27話 大会前日
「野球部に入って欲しいんだって言えばいいじゃん」
明日の試合でくる応援団の顔見せとして、応援団部員という二人と一緒に学ランを着て部活に顔を出した浜田を横目に栄口が グランド整備を一緒にしていた泉に言う。
浜田は昔にリトルリーグ肘で肘を壊したらしい。泉曰く、バットを振るのには問題が無く、本気なら医者に通っているはずらしいが…。 本人は、素直じゃないから言えないだけなんだろうなと栄口は悟っていた。
「ちゃんは?」
「なにが?」
「知ってるの?浜田さんのこと」
「ぁあ、まぁ。隠すことでもねぇしな」
そんな会話をしている間に、「ハマちゃん、格好いいー!」と学ランの浜田を見て笑顔で拍手をするの声が泉達の耳にも聞こえてきた。
「そうだろ?」
ホラホラと腕を動かして見せる浜田にが楽しそうに微笑む。
「そうだ。にも紹介しといてやるよ。こいつら一緒に応援団やってくれる奴ら」
「あ。私、マネージャーのです。よろしくお願いします!」
浜田が紹介した二人の方を向いて、が笑顔を向けて頭を下げると照れるように慌てて二人も頭を下げた。
「二人も学ラン着るんですか?」
「ああ。もちろん」
「すごい!楽しみにしてますね!」
楽しげに話をするの声に苛つきはじめる泉を察したように、浜田が慌てて話を切らせる。
「仕事中悪かったな!!」
「あ、そうだ。私、片付けの途中だった」
思い出したようにそう言い、「それじゃあ。明日お願いします」と笑顔を向けて仕事に戻る。
そんなを背にして、ほっとしたように浜田が息を吐く。
「流石にマネージャーやってるだけあって機嫌の取り方分かってるねぇ」
「あんな風に言われるとやる気でるしな」
「あー、あれはマネージャー云々関係なく昔からそういう性格なの。何にも考えてないって」
「ってことはあの子か。浜田の後輩の女の子って」
「そうそう」
「へー、可愛い子じゃん」
盛り上がるようにそういう二人に対して、「しーっ!!」と浜田は慌てたように指を立てる。
「聞こえるから!」
「「は?」」
なにかに怯えたように言う浜田に首をかしげるも、誰かにガン!と背後から蹴り飛ばされた浜田を見てすぐに察した。
「いつまでもデレデレしてんじゃねぇよ」
「いっ!!泉…お前は…!!」
なにすんだ!と浜田が言い終える前に、浜田を一蹴りだけして再びグラウンド整備へと戻る泉に浜田が肩を震わせる。
「あんにゃろうー…!」
「ありゃまた、ずいぶん分かりやすいな」
「わざとだよ。わざと」
だけど暴力的なのはどうにかしろよ!という浜田に、先ほどまでその様子を見ていただけに二人も呆れたように苦笑いをした。
「明日だね」
いつもの様に泉が自転車でを家へと送り届けた直後に言われたの言葉で、 自転車に鍵を掛けている泉の手が一瞬止まる。
なにがと聞かなくても分かる。明日の桐青の試合のことだ。 泉に向かって、にっこりと笑うに思わず泉の体が硬直してしまった。
「あれ。孝ちゃん、緊張してる?」
「…別にそうじゃねぇけど」
「けど?」
「まぁ、お前にそんな楽しそうにされるとな」
「私、孝ちゃんが出る試合はいつも楽しみだよ」
「でも、そっか孝ちゃんが緊張…。うーん、ちょっと珍しい」とが口元に手を当てて何か悩んだような仕草をした後、 泉に向かって「じゃあ、はい!」と言って両手を大きく広げてみせた。
「…は?」
「抱きしめてあげようと思って。誰かに抱きしめて貰えると安心するでしょ」
「餓鬼じゃあるまいし…」
「ついでに私の元気も孝ちゃんにあげる。私、明日はスタンドで応援だから何もしてあげられないしね」
「あー、そうか。お前、明日はベンチじゃねぇのか」
「そうだよ。千代ちゃんと一試合ごとに交代だから」
「…それならまぁ、遠慮せずに今のうち貰っとくか」
そう言って泉がの前に歩み寄った瞬間、 の体が泉の腕の中にすっぽりと収まる。
「こ、孝ちゃん?」
「お前が自分で言い出した癖に、なんで吃驚してんだよ」
「だってこれ、私が抱きしめてるというより、孝ちゃんに抱きしめられている気が…」
「どっちでも一緒だろ」
「う、うーん…。それもそう、かな」
これでいいのかな。なんか違う気がする…と泉に抱きしめられながら真剣に悩むの姿に、泉は吹き出すように笑う。
「ぶっ…ははは!やべー、まじで元気貰えたわ」
「私のこと馬鹿にしてるだけでしょー!…うーん。でもいいかな。孝ちゃんが元気出たなら。それで」
そう言って泉の背中に手を回して抱きついてきたの後頭部に泉が手を添える。
「孝ちゃんなら明日も大丈夫だよ!もちろん、皆もね!」
「…最後の奴は今ちょっと聞きたくなかったな」
「え?」
「だって今は俺の応援じゃねぇのかよ」
「!そ、そう…だね」
に真っ直ぐな目を向けて言う泉に一瞬驚いたような表情を見せた後、 「つい、マネージャーの癖出た」と言って頬を赤く染めてへらりと笑ってそういうの頬を泉が軽く片手で抓る。
「バーカ」
「ご、ごめんてば」
そんな会話をしながら、と泉は至近距離で互いに目が合う。 少しだけむっとした表情でを見ていた泉が、の首筋に顔を埋める。
「」
「え。な、なに?」
「…"頑張れ"って言ってくんねぇ?」
思いもしない泉のお願いに、は一瞬声を失うも、はギュッと泉の服を掴む。
「そんなのいくらでも言うよ!私!頑張れ!孝ちゃん!」
「頑張れ!」と何度も必死に言うの声に、思わず泉の口元が緩む。
「やっぱお前最高だわ。サンキュ」
いつものように笑いながら、の頭を撫でる泉には、 ほっとしたように「どういたしまして!」と笑顔を返す。
「孝ちゃんが落ち込んだらいつでも言ってあげる」
「うっせ。別に今も落ち込んでた訳じゃねぇよ。ただ…」
「ただ?」
「やっぱ誰にもお前を渡したくねぇなって思ったら、変な力入っちまったんだよ」
「え…?」
「でも必死そうなお前見てちょっと安心した。おかげでいい感じに力抜けたな」
「こ、孝ちゃん…」
そっとを離した後で、 大きく手を上に上げて背伸びをする泉には嬉しさと驚きで複雑な感情に陥る。
「(はっ!違う違う!ときめいてる場合じゃない!)」
はぶんぶんと思考を振り払い、泉にいう。
「明日の試合のこと考えてたんじゃなかったの?!」
「だからそれも含めてだろ。まぁ、明日はちょっとくらい良いところ見せてやるよ。大人しくスタンドで見とけ」
冗談めかした口調で、いつもの得意げな笑顔を向ける泉に、の胸が一気に高鳴る。
「見たい!孝ちゃんの格好いいところ!」
「…直球しかねぇのか。お前は」
少し照れたように頭を掻いた後、泉がを真っ直ぐに見つめて両手を握る。
「ちゃんと見てろよ!」
「うん!」
昔からいつもちゃんと見てるのに、改めて言われるとおかしな感じだとは思う。
だけど一方通行じゃないのが嬉しくて、純粋に笑みがこぼれた。