26話 開会式
「!篠岡!見てた?!」
「うん!もちろん!」
地区予選開始の開会式を終え、私と千代ちゃんが皆のところへ合流しようとしていると、 いつものように元気な悠君が私達に気付いて、私の手を引き、皆の所へと合流させてくれた。
「(一枚撮っちゃおうかな…)」
皆が楽しげに話している姿を見かけて、 私が皆から少しだけ離れて持っていたカメラのシャッターを押すとそれに気付いたのか沖君が私の方を振り返った。
「ちゃん、それカメラ?」
「あ。うん!スタンドから皆のことこっそり撮ってたの」
私が首から下げていたカメラを沖君が興味深そうに尋ねる。
そんな沖君にカメラのレンズを向けると恥ずかしそうに手で顔を隠されてしまった。
「あはは、残念」
ぺろりと舌を出して笑うと、沖君が照れた表情で「やめてよ」と言われてしまったので、 私はカメラのレンズの視点の先を悠君と話をしている孝ちゃんへと移す。
私が「孝ちゃん」と呼ぶと、いつものように孝ちゃんが私の方を振り向いてくれた瞬間、カシャリとシャッターを下ろした。
「…またやってんな。ストーカー」
「ストーカーじゃないよ!記念だよ!」
「。昔から泉のこと撮ってんの?」
「うん。あ。でも今回は、皆のこと撮ろうと思って。こういう時くらい良いかなって」
「へー!おもしれー!」
「あはは。まぁ、私が自分で撮り始めたのは中学の時からだけどね」
カメラのレンズを向けると気楽に笑顔を向けてピースをしてる悠君にシャッターを下ろした。
「家になら、孝ちゃんの写真いっぱいあるよ」
「そんなもん捨てろって言ったろ」
「やだよ!それに幼馴染なんだから持ってて当たり前だと思うよ」
「お前の場合、昔から度を超えてんだよ」
「そ、そんなことないと思うんだけど…。折角ならいっぱい残したいもん」
「どうすんだよ、そんなもん」
「どうって…。孝ちゃんの写真、全部私がアルバムに入れて持ってるの知ってるくせに」
照れたようにそういうに、 全くなんで自分はこんな奴を好きになった上に、告白しても保留状態にされてるんだと心の中で泉は思う。
前まではただの嫌がらせか、当てつけかと思っていたが、 最近、の反応がどこか自分に対して幼馴染みとしての対象から変わってきていることがはっきり分かるだけ、 まぁ、いいか。と思えてしまう自分もいた。
「俺、それ見たい!が写ってるのもある?」
「もちろん、一緒にあるよ。じゃあ、今度いくつか持ってくるね」
「やったー!」
「…お前ら人の許可なく勝手に楽しもうとしてんじゃねぇよ」
隣で私達の話を聞いていた千代ちゃんがクスクスと笑っている。
「ちゃん、ちょっとだけカメラ貸してくれるかな?」
「へ?うん。いいよ」
「はい」と千代ちゃんにカメラを手渡すとすぐにレンズが私の方を向き、 千代ちゃんから「ちゃん!泉君も!」と呼ばれたことに驚いて、 「「え」」と互いに孝ちゃんと同時に千代ちゃんの方を振り向いてしまった瞬間、カシャリ!とシャッターが下りた。
「ち、千代ちゃん!!」
「あはは!記念だよ」
「それ私の台詞!」
「あははは!だって、記念ってこういうことだよね。泉君」
千代ちゃんが孝ちゃんに話を振るも、孝ちゃんは照れ臭そうにそっぽを向いた。
「篠岡!俺も!」といってレン君の肩を抱いた悠君に千代ちゃんが再びカメラを向けた後、 千代ちゃんは可笑しそうに笑いながら、私にカメラを手渡した。
「千代ちゃんも後で一緒に撮ろう!」
「うん!(…あとでちゃんの写真も撮ってあげようっと)」
クスクスと笑う千代ちゃんに、なんだか一本取られたようなそんな感覚だった。
花井君の掛け声と共に、私達は会場を後にして学校のグラウンドへと戻る。
「孝ちゃん!」
「どうした?さっき篠岡と先行って…」
「あーん」
篠岡と一緒にグラウンドへ戻ってるはずのがなぜか泉の元にやってきて、 ひょいとが油断していた泉の口の中に小さななにかを放り込む。
「っ!」
思わぬ出来事に、泉は手で自分の口を覆う。 ころんと飴玉が口の中にころがったと認識した直後に弾けるような味が広がった。
「あはは!千代ちゃんから幾つか貰ったんだ。サイダー飴」
「お前な…」
「おいしいでしょ」
おいしいとかおいしくないとか、もはやそういう問題じゃない。と泉は心の中で思う。
最近、どうもの思惑にハマっている気がしてならないが…。
楽しげにくすくす笑うを見てると、まぁ、いいか。という気にもなってくるが、やられっぱなしなのは性に合わない。
泉は息を吐き、の手を掴む。「行くぞ」と言ってグラウンドへ歩き出そうとする。
「こ、孝ちゃん…!手…!」
「あー…嫌ならやめるけど」
「いやじゃない!いやじゃない、けど…見られてるかもだから、ちょっと恥ずかしい…」
「ぶっ、ははは!お前散々、教室でも抱きついて来てるくせに、ほんと恥ずかしがるところ可笑しいだろ」
「そ、それとこれは別!孝ちゃんへの愛情表現!」
「へー…。なら俺だってお前への愛情表現のつもりだけど?」
「え?!」
その発言に驚くような声をあげるに、泉が可笑しそうに笑う。
「なんで吃驚してんだよ。むしろお前にはそれ以外で何に見えてたんだ」
「だ、だって、孝ちゃんが道で私の手を繋ぐのは、私がこけそうで危ないからだって前に言ってなかった?」
「あほか。そんなわかりやすい口実、誰が…って俺、言った気がすんな。いつだっけ」
「中学になってからすぐだよ。私が聞いたらそう言ってた。それ以外で孝ちゃんから私の手を握る理由は一切ないって…」
「あー…あの頃か。お前よく覚えてんなぁ。まじでこういう時、幼馴染みって嫌になるな」
「ど、どうして?」
自分がへの気持ちを隠していた時についた嘘だ。 あんな適当な言い訳でも信じ込んでくれるのはくらいだろうが…。 通りで一番最初に告白した時に、手をつないでもがきょとんと分からない表情をしていたわけだということが今になって分かる。
「…悪ぃけど、それ嘘だから忘れてくれって釈明しなきゃいけねぇからだよ」
「嘘?!」
「そう。本当の理由は、お前のことを触りたい俺の下心が叶うと同時に、他の奴にもけん制ができる一石二鳥の手段だから…っていうのに塗り替えとけ」
「え…?えええ!!」
目を細めて悪戯な表情でを見てそういう泉に、は恥ずかしげに視線を逸らした。
だけど強く握られた手から伝わってくる温もりがさらに熱く感じた。
「泉ってさ、ちゃんの何処がそんなに好きになったわけ?」
「は?」
グラウンドに着いてが仕事をしに行った途端に、 それを見計らったかのように背後から声を掛けてきた水谷に思わず泉は眉間に皺を寄せた。
「なんだよ。この間からやたらと聞いてきやがって」
「だって見てたらどんどん気になってくるんだよー」
「うっせーな…」
「それで、何処よ」
「…わかんねぇ」
「えー。なんかきっかけあったわけじゃねぇの?」
「ん?別にねぇな…」
「まじで?」
「まじで」
「つまんないよ」という水谷に「知るか」と泉は返す。 泉がちらりとの方を見ると、監督に向かってぱたぱたと走る途中でベンチの段差にガッ!と躓きかける。
「きゃっ!」
「っ!」
ふらりとこけ掛けるに、泉が掛け寄ろうとした瞬間、 がベンチに手をつき自身で体制を立て直した。
「だ、大丈夫?!ちゃん!」
「すいません!大丈夫です!あ、監督!それで、来週のメニューなんですけど…」
「うん」
監督と練習メニューとグラウンドの場所について相談をしているを見て、泉はほっと胸をなで下ろす。
正直、自分でもよく好きになったものだと思う。水谷に話した通り、別になにかきっかけがあったわけじゃない。
「(まぁ、強いて言うなら抱きつかれた時だけど…流石に言えねぇしな…)」
抱きつかれる度に感じる温もりや柔らかさに女の子なんだと気付くようになった。
追いかけてこられる度に、だんだん拒めなくなっていってしまった。
それからは自分以外の者に彼女が触られている時は、腹が立ってくるし、 その視線も笑顔もずっと自分だけに向けてもらいたいという独占欲が湧きでてくるようになった。
意識し出したのはそれからだ。
「そうだ。ちゃん。千代ちゃんにも伝えるけど、父母会を作って貰えることになりそうなんだよね」
「父母会…。あ!部費関係ですか?」
「流石、察しがいいね。手伝って貰いたいことが沢山あるんだよね。あとで志賀先生も千代ちゃんも入れて相談しようか」
「はい!」
笑顔で監督と話をしながら監督の後ろを着いて行くように走るを見て、 中学時代の泉自身との姿が重なる。
特別なきっかけがあったわけでもなければ、なにか秀でた部分を好きになったわけでもない気がする。
あえて挙げるなら、一度決めたら真面目で全力なところだろうか…。 最初に、好きという言葉を発したのはからだったのに。 追いかけられているうちに、気付けば自分の方が幼馴染としてじゃ我慢できなくなってしまったとは分からないものだと泉は思う。
「そういえば三星学園の初戦、叶君でるかもって言ってたから楽しみだね」
こにことそう言うの言葉に一瞬ビクッ!としながらも、 おにぎりを飲み込んだ後、こくりと頷き「頑張ってる、みたい」という三橋と当たり前のようにが会話をしている。 泉はそんなを面白くなさそうに睨みつけ、 三橋に気付かれないように、の肩を指で突く。 こちらをみたに指で合図をして、こっそり自身の方に呼びよせる。
「なに?孝ちゃん?」
「お前、叶と結構頻繁に連絡取り合ってるな」
「頻繁っていっても…練習試合の結果とか、今回みたいに試合の日程とか教えてくれたり…。それくらいだよ?」
「そういうのを頻繁に連絡取り合ってるっていうんだよ」
が叶と連絡先を交換しているのは知っているが、 今まで泉に対しては一切叶の話を出さなかっただけにあまり気に留めなかったが…。こうして耳にしてしまうとやはり面白くない。 と泉は不機嫌そうにぶすっとした表情をしている。
「たまにだよー…。部活のこと以外は特に会話してないし」
あくまでも部活に関する連絡だけだと言いたいのだろう…。 正直、それだけでも連絡を取り合っているという事実が面白くないのだが、これ以上を責めても仕方ない。
切り替えろと自身に言い聞かせながら息を吐いて、泉はを見る。
「…あんま妬かせると拗ねるからな」
「え…」
「そしたら俺はお前に何するかわかんねぇぞ」
「こ、こわいよ。孝ちゃん」
「安心しろ。優しくしてやるよ」
「ふぇ…?な、ななななっ?!」
「顔真っ赤だな。なに想像した?こんな冗談に引っ掛かってんじゃねぇよ」
の額を指でパチンとはじく。
「あいたっ!孝ちゃんひどい!」
「あ。お前はいじめられる方が好きなんだっけ?」
「も、もう引っ掛からないからね!そんな冗談!」
「全部冗談じゃなかったりしてな」
「へ…?」
「なんてな。隙有りすぎなんだよ」
「あ」
泉はの手から牛乳パックを奪い取り、おにぎりを食べる田島達の方へと戻る。
「飲む奴いる?」
「泉!俺いる!」
「はいよ」
何事もなかったかのように田島達と会話をしている泉の背を見つめながら、 は驚いたようにその場で動けずにいる。
「(え、えええ!結局、冗談か本気か分かんないし!っていうか最近の孝ちゃん、前より意地悪になってない?!)」
今まで、自分には興味がないのだと思ってた。 本当にただの幼馴染で、好きなのはの方で…と思っていた。 だけど違った。告白された時、女の子としてみてると言われた時、すごく驚いたと同時に素直に嬉しかった。
昔から見ていたのは自分だけじゃないと、わかったから…。
「(ほんと…知らないとこばっかりだなぁ…)」
こんなに長く一緒に居たのに、自分は本当に幼馴染としての一面しか知らなかったんだと改めて思わされる。
今まであんなこと言われたことなかっただけに、すごく照れてしまうと同時に意識してしまう。
が火照る頬を冷まそうとパタパタと手で仰いでいると、 「ちゃん」と後ろから掛けられた声にビクッ!!と肩を揺らす。
「き、きゃああああ!」
「あ。ごめん、ごめん。吃驚させちゃったかな?」
「か、監督…!なななんで?!」
にっこりと笑い立っている百枝に対して、はドクンドクンと心臓を高鳴らせる。
「あまり私がこういうことに口挟むのは違うと思うんだけど、一言だけ」
「え」
「全部ちゃん次第だからね」
「そ、それってどういう…」
「泉君は真剣だよ。だから練習に対する集中力も他の子と比べて高いもの」
「?」
それと私とどう関係があるのだろう…。とが首をかしげていると、強く手を捕まれる。
「ふぇっ?!」
「無自覚かもしれないけど、ちゃんのおかげなんだよ」
「え…えええ!私ですか?!」
「そう。他の子に負けたくない気持ちって行動にでるものだからね。でもそれを壊すことができるのもちゃんだと思うの。だから…」
さらに強く捕まれる手に思わずは体を退かせる。
「私から何か言うつもりは一切無いけどお願いだから、やる気だけは削がないようにしてあげてね…!他の子に対してもだよ!」
「は…はい…」
勢いに押されてしまい、思わず了承してしまった。 「(こ、こわい…)」とは内心で思いながらも、 頷くに百枝は「お願いね」と言って笑顔で立ち去る姿には息を吐く。
「(どうしよう…。勢いに負けて、よく分からずに頷いてしまった…!)」
でも確かに監督の言うことももっともだ。マネージャーである以上、選手のやる気を削ぐような行動は絶対にできない。
監督は、私が無自覚だって言っていたけれど…それじゃだめだよね。色々と気をつけよう。そして少しでも力になれるように頑張ろう。 とは意気込むように「がんばるぞ!」と気合いを入れた。