25話 準備万端
「監督…で、できました」
「桐青のデータね!?」
千代ちゃんがふらふらと倒れるように監督に桐青データをまとめたノートを手渡した。
「千代ちゃん!お疲れ様!」
「ちゃんもありがと…。手伝ってもらったし…こっちも任せっきりだし…」
「ううん。私、大したこととしてないよ!頑張ったのは千代ちゃんだよ!」
「ありがとお!本当にありがとお!!」
私達のことを強く抱きしめた後、監督は「花井君!阿部君!さっそくデータ解析するよ!」と言って活き活きとした瞳で行ってしまった。
「千代ちゃん、寝てて大丈夫だよ。私やっとくから」
「ご、ごめんね。30分寝たら私も…」
「本当に大丈夫だよ!任せて!」
「あ、ありがとう…」と言って力が抜けたように倉庫で横になる千代ちゃんに、私も頑張ろう。と気合いを入れておにぎりを作りに走った。
「!こっちこっち!」
「んー?」
私が教室でクラスメイトの女子達とお昼ご飯を食べている時に、悠君に手招きをされ、 は田島達の方に近づくと、"挑め!"の文字と学校名が書かれた横断幕が前に入る。
「わ!格好良い!」
「浜田が作ったんだ!」
「ハマちゃんすごい!」
「よせって…。お前に褒められるとなんか照れるんだよ。まっすぐというか、なんというか」
ハマちゃんに私が笑顔を向けると、頬を少し赤く染めて目を逸らす。
「あはは!ハマちゃん、照れてる!」
「っ~!まじで勘弁…」
顔を隠すように手を上げたハマちゃんに私が可笑しそうにクスクスと笑うと、孝ちゃんに「やめろ。悪戯娘」と言われ軽く手で頭をこつかれた。
「あ、そうだ。孝ちゃん」
私は咄嗟に孝ちゃんへの問いかけを思い出し、横断幕からパックのジュースを飲む孝ちゃんの方に目をやる。
「午後からの女子は家庭科の授業でね、クッキー作るんだよ。食べてくれる?」
「おー、そりゃいいけど…珍しいな。お前がそんなこと聞いてくるの」
「そ、そうかな?」
「いつもそんなこと聞かずに持ってくるだろ」
「…なんか私が無理に押しつけてるみたい。嬉しくないならいいもん」
拗ねる私に孝ちゃんが飽きたように息を吐く。
「なに拗ねてんだよ。そんなこと言ってねぇだろ」
「…じゃあ、嬉しい?」
「なんだよ。その質問は」
「いいから、どっちー?」
「…まぁ、な」
「反応薄いー!やっぱり孝ちゃんにあげない」
「はぁあ?!」
「(あーあ。意外と鈍いなー…泉も…)」
ふとこちらを見て呆れた表情をしているハマちゃんと私は目が合う。 ハマちゃんがなにかに気付いていることを察した私は、なにか言いたげな表情をしているハマちゃんに対して 「孝ちゃんに言わないで…」と願を掛けるように必死に私が視線を送ると了解したようにハマちゃんは私の方をみて小さく頷く。
「、俺にはー?!」
「あ。もちろん!悠君とレン君には作るよ。あとハマちゃんも」
「俺はついでか」
「あはは!あ、でも数少なくて、野球部の全員には渡せないから内緒ね」
「やったー!ラッキー!」
手を上げて喜ぶ悠君の横で、 角材の上に乗ってバランスを取る練習を続けているレン君の方を見ながら「レン君も内緒ね」と私が言うと、 「お、ぉお…」と言いながらこくこくとレン君が頷いた。
「…やっぱ皆にやるつもりだったんじゃねぇか」
「孝ちゃんがあんまり嬉しくなさそうだから」
「まだそれ言うか」
「さっき数少ないって言ったよ。私」
「だから?」と言ってまだ私が言いたいことを理解していない様子の孝ちゃんにだけ聞こえるように、小さく言う。
「私、平等に分けるなんて一言も言ってないもん」
「え…」
「でも、もういいよーだ。いつも通り皆と一緒の枚数でいいよね」
「っ!待て!!」
「孝ちゃん、鈍い」
べーっと悪戯な表情で舌を出して、泉にそう言って自分の席へと戻っていくに、泉は頭を抱えた直後に机に顔をうつ伏せた。
「やっちまった…」
「泉、寝んの?」
「…おう」
「俺も寝ようっと。三橋もほどほどにしとけよー」といって、机にうつ伏せる田島を見た後、浜田が泉にボソリと呟く。
「気付くのおせぇって、泉」
「…うっせー。浜田」
「泉、のこと言えねぇな。鈍いぞ」
「は?別に鈍くねぇだろ…。あんなの分かるわけねぇし」
「それが鈍いんだって。だって俺、すぐわかったもん。がお前に渡して喜んで貰いたいんだってこと」
「…まじかよ」
「素直じゃねぇからだぞ」
「これ以上、まだ本心さらけ出せってか」
「は?」
「なんでもねぇ…」
泉自身、に告白をしてからは、なるべくストレートに言うようには心がけていたつもりだった。じゃないとには伝わらないということを知っていたから。 だから「かわいい」も「好き」もなるべく言葉で伝えてきた…そのつもりだったが、元々、自分が素直じゃない性格なのも泉自身理解している。
「(なんつー苦行だよ。それは…)」
素直じゃないと言われればそうだが…。なるべく素直に言葉にしたつもりなのに、まだ足らないと言われればそれはそれで辛い。泉は机にうつ伏したまま深く息を吐いた。
「(もう!孝ちゃんの馬鹿!)」
とはいったものの…。どうしたものかとはボウルに卵を入れてかき混ぜながらもため息を吐く。
そんなに親友のが声を掛けた。
「…意地っ張り。そんなに渡したいなら渡せばいいじゃない」
「意地っていうか…そもそも自信ないんだよね。実際私、そんなに得意じゃないし」
「え?まさか、渡せるかとかじゃなくて、味の心配してるの?」
「どっちも。だから、孝ちゃんに食べてくれるか聞いてみたけど、やっぱ反応薄いし…。迷惑掛けてる気がしてならない」
「思えば今まで無理に食べてくれてたのかな。いつも皆と一緒に当たり前みたいに渡してたから、あんまり孝ちゃんの反応は気にしてなかったけど…」と 考え込みだしたには、思わず可笑しそうに噴き出す。
「ぷっ…あはは!そんな気にしなくて大丈夫だって!よほど味が不味いなら話は別だけど、そうでもないから!」
「あー、おもしろい」と言って、お腹を抱えるに対して、 は、「そうなのかな」と不安な表情をしている。
「大丈夫。大丈夫。予定通り渡してあげなよ。流石に可哀相だから」
「…いいよ。もう」
「こらこら」
「だって、幼馴染としてなら緊張せずに渡せるもん。喜んでもらえなくても傷つかないし…」
「あんたが逃げてどうする。ただの幼馴染じゃないんでしょ?だったらアピールしときなさいよ」
「あ、あんまり追い込まないでー!緊張しちゃうから!」
「この分だと、告白の返事は試合が終わっても無理そうね」
「うっ…。そ、それは、でも…追々がんばる」
「追々ねー」
「…」
に痛いところを突かれながらも、クッキー生地の作成を進めた。
確かに食べれなくはない。自分的にはまぁ、味も上出来だろうとも思う。
だけど、どうやって渡そう…とは出来あがったクッキーを幾つか手にしながら教室へ戻ろうとする。
教室に入ってみると、すでに彼女が笑顔で彼氏に渡していたり、数名で分け合って食べていたり、様々だ。
「(流石にここまで大っぴらになっていると、スルーできないか…)」
ドアの付近で、うーん。と頭を悩ましているとを見つけた田島が飛んでくるようにの元にやってくる。
「!できたー?!」
「え。あ、うん!はい、悠君の分」
「どうぞ」とが田島に先程クッキーを手渡すと、嬉しそうな笑顔で「サンキュー!」と言って一枚口に運ぶ。
「すっげー美味い!」
「ほ、本当?!ありがとう!」
「おう!三橋ー!」
のクッキーを片手に、笑顔で三橋やクラスメイトの元に掛けていく田島を背を目にして、 は少し安堵の息をつく。
「いいなー、野球部。彼女いなくてもに貰えるんだもんな」
「へへん!いいだろ!三橋もあとでに貰え」
「田島、一枚くれよ」
「やだよ!俺のだよ!」
聞こえてくる言葉に思わず、はクスリと笑う。
そんな集団にゆっくりと近づき、「はい、レン君」と言ってがクッキーを手渡すと、 三橋は目を輝かせながらも少し照れたように「あ、あり、ありがとう!」と言ってから受け取る。
その後、流れの様に「はい、ハマちゃんの分」とが浜田にも渡すと 「お。ラッキー!」と言いつつも笑顔でお礼を言ってくれた。
「(よし、いつも通り!)」
は心の中で呟く。 そう、変に意識するから可笑しくなるんだ。いつも通り…とは自分に言い聞かせながら、 泉の方へと目を移そうとするもその姿が見当たらない。
「(あれ?孝ちゃんがいない。どこか行ってるのかな?まさか他に誰かに貰ってたりする、かな。そのこと考えてなかった。どうしよう…)」
がきょろきょろと教室を見渡すも見つからない。
なんだかほっとしたようなすごく残念なような様々な気持ちがせめぎ合っているが、 もし他に誰かから貰っているのだとしたら、やっぱり自分には渡す自信が無い。 これまでとは違う意味を込めてしまった以上、後戻りはできなくなる。 やっぱり渡すのもやめようかと思い始めていたが席に戻ろうとした時、 後ろからこつんと頭を叩かれる。
「あいたっ」
「なにぼーっと突っ立ってるんだよ」
「こ、孝ちゃん?!」
背後から声を掛けられ咄嗟いながらも、泉の方を振りかえった瞬間、 は手にしていたクッキーの残り一袋を思わず自身の後ろに隠す。
「…今、なに隠した?」
「えっ…えーっと」
「出せ」
「いや…これは…」
「いいから」
は頬を真っ赤に染めながら、ゆっくりと泉にクッキーの袋を差し出す。
「これ、俺のだろ」
「そうだけど、孝ちゃん横暴…」
「うるせー。そうでもしないとお前、まじで出さない気だったろ」
「…だ、だって孝ちゃん、他の人から貰ってたりする、かなって」
「は?なんで?」
「思えば私、他の人から貰ってることあまり考えてなかったから…これ以上迷惑掛けちゃうといけないし」
「味は、悠君も美味しいって言ってくれたし、私も食べたから大丈夫だとは思うんだけど!…貰ってくれる?」と戸惑いながら言うに思わず、泉は目を奪われる。
「(やばい…。こんなの、思わず顔に出そうになる…)」
今までなかった質問に始まり、泉の反応が薄いと言って拗ねた表情や、真っ赤な顔をしてクッキーを渡そうとしてくるの姿。
こんなの特別じゃないと思う方が無理だ…。
動かない泉に気付いたが差し出していた手を引っ込めようとする。
「や、やっぱ無し!ごめん!!」
「待て待て。勝手に話し進めてんじゃねぇよ。つーか、別に誰からも貰ってねぇし」
泉は慌てて引っ込めようとするの手首を掴んだ。
「本当?!でも、孝ちゃん固まってたしやっぱ反応薄いし…」
「いや、むしろ感動してた」
「…え」
掴んでいたの手首を自身の方に引き寄せ、の耳元で囁く。
「すげぇ嬉しい」
「!」
の心臓が大きく高鳴った瞬間、手からクッキーの袋を奪われる。
「あ!」
「貰ってくぞ」
泉が少しだけ照れたように頬を赤く染めて、奪い去っていく姿を目にしたは、 安堵か驚きかは分からないが力が抜けその場で崩れるようにぺたりと座り込んだ。
「(び、びっくりした…!)」
未だにドクドクと高鳴る心臓を抑えるようには胸元に手を当てた。
数回深呼吸をして息を整え、嬉しそうにその場で泉の背中を見た。