのかな」
「俺ら以上に対等に言い負かしてんな。ってかそもそも何を言い争ってるんだ?」

沖がそう言ってふるふると肩を震わせて横で、花井が息を吐く。

「どうせ三橋絡みだろ。ったく、あいつも阿部と違って変なところで三橋に対して過保護だからな」

泉が慣れたようにグラウンド整理をしていた手を休ませることなく言う。

「ま、言いたくなる気持ちはわかるけどね。阿部口悪いし。でも直接阿部に言っちゃうところがちゃんらしい」
「阿部相手にすんの面倒くせぇんだよな」
「お。流石幼馴染。助けに行くんだ」
「泉、俺が行こうか?」
「いいよ、花井。どうせ俺が呼ばれるし」

花井にそう言った泉の言葉通り、阿部がこちらを見るなり叫んだ。

「泉!!!」
「…あ。そっちにか」

泉は深いため息をつき、言い争いをしていると阿部の元へと駆け寄る。

「なに大声だしてんだよ」
「泉、この馬鹿引き取ってくれ」
「阿部君!いつもそうやって逃げないでよ!」

「お前も落ち着け」と泉は怒るの頭に添える。 するとはゆっくりと息を吐いて言う。

「阿部君、私は心配して言ってるんだよ?口挟むつもりはないけど、機嫌悪くてもレン君相手に当たるのは駄目だよ」
「…お前、三橋相手に甘すぎるんだよ。なんでも庇いやがって。そもそもその呼び方も気にいらねぇ」
「え?呼び方?」

しまった…というように阿部は自分の口を押さえる。

「阿部君、一体なんの話を…」
「あー!うるせぇ!俺が悪かった!」
「!!え?!あ、阿部君が謝った…孝ちゃん!やっぱり阿部君、様子可笑しいよ!」
「っー!泉、まじでこいつ連れて行け!お前もさっさと仕事戻れ!」
「うるせーな!わーったよ!、行くぞ」

怒る阿部から、心配そうにするの背中を押して、無理矢理を引き離す。

「孝ちゃん、でも…!」
「いいから。あとで俺が聞いとくから心配すんな」
「う、うん…じゃあ、お願いね」

「千代ちゃん!」と笑顔でいつもの作業に戻るの背中を見て泉は息を吐いた。 歩き出す阿部を目にして、泉が掛け寄る。

「阿部」
「あー、さっき助かった。なに?」
「なに?って…あのさ、さっきお前がキレてたのは三橋じゃなくて、三橋を庇っただろ」
「そんなんじゃねぇよ」
「俺相手だから言えねぇか?」
「だから!なんの話だよ」
「接し方わかんねぇ癖に、にお前の感情押し付けてんじゃねぇよって話」
「っ…」

はぁ…と阿部は深く息を吐く。

「まじで悪い。言い返せねぇわ」
「だろうな。別に謝って貰いたくもねぇし。あ。あいつに名前呼ばせたいなら、言えば喜んで呼ぶぜ。さっきみたいに遠まわしに言っても、あいつわかんねぇから無駄だけどな」
「は?言っとくけど、俺はあいつが好きとかじゃねぇからな!」
「へー…(阿部の鈍いとこの思考が、ちょっとに似てんだよなぁ)」
「ただあいつ見てるとすぐ三橋庇って腹立つんだよ!俺は悪者か!」
「いや、別にお前がどう思ってようがいいけどさ…。でも、もしあいつに手出したり、泣かせたりすると阿部でも容赦なく殴るからな。俺は」

「それだけ覚えててくれれば、なんでもいいよ」と言って、泉は水谷達が柔軟体操をしているところへと走って行った。


「「あ…」」

部活が終わり、着替えを終えたが部室の外で泉を待っていると最初に出てきたのは阿部だった。 が振り返ると阿部と目が合う。

「…あ、いや」
「さっきはごめんね!」
「は?」

阿部に駆け寄り、そういうに思わず阿部は身を後ろに引く。

「私もカッとなって、いっぱい言っちゃったから…。阿部君はちゃんと謝ってくれたのに、私は謝ってなかったなって思って」
「…別にいいよ。気にしてねぇし」
「本当?ありがとう!」
「(さっきあんなに怒ってたくせに、もう笑ってやがる。忙しい奴…)」

安心したように、近くであまりにも嬉しそうに笑うから。思わず手が伸びる。
の髪に触れた瞬間、柔らかな感覚に魅せられたようにの手を引き寄せ、気がつけば抱き寄せていた。

「…へ?」

抜けたようなの声で我に返ると同時に泉の言葉が頭をよぎる。

「(何やってんだ、俺…。ってか泉の言う手出すなって…こういう意味か?いや、でもこれは…)」

を抱きしめながら、阿部の脳内で先ほど言われた泉の言葉を思い出すと同時に、 思わず腕の中で、驚いたようにきょとんとした表情をしているの頭を撫でてしまう。
の頬に手を触れかけたその直後に、背後から声が響いた。

「触りたくなってんじゃねぇよ」
「っ!」
「あ。孝ちゃん!」

泉の言葉と同時に、阿部はから手を離す。 は何事もなかったように笑顔で泉に近づく。 そんなを見て、泉が切り替えるように尋ねる。

「…悪い。待ったか?」
「ううん。全然」
「(そういやここ、部室の前だったな…)」

と泉の会話と、次々と出てくる部員達の姿を前に部室の前だったことを思い出す。
自分はそんなことすら忘れて、抱き寄せていたが、は分かっていたようだ。

「そんで?何やってたんだよ」

泉は眉間に皺を寄せながらも阿部の方を見ようとはせずに、に詰め寄る。

「さっきの仲直りだよ」
「は?」
「そうだよね?阿部君」
「あ…ああ!そう!そうだよ!」

の言葉で、そうだ。そう。と会話をあわせるように頷く阿部と笑顔のに、泉は深く息を吐いた。

「(まぁ、が鈍いのは知ってっからこれでいいとして、問題は…)」

泉はちらりと阿部の方を見て小さく舌打ちをした後、に自転車の鍵を手渡す。

。お前、田島達と先行って待ってろ」
「え?孝ちゃんは?」
「教室に忘れ物取りに行って来る」
「分かった。裏門にいるね」

パタパタと田島達に駆け寄るの背中が遠くなるのを感じた後で、泉は視線を変えて阿部を睨みつける。

「言った傍から忘れてんじゃねぇよ」
「やっぱそうなるよな…」
「当たり前だろ。あんなの見せられて、仲直りだけなんてあの馬鹿しか思わねぇよ」
「嘘じゃねぇぞ。仲直りだからな」
「まじでお前もそれを言い張る気かよ」
「…あれは咄嗟に手出ちまったんだよ。しょうがねぇだろ」
「最初からそう言えよ。次は殴るぞ」
「あーあ。俺、今、田島と同じこと思ってるのかもしれねぇ」
「は?」
「泉が、ずりぃってよ」
「…なんで?」

泉が、歩き出した阿部に向かって尋ねるとピタリと阿部の足が止まり、泉の方を振り返ってみる。

「"幼馴染み" なんて理由があれば、あいつに見て貰えるからだろ」
「っ!なんだよ、それ…」
「俺らは、お前を超えねぇとあいつの視界に入らねぇんだよ。だから最初からあいつの視線を奪ってる泉は、ずるいんだよ」
「そんなこと知るか。つーか、勝手に欲しくなってんじゃねぇぞ!」
「別に思ってねぇつもりだけど…。手出ちまった以上、否定できねぇよな」
「なんだよ、それ。ふざけんじゃねぇぞ」
「え?でも、恋愛なんてそんなもんじゃねぇの?よく知らねぇけど」
「…冷めすぎだろ」
「そうか?まぁ、泉がそんなに嫌ならあいつに首輪でもつけてろよ。保護者」
「保護者じゃねぇよ!(阿部には絶対負けたくねぇな…)」
「忘れ物なんて俺と話すための口実だろ。待たせてんなら早く帰ろうぜ」

そう言って再び歩き出した阿部に泉は頭をかく。

「そりゃそうだけど…阿部の奴、無茶言いうなよ」

仕方ないと言うように泉は息を吐き、裏門に向かって歩き出した。