31話 球技大会


きょろきょろとは辺りを見渡す。

「昨日の試合すごかったよね」
「そうそう!特に投手の子と四番の…」

至る所から聞こえてくる女の子達の声。
今日は野球部の試合で応援にきていた女の子達の注目を一気に集めている。


「あ。孝ちゃん」
「浜田の応援行くけどお前も来るか?」
「うん!もちろん!」

端っこでグラウンドを眺めていたに泉が声を掛ける。 少しどことなく元気がなさそうな様子のだったが泉の姿を見ると、 何事もなかったように笑顔を向けるので、少し感じていた違和感も気のせいかと思っていた。

「悠君は?」
「あれ」

泉が指さす方向を見ると、田島が歩く度に色々な人から声を掛けられているものの、相変わらずの愛想の良さで受け答えをしている。

「そっか」
「どうかしたか?」
「ううん。なんでもないよ」

上機嫌な田島と相反して、は少し不機嫌だった。
その理由はどちらも共通していた。 昨日の試合で桐青に勝ったことにより、学校で野球部が一気に注目を集めてしまったから。

「…お前、ちょっとこっち見ろ」
「へ?!」

両頬を手で覆われ、真っ直ぐに泉がを見る。 「こ、孝ちゃん…?」と少し赤くなるだったが、少しだけ泉から目を逸らす。 そんな様子に気付いた泉がにいう。

「なんでもないって顔してねぇな」
「そ、そんなことないよ」
「何が不満だよ」
「不満じゃないよ!むしろ皆に褒めて貰えるのはすっごく嬉しい!それは本当!」

皆、昨日の試合に勝てるまでとても頑張った。もっと色んな人に褒めてもらいたい。皆のことを見てあげて欲しい。 頭では、わかってる…。

「一体なんの話だよ」
「…今日は孝ちゃんいっぱい声、掛けられるから」
「え?まぁ、昨日の試合の後だからな」
「だから、それが…」

下を向いて言葉を詰まらせたに、泉がポンポンとの頭に手を乗せる。 するとは、暫くしてゆっくりと口を開く。

「嫌なわけじゃないよ。でも…私だって女の子なんだよ」

何度も道を行き交う度に声を掛けられて会話を交わす。
クラスの知っている子達だけならまだしも、それが知らない女の子からも声を掛けられているとなると状況が変わる。
矛盾したことを言っていると分かってる。 もっと褒めてもらいたいマネージャーとしての気持ちと好きな幼馴染がいる女の子の気持ちとしては話が別だ。 女心は複雑なのだ。

?」
「…孝ちゃん!!」

喋らなくなったと思いきや、突然勢いよく名前を呼ばれ、が泉の腕に抱きつく。

「おわっ!なんだよ。突然」
「いくら可愛い女の子からいっぱい声掛けられても、私のこと忘れちゃ駄目だからね!」

目をぱちくりとさせる泉だったが、何かを吐き出すようにそう叫んだの思考を徐々に理解しはじめると、 面白げに口角を釣り上げてそんなに顔を近付ける。

「ああ、へー…。妬いてくれてんの?」
「お、幼馴染みだから言ってるだけだよ!」
「説得力ねぇな。真っ赤な顔してるくせに。ほら、言えよ。意識してますって」
「ち、違うー!」

からかうような泉の視線に赤くなっていると、そんな達の声でなにか気付いたように女の子達が足をとめる。

「あ。野球部の人じゃない?」
「本当だ。昨日格好よかったよ」

近くにいた見知らぬ女の子達の声に反応した泉がそちらを見て、「あ。どうも」と頭を下げた。 そんな様子を見て、が静かに抱きついていた泉の腕を放して方向を変えようとする。

「…教室帰る」
「こら。拗ねてんじゃねぇよ。浜田の応援、行くって言ったろ」

引き留めるようにの手を掴むも、は不機嫌そうな表情のままで、泉は息をつく。

「あのな、こんなに声掛けられる原因教えてやろうか」
「え?昨日の試合で勝ったからでしょ?」
「その勝った試合でド派手な事やった奴が俺らの目の前にずっといるだろうが」

泉の言葉でちらりと前をみると、うちの野球部で誰もが認める四番。昨日最終回で逆転ヒットを入れた功労者。
それはもう目立っていた田島がいつも通りの元気さで、声を掛けてくれる人達と楽しげに会話を続けている。

「あれは…悠君だからでしょ」
「だから、それの後ろでさっきからずっと一緒に歩いてんだから嫌でも目立つっての。だから人気は俺じゃねぇの」
「そ、そんなことないよ!孝ちゃんだって、一打席目打ったよ!それに桐青から三安打だよ!充分すごいよ!」

ムキになってそういうに泉が噴き出すように笑う。

「監督やベンチでスコア取ってた篠岡はともかく、応援席でそんなに俺のこと見てんのお前くらいだっつーの」
「孝ちゃんがそう思ってるだけで、実際はそんなことないってばー…」
「あるんだよ。でもまぁ、お前がそう思ってんのはいいか。悪い気はしねぇし」

そういうと泉はの手に指を絡めて握りしめる。

「これでいいだろ」
「い、いいの?」
「別にいつもと変わんねぇよ」

が泉に嬉しそうな表情を浮かべたその瞬間、「イーズミー!」と聞きなれた声が聞こえてきた。

「あ、タカヤ君だ」
「おお」

阿部が近づいてきたことで、がそっと泉から手を離そうとするのを引きとめるように泉が手を強く掴む。

「こ、孝ちゃん…!」

思わずそんな泉の行動にが驚きの声をあげるのを余所に、 泉は気にも留めずに阿部と会話をしようとしている。
知らない人に見られているのと知っている人に見られているのは、違う。
手を繋がれたままのは、恥ずかしがるように泉の後ろで少し隠れるように立つが、パチリと阿部と目が合う。

「…相変わらず腹立つ顔してんな」
「タカヤ君!それ、どういう意味?!」

近づくと二人の繋がれている手に気付き何かを察したように阿部は息を吐いた。
そのことには触れずに、照れた表情をしているの顔を見てわざとからかうようにそう言ったものの、 案の定、は怒ったように頬を膨らませる。言葉の真意など彼女は知りはしないだろう。

「(冗談抜きにまじで腹立つなぁ…)」

自分には見せないその表情が…。だからつい、わざと怒らせて自分に視線を向けさせたくなってしまう。
しかし、今はそんなことを言いに来たのではなかったということを思い出したように、「あ」と声をあげると阿部は泉を見る。

「あのさ、三橋来た?」
「来ねぇ。今日は休みだって」

前を走っている田島を泉が大きな声で呼ぶ。

「俺、もう負けたから昼休みちょっと行ってくるわ」
「ひとりで?」
「いや、花井もなにか渡したいもんあるって…」

そんな会話をしていると、走ってきた田島が元気よく「阿部も昼、三橋ん家行くの?!」と阿部に尋ねる。

「"も"ってなんだよ」
「俺も食いに行くよ」
「食いにってなに?」
「今日カレーだもんな!メシ炊いとけって言った?」
「メシィ?!」

田島の言ってることが全くわからないといった阿部の様子にがクスクスと笑う。

「会話、成り立ってないみたい」
「お前も面白がってんじゃねぇよ」

先ほど言われた阿部の言葉を根に持っているのか、フォローを入れる気が一切無い様子のを他所に、 だんだん我慢が出来ないといったように田島へ手を出しかけている阿部を見かねて、泉が「あー!」と二人の会話を遮るように口を挟む。

「朝、田島が三橋にメールしてさ」
「あ?!」
「三橋の昼飯がカレーだっつんで、俺らで食いに行こーって言ってたんだよ」
「あと暑いだろうから、アイス買って行ってあげようってね」
も行くのか?」
「レン君まだ熱っぽいみたいで心配だしね」
「ってか…三橋からメール返ってきた?」
「きたよ!今日はカレーだよ!」
「熱下がってるといいけど…」
「……」

田島達の言葉に阿部は何かを考えるように黙り込んだ。

「おー!野球部!」
「昨日見てたよー」
「うおー!ありがとー!」

声を掛けてくれる通りがかった女の子達と明るく会話をする田島を他所にキュッとが無意識に反対の手で泉の服の袖を掴むと、 それに気付いた泉が握っていたの手を軽く自分の方に引き寄せる。

「!!」

ふらりとの体が揺れて、少しだけ泉の体にもたれ掛かる。 ハッとしたが慌てて泉を見上げるも、何も言わずにただ手を強く握る泉には少し照れるように下を向く。

「…あのさ、お前らクラスで何話してる?」
「「…え?」」

そんな最中で口を開いた阿部の質問に、と泉がピタリと動きを止める。
じっと田島を見つめて何かを深く考えている様子の阿部に、二人は顔を見合わせた後で首をかしげた。

「はぁ?」
「いや、休み時間とかさ…」
「はいはい!休み時間は早弁してる!昼は残った弁当食ってー…」

泉達の代わりに手を上げてそう答える田島に、「「(あ。そういう意味か…)」」と泉とは密かに心の中で思う。
田島の回答に阿部は納得したように「泉は?」と尋ねる。

「同じ」
「…そっか」
「食いモンねぇ時は寝てるし。お前らもそうだろ?」
「うーん…そうだな。じゃあ、は?」
「私?私は、色々かな。あ、でもおにぎりの具のこととかならよく悠君達に相談するよ。皆と違って、消費量違うから早弁するわけじゃないしね」
「そりゃそうか」

やっぱり何かを考えている様子の阿部には不思議そうに首をかしげる。

「なー!もう、カレーに行っちゃおうか!」
「オメーは浜田の応援行くところだろうが!」
「あ!やべー!そうだった!」
「浜田のバスケ?」
「応援返しだよ」
「タカヤ君も一緒に行こうよ」
「そうだな。行くか」

浜田の応援で、体育館の方へと一緒に向かうことになり歩いていると、阿部がに尋ねる。

「つかお前は女子の方いいのか?」
「うん。女子サッカーで出たんだけど、負けちゃったしね。だから今は他の子も皆、応援に行ってるよ」
「へー」
「もうヘトヘトだよ」

阿部と楽しげに会話をしているに泉が口を挟む。

「言うほど出てなかったろうが。運動音痴」
「出たよ!貢献したもん!私、まぐれだけど点入れたもん!」
「田島と一緒に見てたから知ってるっつーの」

泉の話で、そういえばは自転車も長距離は乗れないと言ってたなと思い出したように、 阿部はを見ているととぱちりと目が合う。

「なぁに?」
「いや。それなら俺も見たかったと思ってさ」
「あー!タカヤ君は私のこと馬鹿にしたかっただけでしょ!」

頬を膨らませて拗ねる様子のに、阿部は吹き出すように笑った。