29話 桐青戦
「"レンレン"だって」
「なんか俺、のこと思い出しちった」
「あー、泉の呼び方ね。あの時は、皆知り合ったばっかだったから何にも違和感なかったけどさ」
ルリの三橋の呼び方に、吹き出すように笑う水谷と田島、そして栄口がベンチに戻りながら話をしていると、 その話題に上がっていた泉がベンチの隅で後ろを向いて座り込んでいるのが目に入る。
「あれ。泉?なにやってんの?」
「そういえばさっき、あの子と一緒にちゃんが居たような」
「まじで?」
「うん。いたよね?阿部」
「ああ、きてたな。すぐどっか行っちまったけど」
「…あー、タオル置いたらすぐ出てった」
話しかけてくる部員達の方を見ようとはせず、 「そこ」と、泉はが皆にもと余分に渡してきたタオルを重ねて置いていた箇所を指さす。
「え。いつの間に。全然気付かなかった」
「…」
「入ったのがバレたら怒られるもんね」
ベンチの中に居た花井は驚いたように泉の方を見るも、 何も言わずに目を逸らす泉に変わり沖がそう言った。
「でも、さすがちゃん」
「三橋、お前ビショビショじゃん。これ使いなよ」
「あ、ありがとう…」
シャワーで体の体温を冷やそうとしていた三橋が、 びしょ濡れになっているのを心配した栄口が三橋にが持ってきていたタオルを渡す。
「(やばかった…さっきのはやばかった…!)」
一人、先ほどの行為を思い出して泉の体が熱を帯びる。 あの時、邪魔が入らなければ確実にに口付けていた。
体が熱い。だけどあんな真っ直ぐに応援の言葉を投げかけられると負けられないとも思う。
「(一気にやる気でた)」
第三打席は、初めて見た速い球でやられた。だけど次は打てる。大きく飛ばす必要はない。 塁に出て、田島まで回せばいいんだ。そしたら勝てる。
煩悩を振り払うように首を振り、泉は顔を上げた。
「(さ、さっきの何ー?!)」
逃げるようにベンチから出てきたが息を切らして、立ち止まる。
赤く染まる頬を抑えていると、「ちゃん!」と掛け寄ってくる。
「ルリちゃん」
「はやく戻ろう…って、ちゃん顔赤いけど大丈夫?」
「え!う、うん!慌てて逃げてきたから体温上がっちゃって…!」
「私もー!でもレンレンに叶が勝ったこと伝えられたから」
「そ、そっか。よかった」
と嘘を吐いてしまったことに気まずさを感じながらも、ルリと共に応援席に戻る。
雨が少し止んできて無事に試合が再開され、息をなで下ろしたのもつかの間、 シーソーゲームが続いている桐青と西浦の戦い。
後二点入れれば勝てる…。 は「(頑張って…!)」と祈るようにグラウンドを見つめた。
「連続ファーボール」
「流れがきてるな」
西浦の応援席から聞こえるその声の通り、水谷がタイムリーヒットを放ち、同点。
だがすぐに桐青が連続ヒットより再び逆転となる。
残る攻撃は一回…。
阿部が見事に先頭打者としての仕事を果たし、一塁に出塁。
「!泉君だよ!」
「う、うん」
一緒にみていたがの肩を掴む。
少し頬を染めるが、息を飲み試合の行方を見つめた。
「(こいつだよな…)」
準太は偶然見てしまった先ほどのとの光景を思い出し、 思わずバッターボックスに立つ泉をじっと見る。
パチリと互いに目が合うも、息を吐き泉はバッドを握る。
「リーリー!ゴッ!」
「(来た!)」
盗塁を促す田島のコーチャーの合図と同時に、泉がバンドの構えをする。
「(バンド?!セーフティか!!)」
「(行けっ…!)」
「(なっ!プッシュ!!)」
狙ったように、見事にピッチャーの真横をボールが抜ける。
カバーに入った一塁走者との競争になるも、泉の足が勝りセーフ。
「泉はえー!」
歓声が上がる応援席だったが、は赤く染まる頬を両手で抑える。
「相手桐青だよ!なのに完全に狙ってたよ!完璧な軌道だよ!どうしよう。もう私、本気で好きが過ぎる…」
「本当ぶれないね。あんたも。それでよく今まで恋じゃないと言えたもんだわ」
「そ、それはそれ!それにもう自覚あるもん!普段ベンチじゃ、こういうこと言えないんだから言わせてよー!」
「そりゃそうか。マネージャーだもんね」
「でも今はスタンドだからいいんだ」というには面白そうに見つめる。
その後、栄口が見事にバンドを決めて2アウト二三塁となった。
「(よし…)」
田島がバッドを構え、応援席も一気に「田島!」という声が響き渡る。
「(落ち着け。あいつにムキになってる場合じゃねぇぞ。2アウトなんだ…。それにこいつには、シンカーが使える)」
準太はいつも通りの初戦だ。なにも変わらない。といい聞かせるようにボールを握る。
緊張の空気が流れ、構える田島に準太がボールを投げる。
「(シンカー!)」
「(ここ…!)」
ブン!と大きくバッドを振り抜きながら、グリップの箇所を右指三本までずらす。 見事、バッドの先にボールがあたりボールが低い軌道でレフト線に向かっていく。
「落ちたー!」
「勝ち越し!!」
田島のタイムリーヒットにより、逆転になった西浦はそのまま9回裏を迎えた。
「1死一三塁か」
一度崩れかける三橋に、グラウンドから皆の声が掛かる。
「レン君…皆…!がんばって!!」
も大きく声を上げる。
「三橋!お前の投げる球なら、誰も文句ねぇから!!」
「(花井君…皆…俺は…もう球のスピードも回転数も落ちて、それでも投げてる嫌なやつなのに…なんで優しいこと言ってくれるんだ…!)」
聞こえてくる部員達の応援の声に、体力がないままでも三橋は力を振り絞るように堪え、ボールを投げ続げた。
カキン!とバットに当たる音で皆がボールの軌道を追う。
「泉!!」
「(投げ勝ってる!捕ってやるぜ…!三橋!)」
センター方向に飛んだボールをダイビングキャッチした泉により、判定はフライで2アウト。
「ゴオ!」
「花井!」
「ぅああああ!」
その直後、花井君の全力のバックホームでホームを刺す。
「アウト!」
西浦が桐青に勝利を収めた。
「勝った…?」
「勝ったよ!!」
「う、うん!」
応援団の浜田をはじめ、観客席は一気に声が上がった。
こみあげてくる嬉しい涙を堪えて、は思い出したように走りだした。
「?!」
誰よりも先に会いたくて、直接言いたくて走りだした。