30話 初戦勝利


試合が終わり、は走り続ける。

「皆!」

息を切らして走ってきたが、 入口付近で叫ぶと響いた声に、ベンチから田島が顔を出す。

!勝ったぞ」
「悠君!うん!おめでとう!」
「打てたの最後だけだったけど」
「ううん!すっごく恰好よかった!流石、悠君!」
「っー!だろー!」

嬉しそうに正面からに抱きついてきた田島に、 は驚いた声をあげるも、すぐに誰かがから田島を引き剥がした。

「やめろ。、困ってんだろ」
「花井君!お疲れ様」
「おー。サンキュな。色々と」
「ううん」

花井とそんな会話をしていると、「」と呼ぶ声が聞こえる。
花井の後ろから聞こえてきた声にがひょっこりと体勢を変えながら目を向ける。

「孝ちゃん!」

泉の姿を見てが嬉しそうな表情で掛け寄ってくると、 は勢いよく泉の腰に手を回して抱きついてきた。

「ん?どうした?」

泉の言葉には、ふるふると首を振り「うれし泣き」とだけ告げる。

「毎回泣いてんな。お前は」
「だってー」

ふにっとの頬を引っ張る。 いつものやりとりなのに、先程のことがあるせいか、どこか互いにドキドキする。
目があったのをサッと互いに恥ずかしげに逸らすと、その様子を見ていた花井が不思議そうに首をかしげる。

「お前らなんかあったか?」
「「え」」

顔に出やすいの顔を隠すように、泉がの後頭部に手を回し、そのまま強く胸の中に抱きしめる。

「!!」
「なんにもねーよ」
「そか。まぁ、そうだよな」

いつも揄われるように「むー!」と手足をジタバタとさせているを見て、 そういうと「そうだ三橋と阿部」と思い出したように迎えに行く花井に安堵したように泉は息を吐いた。

「助かったな」
「孝ちゃん!苦しい!」
「悪い」

ぷはぁと大きく息をするに、泉は吹き出すように笑った。




桐青のキャプテンが花井に千羽鶴を手渡し、会話をしているのを見ていると 突如、掛けられた言葉でが後ろを振り向く。

「あ、準太さん!」

笑顔でが近づくと、いつものように準太に頭をわしゃわしゃと撫でられる。
そんな様子を泉がイラついたように見ていると、他の部員たちもその様子に思わずざわつく。

ちゃん、桐青の投手と知り合いなわけ?」

栄口が泉にこっそり尋ねると、詳細は告げずに「…そうらしい」とだけ告げる泉がイラついているのが目について分かるだけにそれ以上は聞けず、皆も息を飲む。

「ちゃんと俺のことも見てたかー?まさか自分のとこの選手だけ見てたんじゃ…」
「み、見てました!ちゃんと見てました!」

準太に頭を鷲掴むように髪を撫でられるは、軽く抵抗しつつもそう答える。

「準太さん格好よかったです!」
「っ!まぁ、お前らに負けたんだけどな。途中から雨でスライダー投げられねぇしよ」
「あ。やっぱり途中から投げなかったのは雨のせいだったんですね」
「そう。ま、いつか練習試合くらい見に来いよ。今度はお前に応援されてぇしな」
「はい!ぜひ!」
「つかお前!俺が前に渡した連絡先の紙、持ってんだろうな?!ちゃんと連絡してこいよ!」
「わ、わかってます!」
「俺、お前のこと気に入ってんだからさ」
「あ、ありがとうございま…す?!」

がお礼を言い終わる前に、準太がの両肩に手を置くと、 そのままの額にキスを落とす。

「なっ…!」
「「?!!」」

泉だけでなく、その様子を見ていた西浦のメンバーと桐青の部員たちも驚いたように目を見開く。

「な、なななな!」

真っ赤な顔で口をパクパクとさせるを見て、「へー」と準太が声を上げる。

「なんだ。その反応だとまだ全然いけそうだな」
「え」
「こっちは負けたわけじゃなさそうだってことだよ」

そう言って笑顔で、軽くの頭に手を置くと、準太は一度泉の方を見る。
再びの方に顔を向けると「じゃあな。あ、絶対連絡してこいよ!」と言って桐青のキャプテンの元へと歩み寄った。

「おい、準太あんまり他校生をからかうなよ」
「だってあいつら、面白いんスよね」
「あいつ"ら"?」

クックッと喉で笑う準太に和己は「(試合で負けてんだぞ。俺らは…)」と思いつつ呆れた様に見る。


「またからかわれた…」

どうしてこうも自分の周りには揄ってくる人しか居ないんだろう…とは息を吐く。

「おい」
「…?」

ガシッとは後ろから強く肩を掴まれる。
振り返った瞬間、泉にゴツン!!と額に頭突きを喰らわされた。

「いっ!痛い――!!」

鈍く響いた音と衝撃には、しゃがみ込んで額を抑える。

「孝ちゃん…なにするの…」
「衝撃与えりゃ記憶飛ぶだろ」
「え」
「あいつにされたこと全部忘れろ。忘れられないって言うなら、手伝ってやるよ」
「そ、そんな無茶苦茶な…」

なら、もう一回いくかと言う様に無言で泉に頭を掴まれたは、 怯えるように「忘れる!全力で忘れるから!」と慌てて意見を変えたところで泉から解放を離される。

「…こっちは今の関係考えてギリギリのところ攻めてんだよ」
「孝ちゃん?」
「あいつ、それを知らずに勝手なこと言いやがって…なにが"まだ全然いけそう"だよ。ふざけんじゃねぇ」

肩を振るわせる泉の顔を覗き込むように、額を抑えながらしゃがみ込んでいるが泉を見上げる。 すると泉がそんなに視線を合わせて姿勢を低くすると自身の方に引き寄せての耳元で囁く。

「俺以外のことで顔赤くしてんじゃねぇよ」

泉の言葉に、は一気に顔を赤くする。

「は…はい…」

咄嗟に出たからの同意の言葉に「ん」と泉が納得したようにの頭を撫でた。